ラフィトーの主著:Mœurs des sauvages américains, comparées aux mœurs des premiers temps は、浩瀚な書物だし、邦訳もないようなので、私にはとても読んでいる余裕はない。
そこで、山室周平先生の論述(家族学説の成立期に関する問題点p17~19)から引用すると、彼は、アメリカ原住民の母権的習俗を発見し、そこに古代リュキアの「母権」との共通点を見いだしつつも、これを「珍奇なるもの」と評したようである。
ここから、古代ギリシャ人(あるいはラフィトーのようなカトリック教徒)にとっての婚姻が、「母権」とはおよそ違うものであったということが分かるだろう。
古代ギリシャ人にとっての「婚姻」とは、あくまで私見だが、
「「父」のシニフィエを承継するためのシステム」
であり(シニフィエなき社会)、これがこの種の社会の「原初の思考」の正体ではないかと思われる。
「子」は、「父」との関係ではいわばレフェランであるが、「父」と全く同一のフォルムをしている必要はなく(そのためにはクローン化の技術が必要になってしまう。)、「父」と似たフォルムを具えていればよい。
このgenea の起点は「神」とされており、「神」は男性、つまり「父」だった!
また、このシステムは一種の宗教でもあって、「「父」のシニフィエを承継する」ということは、「「父」と同じ宗教を承継する」ということを必然的に含んでいた。
「・・・父祖の竈神は彼女の神である。この娘に対して隣家の若者が結婚を申しこんだとすると、娘にとっては、父の家をでて他家にはいるという以外に、別の重大な問題がある。それは、父祖の竈をすてて、夫の竈にいのらなければならないことである。彼女は宗教をかえて、他の儀式を実行し、別の祈りを口にしなければならない。少女時代の神とわかれて、未知の神の主権にしたがうことになる。彼女は、婚家の神を尊崇しながら、同時に実家の神を信奉しつづけようと希望することはできない。この宗教では、おなじ人物がふたつの竈と二系の祖先とをまつることをゆるさないのが、動かすことのできない鉄則であったからである。」(p79)
日本の「イエ」も宗教なのだが、
「シニフィエはあった方が望ましいですが、必須ではありません。「フォルム」が似ていなくても、「気」が同じでなくても構いません。但し、うちの「名」=「苗字・屋号」(家業とその表章)は必ず承継してもらいますよ!」
という特殊なものである。
「シニフィエ不要」というのはルールの大幅な緩和であるように思えるが、「「名」は必須」というのであれば、少なくとも職業選択の自由を放棄しなければならないことになる。
これは「優しい」のだろうか、それとも、「厳しい」のだろうか?
・・・ところで、ここまでのところで、既に2つの大きな問題が立ち現れてきている。
一つは、「承継」という言葉から明らかなとおり、当該社会の「婚姻」が前提としている「時間観」はどういうものかという問題であり、もう一つは、当該社会において「承継」されるべきシニフィエは「父」のものでなければならないのか、逆に、「母」のものでなければならないのか、それとも、いずれのものであってもよいのか、という問題である。