もう一つの「悲劇」の類型は、「新参者による反撃」である。
「加入礼」において暴力(又は圧力)を受けた新参者が、自分を守ろうとして、加害者に対し暴力(又は圧力)をもって反撃するのである。
この行動は、原始的防衛機制としての「攻撃化」として説明出来るだろう。
「次は攻撃化(aggressivization)です。これは攻撃するのが防衛というメカニズムです。さっき言った投影性同一視で先制攻撃をするというのもあります。」(p198)
「攻撃」が「攻撃者」に対して向けられる(ゆえに「反撃」)現象は、早くもアンナ・フロイトが指摘していたものである(抑圧されたものの行方(2))。
この際、自我が未発達な人などは、「先制攻撃」に走り、加害者を破壊してしまう。
この問題で私がいつも思い出すのは、「フルメタル・ジャケット」第1部のラストシーン(微笑みデブとハートマン軍曹)である。
(もっとも、微笑みデブは最初からハートマン軍曹を殺すつもりがあったとも思えないので、「反撃」といって良いかは疑問だが・・・。)
最近も、自衛隊でこれに似た事件(自衛官候補生による小銃死傷事件 映画「フルメタル・ジャケット」が描いていた…軍隊は「狂気」の集合体ということ)が起きたことは、記憶に新しい。
なので、私はこの類型を、「微笑みデブの反撃」と呼びたいと思う。
もっとも、「不慮のスケープゴート」と比べてこの種の事案は多くないと思われるので、表題には敢えて加えなかった。