人間の実相を語る歴史人3(トルストイの人生の普遍的意義の探求)
三十代後半のトルストイに何が起こったか。
「五年前から、何やらひどく、
奇妙な状態が、時おり私の内部に
起るようになって来た。
いかに生くべきか、
何をなすべきか、
まるで見当がつかないような懐疑の瞬間、
生活の運行が停止してしまうような瞬間が、
私の上にやって来るようになったのである。
そこで私は度を失い、
憂苦の底に沈むのであった。
が、こうした状態はまもなくすぎさり、
私はふたたび従前のような生活を続けていた。
と、やがて、こういう懐疑の瞬間が、
層一層頻繁に、いつも同一の形をとって、
反復されるようになって来た。
生活の運行が停止してしまった
ようなこの状態においては、
いつも何のために?
で、それから先きは?と
いう同一の疑問が湧き起るのであった」
トルストイは
「何のために生きるのか」
人生の普遍的意義の探求を始めたのだ。
彼が半生をかけて打ち込んだ
芸術は人生の目的であったのか。
自身の輝かしい文学的業績に
ついて語っている。
「私の著作が私にもたらす
名声について考える時には、
こう自分に向って反問せざるを
得なくなった。
よろしい、お前は、ゴーゴリや、
プーシキンや、シェークスピヤや、
モリエールや、その他、
世界中のあらゆる作家よりも
素晴らしい名声を得るかも知れない。
が、それがどうしたというんだ?
これに対して私は何一つ
答えることができなかった。
この疑問は悠々と答えを
待ってなどいない。
すぐに解答しなければならぬ。
答えがなければ、生きて行くことが
できないのだ。
しかも答えはないのだった」
人生とは如何なるものか。
「今日、でなければ明日、
疾病が、死が、
私の愛する人々の上へ、
また私の上へ、襲いかかって
来るであろう、現にいくどか
襲いかかって来たのである。
そして、腐敗の悪臭と蛆虫のほか、
何物も残らなくなってしまうのだ。
私の行為は、それがどのような
行為であろうとも、
早晩すべて忘れられてしまい、
この私というものは、
完全になくなってしまうのだ。
それなのに、何であくせく
するのだろう?
どうして人はこの事実に
目をつぶって生きて
行くことができるのか?
実に驚くべきことだ!
そうだ、生に酔いしれている間だけ、
われわれは生きることができるのだ。
が、そうした陶酔から醒めると同時に、
それがことごとく欺瞞であり、
愚劣な迷いにすぎないことを、
認めないわけには行かないのだ!
つまり、この意味において、
人生には面白いことや
おかしいことなど何にもないのだ。
ただもう残酷で愚劣なだけなのである」
三十代後半のトルストイに何が起こったか。
「五年前から、何やらひどく、
奇妙な状態が、時おり私の内部に
起るようになって来た。
いかに生くべきか、
何をなすべきか、
まるで見当がつかないような懐疑の瞬間、
生活の運行が停止してしまうような瞬間が、
私の上にやって来るようになったのである。
そこで私は度を失い、
憂苦の底に沈むのであった。
が、こうした状態はまもなくすぎさり、
私はふたたび従前のような生活を続けていた。
と、やがて、こういう懐疑の瞬間が、
層一層頻繁に、いつも同一の形をとって、
反復されるようになって来た。
生活の運行が停止してしまった
ようなこの状態においては、
いつも何のために?
で、それから先きは?と
いう同一の疑問が湧き起るのであった」
トルストイは
「何のために生きるのか」
人生の普遍的意義の探求を始めたのだ。
彼が半生をかけて打ち込んだ
芸術は人生の目的であったのか。
自身の輝かしい文学的業績に
ついて語っている。
「私の著作が私にもたらす
名声について考える時には、
こう自分に向って反問せざるを
得なくなった。
よろしい、お前は、ゴーゴリや、
プーシキンや、シェークスピヤや、
モリエールや、その他、
世界中のあらゆる作家よりも
素晴らしい名声を得るかも知れない。
が、それがどうしたというんだ?
これに対して私は何一つ
答えることができなかった。
この疑問は悠々と答えを
待ってなどいない。
すぐに解答しなければならぬ。
答えがなければ、生きて行くことが
できないのだ。
しかも答えはないのだった」
人生とは如何なるものか。
「今日、でなければ明日、
疾病が、死が、
私の愛する人々の上へ、
また私の上へ、襲いかかって
来るであろう、現にいくどか
襲いかかって来たのである。
そして、腐敗の悪臭と蛆虫のほか、
何物も残らなくなってしまうのだ。
私の行為は、それがどのような
行為であろうとも、
早晩すべて忘れられてしまい、
この私というものは、
完全になくなってしまうのだ。
それなのに、何であくせく
するのだろう?
どうして人はこの事実に
目をつぶって生きて
行くことができるのか?
実に驚くべきことだ!
そうだ、生に酔いしれている間だけ、
われわれは生きることができるのだ。
が、そうした陶酔から醒めると同時に、
それがことごとく欺瞞であり、
愚劣な迷いにすぎないことを、
認めないわけには行かないのだ!
つまり、この意味において、
人生には面白いことや
おかしいことなど何にもないのだ。
ただもう残酷で愚劣なだけなのである」