蓮如上人物語(20)(山科へ 御自ら陣頭指揮を)
「実に広大な土地でございますぞ」
蓮如上人を案内して、
先に立つ道西。
彼の足は勇みたっていた。
「私は、山科へ行くたびに、
ここが本堂、この辺を大門に、
などと、いつも夢に描いておりました」
蓮如上人は、笑みをたたえて
聞いておられた。
やがて、山科へ着かれ、
一巡された上人は、
「良い所を知らせてくれた。
自然に恵まれ、
人里離れた静かな環境といい、
聞法道場としては最適な場所だ。
この地に大殿堂を建立しよう」
と決断された。
道西は、躍り上がって喜んだ。
土地の所有者は、
出口御坊へ、よく参詣する
海老名五郎左衛門。
「上人のお気に召せば、
いつでも財施したい」
と、前々から申し出ているので
話は早く進んだ。
「道西よ、早速山科へ移るとしよう。
早々に工事に取りかからなくてはな」
上人の仰せに、道西は、
「まず、山科に仮のお住まいが
できるまでお待ちくださいませ」
と、しきりに申し上げたが、
聞き入れられる上人ではない。
二十日後の一月二十九日には、
もう、お弟子を連れて
出口から移ってしまわれた。
付近の農家に分宿され、
蓮如上人、御自ら、
建築工事の指揮を執られる。
時は、今から五百年もさかのぼる室町時代。
ブルドーザーやトラックなどはない。
土地造成も人力。
建築用資材を運ぶだけでも、
大変な日数を要した。
土地を財施した海老名五郎左衛門だけでなく、
全国の門信徒の熱い浄財、
労力奉仕があればこそ進む大事業である。
翌文明十一年には、
庭園と寝殿(上人とご家族が使用される所)が完成。
次は、本堂の建設。
本堂は、蓮如上人が説法される所であり、
最も大切な建物である。
しかも、ただいたずらに威容を
誇ることが目的ではない。
参詣者一人一人が、
ご説法を真剣に聴聞できる条件を
完備しなければ意味がない。
吉野の山奥から、
棟木となる大木が切り出され、
年末には、すべての資材がそろった。
しかし、蓮如上人は慎重を期された。
いきなり本建築にかかられず、
先に、設計図どおりの模型(三畳敷)を作られ、
細部にわたる検討を重ねられた。
建築工事が本格的に開始されたのは、
明けて文明十二年二月三日からだった。
「実に広大な土地でございますぞ」
蓮如上人を案内して、
先に立つ道西。
彼の足は勇みたっていた。
「私は、山科へ行くたびに、
ここが本堂、この辺を大門に、
などと、いつも夢に描いておりました」
蓮如上人は、笑みをたたえて
聞いておられた。
やがて、山科へ着かれ、
一巡された上人は、
「良い所を知らせてくれた。
自然に恵まれ、
人里離れた静かな環境といい、
聞法道場としては最適な場所だ。
この地に大殿堂を建立しよう」
と決断された。
道西は、躍り上がって喜んだ。
土地の所有者は、
出口御坊へ、よく参詣する
海老名五郎左衛門。
「上人のお気に召せば、
いつでも財施したい」
と、前々から申し出ているので
話は早く進んだ。
「道西よ、早速山科へ移るとしよう。
早々に工事に取りかからなくてはな」
上人の仰せに、道西は、
「まず、山科に仮のお住まいが
できるまでお待ちくださいませ」
と、しきりに申し上げたが、
聞き入れられる上人ではない。
二十日後の一月二十九日には、
もう、お弟子を連れて
出口から移ってしまわれた。
付近の農家に分宿され、
蓮如上人、御自ら、
建築工事の指揮を執られる。
時は、今から五百年もさかのぼる室町時代。
ブルドーザーやトラックなどはない。
土地造成も人力。
建築用資材を運ぶだけでも、
大変な日数を要した。
土地を財施した海老名五郎左衛門だけでなく、
全国の門信徒の熱い浄財、
労力奉仕があればこそ進む大事業である。
翌文明十一年には、
庭園と寝殿(上人とご家族が使用される所)が完成。
次は、本堂の建設。
本堂は、蓮如上人が説法される所であり、
最も大切な建物である。
しかも、ただいたずらに威容を
誇ることが目的ではない。
参詣者一人一人が、
ご説法を真剣に聴聞できる条件を
完備しなければ意味がない。
吉野の山奥から、
棟木となる大木が切り出され、
年末には、すべての資材がそろった。
しかし、蓮如上人は慎重を期された。
いきなり本建築にかかられず、
先に、設計図どおりの模型(三畳敷)を作られ、
細部にわたる検討を重ねられた。
建築工事が本格的に開始されたのは、
明けて文明十二年二月三日からだった。