歴史は人生の教師

高3、人生に悩み休学。あったじゃないか。歴史に輝く人生を送っている人が。歴史は人生の教師。人生の活殺はここにある。

人間の実相を語る歴史人(桃太郎 桃から生れた桃太郎)

2018年04月21日 | 人間の実相を語る歴史人
人間の実相を語る歴史人(桃太郎 桃から生れた桃太郎)

(原文)
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おばあさんが川で洗濯をしていると、
ドンブラコ、ドンブラコと、
大きな桃が流れてきました。

「おや、これは良いおみやげになるわ」

おばあさんは大きな桃を
ひろいあげて、
家に持ち帰りました。

そして、おじいさんとおばあさんが
桃を食べようと
桃を切ってみると、
なんと、中から元気の良い男の赤ちゃんが
飛び出してきました。

子どものいなかったおじいさんと
おばあさんは、大喜びです。

桃から生まれた男の子を、
おじいさんとおばあさんは

「桃太郎」

と名付けました。
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これは不思議な話である。

今の子供は、
赤ちゃんがコウノトリが
運んできたのでもなければ、
桃から生まれた訳でもないことは、
よく知っている。

だから、

「桃から子供が生まれたんだ」

と話しをしようものなら
馬鹿にされてしまう。

これは昔の性教育。

今では赤ちゃんはお母さんから
生まれてきたことは
子供でも知っている。
テレビでも堂々と
出産の映像が映される。

おばあさんは息子の嫁探しに
昔は近くの川に出かけたものだ。

川では近所の娘さんたちが
お母さんの手伝いで
着物を腰まで上げて、
お尻丸出しで
洗濯をしている。

おばあさんは、
リンゴのようなお尻、
ミカンのようなお尻
色々な形の中で、
桃の形の安産型のお尻を発見。

「この娘はいい子じゃ」

と息子と見合いをさせる。
息子も

「いい娘じゃないか」

と承諾する。
そして、オメデタク結婚、出産。

では、桃とは何か、もう想像できるだろう。
お母さんのお尻は、
みな桃のような形を
しているではないか。
全人類、すべて、
あの桃の形をした
お母さんから生まれきたのだ。

桃から生まれてきた
桃太郎とは全人類のことを指す。

女の子なら、名づけて
桃子さんといったところだろう。

みな
「○○桃太郎君」
「○○桃子さん」
分かったかな。

また、「ジジ、ババ」の点を取って
「チチ、ハハ」と
言っているものもいる。
どちらにしてもお母さんからしか
私たちは生まれてこないのだ。


これから始まる桃太郎の話は
全人類の相を教えられた
ものなのである。



人間の実相を語る歴史人(桃太郎 三世十方を貫くもの、貫かないもの)

2018年04月21日 | 人間の実相を語る歴史人
人間の実相を語る歴史人(桃太郎 三世十方を貫くもの、貫かないもの)

何時でも、何処でも貫くもので
なければ真理といわれぬ。

これを三世十方を貫く真理という。
三世とは過去・現在・未来ということ。
十方とは東西南北上下四惟のことである。

仏法の法とは
過去・現在・未来を貫き、
どの国へ持っていっても
変わらない真理を法と
いわれる。

だから身近なことでも
法と使われているのは
滅多に変わらないものに使用される。

憲法―――男女同権が毎年ごとに
     変えられては大変だ。
法律―――決まった年金支給が
     急にストップされたらたまらん。
交通法規-信号機の赤青黄色の意味が
     毎日変わっていたら、
     大事故が頻繁に起きるに違いない。

それに対して、水戸黄門の印籠はどうだろう。
いつも同じパターンで悪代官と悪徳商人に
お仕置きをして、

「よっ、待ってました」

と最後に決めゼリフ。

三つ葉葵の紋所が描かれた印籠を見せて

「控え居ろう! この紋所が目に入らぬか」

と黄門の正体を明かす。
これを見る度に
ボコボコにしてから出さずに
もっと早く見せたらいいのにと
思えてくるのは私だけだろうか。

それはさて置いて、
水戸黄門の印籠は果たして
三世十方を貫くだろうか?

現代に持ってきたらどうだろう。
歌舞伎町で怖いお兄さん方が
女性を恐喝していた。
それを見た助さん、格さんが
助けに入った。

いつもの通り

「この印籠が目に入らぬか」

それを見たヤクザさん達。
こんな印籠、誰が見ても知らない。

「何じゃ、これ」

と逆にボコボコにされてしまう。

この設定を江戸時代、
アメリカにもっていったらどうなる。
ブロードウェーで
ギャングが少女を脅している。

それを助けようと助さん、格さんが
印籠を前に出す。
すると男たち、
印籠を見ても分からない。、

「What is this?」

と逆にピストルを撃って
水戸黄門一行は
殺されてしまうだろう。

黄門様の印籠も
何時でも何処でも
通じる品物ではなかたようだ。
しかし、桃太郎の話は違う

三世を貫き、十方を普く真理が
説かれている。




人間の実相を語る歴史人(桃太郎 昔々)

2018年04月07日 | 人間の実相を語る歴史人
人間の実相を語る歴史人(桃太郎 昔々)

(原文)
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昔々、ある処に、
おじいさんとおばあさんが
住んでいました。

おじいさんは山へ柴刈りに、
おばあさんは川へ
洗濯に行きました。
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「昔々、ある処に」

桃太郎はこの言葉から始まる。

現代っ子に、
おとうさんが話を始めると

「パパ、昔々って、
 いつの時代、平安時代、
 室町時代。いつ?」

いつと聞かれても答えられない。

「おとうちゃん、あるところって、
 東京、大阪、京都、どこ?」

そんなこと言われても知らないぞ。
内心穏やかでない。

しかし、そんな質問には
こう答えたらいい。

「昔々とは何時の時代でも、
 こんな話はあるんだよ
 ということだよ。
 千年前の時代でも、
 現代でも、これから
 何千年たった未来ても、
 桃太郎のような話があるのだよ」

つまり、この桃太郎の話は
いつの時代にも通じる話なのである。

「昔々、ある処に」

じゃ、ある処とは、
どこを指しているのだろう。

この桃太郎伝説で
ここが鬼が島のあった所と
名乗り出ている県は
一県や二県ではない、
全国各地で桃太郎伝説はある。

それはこの話は
岡山県でも香川県でもない。
日本でなくても、アメリカでも
ブラジルでもアフリカでも、
こういうことがあるんだ。
だから何処でもということ。

アメリカへ行った時、
ロサンゼルスに住んでいた友人に
桃太郎の話をしたことがあった。

するとアメリカ育ちの彼が

「その話、幼稚園の絵本で
 読んだころがある」

と、一冊の絵本を持ってきれくれた。

その本は英語で

「Old Stories of Japan」
 (日本の昔ばなし)

という題名だったと記憶している。

その最初の話が

「TAE PEACH  BOY」

という題名だった。

「Long, long ago,
 there lived an old man
and his old wife in a village.
He went to the mountain
to gather woods.
She went to the river
to wash clothes,
when a big peach came
floating down the river.」

読んで見ると桃太郎の話が
英語に訳され、
アメリカの子供達にも
読まれていたのには、ビックリ。

桃太郎の話は全人類に
重要な何かを教えていることが
分かる出来事だった。

人間の実相を語る歴史人(落語、桃太郎)

2018年04月07日 | 人間の実相を語る歴史人
人間の実相を語る歴史人(落語、桃太郎)

落語の中でも桃太郎の話が
興味深く話しされている。
その始まりはこうだ。

「這えば立て、立てば歩めの親心、
 と申しますが、
 昔の子供はなるほど、
 可愛らしゅうございました。

 夜、なかなか寝付かれん、
 こんなときには親が話しを
 聞かせたりしたものです。
 
お父さん
「いつまで起きてんねん、
 早う寝なさい。
 子供があんまり遅うまで
 起きてるもんやない。
 こんな遅い時間まで起きてたら、
 恐ぁいお化けや幽霊が出て、
 お前なんか頭からガリガリッと
 齧られてしまうぞォ。
 そのうしろの暗いとこから、
 アッ、お化けが...
 さあさあ、大人しくに寝なさい。
 寝床へ入ったらもう
 恐いお化けも出ないからな!
 さあ、布団へ手入れて、
 おとうちゃんが面白い話しを
 してやるから、
 それを聞きながら
 ねんねするんや、ええか。」
     
昔々、あるところに
おじいさんとおばあさんが
住んでいたのや。
おじいさんが山へ芝刈りに、
おばあさんが川へ洗濯に行った。
おばあさんが川で洗濯をしていると、
川の上の方から大きな桃が流れてきて、
おばあさんはこれをうちへ持って帰って、
ポンと割ったら中から
元気のいい男の子が生まれてきた。
これに桃太郎という名前を付けた。
この子が大きくなって、
鬼ケ島へ鬼退治に行くと云うので
キビ団子をこしらえて持たしてやると、
犬と猿と雉が出てきて、
一つ下さい、その代わりお供します。
三匹を引き連れて鬼ケ島へ攻め込んだ。
この桃太郎が強い。
三匹もよく頑張った。
とうとう、鬼が降参や、
山のように宝物を出して謝った。
車に積んだ宝物、
エンヤラ、エンヤラと
持って帰って来て、
おじいさんやおばあさんに
孝行したのや。

なあ、面白いやろ。
桃太郎さんのお話し。
もう、寝てしもうた。
えぇ、子供というのは罪が無いなあ。

こんなことを云っていたのは、
もう昔の話しです。
今日の子供はなかなか、
こんなことくらいでは寝ませんわ。





人間の実相を語る歴史人(桃太郎 日本一読まれている御伽噺)

2018年04月03日 | 人間の実相を語る歴史人
人間の実相を語る歴史人(桃太郎 日本一読まれている御伽噺)

親が子供に読ませる童話は数多い。
日本昔話、グリム童話、
アンデルセン童話と
あげればきりがない。

しかし、日本でいえば、
ダントツ一位で
読まれているのが桃太郎だろう。
滝沢馬琴の『童蒙話赤本事始』でも
五大昔噺の冒頭を飾っている。

子供の為のおとぎ話かと
思ったら大間違い、
これは全人類が
知らなければならない
大切なことを教えられた、
貴重な話なのだ。

親がその意味を知って、
子供に聞かせることができれば、
こんな立派な親はいないと思う。
子に尊敬される親になろうではないか。

鬼退治で有名な桃太郎の話が
できたのは室町時代以前で,
一説によると鎌倉時代まで
遡(さかのぼ)ると言われている。

日本のおとぎ話で
桃太郎ぐらいに各地方で語られ、
ながきに渡って
伝えられてきた話はなかろう。
これだけの年月、多くの親子を
魅了した桃太郎には
どんな真実が隠されているのか。

第二次世界大戦の時、
この桃太郎はアメリカ・イギリスを
中心とする連合軍を鬼に見立て、
その鬼畜米英の魔の手から
世界を守る桃太郎こそが
神国日本であると、
桃太郎のおとぎ話を
軍国主義徹底に利用した。
敗戦後、戦勝国アメリカにより、
桃太郎の話は一時、
話をしないように
規制されたほどである。

桃太郎が軍国主義に
使われようとは、驚きだが、
それだけ日本の多くの人に愛され、
伝えられていたからだろう。

おとぎ話は諸説があり、
色々手を加えられ、現代版の
桃太郎になってきた。

だから桃太郎も現代版が
人生に如何に有意義で大切な
意味を持っているかを、
未来ある子供達と共に
勉強してみよう。