紫陽花記

エッセー
小説
ショートストーリー

別館★写真と俳句「めいちゃところ」

「天使の羽音」-2

2018-06-07 06:54:54 | 江南文学(天使の羽音)


「江南文学」掲載「天使の羽音」33作中ー2


 サイクロンロードにて

「まぁ、汚い」
 私は、思わず呟いた。
「ばぁちゃん、きたないねぇ」
 タカも言う。
 自転車乗りをしようと堤防に上がった。
 堤防決壊の被害に遭ったのは二十年も前になるだろうか。我が家のある地区から離れた反対側だったが、それ以来、堤防の改修工事が断続的に続けられている。おかげで、堤防の幅は広くなり、堤防の上と下に舗装された道が造られた。
 通常、堤防上は、河川管理車両以外は通れないサイクロンロードとなっている。そこに、十メートルほどの広さに、花火の燃えかすや、入れていただろう袋などが散乱していた。
「よくこんなして帰れるな。気持ちが悪くないのかな」
 じいちゃんも言う。
「タカちゃんマーちゃん、ゴミは散らかしたまま帰っちゃいけないのよ。ちゃんと片づけて持ち帰らないとね」
「じいちゃん、ばぁちゃん、ボクいうよ。はなびしてもいいけどー、おわったらー、ちゃーんと、ごみはもってかえってくださーい」
 タカが大声で言った。
堤防の上には、私たち夫婦と孫二人しかいない。
 二人は自転車の取りっこ。ジャンケンをする。乗りこなせるタカが勝った。しばらくは先に乗り、その後、マーが押して走る約束。
「マーちゃん、きょうそうしよう」
 タカの乗った自転車とマーが並んだ。
「よういどん」
 私の合図に二人が走り出す。
 マーがタカに気を取られて、だんだん近寄っていく。タカの自転車が、マーに追突して二人とも倒れた。



   パパの絵で刺身

「ばあちゃん、ボクねぇ、ハガキかいて、これもらいたいんだ」
 タカが『テレビマガジン』を見て言う。
 ハガキを出すと、抽選で五十名様に、キャラクターグッツが貰えるというコーナーだ。
 タカは、ハガキを出せば必ず貰えると思っている。何度もせがむので、過去に、ママがキャラクターの絵を描かせて、ハガキを二度ほど出させた。結局、キャラクターグッツなどは貰えなかった。
「タカちゃん、ハガキを出してもね、懸賞なんてなかなか貰えないんだよ。懸賞ってね、ハガキをいっぱい出す人がいるでしょ、みんなに上げられないから、何人か選んで貰えることを、懸賞に当たるっていうのよ」
と、ママ。
「あっ、ボク、もらったことあるよ。ほら、パパの絵で」
「そうだったわね。上手だったよ。パパが何しているところだっけ」
「パパがとんでいるところだよ。それで、おさしみのつめあわせをもらったでしょうよ」
 ちょっぴり自慢げなタカ。
「あのお刺身美味しかったね。タカちゃん」

 大型食料店で『父の日』に先駆けて、『パパの絵』を募集していた。タカとマーも応募したと言うので行って見た。マーの絵は、オレンジ色で何やら描いてあったが、タカの絵は、黒と赤や青など数色を使った、はっきりした絵だ。
 タカの絵に『鮮魚賞』の札が付いていた。
「鮮魚賞のお刺身の盛り合わせは、いつ頃取りに来られますか? その時間にお作りしてお待ちしております」
 と、大型食料店から電話があって、父の日の夕食にご馳走になった。



  曾おばぁちゃんの死

「ばぁちゃん、あのね、ひたちじいちゃんのママがしんだって」
「だからね、あした、あさのごはんたべないで、ひたちじいちゃんのうちにいくって」
 タカとマーが、部屋に入って来るなり、タカが言った。
 出かけるといつもは、玄関先から大声で、「じいちゃん、ばぁちゃんただいまぁ」
 と、賑やかな帰り方なのだが、今日は部屋に入ってくるまで気づかなかった。
 リビングに移動したタカとマーは、すぐに『人間とからだ』(旺文社学習図鑑)を開いた。何度か見ていたのだろう、骸骨の描いてある頁を捲った。
「ボクねぇ、これも、これも燃やしたいんだ」
 と、骸骨や頭蓋骨をタカが指さした。
「ねぇママ、ぜんぶもやすの?」
「タカちゃん、今日はその話は止めよう」
 ママが料理をしながら言った。泣き顔だ。
 私は、次の頁を見て話題を変えた。
「ああ、それは筋肉だね。筋肉マンだ」
 その次の頁を捲ったタカが聞いた。
「これはあかちゃんだ。ちっちゃくって、すこしおおきくなって、おーおきくなって、うまれるんだね。ばぁちゃん、あかちゃんは、おんなのこのおしりからうまれるの?」
「ううん、ちゃんと生まれてくるところがあるんだよ」
「どこに?」

 海へ出かけていた親子たちに、ママの実家から連絡があった。
 人間の死。曾ばぁちゃんの死を、タカやマーに説明するとき、数日前に死んだ、カブトムシを例にして話したとパパが言った。
 カブトムシは、ママと、タカとマーで土手に埋めていた。



   ばぁちゃんって

「タカちゃん、マーちゃん、ほら、コオロギだよ。コロコロって鳴くんだ」
「えっ、なにそれ」
「コオロギ、おうちの中に入ってきたんだ」
「それ、どうするの」
「お外に出すよ。草のあるところへね」
「ばぁちゃんってすごいね」
 タカが目を大きく見開いた。
「なんで?」
「だって、むしだって、とりだって、なぁんでもしっているんだもの」
 タカとマーが、私の手にそっと握られたコオロギと、私の顔を交互に見た。
「だって、ばぁちゃん、タカちゃんたちより、いっぱい生きてきたもの」
 そう答えてから、数日前も同じようにタカが言ったことを思い出した。
 つくば市の高崎自然の森公園に、探鳥の趣味の私は、じいちゃんと孫たちを連れて行った。広い公園をゆっくり回った。
いろいろな生き物がいた。殿様バッタやオタマジャクシ、シオカラトンボや黄揚羽蝶などさまざま。真昼の森の中に、ミーンミーンやジージーという蝉の声に混じって、カナカナカナと二、三聞こえる。
「ヒグラシだ。ほら、カナカナカナって鳴いているのがヒグラシっていう蝉だよ」
 みんなが耳を澄ました。木々の梢や幹を目で辿ってみるが、姿は見つけられない。孫たちも同じように周りを見回した。

 幼い頃、夕刻になると聞いたヒグラシの声。もの悲しい気分になったのは、ヒグラシが鳴き出すと、そろそろ暑さも峠を越したからか。
「へぇー、ばぁちゃんってすごいね。なんでもしっているんだね」
 タカが、私と繋いでいた手に力を入れた。



   寿命

「クワガタがしんじゃった」
「ばぁちゃん、なんでよう」
 タカとマーが虫かごを持って叫んだ。
 虫かごの土の上に、クワガタが背を下にして転がっている。食べ残した昆虫用のゼリーが色を変えていた。
「寿命なんだ。……仕方ないね」
 私の言ったあとに、ママも付け加えた。
「もう、夏も終わりになるから、クワガタはバイバイしたのよ。夏頃までしか生きられないんだから、クワガタも」
「カブトムシもしんじゃったし、セミもしんじゃった」
「蝉なんかは一週間しか生きられないのよ。だから、一生懸命鳴くのよ。その前は土の中にずっといたんだから」
「ダンゴムシは? いつしぬの」
 私は、五歳になるタカの問いに窮しながら、
「寿命か」と呟いてしまった。
「後で、埋めて上げようね」ママが言った。
 納得したのか、二人は玩具で遊び出した。

「ウルトラマンガイヤがしんだんだ」
「しんだ、しんだ」
 もうじき三歳になるマーが、テーブルの上に指人形のウルトラマンガイヤを寝かせ、その周りを十六個ほどの、ウルトラマンヒーローの指人形で取り巻いた。ガイヤだけが寝ていて、後はみんな立っている。葬送の様子に似ていた。
 プラスチックのヒーローたちは、永遠に死ぬことはないだろう。ゴミとなって焼却されるか埋められるまでは。
 生きるもの全ての寿命はそれぞれ長さが違っていて、生まれ出る時にその長さを決められているのかも知れない。そのようなことを思いながら、孫たちの無事な成長を願った。



   誕生祝い

「誕生日のお祝いを買いに行こう」
 タカは平成十一年九月上旬、マーも十三年九月上旬生まれだ。
 二人の誕生日を数日後に控えた土曜日、パパは研修会に出かけて留守だ。
 じいちゃんと私は、孫たちを大型玩具店のトイザらスに連れて行くことにした。
『こどもの日』以来の買い物だ。
 さんざん、本やテレビやビデオで研究しただろう二人。
「欲しいもの決まったの?」
 玩具店に向かっている車中で聞いた。
「ええーっとね、ぼくはぁ」
 タカはまだ決まっていないようだ。
「ウルトラマンのぉ……」
 マーもはっきりとした答えを言わない。
「また迷っているのか」
 じいちゃんは前方を向いたまま笑った。
『こどもの日』のプレゼントを買いに行った時は、マーは、ウルトラマンヒーローとそれと戦う怪獣にあっさりと決めた。タカは、さんざん迷った挙げ句バイクに乗った、やはりテレビドラマのヒーローを買った。
 買った後の二、三日は盛んに取りっこしながら遊ぶのだが、それを過ぎると、いつの間にか、ウルトラマンシリーズのキャラクターに戻る。
 玩具店に入ると、真っ直ぐ目的売り場に向かう。また、ウルトラマンシリーズらしい。やはり、一番人気だ。
「ぼくねぇ、これ」
 マーは、初代ウルトラマンと怪獣ベムラー。
「ぼくは、これだっ」
 タカは、ウルトラムービーセレクションという、テレビ、映画で活躍するウルトラマンヒーロー四体と怪獣四体のセット。
 二人とも決定が早かった。



   バースデーケーキ

 パパとタカとマーは夏生まれだ。三人纏めての誕生会をする日、ケーキを作るという。
 タカとマーが調理台の前で、子供用の小さな椅子に乗って立っている。タカが言った。
「かめんライダーケーキをつくるんだぁ」
 ママが二人に、ケーキの材料を一品ずつ測ることから、手伝わせることにしたようだ。
 私は二月生まれのミユを抱いての見学。
 計量器に小鉢を載せ、砂糖、粉、バターなどをそれぞれに測っていく。
 だが、必要以上に、タカが計量器に手を載せたり、マーが椅子の上で飛び跳ねたりして、何度も注意されている。
「ねっ、ママのいうことを聞けないんだったら、向こうに行っていて」
 ママが、怒った。
「わかった。だいじょうぶ」
 タカが手を引っ込めた。
「はーい。ぼくもだいじょうぶ」
 マーも、動きを止めた。

 タカが、卵の黄身をホイップする。マーが、卵の白身をホイップする。それから、ママが、他の材料も入れてマゼマゼする。
 オーブンからの良い香りを楽しみながら、二人が交互に泡立て器を両手で握って、生クリームをホイップする。
 仕上げはママだ。
 パパが、果物類を挟んだ二段重ねのスポンジケーキを、生クリームでデコレーションする。そしてその上に、家族の人数分七個のイチゴを配置する。
 タカとマーが、桃、ブドウ、イチゴ、キウイ、オレンジ、お菓子の『きのこの山』を散らす。
 その中心に、パパが、仮面ライダーの人形二体を向かい合わせに立たせた。

最新の画像もっと見る