紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

天使の羽音-1

2018-06-07 06:55:55 | 江南文学(天使の羽音)


「江南文学」掲載「天使の羽音」33作中ー1
  

 凧揚げ

 私は、二歳四ヶ月のマーと、四歳四ヶ月のタカを連れて、利根川の河川敷運動公園で、生まれて初めて凧揚げをした。
 ママは、孫娘のミユを産んだばかりだ。
 凧は数日前二人を連れてデパートで買った。アニメキャラクターが描かれているジェット機型。三百六十円。
 前日は強風だった。近くの公園では、ものの五分も揚げないうちに墜落して、破損してしまった。
 この日は破損したところを補修して出かけた。適度な風に凧は簡単に揚がった。初めての経験だが、落ちかかったら糸を少し引くことなどは、どこかで知識の中に入っていた。
 十メートル位までしか伸びないように、糸を絡めてタカに渡した。タカがコツを掴むのに時間はかからなかった。手袋を外し、手を真っ赤にして糸を握っている。
「さむいのなんかへいき」
 堤防側面の傾斜を上下して走り回っている。
 私はマーを眼で追っていた。帽子にマフラー、羽毛入りジャンパーで、スコップと、柄付き鍋を持って堤防下を何やら探している。
「ワンワンがきたっ」
 マーに気を取られていた私が振り向くと、タカが凧の糸を放して斜面を駆け下りていた。
 二頭の犬を連れていた男性が、一頭の小さい方の綱を放していた。放れていた犬がタカめがけて走り寄ってきたのだ。
「犬の綱を放さないでっ、つなっ」
 と、私は叫んだ。男性は聞こえたらしいがそのまま行ってしまった。小さい犬は方向を変えてその後を追っていく。
 タカの手から離れた凧は、八十メートルも飛んで墜落をした。
「たこっ、たこっ」
 私と孫二人は、凧の後を追った。



  ガチャ、ガチャ

「ガッチャン」
 朝食の支度を整えたダイニングから瀬戸物の割れる音がした。行ってみると、じいちゃんが、食卓で割れた皿の始末をしている。
「割っちゃったよ。手が滑ったんだ」
 ジャムの入ったガラス瓶を、パン皿に落としたと言う。瓶は大丈夫だが、白い皿は細かく割れ、食卓の下まで飛び散っていた。
「歳をとると握力が落ちるのよ。意識して持たないと駄目よ。パパが出張する日に縁起悪いわね」
 私は、仏壇に向かい、一家が無事に暮らせるように祈った。
 今日は、じいちゃんの仕事が休みなのと、雨降りでもあるので、隣町のデパートに孫二人を連れて行くことにした。
「ね、ガチャ、ガチャしてもいい?」
 タカが聞く。前々からねだられていた。
 デパートの入口に玩具コーナーがある。タカが言う「ガチャ、ガチャ」は、いろいろなキャラクターが描かれていて、五十台を超えるほど並んでいた。
 一個百円から三百円まで。表示されている金額を入れて、ハンドルを握って回すと「ガチャ、ガチャ」と音を立てて、丸いプラスチックの容器に入ったキャラクターが出てくる。それで、通称「ガチャ、ガチャ」と言う。
 散々迷い続けていた二人は、握り締めていた三百円を投入し、タカはウルトラマンタロウ、マーはウルトラマンアグルを手に入れた。
 帰り道、大型食料店に寄り食材を買った。
 家に着くと私は先に降り、買い物袋を下げて玄関に向かった。じいちゃんが車をバックで車庫に入れようと方向を変えていた。
「ガン、ガ、ガチャン」
 もの凄い音に驚いて戻って見ると、車庫の柱に、車の右後部が衝突していた。



   弁当

 いよいよタカは、入園二週目の火曜日から、弁当を持って幼稚園に通うことになった。
「ばあちゃん、これがおべんとうだよ。ウルトラマンがかいてあるんだ」
 園から帰ってきたタカが嬉しそうに見せてくれた。アルミ製シルバー色の楕円形の蓋には、いま人気のウルトラマンが描いてある。
「あら、パパが幼稚園に持っていったのと同じようだわ」
 三十二年前、息子に持たせた弁当箱とそっくりだ。
 すっかり忘れていた記憶を手繰っていくと、シルバー色の蓋に描かれた『あしたのジョー』を思い出した。親子共々夢中で見たテレビ漫画の主人公だ。
 タカはスローペースな食べ方をする。毎日、「早く食べなさい」
 と、ママに言われながら、遊び半分で食べる。そんなタカが幼稚園ではどうなのだろうと心配したが、弁当持参の初日に帰って来るなり、ウルトラマン柄のブルーの袋から出して見せた弁当は、きれいに食べてあった。
「早く食べられたの?」ママが聞いた。
「タカちゃんね、はやくたべれたよ。せんせい、ぎゅうにゅうのこしてもいいって」
「無理に飲まなくてもいいって言ったの?」
「あのね、くだものを、もってきたおともだちもいたよ」
「そう。じゃあ明日は、果物も入れようね」
 早速、翌日はイチゴを持たせたようだ。

「ばあちゃん、かじっちゃった」
 元気に帰ってきたタカが指を見せた。右手人差し指に傷がついている。卵を手掴みで食べて、血豆を作ったと先生から連絡があったらしい。ママが言った。
「箸を使いなさいよって、言ったでしょ」



   花飾り

「ママにおはなあげよう」
 タカが白い花を摘みだした。
「ボクも」
 マーも摘む。
「ねぇ、じいちゃん、この花なんていうの?」
「レンゲかな」
 堤防に腰を下ろしていたじいちゃんが、タカの問いに答えた。
「何言っているのよ、クローバーでしょうよ。もっとも、キュウリの葉もナスの葉も分からない人だから仕方ないけど」
 私は、相変わらず物事に無関心なじいちゃんに呆れてしまった。
「クローバーだってさ。ママに摘んで行くのか。ママ、喜ぶよ」
 二人の孫の手いっぱいに、クローバーが握られている。それを見ているうちに幼い頃を思い出した。
「ばぁちゃんがいいもの作ってあげるよ。持ってきてごらん」
 タカの持っているクローバーで作り出した。
 編み方は定かではない。
 記憶を手繰った。
 最初はネックレスを目指したのだが、本数が少ない。マーの摘んだ分も含めれば、なんとか作れると思ったが、マーはそのままで、ママに持ち帰ると言い張る。
 出来上がったのは直径十二、三センチの輪。

 玄関に、出迎えたママに二人が差し出した。
「ママにプレゼント」
「ママ、おはな」
「まぁ、きれい、ありがとう」
 孫たちの熱い手に握られて帰ったクローバー。ブレスレットはママの手首に。一方は、ガラスのコップに活けられ、リビングとキッチンを隔てるカウンターに飾られた。



   ダンゴムシ

「ばぁちゃん、ダンゴムシがあかちゃんをうんでいるよ」
 タカが、プラスチックの容器に入れていたダンゴムシを早く見ろという。
 黄色の容器を覗くと、ダンゴムシが腹を見せて蠢いている。
「ほら、うんうんってうんでいるよ。がんばれ、がんばれ」
「え?」
「ばぁちゃん、ほら、あかちゃんがいっぱいでてきているでしょ」
「うーん、見えない」
「みえないの? ほら、きいろのちいちゃいのが、あかちゃんだよ」
「ちょっと待って、眼鏡で見るから」
 眼鏡をかけてよく見ると、腹を見せて蠢くダンゴムシ。
 どっちが頭でどっちが尻かわからないが、一方の腹に、一ミリほどの黄色みがかったものが、微かに動いている。それが、見ている間にその数が増えていくように見えた。
「ねっ、ばぁちゃん」
「うーん、これ、赤ちゃんなの?」
「そうだよ。ね、マーちゃんもみてごらん」
 マーも覗き込んだ。
「ね、じいちゃんもみてごらんよ」
「どれどれ」
 老眼鏡を光らせてじいちゃんが首を傾げた。
「ママにもみせてあげよう。ママ、きてごらんよ。ダンゴムシのあかちゃんだよ」
 昼食の用意をしていたママが外に出てきた。
「これ、赤ちゃん?」
「そうだよ。これ、あかちゃんだよ」
「うーん、赤ちゃんかなぁ」
「ダンゴムシのあかちゃんだよ」
 タカは、ダンゴムシの出産だと言い切った。きっと、昆虫図鑑で得た知識なのだろう。



   お泊まり

「ボク、ぜったいいかない」
 タカが強い口調で言った。
 幼稚園の『お泊まり保育』が七月十九日の夕方から、翌二十日の午前十時頃まである。
「だって、ママがいないんだもん」
「あら、みんなもママと一緒じゃないよ。とにかく行ってみよう。どうしてもイヤだったら、その時考えればいいよ」とママ。
「ううん、ぜったいヤだ」
と、タカが何度も繰り返した。

 十九日の夕方、ママがタカにシャワーを使わせた。子供用布団、パジャマ、洗面用具、着替えの衣類などを袋に入れて車に積み込んだ。その頃には、タカの気持ちも、少しずつ行く方向に変化していたらしい。
「きっと、楽しいよ。ママも幼稚園の時うんと楽しかったもの」
「パパは、年長の時、日光で泊まったな」
 パパも昔を思い出したようだ。
 幼稚園にはマーとママが送って行った。車中のタカは涙ぐんでいたらしいが、さほどの抵抗もなく車を降り、迎える先生や友達の中に入っていったそうだ。
 翌日、ママとマーが迎えに行った。
 帰ってきたタカは、キャンプファイヤーや盆踊りなどをした。夕食はカレーで、朝食はホットドックとカルピスと果物のゼリーだよ。と、話してくれたのだが、少し元気がない。寝不足らしい。
 担任の先生からの報告では、深夜十二時頃まで眠れないでいるので、
「先生がだっこしようか」
 と、他のクラスの先生が声を掛けると、
「ボク、タカノせんせいがいい」
 と言って、担任先生の体が空くのを待って、添い寝をしてもらったという。



   カタツムリ

「去年のシーズンオフに五百円で買った」
 と、パパが広げたプール。直径一、三メートル。深さの三分の一程度水を入れ、タカとマーが遊んでいた。私は木陰で生後五ヶ月の孫娘のミユを抱っこしていた。
 プールの上に枝を伸ばしている花桃。その枝先にしがみついているカタツムリを見つけた。梅雨が開けてからの連日の猛暑に、例年の半分にも育っていない。
「水を掛けてやってよ。カタツムリはお水が好きだから」
 手を伸ばして捕まえ、二匹をタカに渡した。
 プラスチックの容器に入れ、水を掛けると、角を出し、頭を左右に振りながらゆっくりと動き出した。
「キャーッ、マーちゃん、はやくはやく、カタツムリのどうろをつくろうよ」
 タカは水遊び用の玩具を、カタツムリの行く手に次々と並べていく。マーもそれに協力する。
「カタツムリつかまえることできたよ。くびがネバネバしている」
 タカが叫んだ。マーも触ってみる。
「うん、ネバネバ」
 タカは、小さな虫も掴めなかった。
 やっと最近、死んだ蝉やカブトムシを掴むことができるようになった。クワガタはまだ掴めない。
 マーは、平気でどの虫も掴むことが出来る。
「もう終わりにしなさい。お昼御飯よ。カタツムリは玩具じゃないのよ。飼っていたカブトムシだって死んじゃったでしょ」
 ママの声に二人が顔を見合わせた。
「また、遊んでもらおうね」
 私は、花桃の枝にカタツムリを戻した。翌日から、花壇や植木鉢の水やりの時、花桃の木にもシャワーを浴びせた。


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