天地公道(人生の処方箋)

私達人も天地自然に生かされて、
人力を尽くし、自分の運命を切り開きましょう!

変わる

2021-03-19 22:41:56 | 新陳代謝

令和3年3月17日人生の処方箋
[咎めることなく 切れることなく 離れることなし]

人間は変われるものだと、知っていながらなかなか変われないものです。

人生は見落とすことが多々あります。しっかり見て見定める習慣があれば、転ぶ事もありませんし、転んでも次の瞬間、御神尊様が手を伸べて待っています。

『あなたは見る習慣、聞く習慣できましたか?』それが習慣になれば『人生の謎に、とりつかれる』こともありません。

人生には不可解がありすぎて、神仏の祟りとか、先祖の因縁さわり祟りなどと信じてしまいます。

孫がお寺が好きだから、お坊さんになるか?と聞いたら、お寺もお坊さんもなる気はない、ただ仏像が好きなだけといいました。もう4月には中学2年になります。

そして話の流れで、ジイジは明るすぎる、ちょっとその辺が変わりすぎてる、だから長生きするよ。ともいわれました。そのように見えているのですね。

そこまでの過程は誰も家族は見たものがいません。なぜなら養父母にしかわからないことです。『ずいぶんと咎めてきました』『大切な肉親とも切れてきました』そして『孤独を愛し、平気で離れてきました』

でも、今は御神尊様をマネして、人の家の玄関にたち続けたおかげで過去と決別できました。誰でも変われるから、生命があるのです。やります!

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愛のチカラ

2021-03-19 22:31:59 | 信仰と生活

令和3年3月16日 [愛とは合うこと]  


 気分の良し悪し、体調の良し悪しがあります。物事の決断は調子の悪いときは避けた方がよいでしょう。心のわだかまりがそのままだからです。

 心中のわだかまりは、年来のもので解こうとする気持ちにならなければ、日々の生活に不都合が生まれてくるものです。それでいて『これってなんでだろう』はよくある話しです。

 運命的現象を不可解にするのは、愛の生活が大切中の大切の認識が不足しているからです。

自分が可愛いからであり、自分も幸せでありたい。

家族や隣人を愛するということは、人を受け入れること

関係を良好にする糸口です。

『愛とは合う』ことの奥にあるのは

『きれない関係』『離れない関係』『共に助け合う』そして『清濁併せ呑む生活』

これが日常生活上の愛のチカラです。良いことが並んでやってきます

やります!

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左と右

2021-03-19 22:26:04 | 信仰と生活

令和3年3月15日人生の処方箋
[愛情の双手を使いこなすこと]


 人間は努力の積み重ねで、この世界のさまざな障害を乗り越えてきました。多くの人を失いながら、悲しみに耐えてきました。そこから見えることは、御神尊様が『天地を拝んで道を知る』といわれたことばです。

  天地を親祖(みおや)といわれる、つまり主役は人間ではなく、天地であり大自然であるということです。そこに生きて生かされていることは、何かの使命、天命を感じるからこそ生きられるものです。だから傲慢さを鼻にかけ、人の世話にはならないなどということはいえません。

 夫婦、親子、そして隣人、職場。その時々に憎みあい、咎めあったとしても、何事か身辺をおびやかす出来事があれば『愛の霊性を発露するのが私たち人間』です。

 時に『手で叩く、口でたたく、根性で叩く』としても、これに対して『人間は叩けば、撫でさする。泣けばいたわり。優しいことばをかける』ものでもあります。

 私たちは天地の狭間にいて『愛情の生活』しかありません。『激しく対立すれば』かたや『慰めいたわるこれを愛情の双手』といいます。『片手は不幸の始まり、右手があれば、左手もある』右手で叩くならば、左手はどうしていたんでしようか?左手も動かしてください。 やります

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