天地公道(人生の処方箋)

私達人も天地自然に生かされて、
人力を尽くし、自分の運命を切り開きましょう!

動的信仰

2024-05-07 08:19:00 | 御神尊様
🔴24令和6年5月5日実践心学
[やりますは愛の象徴]ライン日記

私の人生の転機は、御神尊様に19才で出会ったこと。そして、恥ずかしそうに家族の前で初めてやりますを叫んだこと。それからは、親にたいする不機嫌の態度に気づいては、やりますをとなえたものです。そのやりますは、純真そのもの。御神尊様〜と心で叫び口にしたものはやりますです。

それが義理の生涯を支え、重大な病いも潜り抜けることができたのです。『祈りは静なる合掌』それだけではなく、『日常生活の動的合掌がやります』が、これが人としてのまことの道、運を開くみちです。やります!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

感動人生を目指す

2023-12-11 08:29:00 | 御神尊様
🔴23令和5年12月11日実践心学
[人生 自立のための合掌]ライン日記

かつて『病気と寿命は関係ありません』に感動した義弟。そのおりは、ひょっとして難病の疑いで深刻な精神状態。

お見舞いの書状の文中に『寿命と病気は関係ない』のことばでその瞬間、懊悩から救われた、と感謝の連絡。
しかし、やがて健康が回復。旅もし酒も毎日呑む生活では、いつのまにか、元の木阿弥。あの感動は消え、健康が当たり前になっていました。

久しぶりの出会いに『病気と寿命は同じ気がしている』といいます。あの時はそう思ったけど、です。これが人間心理です。その時々の、心の喜び悲しみに泳がされているのです。

合掌で実践心学で、天地の動きから学び、『やりますの絶対信』を身につけていただきたいものです。やります!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

人世の為に祈願

2023-09-20 08:34:00 | 御神尊様
🔴23令和5年9月14日天地の妙理
[天地に誓う 七たび生まれ変わる]ライン日記

さて、鎌倉時代末期の武将、新田義貞は七度生まれ変わって、この恨みを晴らしてやろうぞ。と遺恨のことばをのこしています。戦国時代の武将、山中鹿之介は尼子家の再興を、月に祈っています。

昭和の世に、御神尊様は修行のおり『鹿之介は月に祈り、私は、天地に祈りて道を知る』と記しています。
そして『骨身を削り(七度生まれ変わって)救わずにおくものか』と誓願を遺しています。

極めつけは、佐賀の霊峰天山1046メートル。12月早朝の雪の奥之院に参拝、白光を浴びながら雪を被った『神よ我が身をかりて世に出ざるや』の気念碑をひとり仰ぎ見たのが、昨日のことのようです。やります!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

はたらく杖

2023-08-31 08:29:00 | 御神尊様
🔴23令和5年8月26日天地の慈悲
[何かを必ず掴んで帰ってこいよ]ライン日記、その❺

今だからいえることって、ありますよね。聖主様の修行が厳しくなる道すがらで、教務室長、常任理事のお役の折もおり、倒れた私です。

55歳の働きざかり、徹夜で指示された原稿をいくつもこなしたものです。ところが、脳内出血で半身不随になり、車椅子の身には、有り余る時間は『死なき道に到達』する慈悲でした。

では、立ち上がるエネルギーは『誰のためは、家族と、苦悩を抱える人』です。さらに聖主様が2日目にこられ、『長久、何かを必ず掴んで帰れよ』『お前ならできるだろう』のことばをおいて帰られたのです。

そこで足らざるは『いつも明るく』のこと。手足は活力に目覚め、『人のために生きる』が2ヶ月後には車椅子とも別れ、はたらく杖を与えられ、これもまた、合せ鏡の力でしょう。やります!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

慈悲と慈愛

2023-01-27 08:35:00 | 御神尊様
令和5年1月27日天地の公道
[本能の愛と 天地の愛]ライン日記

御神尊様は、我が子を愛してない親はひとりもいない、もし、あなたが仮に継母の場合、その子を心から愛することができるだろうか。それができれば本物の愛。でなければ、それは動物の情といわれてます。

親子の情は本能的なもので、お腹を痛めた子が可愛いのは、動物本能の情で愛ではありません。たとえ継子といえど、心から親子の縁に目覚め心から愛することができれば、『天地の愛』に目覚めたといえます。

私の養母はふたりの実子がいながら、差別なき愛と情を注いでくれたものです。この情愛は、さらに御神尊様の慈悲につながるものです。やります!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

真理は至る所で

2023-01-04 19:42:00 | 御神尊様
🔴令和5年1月4日天地の恵み
[自分には いっさい関わりはござんせん]ライン日記

昨年の秋、佐賀の古湯温泉に行きました。秋の紅葉に浸るためです。ついでに晩年、執筆活動をした作家、笹川佐保邸を覗くつもりが休館でした。

見晴らしの良い高台からは、小城市の三日月町を望見できます。はたと思ったのは、彼の著作、木枯らし紋次郎シリーズで、紋次郎のふるさとが三日月村に設定されていたからです。
『古湯と三日月にまぼろしの故郷を見たから』が移住のことばです。

紋次郎に語らせたのが『世の中やります、やりますといいながら、何もやらない人間が多すぎる』だから『わっちにはなんの関わり合いはござんせん』といい。思わないところで、やりますに生きる人間を書いた作家とは、古湯に感動したひとときです。やります!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

実践心学

2022-11-10 08:41:00 | 御神尊様
🔴令和4年11月8日天地の理法
[天地の理法は歴史を作る]ライン日記

(その1)
歴史は〇〇に作られる、などといわれたものです。
御神尊様の歩みはとんでもない修行で『運命製造の道を、天地の理法』のなかに発見しています。

沿革をひもとき研究を重ねると、視えてくるものがあります。初めは神道実行教。理屈ばかりで実行がともなわないことから、生まれたのが実行教。つまり実行しましょう、です。

なにを実行するかに、御神尊様の人間救済の修行が生まれ、真の生き方を実行教から離れ、新しい道を示していきます。そこに『やります』があり、実践心学があります。やります!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

寄り添う生き方

2022-08-26 08:43:00 | 御神尊様
令和4年8月23日性格と運命
[玄関に立つことが 自らを変える]ライン日記

御神尊様は、四国の修行のみぎり托鉢をしながら、玄関先の内側の人間生活の苦悩を、敏感にその身に受け止めて、運命の根源を突き止めました。

それが心に刺さり、同じ苦悩に喘ぐ人の玄関に立って学ぶ修行を20歳で決意したものです。自分の人を避ける性格、マイナス思考、マイナス感情。を変えるには、これだと、人の縁を頼りにどんなところにも行ったものです。お陰げで、家庭内の義理の問題、生活の問題を糧に裏とおもてに性格を善用することができました。

隣に友達がいて、苦しんでいれば、雨中に傘をさしかけるようなものです。それを寄り添うというのでしょう。自分の喜びを自分だけのものにせず、人に寄り添いともに喜びを分かち合うことです。これがめざす道です。やります!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

恋慕

2022-08-17 11:29:00 | 御神尊様
令和4年8月15日祖霊と運命
[恋慕とは何か とは何か]ライン日記

仏様と先祖とのつながりへの思いを、『恋慕』とはおどろきです。『宗祖、開祖を憧れ慕う』との解説があります。コロナ禍のなかで、参拝をもって恋慕としたことが動けなくなり、聖地への思いとネット化に遅れ困惑しています。

それはさておき、佐賀鍋島藩の山本常朝の『葉隠れ』は300年前にできたもの。常朝に『あなたの殿様に対する畏敬の念はどこから来てるのか?』に、殿様には『しのぶ恋』で仕えたとあります。

告白したい思いを抑え、勤めることが真の鍋島武士というわけです。このことばは胸に刺さり、300年をへだて常朝と思いを同じくしました。だから、天地の道の先に御神尊様をみたのです。やります!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

苦を磨く道

2022-03-29 08:45:00 | 御神尊様
令和4年3月26日人生の処方箋
[苦を大海のように飲み込む]ライン日記

かぼちやは、ツルがいたるところにはびこるらしい。ちょうど『おれ我』『ワタシ我』の自己主張のようだ。といわれています。

それにトマトは雨に弱いらしい、屋根で守ってあげたり、ヒモで繋いであげることもあるようです。支えも一本では倒れそう、みんなで支える必要があるとききます。

きゅうりは、一本のツルにすがって自立して成長するようです。人間も自分自身の心、精神をしっかりもっていかなければ、生きずらくなるのがいつの世も同じでしょう。

御神尊様は大きな理想に生きた人です。そのために苦労はいといませんでした。むしろ苦こそこの世の宝なりけりと、大きな懐に抱き込んで道をひらいたものです。

今日を苦しむ明日を苦しむ、私たちには『苦は磨きの道』と教え、心を大きく大海のように苦を呑みこみ処理できることは無理でしょうか。やります!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする