碑文の宮殿の斜向かいにある建物が、この宮殿です。本当に宮殿だったかというと、どうやらはっきりとは分からず、単に一番立派な建物なので“王が住んでいたところではなかったのか”という推測の元に現在は「宮殿」と名付けられているみたい。
この宮殿には見所が沢山あったのですが、今日はパカル王について。パレンケ特集初回から“パカル王”の名前を何度も出しましたが、この王は7世紀にパレンケを統治。彼とその息子のチャン・バールム王の時代にパレンケは急速に成長&最盛期を迎えたそうです。
宮殿にこんなレリーフが残っています。
向かって右側がパカル王。その向かいの人物が彼の母親。このレリーフに描かれている場面は、母親がパカル王に王冠を渡している様子(=王位を息子に譲っている場面)を描いた物で、パカル王は双頭のジャガーに座っています。近くで見ると、もうちょっと分かりやすいのですが。
ガイドさんの話によると、パカル王以前は、代々女性がパレンケを統治していたそうです。しかしパカル王以降は男性が王位を継ぎ続けたそうで、このパカルの王位継承をきっかけに、女性支配の社会から男性支配の社会へとシステムが変化したのだとか。
さてさて、一昨日の記事で、「パカル王の墳墓には面白い話がある」と書いたのを覚えていらっしゃいますか?正確には墳墓の蓋に彫られたレリーフが興味深いんです。一昨日、山田様撮影の「王の墳墓レプリカ」(メキシコ国立人類学博物館 マヤ室)の写真を載せましたが、下記が本物のパカル王墳墓の写真。今は残念ながら立ち入り禁止で本物を見られないのですが、山田様がお写真を送って下さいました
【パカル王墳墓 パレンケ遺跡】(山田俊彦氏撮影)
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注目すべきは、一枚岩で造られた、重さ5トンもする蓋に描かれた図柄。
これがその図柄を絵にしたものですが、よー見てください。
(ホームページ:ラテンアメリカ博物館より)
絵を左に90度回転させて見てみると、まるで王がロケットの様なものにまたがっているように見えませんか?結論から先に言ってしまうと、「確かにそう見えるし、宇宙人説はロマンチックだけれど、ただそう見えるだけ」らしいです。ロマンを感じた方、がっかりさせてすみません。でも実際そう信じている人もいるそうで、それはそれでロマンがあっていいと思います 遺跡内やその他土産物屋では、この図柄を描いた壁飾りなどが売られています。
この事の詳細については下記H.P.で詳しく説明されていますのでご覧下さい。描かれた図柄が実際には何を意味しているかも書かれています。
No.26パレンケ遺跡パイロット彫刻◆オーパーツ
ラテンアメリカ博物館(マヤ文明最大の発見の舞台パレンケ)
もう一枚、メキシコ国立人類学博物館 マヤ室に展示されているものの写真を山田氏が送ってくださいました。またまた失敗した事に、翡翠の仮面を見た嬉しさで(本物かレプリカかは未確認ですが)舞い上がっていて気づかなかった私。。。 次回、確認せねば。
メキシコ国立人類学博物館 マヤ室に展示されている、パカル王の顔と言われているもの
(山田 俊彦氏 撮影)
確かに写真2枚目のレリーフと顔がそっくりですね。何といっても鼻が特徴的。本当にこんな鼻の持ち主だったのかな?確かに墳墓の蓋の絵も似てるな・・・。
しかし、謎が多ければ多いほど、こんなロマン溢れる話も出てくるんですよね
そう言えば、私が昨日の記事をUPした前日に、日本のTV番組でちょうどパレンケ遺跡&翡翠の仮面を扱った番組をやっていたそうです。なんてタイムリー。見られた方はいらっしゃいますか?
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対の像を見た記憶が有りませんので次回行かれましたら写真をお願い致します
対になっているんですね!分かりました、次回絶対に忘れないようにメモっておきます。
人類学博物館に通うのが楽しみになってきました!