冬季オリンピック、日本時間での放送は明後日からだとは思いますが、ともかく今週末にスタートします。
開催地バンクーバーは2回・・・日数にしたら合計1週間程度の観光でしたが、思い出がある町です。
良い思い出も良くない思い出もあります
日本人が大勢住む町としては世界で8番目だとか・・・
そう言えば昔観光で訪れた時に聞いた話では、物価が安い・治安が良い住みよい街なんだそうですが・・・但し賃金も安いとか。
ともかく日本人にとっては比較的住みやすい町らしい。
でも、2回目の旅行では嫌な思い出がいくつかあって、これがカナダの好感度に傷になっています。
誤解をされないように断って置きますが、旅行自体はマアマア楽しかったのですが、それとは別に全てが良かったわけではないと言うことです。
初めてカナダの西海岸バンクーバーとロッキーの山の中バンフに行ったのは当時勤めていた会社の社長の御供・カバン持ちみたいなものでした。
この社長は囲碁好きで、当時の私に4つ置く手合い・・・経営者と社員の関係であり囲碁仲間でもありました。
その旅行には社長のロータリークラブ仲間が数人自費参加していて、半分は囲碁を打つ・・・そういう関係からカバン持ちに指名されたのかも知れませんが、5人の社長連の共通の小間使い旅行。
本来グループ会社共催のお得意様招待旅行と言う事でしたので、純粋に旅行を楽しむと言うよりは、接待半分観光半分・・・でもまあそれなりに楽しませて戴いた。
この時はカナダ大使館の協力もあって、全てのスケジュールは円滑に出来ましたので、素人の私としてはこれが当り前だと錯覚していたのです。
この旅行から帰って来て、女房殿から「お父さんだけズルイ」というクレームがあり、勢いで「では2年後には家族で」と言うことになってしまいました。
そしてその2年後、今度は団体では無く家族旅行・・・いくつかのファミリーのグループと言うことで我が家は10才の娘、4才の息子の4人。
ここで、日本人の旅行が外国・特に欧米でどういう風に扱われているのかの一端を経験させられたのです。
初めはアメリカのシアトル経由でカナダに入る予定でしたが、8月末は季節的にアメリカへのホームステイの学生が多い時期で、その入管通過に手間取っていて目の前で飛行機が飛んで行ってしまいました。
バスでは無いから待っていてはくれない・・・これは単純な事故ですから仕方が無いとしても幸先が悪い。
旅行社の現地駐在員の手配で積み残し乗客は小型のプロペラ機でカナダに入国と言うことになりました。
これは良い経験かもしれない(機内サービスが紅茶とクッキー。15人乗りのプロペラ機で、着陸態勢に入る時の飛行機の姿勢がまるで映画の爆撃機のように翼を傾けて滑るように斜めに降下するのとプロペラ機特有のソフトランディング)ので、一応これは嬉しい誤算。
問題はこの2日後から起きました。
バンクーバーからジャスパーまで大陸横断鉄道の寝台を予約して、食事は食堂車に予約・・・ここまでは良かった。(寝台車のルームサービスのオジサンは昔連合国軍人として日本に駐留していたとかで、片言の日本語が話せました)
御蔭で、最近の列車での旅行番組を見てもじ実感としてわかる。
問題は翌朝ジャスパーに着いて、予約していたスプリングホテルがオーバーブッキングだと知らされました!。
(オーバーブッキングと言うものをこの時初めて知りました・・・多分普通の日本人では考えもしないと思います)
要するにアメリカからの観光旅行者と私たち日本人に宿泊券の二重売り。
聞くところによると、ホテルなどではキャンセルの危険回避・利益確保の為に珍しくないらしい。
しかし二重売りの結果どちらかは予約ホテルからはじき出されるわけで、この場合アメリカ人の方が優先になってしまう。
ホテルの隣のモーテル(日本のものとは多分違うとは思いますが)に移動し、食事だけはそのホテルで・・・お詫びのフルーツバスケットが届きましたが、これが悔しい。
親日とか言っていても、こういう場面ではカナダの隣国であり同色民族の対アメリカ人の次に優しいと言う事に過ぎないらしい。
この旅行では次にまたしてもオーバーブッキングがおきまして・・・カルガリからバンクーバーへ戻る飛行機のチケット・・・これがまたしても二重売り。
現地の同行ガイドさんの奮闘で次の便に乗れたので助かりましたが一時暗い気持ちで空港ロビーで待機。
そして、更にこの旅行では3度目のオーバーブッキングに見舞われました。
最終日にバンクーバーからシアトルに飛行機で移動する予定が、これがノーチケット。
急遽ガイドさんの協力で陸路国境を越えることになりました。
車でバンクーバーからシアトルまで・・・陸の国境は初体験なので良い経験と言えば良い経験ではありましたが・・・(今ならイチローの活躍する町ですが当時は違いました)。
さてさて、アクシデントはあったものの何とか無事に帰ってこれましたが、この旅行は日本人旅行者がどう扱われるのか、良い体験をしたようです。
こういうことは大きな旅行社の旅行では少なく、ファミリーとか個人旅行の規模の物が被害にあうらしいので、向こうさんも相手を見て横車を押すようです。
自分の小さな体験で全てを評価するのは間違いだとは分かっていますが・・・でも、幾ら親日であってもいろんな国、民族に温度差があると言う事を体験したと思っています。
何かあった時の優先順位は日本人は決して高くは無い。
タイタニック的に考えると・・・日本人は並び順は後ろでしょうね。
オリンピックでも無条件の親日的応援は無いと想像しています。
以前のアメリカ・ソルトレークの時もそうでしたが、エゴ・身びいき的な応援や判定が目だったように、今度も自国カナダ、隣国アメリカなどの優先順位があるでしょうねきっと。
オリンピックではカナダは親日のイメージがあるけれど、それに間違いは無いと思いますが、でも日本人が”お人好し的”に感じている程ではないでしょう、多分違う一面が表れるような気がしています。
娘が小4の時の旅行でしたが・・・当時バンクーバーとその周辺の地域で人口100万人として、そのうち中国系は10万人、日系は数千人・・・今はどのくらい住んでいるのでしょう。
そうそうその時の旅行で我がファミリーは食事で失敗をしました。
中国人街のレストランで家族4人で食事をしたのですが、注文するやり方と言うか食事の形と言うか・・・そういうものが分かっていませんでした(無知でした)。
我が家族4人は麺類を一人1品注文、例えば肉団子入りの麺とか。
これが出来上がってテーブルに並んだところで、何かしら周りの中国人客の視線を感じる。
そうですね、後で学んだのですがこういう注文の仕方は現地では無いようです。
いろんな料理を注文して麺類はそのうちの1品か2品なのです。
一つ一つの量が大きいので、それを皆で小さな茶碗にとって食べる・・・考えて見ればそうでしょう。
それを我が家族は各自が大丼の麺に格闘しているのですから、中国人客から見たら「変な外人」だった筈です。
バンクーバーオリンピック。
昔、オーバーブッキングでどんなに人が良い顔をしていても、その下にもう一つ本当の顔があるらしいと感じた事を思い出しながら、バンクーバーの街を見ることでしょう。
中国人街での食事のミスも、懐かしい思い出ではあります。
決してカナダが嫌いでは無くむしろ好きな国ですが、いろんな感情が入り混じっています。
開催地バンクーバーは2回・・・日数にしたら合計1週間程度の観光でしたが、思い出がある町です。
良い思い出も良くない思い出もあります
日本人が大勢住む町としては世界で8番目だとか・・・
そう言えば昔観光で訪れた時に聞いた話では、物価が安い・治安が良い住みよい街なんだそうですが・・・但し賃金も安いとか。
ともかく日本人にとっては比較的住みやすい町らしい。
でも、2回目の旅行では嫌な思い出がいくつかあって、これがカナダの好感度に傷になっています。
誤解をされないように断って置きますが、旅行自体はマアマア楽しかったのですが、それとは別に全てが良かったわけではないと言うことです。
初めてカナダの西海岸バンクーバーとロッキーの山の中バンフに行ったのは当時勤めていた会社の社長の御供・カバン持ちみたいなものでした。
この社長は囲碁好きで、当時の私に4つ置く手合い・・・経営者と社員の関係であり囲碁仲間でもありました。
その旅行には社長のロータリークラブ仲間が数人自費参加していて、半分は囲碁を打つ・・・そういう関係からカバン持ちに指名されたのかも知れませんが、5人の社長連の共通の小間使い旅行。
本来グループ会社共催のお得意様招待旅行と言う事でしたので、純粋に旅行を楽しむと言うよりは、接待半分観光半分・・・でもまあそれなりに楽しませて戴いた。
この時はカナダ大使館の協力もあって、全てのスケジュールは円滑に出来ましたので、素人の私としてはこれが当り前だと錯覚していたのです。
この旅行から帰って来て、女房殿から「お父さんだけズルイ」というクレームがあり、勢いで「では2年後には家族で」と言うことになってしまいました。
そしてその2年後、今度は団体では無く家族旅行・・・いくつかのファミリーのグループと言うことで我が家は10才の娘、4才の息子の4人。
ここで、日本人の旅行が外国・特に欧米でどういう風に扱われているのかの一端を経験させられたのです。
初めはアメリカのシアトル経由でカナダに入る予定でしたが、8月末は季節的にアメリカへのホームステイの学生が多い時期で、その入管通過に手間取っていて目の前で飛行機が飛んで行ってしまいました。
バスでは無いから待っていてはくれない・・・これは単純な事故ですから仕方が無いとしても幸先が悪い。
旅行社の現地駐在員の手配で積み残し乗客は小型のプロペラ機でカナダに入国と言うことになりました。
これは良い経験かもしれない(機内サービスが紅茶とクッキー。15人乗りのプロペラ機で、着陸態勢に入る時の飛行機の姿勢がまるで映画の爆撃機のように翼を傾けて滑るように斜めに降下するのとプロペラ機特有のソフトランディング)ので、一応これは嬉しい誤算。
問題はこの2日後から起きました。
バンクーバーからジャスパーまで大陸横断鉄道の寝台を予約して、食事は食堂車に予約・・・ここまでは良かった。(寝台車のルームサービスのオジサンは昔連合国軍人として日本に駐留していたとかで、片言の日本語が話せました)
御蔭で、最近の列車での旅行番組を見てもじ実感としてわかる。
問題は翌朝ジャスパーに着いて、予約していたスプリングホテルがオーバーブッキングだと知らされました!。
(オーバーブッキングと言うものをこの時初めて知りました・・・多分普通の日本人では考えもしないと思います)
要するにアメリカからの観光旅行者と私たち日本人に宿泊券の二重売り。
聞くところによると、ホテルなどではキャンセルの危険回避・利益確保の為に珍しくないらしい。
しかし二重売りの結果どちらかは予約ホテルからはじき出されるわけで、この場合アメリカ人の方が優先になってしまう。
ホテルの隣のモーテル(日本のものとは多分違うとは思いますが)に移動し、食事だけはそのホテルで・・・お詫びのフルーツバスケットが届きましたが、これが悔しい。
親日とか言っていても、こういう場面ではカナダの隣国であり同色民族の対アメリカ人の次に優しいと言う事に過ぎないらしい。
この旅行では次にまたしてもオーバーブッキングがおきまして・・・カルガリからバンクーバーへ戻る飛行機のチケット・・・これがまたしても二重売り。
現地の同行ガイドさんの奮闘で次の便に乗れたので助かりましたが一時暗い気持ちで空港ロビーで待機。
そして、更にこの旅行では3度目のオーバーブッキングに見舞われました。
最終日にバンクーバーからシアトルに飛行機で移動する予定が、これがノーチケット。
急遽ガイドさんの協力で陸路国境を越えることになりました。
車でバンクーバーからシアトルまで・・・陸の国境は初体験なので良い経験と言えば良い経験ではありましたが・・・(今ならイチローの活躍する町ですが当時は違いました)。
さてさて、アクシデントはあったものの何とか無事に帰ってこれましたが、この旅行は日本人旅行者がどう扱われるのか、良い体験をしたようです。
こういうことは大きな旅行社の旅行では少なく、ファミリーとか個人旅行の規模の物が被害にあうらしいので、向こうさんも相手を見て横車を押すようです。
自分の小さな体験で全てを評価するのは間違いだとは分かっていますが・・・でも、幾ら親日であってもいろんな国、民族に温度差があると言う事を体験したと思っています。
何かあった時の優先順位は日本人は決して高くは無い。
タイタニック的に考えると・・・日本人は並び順は後ろでしょうね。
オリンピックでも無条件の親日的応援は無いと想像しています。
以前のアメリカ・ソルトレークの時もそうでしたが、エゴ・身びいき的な応援や判定が目だったように、今度も自国カナダ、隣国アメリカなどの優先順位があるでしょうねきっと。
オリンピックではカナダは親日のイメージがあるけれど、それに間違いは無いと思いますが、でも日本人が”お人好し的”に感じている程ではないでしょう、多分違う一面が表れるような気がしています。
娘が小4の時の旅行でしたが・・・当時バンクーバーとその周辺の地域で人口100万人として、そのうち中国系は10万人、日系は数千人・・・今はどのくらい住んでいるのでしょう。
そうそうその時の旅行で我がファミリーは食事で失敗をしました。
中国人街のレストランで家族4人で食事をしたのですが、注文するやり方と言うか食事の形と言うか・・・そういうものが分かっていませんでした(無知でした)。
我が家族4人は麺類を一人1品注文、例えば肉団子入りの麺とか。
これが出来上がってテーブルに並んだところで、何かしら周りの中国人客の視線を感じる。
そうですね、後で学んだのですがこういう注文の仕方は現地では無いようです。
いろんな料理を注文して麺類はそのうちの1品か2品なのです。
一つ一つの量が大きいので、それを皆で小さな茶碗にとって食べる・・・考えて見ればそうでしょう。
それを我が家族は各自が大丼の麺に格闘しているのですから、中国人客から見たら「変な外人」だった筈です。
バンクーバーオリンピック。
昔、オーバーブッキングでどんなに人が良い顔をしていても、その下にもう一つ本当の顔があるらしいと感じた事を思い出しながら、バンクーバーの街を見ることでしょう。
中国人街での食事のミスも、懐かしい思い出ではあります。
決してカナダが嫌いでは無くむしろ好きな国ですが、いろんな感情が入り混じっています。