悪い夢・あほらしい夢で目が醒めた。
こういうときは、夢の中で感じていた、恐怖感・緊張感・不快感が体にまとわりついているような気がするものです。
目が醒めたのが朝6時過ぎだったので、起きることにして、シャワーを浴びて体の汚れと一緒に不快感も洗い流す・・・実際に多少は気分がすっきりするような気がするから不思議です。
さて、どんな悪夢だったのか
話の始まりは、これから駅の傍の碁会所に碁を打ちに行くところという場面ですから、まずはマトモな話。
尤も、最近は碁会所で打っていないから、相当前の話と言うことになる。
でも、話には説明書きはないのだけれど、この碁会所はある駅の傍にある碁会所のイメージははっきりしている・・・こういう暗黙の了解的なイメージは夢にはあるのですね。
そして、実の兄が車で送ってくれることになった・・・ここからが話の進展がおかしくなります。
第一に、兄は私の故郷に住んでいるのだし、この辺りの地理は詳しくない・・・第一私を送ってくれるなんて、そんな親切なことをするはずが無い。
私が故郷に帰った時も兄は駅に迎えにも送りにも・・・マア、その分甥っ子を使いましたけれど。
夢に戻って、その車が何時まで経っても目的地に着かないのです。
目と鼻の距離が無限の距離みたいな、まさにこの点が悪夢のかも
首都圏の電車で僅か1駅・・・歩いてもいける距離・・・歩けば直線でいけるのに車ではアチコチ遠回りです。
私は短気を起こして、「ここからは歩いてゆく」と車を降りたのですが、最初の横断歩道の信号を渡ったときから、ボタンの掛け違いのような・・・
全くあらぬ方向に進んでいく
街中の、線路脇のはずが、いつの間にか線路脇は畑になり、野を越え山越えです
そして大きな土管のような垂直の穴を通って、かなり下に降りる場所がある。
これは不思議な国のアリス?・・・いや、そういう可愛らしさは無い。
ここは両手両足を突っ張って降りるらしい。
この時の同行していたどこかのおばさんが、「これは二人ペアになって降りるのだよ」と教えてくれるのだが、どうしたらよいのか全く分からない。
「面倒なり」と10mくらい真下に飛び降りようとしたところで目が醒めた。
現実は、女房殿が目が醒めて、私の部屋の前を通った時に、明らかに私が眠っているはずなのに部屋の灯りがついているので、スイッチを切ったらしい。
その気配・急に明るさが変わったので目が醒めた。
それにしても、高所で下を見てふくらはぎが緊張する感じ、飛び降りようとする決意、そして、何時まで経っても分かっているところへ着かない不快感ははっきり残るのですね。
目が醒めても、「気分」は残る。
全ての夢に意味があるのかどうか分かりませんが、もしこの夢に意味があるとしたら何だろう。
「当たり前のことが当たり前に出来なくなってきている、現状・警報」
「短気を出しても良いことは無いよ」かも、あるいは。
「どこかにひとに頼る気持ちが残っていることへの警告」
全て、囲碁にも生活にも当てはまりそう
それにしても足に感じた緊張感は久ぶりでした。
若い頃に、尾根筋を縦走していて、急なガレ場を鎖を頼りに下って、途中から平行に進むようなところがあった。
足元には、遥か下に白く谷川が見えていたり。
両側が削れていて幅の狭い馬の背みたいな所を通ったり・・・
その時より緊張した感じがあり、具体性が無いのに緊張感だけが残る。
現実の山登りではチムニー地形のところを両手両足を突っ張って登るのですが・・・それよりもっと真剣な感じ。
昔は現実な危険に対して、無鉄砲と言うか、破れかぶれのところがあったらしい。
それに引き替え、今は失うものはたいして無いのに、臆病になってるのかも。
さてさて、何かのお告げなのだろうか、それとも短気を戒める教えなのだろうか?。
こういうときは、夢の中で感じていた、恐怖感・緊張感・不快感が体にまとわりついているような気がするものです。
目が醒めたのが朝6時過ぎだったので、起きることにして、シャワーを浴びて体の汚れと一緒に不快感も洗い流す・・・実際に多少は気分がすっきりするような気がするから不思議です。
さて、どんな悪夢だったのか
話の始まりは、これから駅の傍の碁会所に碁を打ちに行くところという場面ですから、まずはマトモな話。
尤も、最近は碁会所で打っていないから、相当前の話と言うことになる。
でも、話には説明書きはないのだけれど、この碁会所はある駅の傍にある碁会所のイメージははっきりしている・・・こういう暗黙の了解的なイメージは夢にはあるのですね。
そして、実の兄が車で送ってくれることになった・・・ここからが話の進展がおかしくなります。
第一に、兄は私の故郷に住んでいるのだし、この辺りの地理は詳しくない・・・第一私を送ってくれるなんて、そんな親切なことをするはずが無い。
私が故郷に帰った時も兄は駅に迎えにも送りにも・・・マア、その分甥っ子を使いましたけれど。
夢に戻って、その車が何時まで経っても目的地に着かないのです。
目と鼻の距離が無限の距離みたいな、まさにこの点が悪夢のかも
首都圏の電車で僅か1駅・・・歩いてもいける距離・・・歩けば直線でいけるのに車ではアチコチ遠回りです。
私は短気を起こして、「ここからは歩いてゆく」と車を降りたのですが、最初の横断歩道の信号を渡ったときから、ボタンの掛け違いのような・・・
全くあらぬ方向に進んでいく
街中の、線路脇のはずが、いつの間にか線路脇は畑になり、野を越え山越えです
そして大きな土管のような垂直の穴を通って、かなり下に降りる場所がある。
これは不思議な国のアリス?・・・いや、そういう可愛らしさは無い。
ここは両手両足を突っ張って降りるらしい。
この時の同行していたどこかのおばさんが、「これは二人ペアになって降りるのだよ」と教えてくれるのだが、どうしたらよいのか全く分からない。
「面倒なり」と10mくらい真下に飛び降りようとしたところで目が醒めた。
現実は、女房殿が目が醒めて、私の部屋の前を通った時に、明らかに私が眠っているはずなのに部屋の灯りがついているので、スイッチを切ったらしい。
その気配・急に明るさが変わったので目が醒めた。
それにしても、高所で下を見てふくらはぎが緊張する感じ、飛び降りようとする決意、そして、何時まで経っても分かっているところへ着かない不快感ははっきり残るのですね。
目が醒めても、「気分」は残る。
全ての夢に意味があるのかどうか分かりませんが、もしこの夢に意味があるとしたら何だろう。
「当たり前のことが当たり前に出来なくなってきている、現状・警報」
「短気を出しても良いことは無いよ」かも、あるいは。
「どこかにひとに頼る気持ちが残っていることへの警告」
全て、囲碁にも生活にも当てはまりそう
それにしても足に感じた緊張感は久ぶりでした。
若い頃に、尾根筋を縦走していて、急なガレ場を鎖を頼りに下って、途中から平行に進むようなところがあった。
足元には、遥か下に白く谷川が見えていたり。
両側が削れていて幅の狭い馬の背みたいな所を通ったり・・・
その時より緊張した感じがあり、具体性が無いのに緊張感だけが残る。
現実の山登りではチムニー地形のところを両手両足を突っ張って登るのですが・・・それよりもっと真剣な感じ。
昔は現実な危険に対して、無鉄砲と言うか、破れかぶれのところがあったらしい。
それに引き替え、今は失うものはたいして無いのに、臆病になってるのかも。
さてさて、何かのお告げなのだろうか、それとも短気を戒める教えなのだろうか?。