たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

雪組『幕末太陽傳』『Dramatic"S"!』思い出し日記(2)

2017年07月23日 19時11分24秒 | 宝塚
 昨夜から雨が降りそうで降らない落ち着かない空の下、東京宝塚劇場の千穐楽公演は無事に終わったようです。ライブビューイングのチケットに外れたわたしは、5月29日の大劇場千穐楽の思い出し日記を昨日に続いて書こうと思います。

 『幕末太陽傳』の終盤、佐平次、おそめ、高杉晋作の三人で歌ったのは「朝陽の向こう」という歌でした。

「佐平次 きらめく星がきえてゆき
     静かに夜が明ける
     かわした言葉も 笑顔も
     全て遠い夢の跡

 高杉晋作 きらめく海の あの果てに
      何かが待っている
      はるかな未来は輝き
      今目覚めを待つ

 おそめ 数えきれない
     思い出をこの胸に
     抱きしめたら
     その空へ飛び立とう
 
 高杉晋作 遠く 遠く はるか遠く
      空の彼方
      何かが待つ
      まだ見ぬ冒険が
 
 佐平次 軽く 軽く どこまでも
     今 走り出す
     新しい夜明けの道を
 
 三人 遠く 遠く はるか遠くへ
    あの朝陽の向こうへ
    今 旅立とう」

 脚本・演出の小柳先生の、退団していくトップコンビへの惜しみない哀惜と愛を感じる歌詞。人も組織も生き物でどんなことにも必ず終わりはある。終わりは同時に新しい出会いの始まりであると信じたい。新しい道に踏み出していくのは勇気がいるけれど、人にはその勇気がある。怖れずに自分を信じて歩き出していきたい。わたしの場合はいい思い出ではないけれど、こうして気がついたら新しい道へと踏み出すことがどうにかできている。観客の背中も押してくれている歌でした。

 ショー『Dramatic"S"!』で、早霧さんがぽろぽろと涙を流されていたのは、「絆」という場面でした。トップになってから、この言葉を大事にされてきているそうで、早霧さんが歌いながら組子の顔をひとりひとりみつめていきました。トップが客席に背を向けるかたちになっていましたが、男役の細い背中が沁みました。全員が淡いグリーンの衣装で素敵でした。

 サヨナラショーも咲妃さんとのデュエットダンスが多くて、リフトなど大きな振りはほとんどなかったと思うのですが雰囲気が素敵で、美しい場面の連続でした。お二人を応援してきたファンはこんなところにときめきを感じてこられたんでしょうね。背景の大階段には、早霧さんの名前が白く浮かび上がっていて雪みたいで雰囲気をさらに美しく盛り上げていました。スタッフさんの愛を感じました。4回目のカーテンコールだったでしょうか。二人で舞台袖に出てきたとき、早霧さんが「わたしばっかり話しているのでなにか言うことはないですか」と咲妃さんに振ると咲妃さんが「わたしの愛する人のイニシャルはS、早霧せいなさんです」と言い、早霧さんが「そうくるとは思わなかった、こうして手のひらのうえでころがされて三年」と返していました。宝塚に存在する男役優位というジェンダーの中で対等であり続けた二人にファンは魅力を感じてきたのかなと思いました。

 早霧さんが、「望海率いる雪組をどうかどうかよろしくお願いします」と挨拶されたとき、望海さんがたぶん誰よりもあつく誰よりもあったかい笑顔で早霧さんを見つめていました。その表情をしっかりと映し出してくれたカメラマンさん、グッドジョブ!!

 花組から移籍した望海さんが次期トップ。お披露目作品はロベスピエールの役だそうで、画像を拝見するとほんとに美しくって演技も歌も安定している方なので楽しみです。こうして新陳代謝を繰り返しながら、宝塚の舞台はあらたな夢を生み出し続けていくんですね。観客にとっては現実を忘れさせてくれる薔薇の花束。明日からまたつらい一週間が始まってしまいます。今は二週間後の花組公演を楽しみになんとか生き延びていきます。

 オタクにしかわからない内容、長々と失礼しました。

 (宝塚ジャーナルから転用しています。)












(ツィッターからの拾い画です。)







 

 蛇足、全く宝塚とは関係ないことですが、ちっそくしそうな部屋から逃れてこれを書いているカフェで学生たちが期末試験らしくチャラ坊やチャラ女子が普段やらない勉強を必死にしています。自分たちどんだけ恵まれているのか知らないんだよねー、当然だと思っている、ある意味哀れなり、知らないだろうけれど普通がいちばんむずかしいんだよー、ありがたいこと環境にいるんだよー、教えてあげたい気持ちにかられるなり。なにもいいませんけどね・・・。

雪組『幕末太陽傳』『Dramatic"S"!』思い出し日記(1)

2017年07月22日 20時09分02秒 | 宝塚






2017年5月29日、雪組ライブビューイング_終わりはきっとあらたな始まり
http://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/72cde58ed9969e0854d5c8e127d79d1b

 こちらの記事の続き。ようやく思い出し日記。早いものであっという間に二か月近くが過ぎようとしています。わたしこの時には今の就労場所で働くことが決まった直後だったんですね。その少し前までは社会から孤立しているのがつらかったし、働き始めたら通勤からして大変でなんだかもっと時間が流れたようが気がします。いよいよ明日は東京宝塚劇場、千穐楽。トップコンビのほんとにほんとのさよならで日比谷は大変なことになったことになっているでしょう。わたしはライブビューイングのチケットの抽選に外れてしまったので、こうして思い出し日記。ライブビューイングのあとツィッターをめぐる旅をしていて、トップコンビの仲良しぶりが伝説になっていることを知りました。その是非はともかく、SNSと映像配信によって、スターさんの素顔が身近に表に出るようなりました。その分、舞台を離れてもスターでいることが求められるようになってきたのかな。時代は変わりましたね。

 舞台は『幕末太陽傳』と『DramaticS』の二本立て。昼と夜の二回公演をこなし続けるタカラジェンヌの精神力と体力はほんとにすごい。毎回毎回心身をけずるようにやっていらっしゃるんでしょうね。でも笑顔、余裕をもってやっているようにみえる。夢をあたえてくれる。それが宝塚。6月に『CLUB SEVEN』を観劇した時、細い体で男性と同じに歌い踊り、全く息切れしていないタータン(香寿たつきさん)と蘭ちゃん(蘭乃はなさん)の体力はすごいと思いました。

 『幕末太陽傳』はフランキー堺さんが主演した日活映画の舞台化。古典落語のエッセンスを取り入れた軽妙な日本物のお芝居。佐平次のナレーションからスタートします。

「時は幕末、文久二年、世の中いよいよ喧しい(かまびすしい)時代。
 北の吉原と並び称された南の品川宿に、その海鼠(なまこ)壁から土蔵相模と呼ばれた旅籠「相模屋」があった。
 その相模屋に、ある日佐平次(早霧せいな)という町人がぶらりとやってくる。そして、豪勢に芸者を呼び大尽遊びに興じるが・・・実はこの男、懐に一銭も持ち合わせていなかった
・・・。翌朝、堂々と居残りを決め込んだ佐平次は、番頭や若い衆顔負けの仕事ぶりで相模屋を駆け回り、次々起こる騒動を持ち前の度胸と才覚で解決していく。板頭への返り咲きをねらう女郎おそめ(咲妃みゆ)や、異人館焼き討ちの計画を練る高杉晋作(望海風斗)ら長州藩士たちとも交友を深めた佐平次は、いつしか廓の人気者となるのだが・・・。」
(プログラムより)

 早霧さん演じる、居残りを決め込んだ佐平次のすっとぼけぶりが軽妙で芝居心たっぷり。「煤(すす)払いでさあ」っていって長州藩士たちの部屋に入っていくときの台詞回しも小気味よかったです。佐平次がひょいっと飛び跳ねる場面がなんどかあったのですが、早霧さんの身軽さが不思議な感じでした。身体能力が高いということですね。びっくり。小柄でないとやれないですね。飛び跳ねる姿は佐平次のキャラクターがそのまんま映し出されているように感じました。日本物の鬘と衣装がほんとにお似合い。サヨナラ公演の題材としてはどうかしらという感じもありましたが日本物の雪組、芝居の雪組の伝統を受け継いだ集大成の舞台になってよかったのではないでしょうか。

 咲妃さん演じるおそめはしたたかに生きる女郎。ライバルの女郎こはるにライバル心をむき出しにして、本気でとっくみあいの喧嘩をする場面、貸本屋の金蔵をだまして心中に誘いこむ場面など芝居心がありつつとっても可愛くて印象に残っています。文楽の心中もののように白装束をまとい、金蔵に一緒に心中するようにみせかける場面、古典落語がもとにあるそうですがむずかしいと思います。金蔵を沈めて自分はちゃっかり生き残っていくしたたかさが小気味よかったです。花魁の華やかな衣装もよくお似合いでした。色っぽさとかわいらしさ、こんな役ができる方なんですね。これで終わりはちょっともったいない。ライバルの女郎こはるを演じた星乃さんもすごくきれいな方だと印象に残りました。同じく退団されてしまうとのこと、もったいないですね。おそめに騙された知り化けて出てくる金蔵もちょっと可哀そうでしたが、すごくいい味が出ていました。演じられた鳳翔さんも退団とのこと。もったいない感じがしますが惜しまれつつ退団していくぐらいがいいですかね。

 望海さん演じる高杉晋作は女郎こそでの部屋で三味線弾きながら歌をうたって登場。横顔が鼻筋通っていてすごく美しかったです。こそでとなさぬ仲であるような、ないようなところを感じさせる間が絶妙。遊んでいるふりをしながら、長州藩士たちと異人館焼き討ちの計画をを練っているときの表情はきりっとなって切り替えも上手く、芝居達者な望海さんの持ち味がよく出ていると思いました。

 物語の終盤、佐平次、おそめ、高杉晋作の3人が銀橋で明日への希望をうたう場面がありました。宝塚の舞台ならでは。望海さんが二番手で支えきたからこそ成立してきた早霧さんと咲妃さんのトップコンビなのかな。『星逢一夜』の三人の芝居のぶつかりあいはすごかったですもんね。

 登場人物が多いので雪組メンバー総動員という感じで、たぶん今まで大きな役がつかなかった方たちもそれそれのキャラクターがしっかりある役がついていた感じで、さまざまな人間模様を織りなしながら、笑いをさそいつつ、舞台全体があったかくしっかりとしていました。

 舌ったらずで、まだ途中ですがとりあえずこれでおしまい。日中部屋にいたらちっそくしそうになったので、外へ放浪の旅に出てようやくここまで書けました。
 




(舞台写真はすべて宝塚ジャーナルから転用しています。)
















 

朝からくらくらな一日でした

2017年07月21日 22時27分25秒 | 日記
 朝から入道雲がはりだして夏色の空。午前中ならまだマシかもと思って予定した訪問に出かけましたが、アスファルトに照りつける陽射しがすごくってきつかったあ。就労場所の最寄り駅からたった一駅ですが、その前後はそれぞれ徒歩10分ほど。日陰がほとんどないので陽射しにあたりっぱなし。帽子かぶっていましたがくらくらしました。ちっちゃい子やベビーカーの赤ちゃんはさらに暑いでしょうね。大丈夫かな。心配になってしまいました。陽射しが照りつける中、仕事で帽子もないまま立っている人もいるわけで倒れないかしらと心配になってしまいました。冷房仕様のままではさすがにきついので着替えました。こんな日の午後は出かけてはいけないなと思いました。お昼休みだけでもきつかったです。2時を過ぎるころには外はさらにさらに強い陽射しが照りつけていたようで、冷房の効いていないお手洗いは暑いこと、暑いこと。冷房きんきんの店でもお手洗いだけ暑かったりしますが、そういうのほんとに倒れそうですね。温度差もこたえます。暑いからといっていきなりきんきん冷房もいやだし、きんきん冷房からいきなり暑いところにでるのもいやだし、ほんとにこたえるなりね。3時半を回った頃から、わたし専門職としての業務は手が空いたので指示されたように事務作業のファイリングをやったのですがこれが力仕事。紙は重いので、ぱんぱんになったファイルは持ち運ぶのが重くって重くってくらくらしました。かといって持ち運びなしで、ファイルが並んでいる棚の前で作業するとなるとたちっぱになるのでこれまたきついし。どっちにしろきつくってこれはもたないなと思いました。これでは専門職としての対応がとっさに必要になった時無理だなあと思いました。歩いていると暑くなってくるし、ほんとにきつかったです。休み休みやっても無理かなあ。もたないなあ、これは。ほんとに厳しい夏。引きこもりのオッサンが棲みついている集合住宅に帰ってきたくなくって、またデパートで寄り道。パフェをいただいて元気を回復しました。飲み物も一緒に頼むと高くなっちゃうのでパフェだけ。甘くっておいしかったあ。やっと甘いものをゆっくりと食べたぞ。ささやかなごほうびね。それから無料でネットがつながることに気づいてしばしメールやツィッターをチェック。先に気づいていたら動画も視聴したのにちょっと時間なくなってしまいました。残念賞。こうしてがんばっている自分に神様はなんかご褒美くれるかしらって考えていたら、ささやかですがもうご褒美をもらっていました。先週帝劇で清史郎君と憲史郎君に至近距離で遭遇したし、8月の花組公演のチケット二枚もゲットできたし、小さな幸せが近くにもうありました。ほんと小市民ですが小市民なのでこれでいいです。小さなよろこび、小さな幸せ。もう12月の舞台の先行予約の案内など配信されてきますが、秋以降の収入の目途が立っていないのでこれ以上チケットをとることはできず、『レディ・べス』止まり。ほんと自分これからどうしていくんでしょうね。陽射しがまぶしすぎてくらくらするので今はなんにも考えられません。土日で断捨離少し進められるかなあ。片付けらていないものはたくさんあるんですよね。少しずつ、少しずつ・・・。

 今日も可愛いイケメンのお写真と共に徒然日記でした。

なんだか緊張の一日でした

2017年07月20日 19時19分40秒 | 日記
 朝から炎天下の夏晴れ。入道雲が大きく流れていて、夏なんだなあと実感。今日もお昼休みに外に出るとアスファルトの照り返しのすごいこと、すごいこと。陽射しに疲れてしまいます。こんな日はイライラする人も多いのでしょうか。なんだか就労場所は朝からざわついており、わたし自身も怒りをかうようなことしか言えずに疲れました。わたしに何か落ち度があったわけではなく、そもそもの仕組みの上でやるしかないわけだし、引き継ぎ不十分なままま場当たり的に一時的に任されているだけの仕事で、わからないことはわからないし、中で相談してもなにも変わらないことは変わらないわけだし、自分の責任でやってもいだだかなければいけないようになっていることはやっていただくしかないわけだし、なんだかやっぱり普通の会話が成立しないというのはすごく疲れるなあと思いました。ましてや慣れない相手。一回一回緊張してしまうのでなおさら疲れました。とりあえず怒鳴られるような事態は避けたい。そればっかり考えてしまいます。昨年、自分悪くないのに外からも中からも怒られどおしだったことがトラウマになっているのかもしれません。気を使います。こうして慣れていっても今月でおしまい。来月一か月は何をするのか決まっていません。まあやることは山積みなんでしょうけど、また一か月だけ任されておしまいになるのもなんだかすごく疲れてしまいます。そっか職員さんたちは夏休みを交代でとるのか。わたしは有給休暇もないし、9月になればまた失業者だし、一番暑い時期に働くしかありません。なんだかせつないものがありますが、自分で稼げない奴が何を言ったって説得力がないことを感じたし、自分で稼げないことにイラつくのはつらいものがあることをあらためて感じた日でもあったので、働けるときは働きますよ。また失業して今の集合住宅にいなければならないのつらいなあ。引きこもりのオッサンの部屋の前を通るとき音を立てないようにしていますが、朝からひとり言を言っているのが聞こえて気持ち悪かったです。洗濯機と電子レンジを使う音はどうしても丸聞こえになっているし、不安神経症で部屋を出るとき鍵がかかっているか何度か確認してしまうのでどうしてもわかってしまいます。間違いなくメンタルさんなので、メンタルさんでなければ引きこもってなんていられないのでメンタルさんでしょう。いやだなあ、大事なものがまだまだある部屋ですが帰りたくなくって寄り道しています。お隣が引っ越してから二か月。誰かが越してくる気配もなく、郵便受けの名前も変わっていないので、もしかしたらこんな部屋を購入した方だったのかしらと推測。だとしたら今さらこんな部屋を自分で住むために購入する人なんていないだろうから大変なこと。お隣やご近所にどんな人が住むかわからない集合住宅を購入するのはリスクが大きすぎますね。どこでどうやって暮らしていくのか、なかなかにむずかしいです。自分、これからどうやって生きていけばいいのかわからないまま、一日一日の積み重ねの毎日。お昼で疲れてしまって、今日はなんだか金曜日のような感覚になってしまいましたが残念ながら木曜日。あと一日です。明日もなんとか無事に一日が過ぎていきますように・・・。

 写真は4年前の清史郎君。主演映画「忍たま乱太郎」のトークショー付き上映に行ったのがずっと遠い昔のことにように思えます。清史郎君はすっかりさわやかなイケメン少年に成長しました。ミュージカルの舞台に戻ってくる日が待ち遠しいです。わたしは苦難の道のりを歩み少しは成長できたのでしょうか。

徒然日記でした。

梅雨明けとか

2017年07月19日 22時08分49秒 | 日記
 

 梅雨らしい梅雨の日なんてほとんどなかったような気がしますが梅雨明けとか。(あっちでもこっちでも雨が降るとなると豪雨。いったい梅雨と呼べるような雨の降り方ってあったんでしょうか。行方不明の方々の捜索は続いているんですよね。)朝は涼しかったですがお昼になったらまあ陽射しのすごいこと、すごいこと。雲は夏の入道雲。そんな中、訪問に出かけました。午前中でお約束したのですが都合が悪くなったとのことで一番暑い時間帯に出かけることになりました。いやあアスファルトの照り返しが半端じゃなくてくらくらしました。わたし見た目ふらふら歩いていますが、クソ会社で働いていた時、8階まで階段で上ったりしていたおかげか、足に筋肉がしっかりとついているみたいで倒れないんですけどね、慣れない所、知らない所なのでバスターミナルを間違えるし、バス停からの道のりを最初は違う方向に行ってしまうしで疲れました。でも訪問をこなさないと時間をもてあましちゃうし、ずっと中にいるだけだとちっそくしそうだし、ほんときびしい夏。去年もきびしかったような気がしますが、今年もきびしい夏です。なんか早く就寝するとその分早く目がさめてしまってウトウトしながらアラームの音で目覚める朝。まあクソ会社で働いていた頃の夜型生活よりはマシかな。日没が少しずつ早くなってきているし、日没前の橙色の空はプリンス・エドワード島ほどじゃないけれど美しいですね。息抜きは今日も宝塚に、ミュージカルに、清史郎君。美しいもの、かわいいものとの出会いは人生の楽しみ、心の栄養。そして、電車の中で『Anne of Green Gables』の断片的な拾い読み。断捨離が一段落したら、ゆっくり読みたいもの、観たいものたくさん。まだまだ道のりはながいのでがんばるなりね。今週はあと二日。明日も夏晴れ、炎天下。無事に過ぎていきますように・・・。

 徒然日記でした。

朝からげんなりでした

2017年07月18日 22時04分34秒 | 日記
 朝から蒸し暑い一日、エアコンを使わないので汗が流れて流れて仕方なかったです。でもキンキン冷房にそなえてズボンの下には冬用のあったかいものを着こみます。いっそう暑いですがガマン、ガマン。すっごい汗が流れました。これだけでげんなりでしたが、ターミナル駅で階段を上り、真ん中の弱冷房車まで行くのは至難の技なのでいつものごとく一番近い端っこの車両をめざすと乗り換えた先のホームに人の列。なに、連休明けで電車が遅れているの??わたしが乗るのとは反対方向でちょっと遅れていたみたいです。これでいちだんとげんなり。さらにさらに、就労場所の最寄り駅に到着すると、一番端っこの車両に乗っていたわたしは当然改札に向かうためにホームをすっごい歩くことになるのですが、ホームには始発電車を待つの人の列、列、列。そこへ電車に乗ろうと階段を下りてきた人たちの波、波、波。さらにわたしが降りたのとは反対方向の電車がタイミング入ってきてドアが開くと、また人の波、波、波。エスカレーターに乗るまでの間にホームで人にぶつかる、ぶつかる、ぶつかる。先週だったかな、少し電車が遅れた時なんか、後ろから歩いてきたきれいなお洋服着た女性がわたしを追い抜くとき激突されました。わたしが鞄とお洋服を整えようと腕を伸ばしたタイミングだったからいけなかったですが、なんかねげんないですわ。通勤だけでげんなり。ずっと都心に通っていたわたしですが、なんじゃこの人、人、人は。どっからこんなに湧き出て来るんじゃっていう感じで、これだけで朝からほんとにげんなりでした。外は暑いし、中は寒いし、ほんとに大変、闘いの毎日。こんな闘いを毎日続けていると、すごく非人間的な暮らしをしているみたいな感じがしてきて、自分何やっているんだろうって思ってしまいます。こうして働いていてもまた失業するのかと思うと収入が安定しないので虚しさにおそわれます。午後は雨が降ったので夕方ちょっと涼しかったですが、お昼休みに外に出るとアスファルトの照り返しが暑くって暑くってこたえました。それでもってお店に入ると冷房キンキンなのでまた体にこたえます。いやあほんとにげんなり。

 自分、これからどこでどうやって生きていけばいいんだろうなって思います。集合住宅はお向かいの音が丸聞こえの、生活時間帯丸わかりの、引きこもりのオッサンの喉を鳴らす音が聞こえてくるの、気持ち悪いし緊張するしで心が休まりません。苦労して家賃払っている部屋に帰ってきても緊張しては心が休まる場所がありません。また失業したらほんとにもう居る場所はないし、日常的に話す相手はいないのでつらいばっかりです。仕事をするのはつらいですが、仕事をしないのはさらにさらにつらいです。クソ弁護士にずたずたにされて、社会からお前なんかいらないんだよって言われたような孤立感の中で過ごした日々のつらさを思い出します。かといって朝からげんなりな通勤もまたつらいなり。ほんとこれからどうしていけばいいんだろう。なんかねそんなにたくさん時間が残っているわけではないだろうから、こうして迷っている間に、やり残したことをたくさん背負いながら気がついたら死んじゃっているのかなっていう気がします。全く悔いのない生き方なんてたぶん無理。稼ぐためには心身のエネルギー消耗して疲れちゃうから無理。できる範囲で、やれることをできるだけやろうって思うしかない。宝塚ファン、ミュージカルファンのSNSを拝見していると、舞台のチケットをとってその日、その時を楽しみにつらい仕事を乗り切り、生き延びていっているのはみんな同じみたい。そんなもんかな、人生って。これでいいんだよね。すっごいモチベーションあがるとかっていう仕事じゃないし、なんかね一つ一つ緊張しています、全くたいしたことしていませんが慣れないので、一回一回人に緊張しています。今さら人に気を遣いながら教えてもらって仕事をするのも疲れるなあと思います。まあ大きく期待されているわけではないし、無理を強いられているわけでもないのでゆるゆるとやっていきましょう。期間限定でも日中の居場所があるだけマシ。わたし、ほんとにヘンテコなおばさんなので帰り道、買い物をすませたお店を出た時いつもたむろしているチャラ坊学生たちに笑われたみたいです。マスクしているから顔をおぼえられたかな。なにがおかしいんじゃ、あたしゃ大変な仕事をしとるんじゃ、あんたらにはとうていできないような仕事をしとるんじゃ、うるさいんだよー、笑いたきゃ笑えよ、なんか迷惑かけたかよ、っていう感じで気にしない、気にしない。今週はあと三日。5日と4日の違いは大きいです。無事に過ぎていって休日は安らかな時間をもちたいなあ。でも集合住宅では安らげない。家に帰ろうかなって思いながら結論先延ばしの日々です。

 長々と徒然日記でした。

ミュージカル『フランケンシュタイン』思い出し日記(2)

2017年07月17日 19時50分47秒 | ミュージカル・舞台・映画
1月24日_久しぶりに日生劇場へ
http://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/7997d183962b5924b3b02dc2ec1f7fd4


6月11日_ミュージカル『フランケンシュタイン』思い出し日記
http://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/0e9d6cdadade840603c499b718a3adc3


ようやくまた、1月24日に観劇した『フランケンシュタイン』、断片的思い出し日記。先週公式ツィッターを辿っていたら、観劇したころは真冬のいちばん寒いとき。処刑された加藤さん演じるアンリが実験台に乗せられ、フランケンシュタイン博士によって命を吹き返してい行く場面、上半身裸なので寒いだろうなあ、風邪ひかないかしらと心配したことを思い出しました。今は真夏の一番暑いとき。半年が過ぎたんですね。

 「子供の頃の勘違いは、20才を過ぎても続いていました。身体と不釣り合いなデカい頭、縫い目のある皮膚、なぜか首にぶっといボルトが刺さったままの、あの有名な人造人間の名前を”フランケン”だと思い込んでいたのです。

「え、違うの?」と上演前の今、もしや気付きのお客様ーそうなんです、フランケンシュタインというのは博士の名前で、生み出された怪物には名前さえ付けられなかったのです。-そこに悲劇があります。

 イギリス版の原作”友情と愛”というテーマを大きく加味したこのミュージカルでは、怪物・・・いや、新しい命を得た友”アンリ”と呼ばれるはずでした。幼い頃、病で最愛の母を失った博士には、愛する人々のためには神への冒涜も恐れない強い意志があったのです。しかし結果、友は怪物になり、元の名を嫌い、博士の大切な人々を次々に殺害していきます。まるで、傲慢な人間に与えた罰のように。」

訳詞、森雪之丞(『フランケンシュタイン』プログラムより)


 1月24日のブログにわたしこう書いています。「人間の心には怪物が潜んでいる。今日の舞台でそんな内容の台詞が語られたと思います。魔物のように人間の中に潜んでいる色々な感情が交錯する舞台でした」。

 自分の記事を読み返しながら振り返ってみると、三年前の春『ラブ・ネバー・ダイ』を観劇したあとクソな会社との闘いとなってしまったことによって、図らずも普通に生活しているだけだったらたぶん知ることはなかったであろう人間の身勝手さ、傲慢さ、おぞましさを垣間見ることになったわたしが、こうして元気になってまた日生劇場で、この作品を観劇したことに意味があるのかもしれないなと思いました。クソな大会社から金積まれて弱い立場の人間を弱らせるためにいたずらに攻撃するクソ弁護士の姿なんておぞましい怪物みたい、クソ会社もクソ弁護士もどちらもクソで、思い出してもほんとにおぞましいかぎりでございました。

 人間とは勝手なもの、時として信じられないような傲慢さをもってしまうことがある。それが自分の保身のためとはかぎらず、なにかを守るためであったとしても、志あることにもとづていることであったとしても、わたしも含めて人間には傲慢さがある。いつもどこかに醜いものが潜んでいる。それが自覚できる、できないにかかわらず、人間には目をそむけたくなるような、なにかそんな部分が誰の中にもある。怪物として命を吹き返したアンリが、自分の命を蘇らせたフランケンシュタイン博士の妻を殺す場面は衝撃的でしたが、そこには人間の傲慢さに対する怪物の警告があったのかもしれません。怪物となって命を吹き返したアンリは、フランケンシュタイン博士の高い志に賛同し、博士を生かしたいと身代わりとなってギロチンにかけられて命をおとし、その命を博士は蘇らせたはずでしたが、アンリではなく怪物が蘇生しました。

 手術台の上に寝かされたアンリの体がぴくぴくっと動き始め、命を吹き返していく様は壮絶でした。加藤和樹さんの怪物のなり切り感、体現ぶりがすごかった。怪物として蘇生したアンリは窓を破って飛び出していき、行方が分からなくなってしまいます。怪物はアンリの心をおぼえていたのでしょうか。次々と人を殺していった怪物が、森の中で出会った少年(フランケンシュタイン博士の少年時代を演じた子役ちゃんが演じていました)に星空のもとで語りかける場面、やさしかったし、なんとも切なかったし、哀しかったし。最後に怪物の行方を追いかけ続けた博士と怪物は北極で対峙します。志高く神への冒涜もおそれることなく、命を蘇生した博士が、自分の傲慢さから生み出された怪物と対峙する場面。中川晃教さん演じる博士の表情には哀しみが漂っているようにみえました。

 観客にさまざまに大きく解釈をゆだねる舞台。どっと疲れましたがくせになりそうなところもあります。怪物を演じるのはかなりエネルギーがそがれることだったと思います。一幕と二幕で同じキャスト全く真逆なキャラクターを演じていたのも、なんだか人間の傲慢さをえぐっているようなところがあって面白いなと思いました。こんな作品を生み出す韓国という国を考えます。小西遼生さんと柿澤勇人さんの組み合わせもみたかったですがそこまで余裕がなく残念でした。

 わたしの言葉足らずでは、作品のウェットをほとんど書き切れておらずお粗末なかぎりの思い出し観劇日記でした。


(画像はすべて公式ツィッターより転用しています。)

一幕のフランケンシュタイン博士(中川晃教さん)



一幕のアンリ(加藤和樹さん)



一幕のフランケンシュタイン博士(中川晃教さん)とアンリ(加藤和樹さん)、
意気投合して酒場で酒を酌み交わしました。




一幕のフランケンシュタイン博士(中川晃教さん)とジュリア(音月桂さん)



子どものときから結婚を約束されていた二人は故郷で式を挙げますが、行方がわからなくなった怪物の存在に怯えるようになります。



一幕の博士の姉エレン(濱田めぐみさん)、
街の人々の誤解による冤罪で処刑されてしまいました。



一幕の博士の執事イゴール(鈴木壮麻さん)




二幕の怪物(加藤和樹さん)





怪物は少年に語りかけました。



二幕のカトリーヌ(音月桂さん)、男役モード全開でかっこよかった。





二幕の闘技場のフェルナンド(相島一之さん)とエヴァ(濱田めぐみさん)



二幕の闘技場のジャック(中川晃教さん)とエヴァ(濱田めぐみさん)



二幕のエヴァ(濱田めぐみさん)
情け容赦なく鞭を振るう姿が似合い過ぎていました。



二幕のエヴァとエヴァガールズ



二幕の闘技場の道化、イゴール(鈴木壮麻さん)、そうとは知らずにみていて終わってからキャストボードをみたときびっくり、なっとくでした。



日生劇場、千穐楽の舞台。



わたしが観劇した数日後に、クマカレーなる缶詰が販売されたようです。
二幕で怪物が「クマ、おいしい」っていう場面があったからでしょうかね。





花組『ハンナのお花屋さん』

2017年07月16日 11時31分34秒 | 宝塚
 7月12日、大劇場千穐楽の翌日、東京で『ハンナの花屋さん』の制作発表会。会場には生花が飾られ清涼感あふれる制作発表会になったようです。明日海りおさん、仙名彩世さんによる劇中パフォーマンスの中に、葉祥明さんが絵を描いている『地雷ではなく花をください』が登場したそうな。5月19日に鎌倉の葉祥明美術館を訪れた時、こんな本も出されているのかと拝見した本の中の一冊。宝塚でさりげなくメッセージ性をこめた小劇場ならではのこんな作品もたまにはいいもんです。明日海さん、きれいでさわやか。明日海さんの歌声はアルファ波を発しているので癒されます。チケットを取るの至難の業なんでしょうね、かつては退団公演でなければもう少しチケットとれたのになあ、ネットの時代になったからかほんとにとれなくなりました。

お花屋さんという職業、毎日お花に囲まれている素敵なお仕事だなあというイメージですが、仕入れのため朝すごく早く起きなければならないし、夏は暑い店先、冬は寒い店先で風にさらされ、手は荒れてボロボロ、腰は冷えるしで、すごく体にこたえる、きびいしい仕事だときいたことがありますがそこは舞台では夢ね。

 昨日は午前中からかかりつけ医に行った後、集合住宅に帰ってきたくないのでお昼を食べながらカフェのはしご。疲れたので息抜き投稿でした。

 花組観劇まで三週間、なんとか生き延びられるかな。二回ともA席。ショーで客席おりがあるようなので奮発してS席にすればよかったかなと思うけどチケットが手に入っただけでも〇。楽しみだなあ。
 
サニーのおねがい 地雷ではなく花をください
柳瀬 房子
自由国民社



(画像はすべてツィッターからひろいました。)























第三章日本的経営と女性労働 その歴史の外観 ⑦コース別雇用管理は「間接差別」に当る

2017年07月15日 15時13分20秒 | 卒業論文
 それまで性別による採用を行ってきた多くの企業は、人事面で性別による処遇の差を禁止する均等法をクリアしなければならなかった。その結果考え出されたのが、社員を幹部候補の「総合職」と補助業務の「一般職」の二つに分ける「コース別人事制度」である。男女別で働き方を分けると均等法違反になるなら、コースで分ければいいではないかというわけだ。

 戦後大手企業では、大卒男性事務職を「終身雇用」の幹部候補社員として採用してきた。これらの男性は、何でもこなすゼネラリストとして様ざまな部署を異動する。この際には、厳密な生産性や機能、一つ一つの仕事の結果によって評価や賃金が決まるわけではなく、定年までを織り込んだ漠然とした評価がモノを言い、また、男性の大卒は全て何らかの管理職になるものとされてきた。このように、学歴や性別を超えた個々の業績を評価するノウハウを持たない大手企業において、均等法導入後も根底にある基準の取り方そのものが見直されることはなかった。ただ、男性と同じ管理職候補になり得る「資格」を持つ少数の女性を「総合職」として導入しようとしたのである。

 振り分け基準は、「大卒」はすべて総合職扱い、「高卒以下」は一般職扱いと最終学歴で分ける方法や同じ大卒でも会社の判断や本人の希望で「一般職」に配属する場合など、企業によって異なる。分ける時期も入社時の場合と当事者の希望や勤務成績などからコース転換する入社後の振り分けとに分かれる。この制度は性別人事制度を敷いてきた大手企業を中心に相次いで導入され、90年8月に労働省が発表した「コース別雇用管理に関する研究報告」87年の調査対象148社のうち27%が導入、これからの導入を検討している企業も49%に及んだ 。1)「コース別人事管理制度」は能力と意欲がある女性に男性と同じような昇進・昇格の機会を開くものとして大きく宣伝された。しかし、女性は圧倒的に中小企業で働く割合が高いことを考えると、コース別人事管理制度は大企業特有の日本的経営システムの対応であり、第一章の雇用形態の多様化・パートタイマー労働者のところでも触れたが、コース別雇用管理も間接差別に当ると考えられる。 

  均等法施行後の定着状況を調査した結果によれば、コース別雇用管理制度を導入している企業における雇用管理のコース別の募集状況について、1995年(平成7)では、「企画的業務に従事し、全国的規模の転勤のあるコース」については女性のみを募集した企業はないが、逆に「定型的業務に従事し、転居を伴う転勤のないコース」については、女性のみを募集した企業の割合は63.3%と高い。この結果を1992年(平成4)の調査結果と比較すると「定型的業務に従事し、転居を伴う転勤のないコース」については女性のみを募集した企業が17.5ポイント増加しているのに対し、これ以外のコースについては男女とも募集した企業も増加している。

  施行開始から6年の時点で補助的業務については女性のみを募集する、基幹的または専門的業務については男女とも募集するという企業が多くなっていた(表3-5)。コース別雇用管理の名の下に、大多数の女性は賃金が低く昇進もない一般職のコースに振り分けられていったのである。その結果、男女の賃金格差はいっそう拡大し、固定化されるケースが増えてしまった。「性」を直接の基準にしていなくても、一方の性が圧倒的に不利になるように扱われればそれは間接差別である。コース別雇用管理が間接差別に当るかどうかは、1999年4月に施行された改正均等法の指針でも、雇用管理区分ごとに判断されるとされてしまった。

  コース別雇用管理が、女性差別の意図で導入されたことが証明されれば直接差別だといえるが、証明されない場合は、間接差別に当るかどうか検討することになる。例えば総合職になるためには、「いつでも転勤が可能で長時間労働や深夜業もできる」という「生活態度としての能力」が必要となれば家庭責任を負う女性の多くは総合職になることは困難だということになる。男性の長時間労働という根本的問題の改善なしにコース別雇用管理は導入されたので、総合職に採用された女性は家庭責任との両立が困難な働き方を要求されることになり、退職する女性が続出した。

  この制度への不満は、総合職に選ばれなかった女性たちからよりもむしろ総合職たちから巻き起こったのである。高学歴の女性たちはどんどん社会に進出していったが、例えば、大手生命保険会社では総合職として採用した女性の半分以上が1.2年で退職してしまったという。また、ある有名私立大学の就職担当者は、「総合職に採用された卒業生が後輩にはやめた方がいいと勧めている」と教えてくれたとの逸話を竹信三恵子は紹介している。2)  総合職の第一期生として入社し、「男性並み」を期待していた意欲的な女性に本来の趣旨からすればプラスに働くはずの制度が当の女性たちに嫌われた。

  竹信三恵子が取材した中から総合職として採用された女性の苦悩を少し紹介したい。都内の女子大を卒業後大手電機メーカーに入社したある女性。入社時、彼女の立場は「ねじれ」に満ちていたという。当初の仕事は一般職と同様、事務が中心であった。教えてくれるのは一般職の先輩女性である。ところが教えられる立場の自分の方が総合職であるというだけで給料が高い。仕事の評価がもし社員の生産性によって量られるならばその時点では当然一般職の先輩女性の方が給料が高いはずだが、仕事と賃金とは対応していなかった。どんなに努力しても意欲があっても女性社員の圧倒的多数を占める一般職は次の段階に挑戦する機会を与えられてはいなかったのである。しかも、男性並みであるはずの総合職の中にも、大口の仕事は男性に割り振られるなど男女の壁はあったのである。会社では男は男、女は女でしかない。性による差別は根強くあった。性別や「コース別」など、個人にはどうしようもない属性で評価が左右される仕組みのなかでは、たとえ総合職の看板をもらっても、「女性」であることはつきまとうのだ。ところが、性別配置から「コース別配置」に看板が変わったので、性差別を理由に会社を批判することはできないという、ゆがんだ状況がどこに批判の矛先をむけていいのかわからない戸惑いを生んでいた。ひたすら私生活をすり減らした先に何もなければ人生の収支として割が合わなさ過ぎると考えた彼女は、「結婚退職」という表面上は見事なまでに伝統的な解決パターンを選んだ。 3)大手金融機関を3年で退職した別の女性は言う。「当時の女性社員の立場といったら、明治時代の不平等条約の時の日本みたいでした」。 4) 

  制度そのものが女性に不利だったのである。竹信は彼女たちの姿をこうまとめている。そこに見えたのは、「女には厳しい男の世界から脱落した」総合職の姿ではない。むしろ、男女双方に納得のいく透明度の高い評価の方法を持たず、従来の手法からの脱皮もできないまま「習慣」に頼り続けようとする会社組織の無気力に対する、意欲的な女性たちの根深い軽蔑の感覚のように思えた。 5)


  では、従来から事務職として勤務してきた女性にとって均等法はどう影響したのか。『クロワッサン症候群の女たち』のインタビューの中から一つ紹介したい。大手生命保険会社に勤続14年の35歳の女性はこう言っている。「均等法ができてからかえってきびしくなりました。均等法前は、男女が一緒に肩を並べて仕事をしている。そのうちだんだん差がでてくる。そういう感じでしたけど、今は最初から総合職と事務職に分かれる。総合職の人、
つまり男性たちは事務職を下に見るようになりましたね。事務職だって、結局は同じような仕事をしているのに・・・」。6)  均等法施行後は、「女性の戦力化」という掛け声の下で賃金・昇進・昇格などにおける改善なしにこのような一般職の女性にも過大な残業や責任が求められる結果となった。

  ちなみに諸外国における男女雇用均等関係の法制をみると、国情により雇用環境等が異なる面があるが、アメリカ、イギリス等では法律で性による差別的取扱いを禁止している。例えばアメリカでは、1964年(昭和39)に制定された公民権法(第7編、雇用における差別禁止)に基づき、性別、人種等を理由として、①個人を雇用せず、その雇用を拒否し、解雇すること、②雇用に関する報酬、期間、条件等について差別待遇を行うこと、③個人の雇用機会を奪う、または奪う可能性のある方法で被用者または就職応募者を制限し、分離し、類別すること、あるいは被用者の地位に不利益を及ぼすことは、事業主の違法な雇用慣行として禁止されている。 7)


引用文献

1)竹信三恵子『日本株式会社の女たち』15-16頁、朝日新聞社、1994年。

2)竹信三恵子、前掲書、15-16頁。

3)竹信三恵子、前掲書、18-24頁。

4)竹信三恵子、前掲書、30頁。

5)竹信三恵子、前掲書、32頁。

6)松原惇子 『クロワッサン症候群の女たち』文庫版、文春文庫、1991年(原著は1988年)。

7)総務庁行政監察局編『女性の能力発揮を目指して-雇用の分野における女性の現状と課題』13頁、大蔵省印刷局、1997(平成9)年。

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 わたしが13年間も働いてしまったクソな会社では、一般職を「担当職」としていました。古い体質から抜け出せない大会社ね。今の就労場所にはこういうあからさまな男女差別がなく、むしろ女性の方が活躍しています。こうして読み返しながら、会社で働く人に戻ることはもうできないのだとあらためて思うしだい。



長い一週間が終わりました

2017年07月14日 19時49分16秒 | 日記
 ちっそくしそうな長い一週間が、なんとか無事に終わりました。長かったあ。火曜日の夜の「観劇でおそくなったのがきいていて水曜日以降、眠くって眠くって仕方なかったです。つらかったあ。でもいいの、加藤兄弟に会えたから・・・。

 昨日は閲覧数多かったですね。ありがとうございます。名もなき一般人なのでSNSにあがったりするのは困りますが、清史郎君の元気な姿に会えたこんなレポでよかったらどんどん読んでください。ほんとびっくりするやら、うれしいやら。心の宝物。あの世までもっていきますよ、ってまだ早いですかね。清史郎君がレミゼの舞台に戻ってくる姿を見届けたいので元気でいなくっちゃね。なんか仕事はやっぱりつらくって、くたびれちゃって自信がなくなっちゃうの、もうだめなのかなあって。みんなそんなもんかしらね。ひきこもりのオッサンが棲みつく集合住宅に帰りたくなくって今日も身分不相応な寄り道しています。疲れました。

 今日も外の暑さと冷房との闘い。着たり脱いだり。朝から駅までの道のりだけで汗だく。いやあ冷房がきんきん効いているところはほんとに寒くって具合が悪くなりそう。きんきんに寒いところできんきんに冷たい飲み物をのんで人はおいしいのかね。わたしは体こわしそうなのであまり飲みたくありません。できるだけ飲まないようにしています。下着は冬仕様。そうしないと冷房の中でもたないんです。就労場所の最寄り駅も、乗り換えのターミナル駅もラッシュの時間帯は人が多すぎて、ホームが長すぎて弱冷房車にたどりつくことができないので冷えた車両に乗るしかありません。なので着こまざるを得ません。あー、ほんとにうんざりなり、疲れるなり。朝も帰りも、どこからこんなにわき出てくるんだっていうぐらい人がいて、毎日それだけでげっそりな感じです。

 そういえば今日お給料日でした。朝明細書をもらうまで気がついていませんでした。20日だと思っていたのでびっくり。といっても金額は想定どおり、どっちゃり社会保険料と税金がひかれているのでびっくりしませんでした。まあこんなもんです。交通費が1,890円持ち出しとなりました。6月は途中からだったから、一番安い乗り換え二回のルートの回数券金額でしか支給されていないので、利便性を考えて実際には一回乗り換えルートを使った分持ち出し。今月と来月の定期代も1,800円持ち出し。2カ月半で6千円弱の持ち出し。初日の健康診断受診時の交通費が支給されるという話でしたが含まれているのかどうかわからないのですが、事務方に確認するのもいやなのできいていません。1月からの就労が続いていれば今頃は有給休暇が発生していたのになあと思うと悔しい感もありますが、今はまだずたずたにすり減ったところからのリハビリ期間、学びの期間なので仕方ないかな。これから自分どうしていくんだろうなあ、どうしていきたいんだろうなあって思います。絵本屋さんやりたいのは絵空事。こうして日中の居場所があるのは大切なこと、こうして社会とつながっているのは大切なこと。一日一日を生き延びていくのみ。レミゼで、久しぶりに「一日の終わり(The end of the day)」を聴いて、食っていくというただそれだけに精一杯生きた時代があったことを忘れたくないなとあらためて思いました。こうして普通の生活を送ることができるのはありがたいこと、これだけで十分に幸せなこと。観劇と旅をするためにはお給料もらえるように働かねばね。

 三連休、明日は午前中かかりつけの内科医へ。終わったからって部屋には帰れないし、けっこうつらい。まだ7時過ぎまで明るいのでね、長いです。早く陽が短くならないかなー。断捨離を進めたい。観劇日記、旅日記、本のあれこれなど、書ければなあとも思っています。今日も地域によっては豪雨。なんかほんとにおかしな天気が続いています。落ち着きませんね。被害が最小限でありますように。都心はちっとも雨が降りません。どうにかなりませんかね。

 スマイルマーメイドの大好きな場面のお写真と共に徒然日記でした。