まるで、早稲田の政経というそれなりの偏差値をもったサンプラザ中野氏率いた、爆風スランプが・・・
「へびいめたるぅ?っざけんじゃねぇ~!俺たちの史上最強のメタルソングを聴きやがれぇ~!」
「タイヤキヤイタ!」
「俺の右手はあんこでまっ黒ぉ~♪」と尻を丸出しにしてやっていた、あの風である。
一音ずつ音を発し、しかも母音がやたら多くてリズムに乗りにくい日本語を、いかにかっこよく乗せるかに四苦八苦した先輩邦人ミュージシャンが、こつこつと大切に日々少しずつ積み上げた軌跡を、突然ぶち壊して痛快にあざ笑った・・・
しかしギャグはいかん、ギャグは。
デビッド・ボウイやツェッペリン、レニー・クラビッツにU2などの、ワールドレベルでの美しき人々はギャグはやりませんから。
シリアスでいかないと、戦う土俵が異なっちゃうんだよな・・・。
ある意味、北野たけしや町田はズルいのである。
愛すべきシャイな日本人における、この、「照れ」に基づく「ギャグ」はいかんのだと思うわけです。
そこんとこ、キヨシローや町田やたけしも分かってんだろうけど、超えられないんだよな、日本人のバアイ。
ギャグはユーモアや気の利いたジョークとは違うし、ギャグにはそもそも美しさってやつがないっしょ。
タイガー・ウッズは絶対に、宴会用のおちゃらけたタスキをかけてグリーンに上がったりはしないのですよ、片山プロ。
アインシュタインのアッカンベーは、ギャグじゃないんだよな、ユーモアだし、本業がシリアスだから愛せるんだ。
だからといって、日本人がシリアスにやると、これまた演歌チックになったり、あるいは教祖みたいになったり、妙にガキじみた生意気なだけになっちゃうしな・・・
貧乏臭くて優雅じゃないんだよな・・・困ったな。
精神は高尚で、だけどワルで不良で、しかし知性もあって、ファッションセンスもよく、見栄えもし、ギャグにも走らん・・・・
そういった美しき表現者が日本に出るまでには、あと100年かかりそうだ。
「へびいめたるぅ?っざけんじゃねぇ~!俺たちの史上最強のメタルソングを聴きやがれぇ~!」
「タイヤキヤイタ!」
「俺の右手はあんこでまっ黒ぉ~♪」と尻を丸出しにしてやっていた、あの風である。
一音ずつ音を発し、しかも母音がやたら多くてリズムに乗りにくい日本語を、いかにかっこよく乗せるかに四苦八苦した先輩邦人ミュージシャンが、こつこつと大切に日々少しずつ積み上げた軌跡を、突然ぶち壊して痛快にあざ笑った・・・
しかしギャグはいかん、ギャグは。
デビッド・ボウイやツェッペリン、レニー・クラビッツにU2などの、ワールドレベルでの美しき人々はギャグはやりませんから。
シリアスでいかないと、戦う土俵が異なっちゃうんだよな・・・。
ある意味、北野たけしや町田はズルいのである。
愛すべきシャイな日本人における、この、「照れ」に基づく「ギャグ」はいかんのだと思うわけです。
そこんとこ、キヨシローや町田やたけしも分かってんだろうけど、超えられないんだよな、日本人のバアイ。
ギャグはユーモアや気の利いたジョークとは違うし、ギャグにはそもそも美しさってやつがないっしょ。
タイガー・ウッズは絶対に、宴会用のおちゃらけたタスキをかけてグリーンに上がったりはしないのですよ、片山プロ。
アインシュタインのアッカンベーは、ギャグじゃないんだよな、ユーモアだし、本業がシリアスだから愛せるんだ。
だからといって、日本人がシリアスにやると、これまた演歌チックになったり、あるいは教祖みたいになったり、妙にガキじみた生意気なだけになっちゃうしな・・・
貧乏臭くて優雅じゃないんだよな・・・困ったな。
精神は高尚で、だけどワルで不良で、しかし知性もあって、ファッションセンスもよく、見栄えもし、ギャグにも走らん・・・・
そういった美しき表現者が日本に出るまでには、あと100年かかりそうだ。