【注目の人 直撃インタビュー】:政治学者・五野井郁夫氏 山上徹也被告の全ツイートを言説分析して見えてきたドロっとしたもの
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【注目の人 直撃インタビュー】:政治学者・五野井郁夫氏 山上徹也被告の全ツイートを言説分析して見えてきたドロっとしたもの
■五野井郁夫(高千穂大経営学部教授)
統一地方選の幕が上がり、岸田政権に中間評価を下す衆参5補選の同時実施が迫る中、上梓された「山上徹也と日本の『失われた30年』」が話題だ。昨夏の参院選の最中に噴き出した自民党と旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)との癒着はいまだ解明されていない。憲政史上最長政権を率いた元首相はなぜ銃口を向けられたのか。山上徹也被告の全ツイートを言説分析し、事件の背景に迫ったのが著者のひとりである政治学者だ。被告と同世代、宗教2世の共通点を持つ。何が読み解けたのか、聞いた。
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高千穂大経営学部教授の五野井郁夫氏(C)日刊ゲンダイ
◇ ◇ ◇
──被告のものとみられるツイッターアカウント「silenthill333」は、事件発生8日前まで992日にわたり、1364件(リツイートを含む)のツイートをしていました。なぜ言説分析を試みたのですか。
事件の第一報に触れた時に、映画「ジョーカー」型の犯罪ではないか、という直感があったんです。社会的、あるいは経済的に追い詰められ、何も失うものがない「無敵の人」による犯行ではないかと。取り掛かるきっかけになったのは、共著者の池田香代子さんとの対談、それに成蹊大の伊藤昌亮教授が事件発生からおよそ1カ月後に発表した調査です。被告のツイート1147件(リツイートは除外)を統計的手法で分析し、頻出語をカウント。「憎悪度」「嘲笑度」を抽出したところ、「安倍」「統一教会」などよりも「女」「差別」などの出現率が高かった。伊藤教授の分析によって、被告の観念の連合のようなものがあぶり出されたのです。そこからもう一歩踏み込んで、なぜ被告はその言葉に思いを込めたのか、なぜその言葉を使わざるを得なかったのか。旧統一教会に対する恨みだけではない、宗教2世が抱える苦しみだけでもない、元首相に対する失望だけでもない。もっともっとドロッとしたものが見えてくるんじゃないかと考えた。言説分析は本人の悩みをすくいあげる有用な方法なのです。
──どんなものが見えましたか。
ツイートを通じて浮き彫りになったのは、「失われた30年」がこの国にもたらした宿痾です。被告でなくても、誰かが暴発する可能性はあった。被告の場合は旧統一教会が引き金になりましたが、そうではない動機で凶行に走るパーソナリティーがあちらこちらに潜在し、ちょっと針でつついただけで破裂しそうな何かがこの社会にはあるのではないか。現代日本の世代論に思い至りました。
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山上徹也被告の初公判は2024年の見通し(C)日刊ゲンダイ
◆ロスジェネに影を落とす「インセル」問題
──被告はロスジェネ世代。母親が旧統一教会に入れ込んだことから経済的事情で大学進学を諦め、任期制自衛官として3年間、海上自衛隊に勤務。その後、非正規雇用で職を転々としていたとみられる時期に〈残念ながら氷河期世代は心も氷河期〉(2021年2月28日)とつぶやいていました。
ロスジェネ世代の男性をめぐっては、「インセル」(involuntarily celibate=非自発的単身者)という問題が影を落としています。恋愛やセックスの相手を欲しているもののかなわず、その原因は女性側にあると考える女性蔑視主義者一般を指し、「非モテ」とも呼ばれます。反フェミニズム、ミソジニーの傾向が強い。
──新自由主義によって低賃金の非正規雇用が拡大し、その流れで生じた歪みのひとつですね。
ですが、現実を見れば、女性の権利は弱く、社会的地位は低いまま。2022年の日本のジェンダーギャップ指数(世界経済フォーラム公表)は146カ国中116位です。にもかかわらず、男性は自分たちが力を失っていると感じている。とりわけ中年男性、つまりロスジェネ世代が精神的に追い詰められている。被告のツイートも「女」「女性」への言及が非常に多かった。ただ、〈ええ、親に騙され、学歴と全財産を失い、恋人に捨てられ、彷徨い続け幾星霜〉(19年10月23日)というツイートからは、かつては恋人がいたけれど、そうした時期からは長い年月が経ったと読み取れる。被告はいわゆるインセルではないものの、インセルという単語に一定の思い入れがあり、フェミニストに反論を試み、ミソジニーと言われても仕方のない書き込みもしていましたが、本音のところでは家庭に憧れ、人間的な愛に飢えていたのだと思います。
──〈この人達は異性からの愛が皆無でも今の自分があったと言えるのだろうか?インフラなんだよ。一定以上豊かに生きるための。これを理解しない限りキリスト教的素地のない日本人は行きつくところまで行く。愛は必ずしもセックスを意味はしない〉〈金が金を産む資本主義社会においても最も金が必要な脱落者には最低限の金が与えられるが、何故かこの社会は最も愛される必要のある脱落者は最も愛されないようにできている〉(いずれも20年1月21日)などとも連投していました。
東大大学院医学系研究科のグループの分析で、年収が多いほど子どもがいる人の割合が高くなる傾向があることが分かっています。とりわけ、男性は高学歴・高収入であるほど子どもを持つ割合が高い。この30年間の賃金がOECD(経済協力開発機構)諸国並みに上がっていれば、被告も恋愛をして、家庭を築いていたかもしれない。まさに日本社会がぶち当たっている問題です。再分配や賃金政策がうまくいかなかったゆえに、結婚適齢期を逃した一定層がいる。被告はそのひとりで、本人だけの問題ではありません。
■ふと見つめた手にあったものは…
──「失われた30年」は賃金が横ばいだっただけでなく、労働者の4割を非正規雇用が占めるようになりました。
その弊害は、ロスジェネ世代ばかりでなく、ミレニアル世代やZ世代にも及んでいます。40代に差し掛かるまでは頑張れても、次第に体力的にキツくなってくる。仕事の口がどんどん心細くなっていく中で、自尊心をどう保つか。被告のツイートには「尊厳」「プライド」といった言葉も多く出てきます。「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ」という石川啄木の歌がありますが、ロスジェネ世代には花をともに楽しむ妻はいない。「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢっと手を見る」という心持ちで何とかやってきて、ふと見つめた手は何もつかめておらず、数々の資格を取ったけれども徒労に終わった。それが被告の胸の内だったのではないでしょうか。
■新自由主義の内面化による自己貫徹
──事件を起こす1カ月ほど前に〈もう何をどうやっても向こう2~30年は明るい話が出て来そうにない〉(22年6月12日)とツイートしています。
生活が足元から崩れていく中、尊厳を失わないうちに行動を起こした。自身を追い詰める以外に選択肢を持ち得ないように育ってきてしまったがゆえではないでしょうか。新自由主義を内面化した人は、自己責任を貫徹しようとしますから。
──どういうことですか?
そもそもがおかしな主張なのですが、新自由主義の信奉者は社会の構成員に過ぎない個人個人に「経営者マインドを持ちなさい」とけしかけ、「一国の首相のようにリーダーシップを持ちなさい」と説いた。その結果、新自由主義にのみ込まれた人は社会による救済を求める弱者になることを嫌う。被告は自分の半生も、事件を引き起こすことも、宗教2世として背負わざるを得ない「運命」だと自己規定してしまったのでしょう。ですが、被告が直面した問題は、旧統一教会をめぐる問題にしろ、経済的な問題にしろ、社会全体で考え、政治が解決すべき問題であり、孤独に抱え込む必要はなかった。東大の内田隆三名誉教授が著書「社会学を学ぶ」で〈運命なら決まっていて、ただそれを受け入れるしかない。だが、社会なら、未決定〉と喝破していますが、個人に降りかかる問題が社会に起因するとみれば解決の術はある。裏を返せば、政治が人々の暮らしにしっかりと向き合わない限り、ロスジェネ世代による事件はこれからも続くと思います。
*インタビューは【動画】でもご覧いただけます。
(聞き手=坂本千晶/日刊ゲンダイ)
▼五野井郁夫(ごのい・いくお) 1979年、東京都生まれ。東大大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了、博士(学術)。日本学術振興会特別研究員、立教大助教を経て現職。専門は民主主義論、国際秩序論。「立憲デモクラシーの会」の呼びかけ人も務める。著書に「『デモ』とは何か 変貌する直接民主主義」など。
■独文学翻訳家の池田香代子氏との共著「山上徹也と日本の『失われた30年』」(集英社インターナショナル)では、カトリックの宗教2世としての自身の背景にも言及している。同書は、山上被告が事件前にジャーナリストに送った犯行を示唆する手紙に自身のツイッターアカウントとして記していた「silenthill333」(ユーザー名:@333_hill)で投稿されたツイートをもとに分析、検討したもの。
元稿:日刊ゲンダイ DIGITA 主要ニュース 政治・社会 【政治ニュース・連載・注目の人 直撃インタビュー】 2023年04月03日 06:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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