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「絞首台の謎」から思うこと 2

2017年06月19日 | JDカー
セイヤーズに誉められたいから、ではないでしょうが、
単純で子どもっぽい作風から大人のミステリへと路線変更を始めたのが
「髑髏城」(怪物ハンター対怪物という図式を捨てた)。
探偵合戦という方式を借りて物語の多義性を実験。
一つのプロットを視点の違いによって
まったく別の話に仕立てる技法を実践したみた、ということですかね。
もちろんバンコランの推理が正しいのですが。

その結果を踏まえて、探偵を物語の中心線からあえて外し、
読者の視点をたえず主人公の青年役に誘導することで、
プロットの秘匿性を効果的に使ったのが「蝋人形館の殺人」。

バンコランシリーズの路線変更は「蝋人形館の殺人」として実を結んだものの、
バンコラン本人がその変更にそぐわなくなったのは、
ワトソン役のジェフ・マールが大活躍する場面からもうかがえます。

バンコランが馘になった理由は以前に書きましたが、
神のごとく真相を小出しで言いあてるバンコランはプロット展開の邪魔でしかなく、
登場人物はもとより読者をも間違った方向へ誘導する発言を繰り返すフェル博士やH・M卿が、
その奉仕度の高さからカーにとっては次世代の探偵であったわけです。
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