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五つの箱の死

2023年07月16日 | JDカー
こんなマイナー作を出した製作総指揮者の英断には感謝。
ずいぶん昔にポケミス版を読んだときには、何が書かれているのかさっぱり分からなくて、
新しく翻訳されることを一縷の望みとして待っていた甲斐がありました。
一読して、「五つの箱の死」が駄作、失敗作という思い込みは、
先達たちの批評にあったことをはたと気づきました。
本作をちゃんと読まずに鵜呑みしていた自分もダメだったわけですが。

「五つの箱の死」は、カー名義であれば「剣の八」「盲目の理髪師」「アラビアンナイトの殺人」「死時計」、
ディクスン名義ならば「一角獣の謎」「パンチとジュディ」に連なる『一見不条理ミステリ』ではないかと思われます。
カーが本作品で書いてみせている物語は、実はサブ・アフェアーであって、
メイン・アフェアーは、ほんの少ししか書かれていない『箱と証券の盗難』です(その事件をごまかすためのサブ・アフェアー)。
その証拠に、最後のHM卿による事件再現(HM卿はこれが好き)の結果によって犯人が捕らえられていません。
目の前で進んでいる、わけのわからない状況が、少しずつベールが落ちるようにわかってくる筋立ては、
いかにもカーの面目躍如たるものがあります。
しかし製作総指揮者が前説で離れ業、反則技と書いていますが、
そこまでの離れ業でもなければ、反則技でもない。
メイン・アフェアーでは簡単に犯人が判明しているし、
そのメイン・アフェアーを隠してサブ・アフェアーを時間軸にそって書いているだけです。
人物たちの出入りをメモなしに頭の中だけで構成したカーの記憶力は、たしかに離れ業かも。
さらに単純な感想ですが、筋立ての半分くらいは行き当たりばったりの思いつきではないか。
後出しジャンケン的なネタの小出しが、そう思わせます。

もちろん傑作ではないし、HM卿ものは金のために書いているシロモノなので、カーのいつもの作、という程度ですが、
最初に書いたように初期『一見不条理ミステリ』の最終作だと思われます。
このプロットやキャラクターを整理して生まれたのが「毒殺魔」、
犯人の隠し方を敷衍させたのが「貴婦人として死す」ではないか、と愚考します。

主人公のジョン・サンダース医師(博士じゃなかったんですね)とマーシャのそれからは、
「読者よ欺かるる勿れ」を読むと分かります。
サンダース先生、寅さんみたいでなんだか可哀相ですが、そうでなければ「読者~」のプロットが動かないので。

さあ、こんどはどっかで「毒のたわむれ」新訳が出るのを待ちます。
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