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五つの箱の死 2

2023年08月24日 | JDカー
「五つの箱の死」について

カーファンとして知られていた瀬戸川猛資の評論「夜明けの睡魔」では、
「五つの箱の死」を「奇妙な愛着を持つ作品」の一つとして挙げています。
その評価は以下のとおり(P46からP47にかけて)。
・「死人を起こす」(「死者はよみがえる」)風の意外性の極地を狙った
・登場人物外の犯人

この「登場人物外の犯人」という言葉に以前からひっかかっていて、
登場人物「外」の「外」は誰が決めているのか、不思議でなりません。
カーはどこにも「登場人物」の枠を決めていないはずです。
ではこの「登場人物外の犯人」という言葉はどこから出てきたのか、
また「五つの箱の死」は失敗作、というイメージはどこから来たのか、うちにある本で探してみました。
ミステリマガジンのBNでカー特集は3冊ありました。
77年7月号(255号)、81年2月号(298号)、93年5月号(445号)、
作品リスト以外で「五つの箱の死」に言及している箇所は、445号「新々カー問答 瀬戸川猛資・松田道弘」だけです。

『瀬戸川:要するに”登場人物以外の犯人”という趣向…』

「喉切り隊長」の補足発言としてですが、どうも瀬戸川猛資が発信元ではないか、と思えてきます。
「夜明けの睡魔」では「五つの箱の死」を、
「見事に失敗した作品だが印象に残っている」「奇妙に愛着がある」とした作品の中に含めていますが、
カー「ロンドン橋が落ちる」(ポケミス 1973年 解説・瀬戸川猛資)の解説では、
「これほど愚作や駄作の多い作家もいない。失敗作などという生易しいものではなく、
あきれ果てるほどひどい代物がある」
と書いています。そこには具体的な作品名をあげてはいませんが、
「夜明けの睡魔」の文と「ロンドン橋が落ちる」の解説によって、
瀬戸川猛資にはその意図は無かったのかもしれませんが、
「五つの箱の死」が「失敗作などという生易しいものではなく、あきれ果てるほどひどい代物」
として認識誘導されてしまった感があります。

「五つの箱の死」は失敗作ではない

「五つの箱の死」では、「箱と証券の盗難事件」と「ヘイ事件」が並行して動いていて、
物語の視点はサンダース医師にあり、彼には「箱と証券の盗難事件」が見えていません。
しかし実は「箱と証券の盗難事件」が本筋であって、ヘイ事件はそこから派生した脇筋です。
サンダース医師にとっては目前にあるヘイ事件が目くらましになって本筋の「箱と証券の盗難事件」には考えが及びません。

つまり本筋での重要人物が、脇筋で「登場人物外」の人物として登場しているわけです。
この趣向は偶然ではなく、明らかに著者はそう計算して書いているはずです。

瀬戸川の指摘するように、似た構成を持つ「死者は~」では、展開はリニアで直線的な構成でしかありませんが、
「五つの~」は二つの筋が輻輳的に展開して、ミステリとして「死者は~」より精緻に構成されていると思えます。

ともあれ「記述者の視点からは脇筋の奥で動いてる本筋が見えない」という趣向を読み取れないと、
失敗作としか思えないということになります。

「五つの箱の死」は傑作ではないけれど、失敗作でも駄作でもない、カーの発想が十全に書き込まれた作品です。
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