小泉首相、靖国神社に昇殿して参拝 (朝日新聞) - goo ニュース
明治維新から始まる廃仏毀釈や国家神道という旧来の宗教の否定や支配装置としての人工的な宗教の確立などと言うものを見るとこの国がポストモダンの国家の走りなのかなぁと思う。「えぇじゃないか」の事件もこの地ならしだったりして。
それまでの宗教を否定され、旧来の宗教の一つのようで微妙に異なる宗教を新しく作り国家宗教とする。もうそれはまさに宗教のシミュラークル。でその宗教は国家とイコール。天皇制に正当性を与えるものであったのだから、当たり前といえば当たり前。
そして終戦後全てを悪として否定される。それは廃仏毀釈や国家神道の導入によってその他の宗教が否定されたのと全く同じ構造。それまでの文化が、宗教が、天皇制が否定されたわけだから、それは日本人はいち早くポストモダンに突き進んだのも当然っぽい。
まぁそれはそれとして、僕は靖国神社への参拝が嫌いだ。亡くなった方への感謝や謝意などを示すためとして多くの政治家なども参拝に行くというが、もちろんそういう感情は否定する気はさらさら無いし、そういった感情を持つことは大変に重要だと考える。
でも靖国神社はそれだけではないような感じがする。自分の家の墓にお参りするような純粋な気持ちだけじゃないような気がするところが引っかかる。唯の感謝の意や謝意ばかりではなく、戦前の日本の国家の「大きな物語」への希求のような感情がヒシヒシと伝わってくる。そこが引っかかる。
明治維新から始まる廃仏毀釈や国家神道という旧来の宗教の否定や支配装置としての人工的な宗教の確立などと言うものを見るとこの国がポストモダンの国家の走りなのかなぁと思う。「えぇじゃないか」の事件もこの地ならしだったりして。
それまでの宗教を否定され、旧来の宗教の一つのようで微妙に異なる宗教を新しく作り国家宗教とする。もうそれはまさに宗教のシミュラークル。でその宗教は国家とイコール。天皇制に正当性を与えるものであったのだから、当たり前といえば当たり前。
そして終戦後全てを悪として否定される。それは廃仏毀釈や国家神道の導入によってその他の宗教が否定されたのと全く同じ構造。それまでの文化が、宗教が、天皇制が否定されたわけだから、それは日本人はいち早くポストモダンに突き進んだのも当然っぽい。
まぁそれはそれとして、僕は靖国神社への参拝が嫌いだ。亡くなった方への感謝や謝意などを示すためとして多くの政治家なども参拝に行くというが、もちろんそういう感情は否定する気はさらさら無いし、そういった感情を持つことは大変に重要だと考える。
でも靖国神社はそれだけではないような感じがする。自分の家の墓にお参りするような純粋な気持ちだけじゃないような気がするところが引っかかる。唯の感謝の意や謝意ばかりではなく、戦前の日本の国家の「大きな物語」への希求のような感情がヒシヒシと伝わってくる。そこが引っかかる。