ブログ・Minesanの無責任放言 vol.2

本を読んで感じたままのことを無責任にも放言する場、それに加え日ごろの不平不満を発散させる場でもある。

『「日本人論」再考』

2008-04-01 12:34:30 | Weblog
例によって図書館から借りてきた本で、『「日本人論」再考』という本を読んだ。
日本人が日本人論をすることは、他との比較をするということだ、という著者の論証はその通りだと思う。しかし、この本はその日本人論というものを内側、つまり我々の側の視点で見るばかりではなく、外国人が日本をどういう風に見ているかという点にも視点を置いている。
そして、日本人論というものを正面から大上段に構えて見るのではなく、日本文化を語るその語り口の中に、日本に住む人々がどういう人々かという論考が織り交ぜてあった。
「外国の人が我々をどう見ているか」と、気にするところはやはり日本人の本質そのものなのであろう。
この狭い日本という太平洋の片隅にある小さな島に住む我々は、自然の必然によってどうしても外界とは隔離されているわけで、そのことを気にすること自体がある種のバイタリテイーに通じているように思える。
気にすることの先には、「気に入られたい」という密かな願望があるわけで、そのためには如何にすべきか、という行動に結びつき、それが我々の起爆剤になっている点もあると思う。
この地球上に大陸と離れた島に住んでいる人は我々のみならず沢山あるに違いなく、その代表的なものはイギリスであって、このイギリスのネイテイブな人々が、ドーバー海峡の向こうのヨーロッパ大陸の人々と比較して考え方や思考方法が如何に違っているか気にするようなものだ。
イギリスも日本も大陸とは離れているが、離れているといっても、そこには海が介在しているわけで、この海というのは城壁でもあるが同時に情報の窓口でもあったと思う。
人々は海を上手に利用して、あるときは城壁として使い、ある時は交通手段として、情報交換をしていたものと考える。
問題は、こういう場合、イギリス人が「ヨーロッパ大陸の人々がイギリスについてどう考えているか」と、気にするかどうかである。
私の推測では恐らくそんなことはないと思う。
相手が自分のことをどう思っているかなどということは気にもしないと思う。
彼らにしてみれば、自分以外の人間は敵か味方かの二者択一でしかないと思う。
無理もない話だ。
個が確立していれば、目の前の人間は敵か味方かの2種類でしかない筈だ。
自分を中心にして、自分が前に進もうとした場合、目の前に立ちはだかるのは、敵か味方かの2種類の対象でしかなく、敵ならば倒さねばならないし、敵でなければ味方に引き入れるように懐柔しなければならなかったに違いない。
生きるということは、自分が中心になって、自分で手段を選択し、自分で決断を下して、自分で切り開かねばならなかったに違いない。
イギリスの対岸、ヨーロッパ大陸でもほぼ同じような精神的発達をしていたのではないかと私は勝手に想像する。
ところがアジアでは個というものがあまり強調されていない。
アジアのほぼ全域に生き続けた人々は、その先祖をたどるとモンゴロイドに行き着くとされているが、このモンゴロイドというのは、どういうわけかあまり個というものに重きを置かない。
例えば、アメリカの先住民はヨーロッパから難を逃れてたどり着いた人々に対して最初は極めて友好的であったとされている。
自分たちの今まで見たこともない人間が海岸にたどり着いたら、きわめてフレンドリーに扱い、最初は食物を分け与えたといわれている。
その基底にある精神構造は、今の言葉でいうところの「人は皆兄弟」というものであったろうと勝手に想像しているが、ヨーロッパ系の白人というのは、この地のモンゴロイドよりも進んだ文化として銃を持っていたので、それによってヨーロッパ人の特性としての、個を重視する潜在意識から、相手構わずモンゴロイドを抑圧してしまった。
ヨーロッパ系の白人は潜在意識として個の確立、個の責任というものをもっているので、その意識のままアジアにたどり着くと、アジアの各地で紛争を引き起こしたが、彼らには銃という武器があったので、それでアジアの人々はその銃によって、彼らの下に従属させられてしまったのである。
我々日本もそういうヨーロッパ系の帝国主義的植民地主義に蹂躙されるかどうかの瀬戸際で、民族としてそれを跳ね返したので、そのこと自体が世界の驚異となったのである。
モンゴロイドがヨーロッパ系の白人に屈服しなかった事自体が、従来の世界の常識が通らなかったのである。
この従来の常識の中には、ヨーロッパ側から見た常識もあり、モンゴロイド側から見た常識でもあったわけで、その点が我々にも大いなる誇りでもあったので、その誇りを再確認したいがために、我々には日本人論というものが好まれるのであろう。
この本の趣旨は、著者が日本人論をしているわけではなく、世にあまたある日本人論を論考しているわけで、本人が日本人論を述べているわけではない。
しかし、今の日本人が自分たちを民族というカテゴリーで語ろうとすると、どうしても避けて通れないのが司馬遼太郎氏の著作になるかと思う。
司馬遼太郎氏の著作は日本人論を正面からとらえたものではない。
小説として、あるいはエッセイとして語られた中に、日本人の精髄に迫るものがあるので、学究的でないが故に、我々には受け入れやすい面がある。
その中で日露戦争から太平洋戦争までの40年間を「鬼胎の40年」という言い方で表しているが、この時代の我々日本人の精神、潜在意識、深層心理、伏流水として流れていた当時の日本人の心の移ろいを深く掘り下げることは極めて重要だと思う。
しかし、ここでも知識人は「良い格好シイ」を決め込んで、本音の部分、庶民の心根の汚い部分、人間としての汚い部分、「自分さえよければ後はどうにでもなれ」という人間としての本質を露わには表現していない。この著者のいう司馬亮太郎の「鬼胎の40年」は、明治を作った世代の2代目3代目だから事の本質が判らず、奢りがあったと極めて歪曲に表現しているが、私に言わしめればその「奢る」というところに、人間の汚さが浮き出ていると思う。
2代目であろうが3代目であろう、人に対して「奢る」ということは極めて下劣なことだと思うが、その下劣さを理解しない、できなかったのが「鬼胎の40年」の日本のリーダーであった。
問題は、この時代のリーダーがなぜ驕り高ぶったのかという点である。
ここを指摘する知識人というのは全くいないということは一体どういう事なのであろう。
私に言わしめれば、明治維新で士農工商という身分制度が崩壊したので、心の卑しい人間が官吏の道になだれ込んできたからだと思う。
昔も今も、商人は商い、いわゆるビジネスで生計をたてているので、手練手管、目ざとく儲ける、私利私欲に走る、私服を肥やす行為が大ぴらに世間に認められていた。
ところが武士、江戸時代ならば武士階級であるが、明治時代になればそれは官吏といわれ、軍人も官吏の一種であったわけで、こういう昔の武士、新時代の官吏は、私腹を肥やすということには比較的淡泊であったが、出世とか、国家の大事に寄与したい、寄与せねばならぬ、という名誉欲には極めてどん欲であった。
そのことは、身分制度を否定されたが、大挙して官吏になだれ込んできたと見なさなければならない。江戸時代の士農工商という制度のもとでは、商人というのは目先の利益に振り回されている存在だからモラルとして一番低い位置に置かれた。
モラル的に一番高いところにいたのが武士であって、その意識を引きづったまま武士が官吏にすり替われば良かったが、明治維新の四民平等は、官吏を粗製濫造してしまったわけで、モラル的に立派でない人も大勢紛れ込んできたのである。
この官吏の中には元の武士も居るころはいたが、下層階級から官吏登用試験をクリアーして入ってきた人も大勢いたわけで、ここに問題が潜んでいたものと私は思う。
このにわか官吏は、商人ほど露骨に目先の利益を追うものではないが、官吏として立身出世をすれば、それなりの見返りはあるわけで、そこに国家のために尽くしているという自負が、自己顕示欲にすり替わってしまったのである。
日清、日露の戦役で我々は西洋列強に互して世界の5大国になったわけで、そのことは食うや食わずの百姓出の者が官吏として、あるいは軍人としての誇りを大きく満たしたわけで、有頂天になってしまった。
こういう事は、今は、差別を助長する言説として大ぴらには言えないわけで、事実を事実として言えないので、奥歯に物が挟まったような表現をせざるを得ない。
よって、その本質がかすんでしまうのである。
卑しい出自の人間でも官吏登用試験をクリアーした時点では極めて優秀であったことは否めないが、この官吏登用試験というのはモラルを問うものではないわけで、その時点でもっている知識の量を問うもので、ここをクリアーした後、20年30年と同じ官僚組織の中、小宇宙の中で生き続ければ、全ての能力が退化するのも無理ない話である。
世の中が日進月歩しているのに、官僚組織の中では学校時代の成績や、卒業年次でポストが決まるような世界では、世の中の進歩についていけないのも無理ないではないか。
司馬遼太郎のいう「鬼胎の40年」というのは、こういう人々が政治および戦争を牛耳っていた時代である。当然、行き着くところに行き着くのも宜なるかなである。
それで敗戦という外圧で、日本のあらゆるシステムで若返りが始まったが、我々の民族がモラル的に極めて下賤という面ではたいした代わり映えはしていない。
心の卑しい人というのは我々の同胞ばかりではなく、あらゆる国にも、あらゆる民族にも、少なからず居ると思う。
我々の同胞のみが卑しい人々の集団ではないと思うが、我々が民族として純なところは、それを他と比較して多いか少ないかで一喜一憂するところである。
それはある面で我々の真面目さを表していると思う。
その真面目さは「モラルは高潔であらねばならない」という理想を追い求めるという点に現れている。
ところが問題は、その真面目さの本質であって、例えば、世の中が軍国主義一色の時は猫もシャクシも軍国主義であらねばならないと、他人にまでその時の理念を押しつけ、強要する点にある。
価値観が180度変わると、今度は今までの反対向きのベクトルを性懲りもなく真面目に他人にまで押しつけ、強要するわけで、そのこと自体が真面目さの顕著な例である。
真面目さに寛容がないわけで、その部分に国際感覚の未熟さが現れ、自分が良いことをすれば、世界は当然それを良いことだと認めるべきだという独善に陥るのである。
自分たちが良いことだと思っていることは、世界的な視野から見ても良いことだと思い違いをするわけで、他の人々は違う視点で見ている、複眼の視点で見ている、虫の目で見ているという思考には至らない。
だから自分たちのしていることが他から見てどう見えているのか気になって仕方がない。
そういう意味からしても日本人論というものが出回るのであろう。


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