昨日、梅雨の晴れ間を狙って家庭菜園の収穫を試みた。
梅雨に入ってからというもの畑はまるで雑草畑になってしまった。
まことに情けない話だ。
しかし、作物はその雑草の中でも健気に実ってくれている。
中でも菜豆の類は実に沢山実を付けてくれて、これがまた美味である。
家庭菜園は家族分の苗を植えれば良いという事を聞いていたので、そうしているがいささか物足りない感じがする。
今は夫婦二人だけの生活なので、これではちょっとさびしい気がしないでもない。
どちらにしても雑草畑では致し方ないので、来シーズンからはもう少し多めにしようと考えている。
農業は趣味としている分には最高の趣味である。
アメリカの金持ちが牧場を持つ気分も良くわかるし、旧ソビエットのモスクワの住民が郊外にそれぞれ別荘を持って野菜作りに精を出すという気持ちもよく理解できる。
共産主義と別荘というのも理屈に合わない話しだが、これも現実の人間のしている大矛盾というものであろう。
イデオロギーを超えて家庭菜園は人の趣味としては最高という事であろう。
ただし生業となるとこれほど過酷な仕事も他にはない。
趣味であるうちが華だ。
梅雨に入ってからというもの畑はまるで雑草畑になってしまった。
まことに情けない話だ。
しかし、作物はその雑草の中でも健気に実ってくれている。
中でも菜豆の類は実に沢山実を付けてくれて、これがまた美味である。
家庭菜園は家族分の苗を植えれば良いという事を聞いていたので、そうしているがいささか物足りない感じがする。
今は夫婦二人だけの生活なので、これではちょっとさびしい気がしないでもない。
どちらにしても雑草畑では致し方ないので、来シーズンからはもう少し多めにしようと考えている。
農業は趣味としている分には最高の趣味である。
アメリカの金持ちが牧場を持つ気分も良くわかるし、旧ソビエットのモスクワの住民が郊外にそれぞれ別荘を持って野菜作りに精を出すという気持ちもよく理解できる。
共産主義と別荘というのも理屈に合わない話しだが、これも現実の人間のしている大矛盾というものであろう。
イデオロギーを超えて家庭菜園は人の趣味としては最高という事であろう。
ただし生業となるとこれほど過酷な仕事も他にはない。
趣味であるうちが華だ。