程久保川の辺で

程久保川のほとりに住んで30数年、ここが私達家族の終の栖家となりました。

勝浦おせんころがし

2008-05-30 22:37:37 | 旅行
先週、20代のころの友人と外房の勝浦に行きました。美味しいお魚が食べたくて鵜原館へ泊りました。お互い後期高齢者と呼ばれる仲間ですが、”みっちゃん!かよちゃん!”と童心に返って、たわいない馬鹿話に盛り上がります。
”おせんころがし”という絶景からみた外房の海です。岩が荒波に削られて、畳のようです。びっしりと”ひじき”が生えていました。
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ご近所の薔薇

2008-05-30 20:34:50 | 花おりおり
ご近所の薔薇です。さほど広いお庭ではありませんが、花盛りはそれはそれは見事です。
こんなにきれいな薔薇が咲いているのは、奥さんの手入れの賜物です。私もミニ薔薇、数鉢持っていていますが、アブラムシがすぐ付くし、うっかりしていると葉が黒点病になるしで、育てるのがとても難しいです。
毎日毎日薔薇の状態をよく観察しているとのこと、その努力に敬意を感じます。
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24番法泉寺

2008-05-27 22:03:12 | 旅行
法泉寺は116段の階段を登らなければならない。雨上がりのうえ、所々すり減った急階段を恐れた私は、階段入口で御本尊の十一面観音さまに手を合わせた。
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23番音楽寺

2008-05-27 21:48:03 | 旅行
音楽寺は秩父市内が見下ろせる山の中腹にある。音楽寺の名前の由来は、「ある時13人の聖人がこの地を訪れた。その時の松風がまるで菩薩の奏でる音楽のように聞こえた」
このような由来のお寺なので、レコードのヒット祈願に多くの歌手が参詣に来ている。
またこの寺の梵鐘は明治17年11月秩父事件のとき、この寺の梵鐘を打ち鳴らし、大宮郷(秩父旧市内)へ一斉突入の合図とした。唯一の現金収入だった生糸の暴落・重税・高利貸の横暴に耐えかねて立ち上がった、当時の人々の心もちを痛く感じた。
この寺の周辺は、梅・桜・躑躅・などの花の名所でもある。
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22番童子堂

2008-05-27 20:42:15 | 旅行
延喜15年(915年)に天然痘が子供たちに大流行したとき,聖観音さまにへ祈願して流行の蔓延をまぬかれた,という由来で童子堂という名前になった。
仁王門の一対の仁王さまは、どちらも愛嬌ある可愛い顔をしている。
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21番観音寺

2008-05-27 20:25:44 | 旅行
日本武尊が東征の祈願で矢を納めたとか、平の将門が矢を納めたとかで、別名矢の堂という。昔は八幡神社の境内あって、行基菩薩が神託で聖観音を刻んで安置したと伝えられている。
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20番岩の上堂

2008-05-26 22:06:35 | 旅行
荒川の秩父橋を渡り、上ったところに岩の上堂がありました。ここまで来るとあたり一面田園風景が広がっています。この観音堂は秩父34札所でもっとも古いものだそうです。
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19番龍石寺

2008-05-26 21:56:29 | 旅行
このお堂は大きな岩の上に建てられている。昔ある日照りの年、雨乞いをしてたら、岩が割れて龍雲が立ち上り大雨が降って作物を生き返らせた。寺が火災にあった時、龍雲が舞い上がり寺を守った、という言い伝えのあるお寺です。
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18番神門寺(ごうどじ)

2008-05-26 21:43:37 | 旅行
本堂は安政5年(1858年)に建てられた。神門寺の由来は、昔両側に榊があって両方の枝が絡み合って門のようだったからだそうだ。境内に接待所があって、自家製の美味しい梅干しとお茶をいただいた。
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17番 定林寺

2008-05-26 21:24:19 | 旅行
この寺は別名林寺とも言われている。林家の先祖の供養のため、建てられたお寺で、林家が堂守している。本尊の十一面観音は、玉眼がはめ込まれ、均整のとれた美しい腰をしてるお姿といわれているが、御開帳でもよく拝めなかった。
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16番西光寺

2008-05-19 17:39:41 | 旅行
このお寺のご住職は右手と左手を同時に使って、別なものを同時に書くので有名な方です。本堂は江戸末期のものとわれ、ご本尊の千手観音は行基菩薩作といわれています。
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15番少林寺

2008-05-19 17:29:12 | 旅行
この寺は秩父神社の別当寺の蔵福寺が、明治の神仏分離令で廃寺になったものが、少林寺と合併して現在に至った。秩父事件で亡くなった警官二人の墓がある。暴徒の反乱・国賊とされていた秩父事件は、政府の圧制に立ち上がった民衆の闘いと、戦後は評価され、映画にもなった。
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14番今宮坊

2008-05-19 17:07:03 | 旅行
今宮坊と今宮神社は江戸の頃は一体でしたが、明治の廃仏希釈で強制的に分離させられました。
坊とは僧侶が住む宿坊のこと、最盛期には観音堂に40人の僧侶が生活していたそうですが、いまは無住となり地域の人が管理しています。今宮神社の境内には武甲山の伏流水が、こんこんと湧いています。
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13番慈眼寺

2008-05-19 16:38:28 | 旅行
日本武尊が東征のおり,旗を立てたことにより、旗下山(はたのしたさん)という山号となったと、いわれたいます。一才経1630巻を収めた経倉があり、それを一回転させると、一才経を輪読した功徳があるそうです。眼病を直してくださるお寺と信仰されています。本堂の脇に”めぐすりの木”がありました。
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12番野坂寺

2008-05-07 21:16:07 | 旅行
昔、甲斐の商人がこのあたりで山賊に襲われた。そこで商人は日頃から信仰していた観音さまに祈ったところ、光が山賊の目を射抜いた。山賊は驚いて悔い改め、仏門に入って仏道に励んだという言い伝えで、お寺の山号は仏道山です。お花の寺としてよく手入れされており、睡蓮が咲くときはとりわけ綺麗だそうです。
本堂入り口の六地蔵のうち、横を向いているお地蔵さまがなんとも可愛かったです。
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