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寒中に鶏が産んだ卵は、寒卵といってほかの季節に産んだものより特別滋養があって、美味しいらしい。
そんな貴重な寒卵を、僕が風邪をひいて寝ているとき、隣に住んでいる婦人から、お見舞いとして貰った。病弱の人だった。痩せていて、青白い顔をしていた。寒卵を差し出す手も、細くて力がなかった。
僕はその人から卵を貰うことが、申し訳ない気がした。すまないと同時に、ありがたかった。
その人は寒卵を僕に差し出しながら、こんなことを話していた。
「卵は春も、夏も、秋も産むのに、どうして寒卵が特別いいのかっていうとね、鶏が寒い大変な季節に耐えて苦しみながら産んだものだから、卵もそれだけ鶏の心のこもった豊かなものになるのね……」
僕は婦人の言葉を思い出し、卵を割って飲むのも、もったいない気がしていた。高熱はあったにせよ、体の衰えていない僕に卵を飲ませるより、婦人が自分で飲んだほうがいいのに、そんな思いにかられていた。
貰った五個の卵を毎日一個ずつ飲んで、僕は日に日に元気になり、床を離れて外を飛び回れるようになった。
卵をくれた婦人は、めったに外には顔を出さなかった。何軒か共同でつかっているポンプに水を汲みにに来る時、顔を合わせるくらいだった。
「元気になって、よかったね」
とその婦人は嬉しそうに言った。
「うん」
僕は言って、婦人が汲んで、水で満たしたバケツを彼女の家に運ぶのを手伝った。
その人は僕が元気になってから、五ヶ月ほど生きて、あの世に逝ってしまった。体の弱っていく様子は、手に取るように分かった。僕はその人からいのちを奪って、死期を早めたように思った。天国というものを信じるようになった。天国はあるのよ、そう教えてくれたのも、その婦人だった。
今その人は、天国でどのようにして、生きているのだろうか。天国はいつもホカホカ暖かいのだから、寒卵なんてないよね。僕がそう言うと、その婦人は気さくに笑って、あったら、あなたに送ってあげられるんだけれどね……と言った。笑顔の美しい婦人だった。
おわり