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比企能員邸址についてNO37(南7)

2018-09-22 14:42:12 | 日記
 「鎌倉の碑」めぐり 著者 稲葉一彦には、次のような記述がありました。碑の元文を現代文になおすと次のような内容となります。
 比企能員(ひきよしかず)は、頼朝の乳母であった比企禅尼の養子で、禅尼と共に此の地に住んでいた。このあたりを比企が谷と称するのはこのためである。
比企能員の娘は、二代将軍頼家の寵愛を受け、若狭局(わかさのつぼね)と称し、一幡という男子を産んだ。
 建仁三年(1203年)頼家が病いの床につくと、母の政子は、天下の地頭職を二分して、関東の地頭職を頼家の子の一幡に、関西の地頭職は頼家の弟の千幡(後の実朝)に分けて継がせようとした。
 能員はこれを聞いて怒り、ひそかに北条氏を倒すことを計画したが、密計が漏れて、逆に北条氏のために一族みな此の地で滅ぼされたのであった。
(参考)
源家と比企氏
 比企の尼は、頼朝が14歳で京から伊豆へ流されることになったとき、何人もいた乳母の中でただ一人、夫と共に関東に下り、頼朝が伊豆の蛭が小島にて20年間に及ぶ流人生活の間、その不自由なくらしをなにくれとなく支えて来た人である。
 頼朝は、比企の尼の恩義を深く心に感じていたればこそ、その養子比企能員を、とりわけとりたて、長子頼家の乳母には、能員の妻をあてるほどに重用した。さらに能員の女若狭局が頼家の室となり一幡を産むようにって、比企一族の権勢は、将軍の舅という立場から極めて強力となった。
頼家と北条氏
頼朝の死後、第二代の将軍頼家に比企一族が接近して、権勢を強めて来たことは、北条氏にとって好ましいことではなかった。頼家の乳母が比企氏であるのに対応する如く、実朝には政子の妹(頼朝の弟である全成の妻)すなわち北条氏が乳母となって比企の権勢に対抗した。
 当時は、生まれた子が女児であれば、母の手元において育てるが、男児であったときは、母の手元を離れて、専ら乳母の元でそだてられるのがしきたりであった。従って、乳母は育ての児の成長した後までも隠然たる力を持ち、育てられた者としても、乳母に対する恩義は深く忘れられぬものであった。
 それだけに、北条氏はライバルとしての比企氏に対して、その行動に警戒の目を離さなかったであろうし、その勢いの行くところ、頼家に対する態度も、実朝に対するそれとはおのずからちがう、冷やかなものがあったにちがいない。北条氏の圧力が政子を動かし、母としての政子の裁断をかさにして、頼家の将軍としての実権を滅殺したり、その病床の身となるや、いちはやく天下の地頭職を、頼家の子一幡と実朝とで二分することを強行したりしたことは、明らかに比企氏抬頭の頭打ちを策したものであろう。
小御所の変
 頼家と比企能員とが、天下二分の処置に反し、北条氏打倒の挙を図ったことは、北条方にとっては思う壺であった。
建仁三年(1203年)9月2日、北条時政は、自邸の薬師如来の供養にことよせて、能員を招待した。能員の子等は、時政の策謀を警戒して引き止めたが、能員は赴かねば、かえって疑いをまねくと言って、名越の時政の邸に参り、その場で謀殺されてしまった。
 小御所(現在の妙本寺の地)にあって、この異変を聞いた比企一族は、頼家の嗣子一幡を擁して小御所(一幡の館なる故にこのように呼んでいた)にたてこもって北条氏との決戦をかまえた。その日の午後4時に近い頃には、政子の指示を受けた北条義時、泰時、畠山重忠、三浦義村、和田義盛以下の武将が雲霞の大勢をもって、この小御所に襲い迫った。
 比企一族は、死を恐れず防戦につとめたが、衆寡敵せず、いずれも一幡の前で斬り死し、一幡もまたあわれ6歳の身で、火に包まれた館の中に果てたのであった。
 翌日、源性という者が、一幡の遺骨をさがしあてて、その遺骨を高野山奥の院に葬るべく、焼けあとを立ち去ったという。
 かくて、北条氏はライバルの比企一族を全滅させ、頼家は全く孤立無援の状況に追いこまれた。やがて将軍職を実朝に譲らせられ、淋しく伊豆修善寺へと、配流の身を移した頼家を待っていたものは、北条の魔手だったのである。頼家は、翌年7月に殺害されている。
五輪塔
 宇宙の森羅万象は、空、風、火、水、地の五元によって構成されると説く密教の教えをあらわしている塔で、平安時代頃から石造塔としてつくられ、鎌倉地方ではこのかたちの塔が特に多い。
 五輪の各輪には空風火水地とか、妙法蓮華経とか、あるいは梵字でキャ、カ、ラ、バ、アの五字を刻んだものもある。
 この一幡の五輪の塔は、後世のものなので形もちがっている。などとう記述がありましたので、投稿いたします。

(比企能員邸址の碑)

(現在の妙本寺 山門から)