この際、左からにょきっと出ている私の太い腕は見なかったことにしてください。
一見、中国の二胡のように見えるが、頭の彫り物がいかにも東南アジア風・・そう、これは6年前のカンボジア旅行の時に、アンコール・ワットを見下ろす位置にある、プノンバケン山に登った時、子供から5ドルで買った胡弓(ト・ロー)である。
この時「ほたるの光」を演奏していた少年からト・ローを買わなければ、そして買った後に勇気を出してもう一度少年のところに戻り、弾き方を習ったりしなければ、私はまだバイオリンをやってなかったのではないか、と思うのだ。
ト・ローは二胡よりも一音低い、CとGに調弦するのだが、私に弾き方を教えてくれた少年は、私が意外に早く会得したのを見て、顔がパッと輝いた。彼にとっては楽器が売れればいいはずで、客が弾き方を教えたところで一銭の得にもならないだろうが、やはり手作りの楽器だけに愛着があるんだろう。この時の少年の笑顔が忘れられなくて、帰国してから二胡を習い始める。さらに半年後、調弦に共通点があって、より音域が広いバイオリンにも手を出すことになるのである。
※この旅行では、遺跡に群がるカンボジアの子供達から色んなものを買ったが、ほとんどハズレがなかった。皆、この子達のお父さんが作っている手作りの品である。手先が器用なのか、誠実なのか、値段の割りに作りがしっかりしていた。売ってる子供達にも悪どさが見られない。この国は今は貧しいが、こういう人達がいるなら、きっともっと豊かになるだろう・・・とそんな予感がした。
さて、ト・ローを手にし、樹海の中から顔を出すアンコール・ワットが、徐々に夕闇に飲まれていくのをじっと眺めながら、私は妙に哲学的な気分になっていた。右の絵が上手く表現できているかどうかわからないが、アンコール・ワットが表現しようとしている宇宙観=つまり「山」という漢字の形にも見える五基の塔は、バラモン教にも仏教にも共通の概念である「須弥山」を表しているということを、肌で感じた。加えて、今、手にしている楽器によって、自分の人生に新しい扉が開いたことも確かに感じ取っていた。
☆ ☆ ☆
すっかり暗くなって、プノンバケン山を降りるとき、私はもう一つの不思議な体験をした。
突然、高校野球の試合で鳴るサイレンのような音がワーっと聞こえ出したので、何かと思ったら、現地のセミ(鈴ゼミ)の声だと言うのである。私は、ちょうどラ(A=440Hz)の音で鳴くセミが存在するという事実に驚愕した。あとで分かったことだが、蚊の羽音も440Hzに近く、藪の中で音叉を鳴らすと蚊が集まってくるという。
我々がチューニングに使っているAの音は、実は自然界ではありふれた音だったのかもしれない。
一見、中国の二胡のように見えるが、頭の彫り物がいかにも東南アジア風・・そう、これは6年前のカンボジア旅行の時に、アンコール・ワットを見下ろす位置にある、プノンバケン山に登った時、子供から5ドルで買った胡弓(ト・ロー)である。
この時「ほたるの光」を演奏していた少年からト・ローを買わなければ、そして買った後に勇気を出してもう一度少年のところに戻り、弾き方を習ったりしなければ、私はまだバイオリンをやってなかったのではないか、と思うのだ。
ト・ローは二胡よりも一音低い、CとGに調弦するのだが、私に弾き方を教えてくれた少年は、私が意外に早く会得したのを見て、顔がパッと輝いた。彼にとっては楽器が売れればいいはずで、客が弾き方を教えたところで一銭の得にもならないだろうが、やはり手作りの楽器だけに愛着があるんだろう。この時の少年の笑顔が忘れられなくて、帰国してから二胡を習い始める。さらに半年後、調弦に共通点があって、より音域が広いバイオリンにも手を出すことになるのである。
※この旅行では、遺跡に群がるカンボジアの子供達から色んなものを買ったが、ほとんどハズレがなかった。皆、この子達のお父さんが作っている手作りの品である。手先が器用なのか、誠実なのか、値段の割りに作りがしっかりしていた。売ってる子供達にも悪どさが見られない。この国は今は貧しいが、こういう人達がいるなら、きっともっと豊かになるだろう・・・とそんな予感がした。
さて、ト・ローを手にし、樹海の中から顔を出すアンコール・ワットが、徐々に夕闇に飲まれていくのをじっと眺めながら、私は妙に哲学的な気分になっていた。右の絵が上手く表現できているかどうかわからないが、アンコール・ワットが表現しようとしている宇宙観=つまり「山」という漢字の形にも見える五基の塔は、バラモン教にも仏教にも共通の概念である「須弥山」を表しているということを、肌で感じた。加えて、今、手にしている楽器によって、自分の人生に新しい扉が開いたことも確かに感じ取っていた。
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すっかり暗くなって、プノンバケン山を降りるとき、私はもう一つの不思議な体験をした。
突然、高校野球の試合で鳴るサイレンのような音がワーっと聞こえ出したので、何かと思ったら、現地のセミ(鈴ゼミ)の声だと言うのである。私は、ちょうどラ(A=440Hz)の音で鳴くセミが存在するという事実に驚愕した。あとで分かったことだが、蚊の羽音も440Hzに近く、藪の中で音叉を鳴らすと蚊が集まってくるという。
我々がチューニングに使っているAの音は、実は自然界ではありふれた音だったのかもしれない。