さぶりんブログ

音楽が大好きなさぶりんが、自作イラストや怪しい楽器、本や映画の感想、花と電車の追っかけ記録などをランダムに載せています。

11年ぶりの上海リニアモーターカー

2017-11-19 08:19:55 | 鉄への道?


昨日は11年ぶりにリニアモーターカーに乗りました。11年前は鉄道ファンじゃなかったので、リニアモーターカーの顔部分を撮っていませんでしたが、今回はバッチリ先頭車両と無人運転席を撮り、最高速度の時の動画も撮りました。


下から見たレールです。


チケットです。


ホームの様子です。


上から見た線路の様子。


先頭車両側面


側面


座席の様子


乗車します。


運転席(無人)


走り出しました!

あとは動画でお楽しみください。

最高速度431km/hの時の様子です。






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無事帰国

2017-11-18 21:44:47 | ただの日記
上海から無事に帰って参りました。

上海ではホテルのWiFiを使っても、Facebook、instagram、LINEいずれも使えませんでした。アプリから出国直前の投稿は見ることができましたが、それ以降の投稿を見ることも、自分が投稿することもできませんでした。gooブログだけは、アプリ経由かろうじて投稿することが出来ました。

今回は自分にとって3回目の上海ですが、新しい発見が沢山ありました。特に食事…。実にいろんなものを食べました。しばらくダイエットが必要です。

旅行記録を全部書くのは時間がかかると思いますが、順不同で、徐々にアップしていきたいと思います。
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煎餅菓子(中国版クレープ) と餅米焼売

2017-11-17 06:17:39 | 食いしん坊レビュー


朝食は太極拳の先生が買ってきた上海風クレープと餅米。



煎餅菓子と袋に書いてあるが、クレープのような、サンドイッチのようなものである。

これが信じられないほど美味しくて、お腹にたまる。

味付けに甜麺醤とパクチーが入っており、包まれている揚げパンがカリカリして美味しい。まるで肉でも入っているかのような旨味である。

▼こちらが、その煎餅菓子を作っている動画。太極拳の先生が今日これを買うときに撮ってきた動画をスマホの上から撮影させていただいたもの。
 バスに揺られながら撮ってるので、画面の揺れはご容赦ください。




もう一つ、こちらがもち米焼売。


美味しいが、ひとつ食べただけでお腹にずしっとくる感じ。煎餅菓子でお腹いっぱいになった後に食べたので、1つ食べるのが限界。

焼売は本来はこのような形であったと先生はおっしゃるが、横浜生まれの私としては、若干カルチャーショックなり。
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夜の豫園商城

2017-11-16 22:00:56 | ただの日記


豫園の周りを取り巻くショッピング街、豫園商城の夜のライトアップは、ため息が出るほど幻想的。


まだ陽のあるうちはこんなだったところが、


夜にはこうなる。


千と千尋の神隠しに出てくる湯屋の夜の姿のようなイメージがある。豫園付近にくるのは2度目だけど、夜の雰囲気を楽しめるのは初めて。素敵だわ〜!


最近あまり物欲のない私、漢方薬屋さんで陳皮を200グラム買った。プーアル茶と合わせて煎じると良いそうだ。


あとこんな餅菓子の詰め合わせのようなものを買った。

物欲はないけど食欲はある、と言うべきか。


最近人気があるという、ジューススタンドでマンゴジュースも飲んだよ!


チャイナ服も気になったけど、細そうなのばっかりなんで諦める。でも服屋さんがこのように軒を連ねる景色はとても美しいわね。


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錦江飯店

2017-11-16 14:30:34 | ただの日記


今回の旅行で泊まるホテルは錦江飯店と言って、大変歴史あるホテルなのだが、実際にチェックインしてみて、あまりにデラックスなんで驚いてしまった。


ロビーはこんな様子。


入っているお店も高級そうだわ。


廊下も綺麗。


そしてこれが私が使うお部屋。


バスルームも広いし、綺麗だわ〜。

何となくの印象なのだけれど、大阪のリッツ・カールトンに似てるような気がする。
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成田空港直結のカプセルホテルに泊まる

2017-11-15 23:20:42 | ただの日記

あすの集合が第1ターミナルに朝の7時15分と早いので、成田空港第2ビルに直結のカプセルホテルに前泊することにした。


こんな風に空港第2ビルの改札からも近い。

カプセルホテルなんて泊まるの15年ぶりだな。以前泊まった時はすきま風だらけなのと初めてのカプセルホテルに興奮しすぎて、全然眠れなかったな。

先日の台風で、首都圏の朝の交通の大幅な遅れが想定されていた時、上司がカプセルホテルに前泊して出勤。その時写真を見せてもらって、最近のカプセルホテルはとても綺麗だということを知り、今回ちょうどいい機会なと思って泊まってみたのである。



今回泊まってみたいカプセルホテルは、男女は完璧に分かれている。受付で、まるで野球のユニフォームみたいなロングパジャマとタオルセットもらった。この手提げはカプセルの中に持ち込むのに便利。


スーツケースがきちんと入るロッカーがある。


私は2階部分のカプセルだったので、手すりにつかまり、段をよじ登って入った。ここの上り下りはお年寄には少しきついかもしれない。


中に入ったら入口を閉める。

カプセルの中は意外に広い。昔はテレビなんかがあって邪魔だったけど、コンセントにスマホ充電器を差し込んでスマホをいじっていればいいから、テレビなんかいらない。


1週間で学ぶための中国語の本をさらに一晩で頭に入れるべく悪あがきをする。

絶賛一夜漬け中。
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古道散歩:深大寺

2017-11-14 23:46:34 | ただの日記
中国に行く前に、先日行った深大寺のこと書いとかないとね。


深大寺城跡をあとにし、深大寺の境内に入っていく。深大寺というのは東京で浅草寺に次いで古いお寺だそうだ。


うぉ~、門前町はにぎわっているねぇ。先ほどの深大寺城跡とは大違いだ。


ここは水がきれいなんだ。多摩川に削られて出来た河岸段丘である国分寺崖線は湧水スポットの宝庫だが、深大寺もそんなスポットの1つ。


先日の2週連続台風で水量が増えてるが、びっくりするほど水がきれいなんだ。


振った雨水が地層によって漉されて、こんな美しい水になる。青空の下、まるで水の流れに囲まれたようなたたずまいに心を癒される。


境内はイイ感じに紅葉してる。


まず本堂に行く前に、一番端っこの深沙大王堂に来るところあたり、古道散策チームらしいマニアックさだ。

深沙大王(じんじゃだいおう)とは仏教の守護神で、砂の中から現れて玄奘三蔵を守護した逸話で知られる。

そもそも深大寺の名は深沙大王から来ている。寺の縁起によると、深大寺を開いた満功上人(まんくうしょうにん)の父、福満(ふくまん)が、ある娘と恋仲となったが、福満は渡来人であったので、よそ者を嫌がる娘の親が、娘を湖水中の島に閉じ込めてしまった。福満が深沙大王に祈るとたちまち大亀があらわれて湖の中の島へと運んでくれた。めでたく結ばれ、結婚も許され、生まれたのが満功上人だ。

満功上人は、父福満の宿願を果すために出家し、733年にこの地に深沙大王を祀ったのが始まりと言われる。


その娘が閉じ込められた島のある湖というのがこの池らしいのだが、これなら神の力を借りなくても島にいけそうな気がする。昔はもっと大きかったんだろう。


あの仏像のあたりに水源があるというのだが、写真ではあまりよく見えないね。


この写真もよく見えないのだが、複数のポイントからこんこんと水が湧き出ているのを観察することが出来た。本当に尊い気持ちになる。


さて、元三大師堂という、他の観光客もいるスポットの前に出る。


この前には、最近国宝に指定された白鳳物を安置したお堂があるのだ。


白鳳仏自体は撮影禁止だから、これは前に置いてあったチラシをそのまま写真に撮ったもの。

中央の釈迦如来倚像は椅子に座ったお姿。この足の開き方が何となく中途半端で面白い。


そして気になるご尊顔は、とても柔和で印象的。何となく山田寺仏頭を思い出す。山田寺仏頭も白鳳仏だ。実際見比べてみると、山田寺仏頭の方がややきついお顔をしている。

正直ガラス越しに見た実物の仏様は、このようなパンフレットで見る印象より4~5倍はインパクトの強いものであった。だから一応パンフレットの画像は参考に載せておくが、是非実物を見て下さいと申し添えておく。

仏様のご尊顔というのも一期一会のようなもので、私が心を射抜かれた仏様というのが、今までの一生の中で5~6体はあるのであるが、このお釈迦さまもきっとそうした印象深い仏様として私の心に刻まれるだろう。


本堂の前に来たところで、古道散歩セミナーは解散となった。私はバイオリンレッスンに行かなければいけないので、講師の先生としゃべるとか、展示を見るとかの時間はなかった。でもせっかく深大寺に来たのでそばを食べたい。


ということで、とりあえず入ったところはそこそこ美味しかった。


例の、神様に頼らなくても渡れそうな池がよく見えるお店なのであるが、そばをすすりながら、こんなに濁った池なら、やはり大亀に乗って渡れた方が便利だよねとか思うのであった。


もう足が棒なので、帰りはバスで帰った。バスの中から素敵な門前町が見える。いずれまた来たいお寺だと思った。
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ラ・フォル・ジュルネ「こうもり」のDVD鑑賞会に行ってきた。

2017-11-13 23:30:06 | ただの日記
今年のゴールデンウィークにラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンで演奏した無料公演「こうもり」のDVDが出来上がったというので、旧交をあたためるDVD鑑賞会に行ってきた。


この特設会場には、私の中高時代のクラスメイトや、音楽教室仲間、オペラ仲間も知らないうちに駆けつけてくれていて、今あらためて見ても、よい公演だったと思う。


さらにびっくりだったのは、4月30日に参加した代沢音楽祭での映像。

思ったよりすばらしい出来で、オケも合唱団も、マエストラも、ソリストさんも活き活き。

みんなDVDに合わせて歌ったり、踊ったり・・・半年たっているとは思えないほどみんな覚えていて、会場は大いに盛り上がった。

その後MBAを取得されたマエストラの卒業祝いとか、団長の誕生日祝いとか、イベント尽くしの楽しい鑑賞会だった。
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中高時代の体操部OG会に行ってきた

2017-11-12 23:13:48 | ただの日記
私が中学のころ新体操をやっていたことは、以前当ブログにも書いたことがあるかもしれないが、途中でやめてしまったので、まさか自分がOG会に呼ばれるなんてことがあるとは思っていなかった。ところが先日、お世話になった顧問の先生からお誘いがあり、ちょっとびくびくしながら横浜の会場へ足を運んだ。


私は横浜出身とはいえ、西口の高島屋の裏あたりって、全然土地勘がない。目の前に川がある。帷子川かな?


ハマボールイアスというビルの・・・・


7階のカフェ。


うぉぉ~、胸が高まる。

会場は私より若い人達であふれ、私はかなり長老組に入るようであった。私たちの代は、同好会→準クラブから昇格して、まだ歴史が浅かったんだということを、ずっと忘れていたが、あらためて認識した。私が中1で入った時に高2で部長をされていた憧れの先輩や、非常にお世話になった一つ上の先輩にも会うことが出来た。私が知っている代の方は少なかったが、高2の頃生徒会の副会長をやっていたので、名前だけは知られていて、何だか嬉しかった。そして、顧問の先生のお若いこと! パッとその場でY字バランスをおやりになったりする。

体操部時代のいろんなことがよみがえってくる。私は体操部の在籍は短かかったが、練習は厳しかった。先輩が演技に使っていた曲は本当によく覚えていて、今日いらしてくださった部長さんの演技曲でカルメンを知ったのであった。まさか自分が原曲のオペラを演じることが出来る機会が訪れようとはその頃は思いもしなかった。今日いらしてくださった一つ上の先輩が合宿所の風呂場で歌っていた自作の曲も、歌詞付きでほとんど覚えていたりする。また自分の演技曲を決めるために沢山レコードを聴いた。そんな経験が今の音楽活動につながっているんだね。

会場では、世代別に挨拶をしたが、後輩が「私たちの代で段違い平行棒を買いました」とか、床運動のマットを買い換えましたとか、マットの上に敷く布を買いましたとか、ロイター版を買い換えましたとか、いろんな話が出て、どんどんクラブ活動が充実していったことが分かり、みんなの苦労に頭が下がる思いだった。

極めつけは体育館。


我々が慣れ親しんだ、鳩が遊びに来る暗い体育館は取り壊され、今はどこの公的体育館かと思うほど明るく立派になっていること。

みんなで昔の写真を提供して、スライドにかけてもらったが、私の提供したのはこの2つ。


中1の頃。う~ん、細くてスマートだけど、体操部員としてはゲタ足で最低だな~。


このレトロなトレーニングウェア・・・みんな知らなかったみたいで・・提供してよかったな。

ということで、とても有意義なOG会だった。

2年に1度やっているそうなので、また顔を出してみたいと思う。
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古道散歩:深大寺城跡

2017-11-11 23:51:32 | ただの日記
いよいよ待ちに待った深大寺城跡だ。

深大寺城は、扇谷上杉氏の家臣だった難波田弾正(なんばだだんじょう)が築いたお城。扇谷朝興(おうぎがやつともおき)は居城であった江戸城を北条氏綱に奪われてしまい、河越城を起点に巻き返しを図ろうとするが、志半ばで没する。跡をついだ朝定はまだ少年。扇谷家中は、家臣の難波田弾正を派遣して、この地に江戸城を奪回のための基地を作ることにしたのだ。

このあたりは、多摩川によって削られた河岸段丘:国分寺崖線が走っており、低地部には湧水スポットが多い。さっき見学してきた厳島神社もそうであるし、これから行く予定の深大寺もそうだ。この豊かな湧水のおかげで、扇谷軍をそっくり深大寺城に収容した場合も飲み水に困らない。

しかし実際には、北条はこの城には目もくれず、河越城を直接攻めたため(河越夜戦)、難波田弾正も主君の扇谷朝定も討ち死にしてしまう。深大寺城は一度も戦に使われることなく、廃城になってしまった。

しかし、それゆえに後世の手が入らず、当時の築城技術を知ることが出来る、貴重な遺跡になっているのだ。


ということで、実にいい天気。スマホの電池もなんとか持ちこたえそうだ。深大寺参道を通らずに、脇にある神代植物公園へ。


深大寺城跡はこの公演を通って入っていくのである。


まるで尾瀬ヶ原のような湿地帯だ。この湿地帯が、深大寺城にとっては逆に強力な守りになっていたのだ。


あ~、なんか絵になる光景。ここでぼーっと浸っていたい気分もするが、そういうわけにもいかず、みんなについて行く。


講師の先生がいつも使っている橋が壊れていて、別の入口を探して城へ上る。


湿地帯からしばらく登ったところが第一郭(くるわ/曲輪、後世の本丸に当たる)。

普通、本丸は一番大事なところだから奥まったところにあるが、我々が登ったルートは湿地帯から登るルートなため、昔はまず来ないルートなのである。


第一郭のあるところは、現在はかなり草深い。


写真だけ見ると、ただの山の中にしか見えないよね。


でもちゃんと土塁と、


空堀がある。


第二郭(二ノ曲輪)との境目の空堀は下草を刈ってあってきれいになっている。当時はもっと鋭く薬研堀にしていたはずだ。一般的にこういう空堀を見る時は、長い年月で、人間の身長ぐらいは底が埋まってしまっていることを考慮した方がよいと聞く。


うん、確かにこの空堀や、今自分が立っている土橋は復元されたものであることが書かれている。


ということはこの土塁も手が入っていそうだな。でもきれいになっているので、ちょっと登ってみよう。

う~ん、階段を上り下りするのとは違う筋肉を必要とするようである。特に足首やふくらはぎの両脇の筋肉に刺激を感じるなぁ。

こういう地形を上り下りしていると、足首がきゅっと締まった足になるのではなかろうか。今から考えれば、いったん空堀に入ってから土塁に上がってみればよかったが、いままでさんざん歩いてきたので、そんな元気はなかった。


でも遠くにパンパスグラスを見つけて、そこに飛んでいく元気はあったんだよな~。(そんなことやってんの私だけだったけど。)


これは当ブログに既出のパンパスグラス。お城よりワクワクしてしまったのは事実。


色々石が置いてあるのが、発掘された柱の跡を示しているそうだ。


それにしても、深大寺も、その周りの蕎麦屋もものすごく混んでいるのに、深大寺城には我々のパーティ以外はいないのであった。

見学できるのは第一郭と第二郭だけ。第三郭はテニスコートになってしまっている。

リア充の人達がテニスしてますよ・・・などと鼻で笑いながら城址を降りてたところに、そのテニスコートで行われているテニススクールの案内板があり、テニスなんか興味のないはずのオタク集団がなぜかそれを見て大いに沸いたのである。


最近はテニスの話題よりも、気象現象との絡みでとかく話題になる松岡修造氏がここのテニススクールの出身だということである。

人気ありますなぁ~修造氏は。
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古道散歩:柴崎駅~青渭神社まで

2017-11-11 05:54:20 | ただの日記
先日行った、古道散歩セミナー。内容が濃すぎて、どっからどう書いていいかわかんないんだけど。。。

でも書かないでいるのはもったいないので、ほとんど備忘録的になるかもしれないけど、書いてみよう。


柴崎駅に集合して、深大寺城や深大寺まで歩くコース。私はもちろん深大寺城目当てだけどね。


朝10時に柴崎駅集合。休日の朝としては早起き。途中京王線が7分ほど遅れて焦る


各自イヤホンをもらって、オレンジ色の服を着た先生についていく。私は足が悪いので、置いて行かれないようになるべく先頭集団にいるようにした。


神代を冠したものが目に付く。

深大寺の名前は、中国の水神「深沙大王」(じんじゃだいおう)に由来すると言われるが、深大→神代と変化したものであろう。


サトイモ畑の向こうの敷地が急に斜めになっている。ここは昔、京王線が走っていたところの跡地らしく、その関係で、区画が斜めになっているとか。


深大寺の白鳳時代の仏像が国宝になったことを記念する展示があるようである。


引き続き鎌倉道を歩いていくと、向こうに「十王坂」の表示石がある。坂上の東側に以前十王堂があったことを示している。十王堂は義経一行が陸奥に落ちる時に立ち寄り、ここで前途の無事を祈ったと伝えられるところだが、現在は少し離れた金龍寺というところに移転されているとか。


柴崎稲荷に向かう途中、古いコンクリの壁があった。う~ん、なんか手前に傾いているようで危なっかしいですね・・という声にすかさず、この工法は今は使われていない・・・昭和中期あたりのものだろうと答える人がいる・・・。あ~猛烈にマニアックな集団だ。私はついて歩くので精一杯。


柴崎稲荷到着。柴崎氏の館址と伝わるが、江戸氏系の柴崎氏なのか、武蔵七党の柴崎氏なのか詳細不詳だという。


とはいえ、石段を登るとそれなりに雰囲気のあるところだ。


ちゃんとお参りもする。


榛名神社のお札もあり、古くより山岳信仰の拠点となっていたらしいとのこと。


こちらのアングルから見た社殿も風格がある。


鎌倉道の反対側には厳島神社がある。


ここは湧水ポイントで、古人が弁財天を祀った。義経と弁慶が訪れ、池の水で写経をしたという伝承がある。この上に前述の十王堂があったという。


神社の案内に、何故か義経の話は書いてない。


狛犬に何となく味がある。低い位置にあるので、ホントにワンちゃんみたいで。


目ざとく北条氏の家紋があることに気付く同行のメンバー。マニアックな人達だから、北条の家紋ぐらい知ってて当たり前なのだ。

ただこの家紋が古いものではなく、賽銭箱や手水場などの新しいものの上に描かれていることが個人的には気になるのだが。

あと、頭の中に描いている三角形より縦に長い三角形だなと思って調べてみると、縦長(つまり全体が正三角形)の家紋は執権北条氏。横に長いのは戦国時代の後北条氏だ。

う~ん、ますます分からなくなったぞ。ちなみにサイトで色々調べてみたが、この厳島神社と北条氏のつながりについて書いてあるものは見つけられなかった。
案外、明治屋かもしらんし・・などと書いたら怒られるかな。


大木の根元に江戸時代の庚申塚がある。


再び鎌倉道を歩いていると、途中、脇に暗渠道があった。

「暗渠好きな人は、どうぞ上を走って戻ってきてください」などと言われる。ううう~ん、世の中に「暗渠好き」というジャンルの人がいたことを初めて知る。


鎌倉道から深大寺道へ曲がるところに馬頭観音の石碑がある。


この馬頭観音は目の前の交差点の真ん中あたりに立っていたらしいが、昭和54年に道路の拡張とともにここに移され、馬頭観音の下に眠っていた馬の骨と一緒にこの石碑の下に埋めたとのこと。観音様を埋める・・という発想はないのだが、よほど傷んでいたんだろうか。馬頭観音そのものが、この場所で死んだ馬や馬捨場に多く祀られ、動物への供養塔としての意味合いが強いことから、ここの馬頭観音もそうだったのかね。何せ鎌倉道ですから、古来沢山の馬が通ったことであろう。

で、ここで調べてまたびっくりしたんだが、馬捨場のこと、「芝先」っていうんだね。


江戸時代の道しるべがあった。1792年造。左へ行くと深大寺道。右へ行くと、おおさわ道。

何と、ここで私のスマホのバッテリーが残り少なに。一番行きたい深大寺城で写真が撮れなかったら困るではないか・・となるべくOFFにして写真を撮らないようにセーブ。


ずっと歩いて青渭神社へ。延喜式に同名の神社が書かれているが、稲城市と青梅市にもあるため、それぞれが主張しているという。


境内の大ケヤキにはさすがに風格がある。


青渭社とちょっと離れたところにある虎狛社は江戸名所図会にも載っているというが、こちらも、青梅市にセットで同名社があるというからややこしい。色々あるだろうが、神社自体は大変素敵で、落ち着きのあるたたずまいに心を癒された。
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「旅するドイツ語」も見始める

2017-11-10 23:44:02 | いまさら独逸語
イタリア語勉強中なのであるが、急遽3月にドイツのシュトゥットガルト音楽大学で開催されるマスタークラスを受講できることになったので、ドイツ語も勉強する必要が生じたのである。

▼小松川さくらホールでドンパス
http://blog.goo.ne.jp/y-saburin99/e/319268144a0e0509beddb5e62c71b08f

以前こちらで書いたコンクール。本選まで出場して、ノルマのCasta Divaを歌ったのであるが、残念ながら入賞に至らず。奨励賞の方と1点も違わないのであるが、中位クラスは団子状態。私の場合、審査員の方の評価が完璧に二分されていること、芸術点にくらべて技術点が低いという現実をちゃんと見ることが今後の課題だなぁと思う。

ということで、すっかり気落ちして忘れていたところ、海外音楽大学のマスターコースの学費を助成しますという案内が届いたのである。助成いただくのは学費だけで、渡航費や宿泊費は自腹なのであるが、そもそも参加させていただけるだけでありがたい。マスタークラス自体は3日間だが、渡航スケジュールを入れると一週間。職場を説得し、3月に休暇を取らせていただけることになった。また現地で指導を受ける曲も来シーズンに向けた練習曲を勘案して師匠と相談して決定し、晴れてエントリー。

マスタークラス自体には通訳の方をつけていただけるのだが、全然ドイツ語が分からなくても困るだろうから、とりあえずゆるく始めようと、「旅する~」シリーズを見始める。

見始めてショックだった。

ドイツ語は、以前所属オケでローゼンハイムに行った時、ロゼッタストーンなどを使ってかなり勉強したし、その後もドイツ語の独唱曲7曲やオペラ「魔弾の射手」「魔笛」やマタイ受難曲・オラトリオ「エリヤ」も歌っているのに、ドイツ語会話を全然覚えていないことである。

すごい悔しい・・・。イタリア語とは全然違う言葉なのに、ごっちゃになりそうで悔しい。

あとRの発音も、歌では巻いてしまうけど、会話だと喉をガラガラ言わせなきゃいけないということも忘れていた。

番組の内容も新鮮だった。ベルリン特集で、東ドイツ時代の雑貨とか食事とかが出来る店を紹介しているのだが、私がイメージしているドイツとやはりちょっと違う。全然東ドイツを知らないはずの私ですら何となく懐かしく感じる。

Ost「東」+Nostalgie「郷愁」でOstalgie(オスタルギー)という造語があるそうだが、何となくわかるし不思議な気分になる。

語学番組以上のことを教えてくれるこの番組。「旅するイタリア語」と同時に見続けようと思うが、いつまで続けられるかな。

・・・と思いつつ、来週の中国行きのために、中国語もさらう必要があるのを思い出した! ぎゃー!
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豚キムチって痩せる!?

2017-11-09 23:17:22 | 下手くそ料理帖
豚キムチは痩せるらしい・・と最近何かのネット記事で読んだ私、さっそくやってみた。


豚ロースの切り落としとキムチ、ニラを適当に切って、胡麻油で炒める。

実は私、豚キムチってあまり好きじゃなくて、・・・なぜかって切る時まな板が汚れるから。

でも、キムチは偉大なことは分かっている。

成分的に「タウリン〇〇%」とか言ってるドリンク剤と似通っていること。

あと、蓮池薫さんの本を読んだとき、北朝鮮ではキムチ休暇というこがあり、各家庭で一斉にキムチを作り、1トン4百キロの野菜と、10キロの唐辛子、30キロの塩を使うということを思い出した。そこでの出来不出来が冬の食生活全般を左右するというから、食料事情の厳しい北朝鮮で冬に人々が生きていくために必要な食材と考えると、崇高な気分になってくる。


さて、2~3食分作ったつもりの私、一気に全部食べてしまった。このお皿3杯分ね。

撮りためた録画を見ながら、食べ始めたら止まらなくて。

ごはんを食べずに豚キムチをお腹いっぱい食べる・・・翌朝体重を測ると、前の日の朝より体重が減ってるの。3日連続そうだった・・・。

このところリバウンド気味だった私、ここで一気に再び下げトレンドへ!

キムチのトウガラシが効いてるのかしら?

キムチ単独で食べると、辛酸っぱさがちょっと苦手な私、豚肉と一緒に炒めればマイルドになるんで、沢山キムチを食べれる。

かつてないスピードでこくうまキムチ1パックをたった3食で完食!
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肥料投入一週間で

2017-11-08 23:39:42 | やさしい園芸
ややマンネリ慣れど、お水替え時の定点チェックということで。

肥料投入後一週間でずいぶん育ったねえ。

↓ちなみにこれが一週間前の写真。


冒頭の写真(今日)と並びが違ってるけれど、フルーツトマトやひとくち茄子がすごい繁っているのが分かる。


オクラは3つ目の花の開花待ち。ちょっとペースが落ちたかな。


脇芽が育ってきている。

尚、小ネギは普通に収穫して、食べながら育てているので割愛。
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低糖質・安直・ベイクドチーズケーキ

2017-11-07 23:01:24 | 下手くそ料理帖~おから
最近、何となく作っている安直ベイクドチーズケーキ。ようやく安定してきたので載せてみることにする。
もともとは炊飯器でベイクドチーズケーキを作る動画を見て作ったのが切っ掛け。

元レシピはこんな感じ。

室温において柔らかくしたクリームチーズ200gをボウルにあけ、木じゃくし等で捏ねておく。

砂糖50g投入し、混ぜる。

卵3個投入し、泡だて器で混ぜる。

生クリーム200ml投入し、泡だて器で混ぜる。

レモン汁大さじ1を少しずつ加えながら、泡だて器で混ぜ続ける。

小麦粉大さじ3を加えて混ぜ続ける。

炊飯器のお釜の内側にバターを塗って、上記、クリームチーズ+砂糖+卵+生クリーム+レモン汁+小麦粉を混ぜたものを入れる。

釜の下からたたいて空気を抜く。

白米モードで炊飯ボタンを押す。


こうすると45分ぐらいで焼きあがる。


釜をお皿の上でひっくり返して中身を皿に出して、冷蔵庫で冷やす。


こうして出来上がったのがこれだ。

炊飯器で簡単にできるものの、熱い段階ではまだ柔らかいので、皿にあける時に形が崩れるのが難点だ。

そこで、ケーキ型に入れてオーブンで焼くことにした。

材料も変えてみた。


砂糖50gをパルスイート25gに置き換え、


小麦粉大さじ3をおからパウダー大さじ3に材料がえ。

炊飯器じゃなくて丸いケーキ型に入れて、170度のオーブンで45~50分焼くことにした。

こうすれば焼きあがったら炊飯器よりは底が浅いので、お皿の上にひっくり返しても、綺麗な形を保ったままだ。

小麦粉の代わりにおからを使うと、熱いうちはさらに柔らかい。冷蔵庫で冷やすとしっかり固まる。


一人だと何日かに分けて食べることになるが、2日ぐらい置いた方が、おからの粒々がしっとりして、逆に粒々があることが食べていて楽しく、美味しいと感じる。

ということで、私はパルスイート&おからを入れたこの略式ベイクドチーズケーキを4回ぐらい作って気に入って食べている。

もう一度材料を復唱しておくと、こんな感じだ。

クリームチーズ  200g
パルスイート    25g
卵         3個
生クリーム    200ml
レモン汁     大さじ1
おからパウダー  大さじ3

朝食代わりに2切れぐらい食べていくこともある。正式のベイクドチーズケーキの作り方ではないと思うが、これはこれで気に入っている。
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