愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題238 句題和歌 1  大江千里/白居易

2021-11-22 09:19:33 | 漢詩を読む
照りもせず 曇りもはてぬ 春の夜の  
  おぼろ月夜(づきよ)に しく物ぞなき (大江千里『新古今集』巻一・春上・五五) 

<意味> さやかに照るのでもなく、といって全く曇ってしまうのでもない、 
  春の夜のおぼろにかすむ月の美しさに及ぶものはない。 
   註] 朧月夜=おぼろにかすんだ月の美しさ; しく(=及く) 及ぶ、匹敵する。

oooooooooooo
内裏で催された桜の宴ですっかりご機嫌になった源氏は、その夜藤壺の宮を求めて弘徽殿(コキデン)に忍び込み、細殿(廂)を歩いていた。暗がりで「……朧月夜(オボロヅキヨ)に似るものぞなき」と口ずさみながら通り過ぎる愛らしい女(朧月夜オボロヅクヨ)と出会う。

源氏は、女の袖を取り、「お互い朧月に誘われて出て来てここで出逢った、並々ならぬ縁があったのだよ」と詠い、二人は結ばれます(源氏物語 八帖 花宴)。朧月夜(オボロヅクヨ)が口ずさんでいたのは、大江千里の当歌五句を少々改変した歌でした。 

当歌は、白居易(楽天)の漢詩「嘉陵夜有懷 其二」(下記)の起句にヒントを得た歌です。このように漢詩中の“句”を元に詠われた歌を「句題和歌」と言い、千里はその草分けとされています。向後、勅撰和歌集に入集された「句題和歌」の秀歌とその元の漢詩を取りあげて鑑賞していくことにします。

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<白居易の詩>  
 嘉陵夜有懷二首 其二  嘉陵(カリョウ)の夜 懷(オモイ)有り [上平声一東韻]  
不明不暗朧朧月、  明ならず暗ならず朧朧(ロウロウ)たる月、 
不暖不寒慢慢風。  暖ならず寒ならず慢慢(マンマン)たる風。 
独臥空床好天氣、  独り空床(クウショウ)に臥して天気 好(ヨ)し、 
平明閒事到心中。  平明 閒事(カンジ) 心中(シンチュウ)に到る。
 註]  平明:明け方;  閒事:余計な事。 
 
<現代語訳> 
明るくもなく、暗くもない、おぼろな月。 
暑くもなく、寒くもない、ゆるやなか風。 
私は独り寝床に臥して、天気は穏やか。 
明け方、つまらぬ事ばかり心に浮かんで来る。 
           [千人万首 資料編(和歌に影響を与えた漢詩文)に拠る])

<簡体字およびピンイン> 
 嘉陵夜有懷二首 其二   
不明不暗胧胧月、 Bù míng bù àn lóng long yuè,  
不暖不寒慢慢风。 bù nuǎn bù hán màn man fēng. 
独卧空床好天气、 Dú wò kōng chuáng hǎo tiānqì, 
平明闲事到心中。 píngmíng xiánshì dào xīnzhōng. 
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大江千里については、すでに触れた(百人一首-23番、閑話休題176)。漢学者の父の影響を受け、父の跡を継いで学者になった。その生没年は不詳である。宇多帝(在位887~897)の頃に活躍した歌人、学者である。父・音人(オトンド)は阿保(アボ)親王の落胤ではないかとされており、ならば在原行平(百-16番、閑休189)・業平(百-17番、閑休135)の甥に当たる。

宇多帝の命を受けて、句題和歌を集めた『大江千里集』(一名『句題和歌』とも)を編纂して献上している(897)。同集の全126首中116首が漢詩を翻案した歌であり、その多くが唐詩人・白居易(楽天)の漢詩に依るという。 

白楽天(772~846)は、中唐期の詩人、平易流暢な詩で内容が分かりやすく、平安期に『白氏文集(モンジュウ)』として日本に伝わり、『文集(モンジュウ)』と称されて愛読された。なお白楽天の詩については、本blogで4回ほど紹介済である(閑休-62、-66、-104、-125)。

当漢詩は、809年3月、友人の元稹(ゲンジン)が監察御史として蜀の嘉陵に派遣(左遷)された際、贈答された詩の一首である。すなわち、出発に当たって、元稹が自らの心情を32首の詩に詠み白居易に贈った。それに対し白居易は十二首に和して酬い、答えた と。その2首構成のうちの“其二”が当漢詩である。

“其二”だけでは詩の真意が掴めないが、次の“其一”の転・結句(3,4句)を含めて読むと、通い合う二人の心情が汲み取れます。

憐君独臥無言語、 悲しく思う、君が独り言葉も無く床に臥していることを、 
唯我知君此夜心。 君の今夜の心を知っているのは ただ私だけである。 

翻って、千里の歌は、長閑な春の夜の“朧に霞む月”、それに勝るものはないよ と季節感を主張しています。 
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