愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題393 漢詩で読む『源氏物語』の歌 (十帖 賢木)

2024-03-04 10:01:36 | 漢詩を読む

【本帖の要旨】六条御息所は、源氏への思いを断ち、伊勢の斎宮に決まっている娘とともに伊勢にいく決心する。源氏は、晩秋の野宮(ノノミヤ)に御息所を訪ね、二人は心行くまで語り合う。

 

桐壺院が崩御した。年改まって、右大臣家の姫君(六の宮・朧月夜)が朱雀帝の内侍として仕える。藤壺は、院亡き後、春宮の後ろ盾として源氏を頼りにするのであるが、源氏の藤壺への思いは増々強まっていく。思い悩んだ藤壺は、院の一周忌法要後、出家する。 

 

一方で、源氏は内侍(朧月夜)との人目を忍ぶ逢瀬を重ねていたが、右大臣に密会の現場を押さえられる。弘徽殿の大后はじめ、右大臣家の怒りは凄まじく、源氏は追い詰められていく。

 

zzzzzzzzzzzzzzzz  賢木-1

源氏が野宮を訪ねたのは九月七日であった。秋草の花はほぼ凋み、かれがれに鳴く虫の声と松風の音が混じりあい、その中を微かな楽音が野宮の方から流れて来ていた。艶な趣である。

 

御息所は、迷ったが、どこまでも冷淡にはできない感情に負けて、源氏の来訪を許したのである。源氏は、榊の枝を少し折って手に持っていたのを、御簾の下から差し入れて、「私の心の常盤な色に自信を持って、恐れのある場所へもお訪ねしてきたのですが、あなたは冷たくお扱いになる」と言った。御息所の答えは:

 

ooooooooo  

神垣は しるしの杉も なきものを

  いかにまがえて 折れる榊ぞ (御息所 十帖 賢木-1) 

 (大意) ここ野宮の神垣には三輪の杉のような目当てのしるしの杉とてない

  のに、どうして間違えて榊など折ってきたのでしょう。              

 ※ “しるしの杉”とは、大神神社(オオミワジンジャ)がある奈良・三輪山に自生する

  神聖な杉。万葉時代から“門にある杉”を目印にして訪ねてくるようにと 

  歌に詠まれたいる。

xxxxxxxxxx  

<漢詩> 

  依恋之情      依恋之情   [上平声一東韻]

野宮神聖地, 野宮(ノノミヤ)は 神聖な地, 

無杉在垣中。 垣中に杉は無し。 

其如来錯処, 其れ来るべき処を錯(アヤマ)るが如し, 

遠道帶楊桐。 遠道(ハルバル) 楊桐(サカキ)を帶びて。 

 [註] ○依恋:未練が残る、慕わしくおもう; 〇野宮:京都嵯峨野にある

  神社; 〇楊桐:榊、賢木。    

<現代語訳> 

 名残の逢瀬 

野宮は神聖なるところ、

目印となるべき杉の木は境内にない。

来るところを間違えたのではないですか、

はるばると榊の枝を持って。

<簡体字およびピンイン> 

 依恋之情   Yīliàn zhī qíng 

野宫神圣地, Yěgōng shénshèng dì, 

无杉在垣中。 wú shān zài yuán zhōng

其如来错处, Qí rú lái cuò chù, 

远道带杨桐。 yuǎndào dài yángtóng.  

ooooooooo  

御息所の歌に答えて、源氏は:

 

少女子(オトメゴ)があたりと思へば榊葉の香をなつかしみとめてこそ折れ (源氏) 

 (大意) ここが神様にお仕えする乙女のおられる辺りと思い 榊葉の香りに

  惹かれて一枝折って来たのですよ。 

 

御息所の情熱の度が源氏より高かった時代、源氏は慢心していて、このひとの真価を認めようとしなかった。自分はこの人が好きであったのだと認識し、別れた後の寂しさも考えられて、源氏は泣き出してしまった。

 

御息所も積もり積もった恨めしさも消えていくようで、動揺することになってはならない危険な会見を避けていたのであるが、予感していた通りに心はかき乱されるのであった。

 

zzzzzzzzzzzzzzzz 賢木-2 

宮中で五檀の御修法が行われ帝がご謹慎されている頃、源氏は夢のように朧月夜に近づいた。昔の弘徽殿の細殿の小室に中納言の君が導いたのである。朝夕に見ても見飽かぬ源氏を見ることができた内侍の喜びが想像される。

 

もうすぐ夜が明けようとする頃、近衛の下士が、すぐ下の庭で「宿直いたしています」と言い、またあちこちで「寅一つ(午前四時)」と報じて歩いた。

月夜は、いかにもはかなそうに:

 

ooooooooo  

心から かたがた袖を 濡らすかな

  明くと教(ヲシ)ふる 声につけても (尚侍 十帖 賢木-2) 

 (大意) 自分の心の所為で、あれやこれや何かにつけて、涙が袖を 濡らして

  しまうのです。夜が明けると告げる声をきくと、あなたが私に飽きると 

  聞こえて。 

xxxxxxxxxx  

<漢詩> 

   多担心事     担心事(シンパイゴト) 多し   [上平声六魚韻]

為自心迷惑, 自(オノズ)から 心の迷惑(マヨイ)に為(ヨ)り, 

諸事潤衣裾。 諸事(ショジ) 衣の裾(ソデ)を潤(ウルオ)す。 

声所告払暁, 払暁(ヨアケ)を告げる所の声, 

聴聞厭倦余。 余(ワタシ)を厭倦(アキ)たと聴聞(キコ)えて。 

  [註] 〇迷惑:戸惑う; 〇厭倦:飽き飽きする、嫌になる。

<現代語訳> 

  心配事 多し

自分自身の心の迷いから、

何かにつけて 涙で衣の袖を濡らすのだ。

夜明けと告げる声も、

私に飽きた と聞こえて。

<簡体字およびピンイン> 

   多担心事     Duō dānxīn shì 

为自心迷惑, Wèi zì xīn míhuò,   

诸事润衣裾。 zhūshì rùn yī .   

声所告拂晓, Shēng suǒ gào fúxiǎo,  

听闻厌倦余。 tīngwén yànjuàn .   

ooooooooo  

忍ぶ逢瀬ゆえに落ち着いておられなくて、追っ立てられるように源氏は朧月夜と別れて出た。まだ朝に遠い暁月夜で、霧が一面に降っている中を簡単な狩衣姿で歩いて行く源氏は美しかった。

 

歎きつつわがよはかくて過ごせとや胸のあくべき時ぞともなく

 (大意) 一生こうして嘆きながら過ごせというのだろうか 夜は明けても胸

  の思いの晴れることはなくて。 

 

この時、承香殿の女御の兄である頭中将が、藤壺の御殿から出て、月光の蔭になっている立蔀(シトミ)の前に立っていたのを、不幸にも源氏は知らずに来た。後々、非難の声はその人たちの口から起こって来るであろうから。 

 

【井中蛙の雑録】

・賢木と榊:いずれも“さかき”、ツバキ科の常緑樹、神木として神に供せられる。当て字か。


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