CLASSIC ROCKを聴こう! PLUS

1960年から1980年代のロックを紹介していきます。またPLUSと言うことで、ロック以外の話題も!

真夏のジャニス

2020年08月29日 | SSW

本日取り出しましたるは1977年に出たシンガー・ソングライターのジャニス・イアンのベスト・アルバム、ジャニスの部屋(多分日本独自の企画かな?)。

このアルバムの売りは、ジャニス自身が選曲したという事で、彼女の思い入れの深い曲が収録されている。確かテレビ・ドラマの主題歌に使われた曲なんかもあって、当時日本で結構人気があったように記憶している。

シンプルなアレンジで誠実に歌う姿は非常に心地よく感じる。

ただ、何と無く秋から冬のイメージがあるジャニスを連日35度越えのクソ暑い真夏に聴けって言われても…

エヤコン強でお願いします。


手を握りしめるだけじゃインパクトに欠けるからって、抱きしめるのは飛躍し過ぎじゃないの?

2020年08月28日 | BEATLES-BADFINGER関連

日本でビートルズって言えばやっぱりこれですかね?

オイラが話すこと、もうわかってるだろう。そう何か言いたい時は、君の手を握っていたいんだ。

君に触れているだけで、とても幸せ。こんな気持ち隠せないってば。

邦題は“抱きしめたい”ってなっているけど、ザックリ訳すと“手を握りしめるだけで気分は最高!” とちょっとニュアンスが違う。

手を握るではちょっと平凡だから、当時の宣伝マンがより多くの世間の注目を引かせるべくインパクトのあるタイトルをつける事にしたのだろう。

初期のビートルズの代名詞とでも考えられるシングル第5弾、I Want To Hold Your Handがイギリスで1963年の11月クリスマス商戦向けに投入。アメリカでも遅ればせながら、ようやくキャピトル・レーベルが版権を獲得し、同年12月滑り込みの形で発売。

(チリ・オデオンから発売、タイトルはスペイン語でQuiero Tomar Tu Mano。すなわち、Tu Manoあなたの手を、Quiero Tomar握りたい と原題に忠実。)

オイラは汗っかきだから、このクソ暑い夏抱きしめたり手を握りしめるのは勘弁してほしいね。

出来ればお互いの人差し指同士の一点接触でお願いしたい。

あんたETか!

日本では1964年2月にビートルズの記念すべきシングル第一弾として発売!

1982年再発盤、垢抜けしたジャケ。


オイラは恋のキューピッド! (泣)

2020年08月28日 | BEATLES-BADFINGER関連

私とあなたの二人の恋愛ストーリーから、何と第三者のオイラが登場! 三角関係のドロドロしたものになると思いきや、何とオイラは恋の仲介役!

喧嘩したみたいだけど彼女は今何とも思っちゃいない。 言い過ぎたと思うなら、ここは素直に頭を下げりゃ、全ては元の鞘に戻るってば。

だってオイラは本人の口から聞いたんだ、She Loves Youってね。

もしオイラも彼女のことが好きだったとしたら、多分目尻にYeh Yeh Yeh 涙を溜めて歌ったかもしれない。

オイラに出来ることがあれば何だってとは言ったけれど、これはないよ〜

と勝手な妄想を抱かせるシングル第4弾のShe Loves You はFrom Me To Youがイギリスで出たのは1963年8月。

(ギリシャ・パーロフォン)

アメリカでは版権を与えていたVeeJayレーベルがLPとシングルの売り上げに関するロイヤリティーをビートルズ・サイドに支払うことが出来ず、契約解除の動きに。せっかく火がつい始めたその人気を途切れさせないため、She Loves Youは一時的にマイナー・レーベルのSwanから急遽発売。後日、キャピトル編集のLP、セカンド・アルバムに収録と相成る。

この曲のツボは何と言っても、Yeh Yeh Yehと何度も連呼するサビとそのサビのコーラスに入る前の前段でWoo〜と甲高い声を張り上げるところだろう。

これをラジオかなんかで偶然聴いた当時の世のお父さん連中、“なんて騒々しい連中なんだ、こんなの巷で流行することになればトイレでの静かな瞑想も台無し”とさぞ苦虫を噛み潰したことだろう。

しかし時代の流れには逆らえない。いつしかトイレでの爆撃完了時の快感をWoo〜と表現し、そのお祝いとしてYeh Yeh Yehなんて歌う習慣が…

てな話は聞いたことはないが、快感を表現したそれらのフレーズはこの曲に大きなアクセントを加えたと思う。

今朝もスッキリ爆撃完了! それではみなさん御一緒に、Yeh Yeh Yeh〜♪♪

日本では1964年4月5日に発売!

1982年再発盤


オイラからあなたへ、愛をこめて

2020年08月27日 | BEATLES-BADFINGER関連

オイラに出来ることがあれば何だって言ってやってください。

あなたを抱きしめるオイラの長い手や長時間キス対応の唇もご用意、あなたの満足をかなえさせるなら何だってさせていただきやす、オイラの愛をこめてね。

と若干押し売り紛いの愛の告白。でもなかなか出来るもんじゃ〜有りません。

シングル第3弾のFrom Me To Youがイギリスで出たのはPlease Please Meが発売された合わずかその2ヶ月後の1963年3月。人気を確立させるため畳み掛けるような怒涛のシングル盤の連発。アメリカではLPの版権を持つVeeJayからシングル・カットされた。

(ノルウェーのパーロフォンから)

アップ・テンポのPlease Please Meから目先を変えてミディアム・テンポの覚え易いと言うか、ビートルズと一緒に歌える楽しさを提供。

Love Me Doは少々トロすぎるしPlease Please Meは高音かつ早すぎてついて行けない。なかなか目の付け所がよろしかったのでは?

ご要望に応えてタダで何でもさせていただきま〜す。

えっ! オイラの唇だけは要らないって?

どうもすみません。

日本もシングル盤発売に関しては負けてはおらず、She Loves YouやCan't Buy Me Loveと一緒に1964年4月5日に何と怒涛の三連発として発売!

因みにFrom Me To YouのB面にはI Saw Her Standing Thereがカップルとほぼ両面A扱いの大盤振る舞い。

(1982年再発盤のジャケ)

 

 


Please Please Me もちょっと言えないかな?

2020年08月26日 | BEATLES-BADFINGER関連

シングル第二弾のPlease Please Meがイギリスで出たのは新しい年が明けたばかりの1963年1月。

(レーベルは伊パーロフォン)

牧歌的な雰囲気のデビューシングル、Love Me Doと比べるとスピード・アップされた演奏及び歌唱は若者らしく躍動感に溢れ大ヒット間違い無しだった。

ところが当時キャピトル・レコードがビートルズのデビュー・アルバムも発売却下って方針で、アメリカではデビュー・アルバム、Please Please MeはIntroducing The Beatlesと改題しされこれまたマイナー・レーベルのVeeJayから発売。シングルも同様VeeJayから発売。

そして後日デビューVeeJayから発売。アルバムの版権をVeeJayから取り戻し、1964年ようやくキャピトルから再発に至る。

ご存知の通り、Pleaseには何かをお願いするときに使う動詞を修飾する副詞と何々を楽しませるとか満足させるという動詞としての使い方があり、Please Please Meの最初のPleaseは間投詞的な使い方の副詞、2つ目のPleaseは動詞。

“どうかこの僕を楽しませておくれ”てな意味のタイトルで、さらに歌詞を見てみるとこの僕が君にしているように、君もこの僕を楽しませておくれって難題をふっかけている。

相思相愛だったら何の問題もないが、好きでもないのにそのような事を言われれば、今の世の中片思いのストーカー野郎だと認定確実。

Love Me Doと同様、男性からの半強制的な愛の告白って事で当時の日本人男性にはとてもできない芸当ですかね。

まあ、孫の手を使わないと届かない背中の痒みにどうしても我慢できない時、か〜ちゃんにPlease Please Meとお願いするくらいかな?

英語じゃなく日本語で言えってまたまた叱られるかも…

ところでシングル日本盤は1964年3月にI Want To Hold Your Handの次の第2弾シングルとして発売された。ちなみに60年代当時Love Me Doは日本ではシングル・カットされなかった。

ビートルズのシングルはまだアップル・レーベルが誕生していない頃は、それほど締め付けがなく日本限定でシングル化された曲が結構ある。


Love Me Doって言えるかな?

2020年08月26日 | BEATLES-BADFINGER関連

あれっ? 見慣れないこの青い色のボックスは?

でっ、でっ、出たぁ〜! ビートルズの7インチ・シングル、二十三枚組みのボックス・セットね。

去年の11月発売当時、あなたはこの波状攻撃に耐えられるのか!なんて揶揄っていたがポチッちゃいました。

何しろ、例のごとく薄っぺらい英文ライナーと歌詞対訳付き輸入盤国内仕様のお値段、税込価格で何と26950円ってことで発売当時はとても手が出なかった代物。輸入盤でも20000円以上した。

あれから約10ヶ月ほど経って思ったよりも売れなく在庫処理のためなのか価格が大幅にダウン。4流ビー・コレクターの端くれとして無視する訳にもいかず購入と相成った。

とは言え、ビートルズのシングル・ボックスはCD音源にて既に揃えているので特に目新しさは無い。

このボックスの肝は、英オリジナル・シングル盤が当時ジャケ無しのスリーブのみの無味乾燥なパッケージで売り出されたことから、当時各国でプレスされた際のジャケおよびレーベル・デザインを再現したことにある。

(英盤シングル、50周年記念として2012年に再発)

(1982年再発時のジャケ)

つまりこのボックスを楽しむには、レコード盤を買ったにも関わらず本来のレコード鑑賞は行わず、ただジャケやレーベルを眺めて心の中でブヒヒと喜ぶ高度な技が要求される。

今回は、1962年10月ビートルズの記念すべきメジャー・デビュー・シングル第一弾、Love Me Do。

(当時、キャピトル・レコードはビートルズなんてアメリカじゃ売れないってスタンスで、Love Me Doのシングル発売却下。仕方なしにマイナー・レーベル、Tollie Recordから発売。2年後の1964年キャピトルからようやく発売に至る。)

皆さんご存知の通り、助動詞のDoが挿入されることによって、動詞のLoveを強調する、俺を愛してくれよ、お願いだからてなタイトルですかね。

男性からの半強制的な愛の告白って事で昔堅気の日本人男性からすると中々躊躇してしまう文言。

やっぱりハワイアン・バンド、マヒナ・スターズをバックに率い田代美代子と松平直樹のツイン・ボーカルで“愛して、愛して、愛しちゃったのよ”と歌われる、すなわち女性から慕われている受け身の状態の方がものぐさな私としてはとても心地よ感じるわけで…

ただそんなことを口に出せば、稼ぎの少ないやつが何を寝惚けたことをってお叱りを受けるのは間違い無いし、かーちゃんにLove Me Doなんて言えば頭がおかしくなったのか!てなことにもなりかねぬ。

まあのどかな時代の牧歌的ラブ・ソングって事で...


私もアームチェア(アームのついた安物のオフィス用ではあるが)に座して鑑賞してみる

2020年08月25日 | BRITISH ROCK

本日は1990年に出たELOのリーダー、ジェフ・リンのソロ・アルバム、Armchair Theatre。

アルバム・タイトルはひとりアームチェアに座して鑑賞する。即ちジェフの個人的な嗜好に沿ったアルバムって事で今回ELO名義ではなくソロとして出したのだろう。

70年代中盤から80年代の初め頃のELO人気絶頂黄金期と比べると地味さは否めないが、これじっくり何度も聴いてみるとジェフらしさが染み出てくる。

ちょうどトラベリング・ウィルベリーズのVol.1が出た頃から録音をスタートしたことでその影響を受けた曲、ELO系の曲、オールデイズのカバーなどからなる内容のアルバム。

個人的に同時期のトラベリング・ウィルベリーズやELO系にオールデイズは何と無くソロ・アルバムに登場するとは思っていたが、アルバム最後のギターの弾き語りのシンプルな曲、Save Me Nowの登場はちょっと意外。なんとなく場違いな気がしないでもなかった気がした。

地味な印象を受けるこの曲を最後に持ってきたのは、これをソロで是非共やりたかったことの意思表示ではないかと妄想…

それは後日、ポール・マッカートニーのカバーを集めたThe Song Of Paul McCartneyでジェフがJunkをカバーしたことから確信に変わった!

と、あまり驚くに値しない地味な個人的結論に達したわけで…

音楽鑑賞はひとりアームチェア(アームのついた安物のオフィス用ではあるが)に座して楽しむのに限る。誰にも邪魔されず他愛のない妄想をひとり楽しめるからである。

とは言え、加齢からか最近結構寝落ちすることもあって、オート・リフトアップのないターン・テーブルでレコードを聴くのはやめにしている今日この頃である。


Synchronicityを味わうにはスキルが足りない

2020年08月23日 | BRITISH ROCK

日曜日にも関わらず結構早起きしたので、朝から絶好調。

ブログの記事をもう一本アップする。

1983年ポリス最後のアルバム、Synchronicityはいかが?

1977年位結成され、翌年Outlandos d’Amourでデビュー。ただ当時は、ニュー・ウェイブ系は少し苦手で、その存在は知るもののほとんど聴くことはなかった。

3枚目のアルバム、Zenyatta Mondattaが妙なニュアンスの日本語に聞こえて、そこからシングル・カットされた面白いタイトルの、Do Do Do Do, Da Da Da Daを憶えているぐらい。

このバンドにはあまり興味を示さなかったが、そのずっと後仕事がらみで英会話を上達させるべく週二回仕事が終わったあと会話学校に通っていたとき、講師がMessage In The Bottleの歌詞が書かれた紙を教材として各生徒に渡し、それについての感想を簡単な英語で議論しようって授業だった。その際、テープに録音した音源も聞かせてくれたような記憶が…

無人島に流れ着いた人間が孤独に耐えられず、SOSのメッセージを小瓶に詰めて海に投下するものの、助けは来ずさらなる孤独感を感じていたある日、海岸を見渡すと数多くのメッセージが入った小瓶が漂着。“世の中、孤独感に苛まれているのは俺だけじゃなかった”てな比喩的な話だったかと。

なるほどなるほど、ポリスってこのようなことを歌っていたのかと妙に感心し、遅ればせながら彼らの最後のアルバムSynchronicityを買ってみた次第で…

Synchronicityは彼らの集大成と評価されているアルバムで、デビュー当時のニュー・ウェイブ・バンドというような単純な範疇には収まらず、サウンド的にはロック、ポップ、プログレ、エスニックなどあらゆる要素が取り込まれ、また歌詞に至っては対訳を見てすぐに理解出来ないやけに難しい哲学的比喩なる表現が散りばめられている。

今に至っても英会話力が一向に向上しない私としては、解ったふりして歌も楽器の一部として音を楽しむのが無難かな?

これじゃ、ポリスのお方々の心とシンクロするのはいつのことやら…

ヒット曲、Every Breath You Takeよく聴きました。


組曲の名手

2020年08月23日 | BEATLES-BADFINGER関連

本日は日曜日。

もう少しだけ惰眠を貪ろうと思ったけれど、結局長年の習性もあって7時に起床。

それでは、日曜日だからこそ味わえる慌ただしさの無い静かな朝を楽しもうじゃないか。

朝食はシンプルにトーストとコーヒー、何か音楽をかけてみようと取り出しましたるはマッカートニーとウイングスの1973年の作品、Band On The Run。

このアルバムの肝はやっぱりタイトル・チューンのBand On The Run。

ビートルズ時代のホワイト・アルバムで、レノンが作ったHappiness Is A Warm Gunの素晴らしい出来に触発されたのかどうかは判らないが、その後のアビー・ロードのサイドー2とか、ソロ・アルバム、Ramに収録されたUncle Albert/Admiral HalseyやThe Back Seat Of My Carなどなど非常に楽しめる組曲形式の続編を量産、御披露。

まあ、Red Rose SpeedwayのMedleyはまあ楽しめるけどポールの実力からするとちょっとやっつけ仕事かな?

そのリベンジとして登場したのがBand On The Run、稀代のメロディー・メーカー、ポールがテンポの違った3曲が1曲に上手くつなぎ合わし聴き手も3度の美味しさを楽しめる彼の作った組曲の集大成とでも言える。(とは言えアルバム同梱のPicasso's Last Words、これまた冗長でやっつけ仕事確定?)

夕刻から始まる月曜日の憂鬱。OMG!

せめて、短い朝方はシンプルにリラックスして有意義を過ごすべき!

(ラゴスでのリラックス・タイム)

ならば、手軽に起承転結を味わえる組曲がお薦め。


Born To Be For What?

2020年08月22日 | AMERICAN ROCK/POPS

Born To 何たらって“何々するために生まれてきた”てなニュアンスでよく使われる英語のフレーズ。

ロックの世界でもよく見かける。

ステッペン・ウルフのBorn To Be Wild、マーク・ボランはBorn To Boogieで、更にグランド・ファンクもBorn Too Dieなんてアルバムを制作。

しかし極めつけはスプリングスティーンのBorn To Runではないだろうか?

1975年の3枚目のアルバム、Born To Runはまさしく突っ走るために生まれてきたようなアクセル全開のアルバムといえる。

前2作で若干方向性に迷いが有ったような感も、本作ではそれも吹っ切れ出だしの1曲目からブッチギリのスプリングスティーン節を聴くことが出来る。

ドラムスにマックス・ウェインバーグが加わり、ライブで腕を磨いてきたバックのEストリート・バンドも盤石の布陣に。

助手:博士、我々って一体何の為に生まれて来たんですかね?

博士:むむ〜 小難しいこと聞くのう。グランド・ファンクのBorn Too Dieは当たり前といえば当たり前の話。まあ、長いスパンで考えればすべての生き物は子孫を残す為に生まれて来たようなものじゃ。ただ今のご時世、人間に限定すればそのような考えで一括りにするわけにもいかんわけじゃが...

ワシ個人としては、確固たる信念もなくただ流れに任せて何と無く生きて来た口じゃから、Born To Be Easierってところかのう〜

助手:なるほど、じゃあ今日の食事もスーパー・グループでお願いします。なにせ当研究所の予算も削減されることになりましたから。

博士:なな、なんと?

助手:昨日と同じ冷蔵庫の残り物でのスーパー・グループ結成! ソーメンをあったかいあっさり目のうどんスープで! そのトッピングは残り物の焼肉と刻みネギ。

いかがです?

博士:ズルズルズル、悪くない。

本当にイージーな博士。


スーパー・グループ誕生

2020年08月21日 | BRITISH ROCK

70年代のロック・シーンでよく言われた宣伝文句に “スーパー・グループ”誕生!“ってのがあった。

あるロック・バンドを脱退もしくは解散によってフリーになった主要メンバーが他のロック・バンドで同じような境遇のメンバーと新たなバンドを結成する際に使われていた。

とは言え、すべてのその手のバンドにスーパーという称号を与えるのは少々無理がある名ばかりのグループも多々あったような。

フリーからポール・ロジャースとサイモン・カーク、モット・ザ・フープルからミック・ラルフス、そしてキング・クリムゾンからボズ・バレルらによってアルバム、Bad Companyが1974年世にでた。

(こっ、こっ、これがバッド・カンパニー一味の正体? なんとなくビジュアル系バンドみたいな...)

当時の英ロック・ファンであれば、このメンツであればなんらかの化学変化があってスーパー・グループになり得る可能性に期待が持てたのではないだろうか?

かってモット・ザ・フープルでボーカルをとっていたミック、さらにはクリムゾンでリード・ボーカルだったボズ(ここではベースに専念)らは、ボーカルはポールに一任。アルバム全体にポールの太いボーカルが響き渡る。

モット・ザ・フープルはイアン・ハンターの強烈な個性に隠れがちだったがミックだったが、モット時代の作品、Ready For Loveをポールに歌わせると曲の魅力は十二分に引き出されたように思う。またシングル・ヒットしたミック新作Can’t Get EnoughやMovin’Onもポールの歌唱にキッチリとはまった。

当のポールも陰りのあったフリー時代と異なり、新グループ結成を機に明るくなりラジオ・フレンドリーになった印象が…

てな化学反応でデビュー作から大ヒットとなり、見事スーパー・グループここに誕生!

助手:博士、我が研究所の昼食でスーパー・グループ本日誕生です!

博士:なんと?

助手:昨日の焼肉の余ったタレ付きカルビ、余った粉末うどんスープ、使い残しのソーメン束、冷奴用に余分に刻んだネギでスーパー・グループ結成! ソーメンをあったかいあっさり目のうどんスープで! そのトッピングは残り物の焼肉と刻みネギ。

いかがです?

博士:むむ〜 スーパー・グループと言うよりはスーパーで買った残り物のグループじゃな。

それでも、いただきっ〜

ズルズルズル。

悪くない。


光り物に目が眩む

2020年08月19日 | AMERICAN ROCK/POPS

雲ひとつない快晴、強烈な熱波光線が窓のガラスに反射し目が眩む。

スプリングスティーンのBlinded By The Lightと行きたいところだが、本日はこれ!

シンガー・ソングライター、ダン・フォーゲルバーグが1978年ジャズ・フルート奏者、ティム・ワイズバーグとのコラボで出来上がったアルバム、Twin Sons Of Different Mothers。

全10曲収録中歌モノが3曲、残りはそれまで披露してきたクラシックやロック系だけでなく、軽いジャズ・タッチ系など様々なタイプのインスト・ナンバーが収録されており、今までのダンのアルバムとは一味違う味わいのアルバム。

(歌モノは、ホリーズのTell Me To My Face、ジュディ・コリンズのSince You've AskedとダンのPower Of Gold)

これが当時結構大ヒットし、全米チャート8位に。

ホリーズのTell Me To My Faceをカバーし、歌い方がオリジナルのグラハム・ナッシュの少しばかり鼻にかかった歌唱に似せているかのように聴こえるってのがご愛嬌と言ったところですかね。

そしてアルバムの締めには力強く歌われるダンのオリジナル、Power Of Gold。

人間誰しも光り物に弱い。

キラキラ光る黄金の輝きに目を奪われて、魂を失ってしまう。

Power Of Goldの支配から逃れ自分自身を取り戻すのだ!

そう立ち上がれ、ジョー!

おっつぁん〜よ、そんな綺麗事言っても先立つ物が無けりゃ近所のスーパーの390円の海苔弁でだって買えねぇんだよ〜

わかった。ジョーよ、光り物は回転寿司のコハダだけにしておけよ。

小さくって下ごしらえが面倒でだから、コハダの握りって近所の回転寿司では出してなかったような?

な〜んて歌ってるわけないか。


Maggie May はロック、Maggi Meeは即席麺

2020年08月18日 | BRITISH ROCK

60年代のモッズ・バンド、Small Facesからスティーブ・マリオットが退けた穴を埋めるべく、ロッド・スチュワートとロン・ウッドが加入してFacesと改名し新たなロック・バンドが誕生。

その活動と並行しソロ活動を始めたロッドの3枚目のアルバム、Every Picture Tells A Storyが1971年に発売され大西洋を挟さんだ米英で大ヒット。

Every Picture Tells A Story(見れば想像はつく)なる格言のごとく、ジャケの雰囲気だけでその良さが分かるとでも言いたかったのか、スタイリッシュにマイクを斜交いに握りしめ熱唱するロッドの姿が…

(小指立ってます)

独特のハスキーな声でロックを歌うハードな面と郷愁を誘うような選曲でうまくバランスが取れていて、中でもシングルB面だったにも関わらず郷愁を誘うマンドリンの響きをバックにシャウトするロック仕立てのMaggie Mayの大ヒットはこのアルバムの売り上げにかなり貢献したと言える。

(サイド2は何と曲順0のHenryから始まる。)

ちなみにビートルズの曲はMaggie Maeで微妙に異なる。

またMaggi Meeといえばスイスの老舗調味料メーカーのマギー社の即席麺で、以前住んでいた80年代の頃のシンガポールでは現地生産の日清出前一丁や明星ミーを差し置いてMaggi Meeが即席麺の代名詞で幅を利かせていたなんて記憶が...

どうでもいいような話で本日終了。


我が家は聖なる館?

2020年08月16日 | LED ZEPPELIN関連

お盆休み最後の日曜日。

コロナ・ウイルス感染拡大と折からの猛暑の連荘でさらなる自粛生活を継続し、先祖代々のお墓の掃除以外はこの休みの期間ほとんど何処にも出掛けず節電、節水のパトロール、ゴミの仕分け、更には玄関の消毒殺菌になどに従事する自宅警備員に就任。

やっぱり我が家が一番、コロナ・フリーで冷房完備の聖なる館! まあ見た目は聖なる館とは言い難いのだが…

そのノリから久々に取り出したアルバムが、1973年3月に発売された5枚目のアルバム、HOUSES OF THE HOLY。

ハード・ロックから、フォーク、プログレ、ファンク、レゲエそしてドゥー・ワップなどバラエティーに富んだ内容で、進化し続けるツェッペリン。

ジャケのアートを鑑賞するのもまた楽し。

ところで自宅警備員故、暇に明かしてユー・チューブをサーフィン。

なんとジョン・ボーナムの息子、ジェイソンがバンドを組んでツェッペリンのコピー・バンド作ってライブ・ツアー、その映像を発見!

ギターはジミー・サクライ氏って日本人のお方がジミー・ぺイジのライブでの演奏スタイルを完コピ大熱演でスゲーの一言。

とは言え、いつまでも警備員を続ける訳にもいかぬ。

今年のお盆は、猛暑が去って早く日本全土がコロナ・フリーになるのを願うのみ。

 

 


お次は何処へ?

2020年08月15日 | Bowie, T.Rex, Hoople and Glam.

ジギーはもうお終い。これからは新しい物語が始まると、お口直しのPin Upsを挟んで登場したのがSFチックなダイアモンドの犬。

なるほどなるほど、そう来るのねとこちらも仰せに従って方向転換。

と思いきや、なんと今度はソウル、若きアメリカ人!

むむ〜、これはついていくのがなかなか大変と思っていたら、1976年にStation To Stationが出る。

(ギタリストはカルロス・アロマー、キーボードにはスプリングスティーンのEストリート・バンドからロイ・ビタン)

前作、若きアメリカ人と同じ方向性のアルバムかと思っていざ聴いてみると、少々様子が違う。

せっかくソウル・モードに順応したらお次はプログレ・エレポップか!

まるで次のベルリン三部作の予告編みたいに、出だしの一曲目のStation To Stationの頭からエレクトロ・サウンドが鳴り響きプログレし、さらに3次元テレビが登場するTVC15ではTransitionなる言葉が飛び交い変革を呼びかける。

前半のエレポップから後半力強くロックするStation To Station、お次は脱力感が満喫できるディスコ調のGolden Yearでド〜ンと落として、通常運転のソウル調Word Of A Wingに繋がる結構上げ下げが激しい構成は、これはこれで楽しめる過渡期のアルバムですかね。

(2016年の再発盤、RCAからBOWIEレーベルに)

ここまでやられると反対にもうお好きにどうぞと肯定する自分がいる。

とは言え、個人的に一番楽しめるのはミック・ロンソン率いるスパイダースをバックにロックするボウイに一票かな?

(90年代再発時に登場したカラー・ジャケット)