CLASSIC ROCKを聴こう! PLUS

1960年から1980年代のロックを紹介していきます。またPLUSと言うことで、ロック以外の話題も!

タイパに優れたアルバム

2023年01月31日 | BEATLES-BADFINGER関連

ートルズのオリジナル・アルバムで最も不人気なアルバムはやっぱりこれですかね。

1969年に出たアニメ映画のサントラ盤、Yellow Submarineですかね。

サイド−1はビートルズが演奏する6曲で構成されているが、タイトル曲のYellow SubmarineとAll You Need Is Loveは既出曲。さらに残りの4曲はアウト・テイクからの収録。もちろんビートルズの曲はアウト・テイクでも侮れないレベルの出来ではあるが…

更にサイドー2はジョージ・マーチン作のオーケストラを用いた7曲のインスト・ナンバーとなると興味は薄れるばかり。

私もサイドー1はたまに聴くことがあるが、サイドー2となると聴いた記憶が定かでない様な状況で、本日トライしてみることに。

なるほど、かってのアメリカで出たHard Days’ NightとHelpのサントラ盤に挿入されていたオーケストレーションの入ったこれぞサントラって感じの曲ですね。その時はビートルズのオリジナル曲の合間にそれぞれの曲が挿入されていたが、今回のYellow Submarineのアルバムは、インスト・ナンバーがサイド−2に全員集合!

つまりこれって今で言うタイパ、タイム・パフォーマンスがいいと編集ですね。YouTubeの動画を早送りで見るって感じの、いちいちレコード針を上げ下げしなくともビートルズの曲がまてめて聴けて、インスト・ナンバー聴きたくなければサイド−2は全て省略!

考えようによっては未来志向で編集されたアルバムって事ですね。


青盤を青盤で聴く

2023年01月30日 | BEATLES-BADFINGER関連

バンド解散後の1973年に彼らのキャリアを通してのベスト・アルバム、The Beatles/1962-1966とThe Beatles /1967-1970がそれぞれ2枚組のLPセットとして発売された。

これらは前年に発売された海賊盤の駆逐のためオフィシャルで出されたそうな。

それまでのベスト・アルバムといえば1965年のクリスマス商戦で新譜がなかった事からイギリス編集のベスト・アルバム、A Collection of Beatles’ Oldiesだけで、内容的には1965年までのベストセレクションだったので、今回の2組のアルバムの発売は、当時としては全てのオリジナル・アルバムを持っていたコレクターにとっても買い求める価値のある優れものだった。

本日は通称青盤と呼ばれた1967年から1970年の選りすぐりの作品をCDではなくレコードで聴いてみた。

改めて、よくこの短期間にこれだけの彼らの代表曲が次から次へと作れたものだと感心する。

カラー・レコードは1978年と1982年に出た。手持ちの盤は1982年のオデオン・レーベルの再発盤。

それがどうしたって言われるかもしれないけれど、ターンテーブル上の演奏中の青盤眺めていると懐かしさでいっぱい。


パンクに抗う奴等

2023年01月30日 | BRITISH ROCK

ある人に言わせると、間違った時期に間違った場所でデビューしたと言われるダイヤー・ストレイツ。

1976年、折しもパンク・ロック・ムーブメントの真っ最中に、そのお膝元のロンドンでバンドが結成された。またバンド名、悲惨な崖っぷちから想像出来る通りバンドの実態は収入が殆どない後がなく追い詰められた若者たちの集まりだった。

ただレコード会社の担当の見る目があったのか、1978年にレコード・デビューとなった。

当初はパンク真っ最中の状況で彼らが当たるかどうかは定かではなかったものの、何故かイギリスでもアメリカでもないオランダのラジオ局でシングル・カットされたSultans Of Swingがオン・エヤーされヒット。ようやく火が付きその火は全世界へと広がっていく事に。

初めて彼らの曲を聴いた時、アメリカ南部のルーツ・ミュージックにかなり影響を受けた様なサウンドで英バンドとは思えない印象だった。中でも特に軽快なエレキ・ソロが印象的なSultans Of Swingは、気分よく運転を楽しめる事から個人的には車のお供ですかね。

その後もヒット・アルバム連発で一躍スター・バンドに登り詰め、実態に合わないダイヤー・ストレイツもお役御免と相なった。


正統ツイン・リードのお手本

2023年01月29日 | Wishbone Ash

1972年、ウィシュボーン・アッシュが出した3枚目のアルバム、Argusは彼らの傑作アルバムの一つだ。

本作の邦題はギリシャ神話に出てくる“百眼の巨人アーガス”(もしくはアルゴスとも)だがアルバムの世界観とはどうも関係ないみたいだけど…

ただ曲の発想とか展開は英国のバンドにしか無い伝統とか繊細さ、さらにウェットな雰囲気が醸し出され、ガサツなアメリカ・バンドじゃこうはいかない。

2本のギターのハーモナイズされた演奏が心地よい。

この様なところに日本人は惹かれるのかもね。


サブタレニアンの住人から地上へと

2023年01月29日 | JAPANESE

1984年にでた中島みゆきの11枚目のオリジナル·アルバム、はじめましてでようやくその存在が地下から浮かび上がってきたような…

いつからこのアイデアを温めていたのだろうか?

それ迄の独特なフォーク或いは歌謡曲路線に、力強いロックのアレンジメントが加わった。まさしくディランのアルバム、サブタレニアン·ホームシック·ブルースの様な従来のフォークからフォークとロックが混在したアルバム構成へと。

これによってメリハリが効いて主張がさらにポジティブでストレートに伝わる。

80年代半ば頃からは御乱心の時代と称し、色々と模索し新たな取り組みをアルバム制作に取り入れ数多くの引き出しが増え進化してきた様に思う。

周りの出来事にあまり気にしても仕方がない。

自身が今この時を生きて行くことしか術は無い。

もっとポジティブに自分なりに明日を生きよう〜

ってメッセージですかね。


懐かしのアリーナ・ロック

2023年01月28日 | AMERICAN ROCK/POPS

60年代末ごろより、アンプのパワーが増強されストーンズ、ツェッペリンにグランド・ファンクなどのロック・バンドはより大きな会場でライブを行うことができる様になった。

これが70年代になってアリーナ・ロックとかスタジアム・ロック、さらに日本では産業ロックてな呼称もされるようになった。

特に70年代後半になると、大箱の会場を埋めるための大勢の観客を動員するには、一般大衆に比較的分かり易いポップでハードな芸風のバンド、ボストン、ジャーニーやスティックスなんかが好まれた。

1976年のデビュー・アルバムのメロディアスかつスペーシーなハード・ロック・サウンドが受けて、全米3位を獲得したボストン。本日は1978年の彼らのセカンド・アルバム、Don’t Look Backでも。

当初はArrival(到着)なるアルバム・タイトルも検討されたが、ABBAに先を越されてDon't Look Backに

(トップ・シークレットだった、ボストン号のGeneral Arrangementもついに解禁)

リーダーの完璧主義者、トム・シュルツとしてはこのアルバムの収録時間が33分程度だったことからさらにもう1−2曲アルバムに収録する構想だったのでは思われ、彼の思うような完成の域にまだ達していなかったのだが、レコード会社の強烈な圧力で作品が世に出ることに。

それでも全米1位に輝き、アリーナ・ロックにおける頂点の一角を占めることとなるも、第3作目のアルバムが一向に完成することなくレコード会社との訴訟問題に発展、結局レーベルをEpicからMCAに移籍することになり第2作目から8年後に3作目がようやく登場した。

もしトム・シュルツと同じくらいの音楽の才能があれば、それまでのヒット・アルバムの焼き直し感覚で8年間に4−5枚ぐらい作品作っちゃうけどね。

収録時間は短いけれど、捨て曲なし!


西海岸のプログレ・バンド

2023年01月27日 | PROG ROCK

プログレ無毛の地、アメリカのロス・エンジェルスに突如現れた。

1970年に結成された4人組のバンド、アンブロージア。

1975年にようやく彼らのセルフ・タイトルのファースト・アルバムが登場。

プログレと言っても、高度な演奏テクニックではなく、メロディアスだが一般的なポップ・ソングとは一味違った曲の展開、さらにしっかりしたボーカルとそれに絡むコーラスが売りのバンドですね。

後年はさらに進化してAOR系にアレンジされた曲が次々と大ヒットし、もはやプログレ・バンドとは言えないような芸風に。

ちなみにアラン・パーソンがこのアルバムでエンジニアを担当、さらに次作ではプロデューサーとして貢献している事から、ピンク・フロイドが歌物を演奏するようなイメージですかね。

プログレ不毛の地とはいえ、このファースト・アルバムが全米22位を記録したのは大健闘と言ってイイのかも?


冬の嵐が来襲

2023年01月27日 | DEEP PURPLE-RAINBOW関連

寒さが一段と厳しく、風も強くおまけに降雪。

今朝歩道橋を歩いていると、凍結した路面に足を取られて危うくずっこけるところだった。

嵐は嵐でも第三期ディープ・パープルの1974年の第2作、Stormbringerを久々に聴いてみるとこれまた新鮮な感じで中々イイじゃん!

前作のバーンでのハードでファンキーな芸風をさらに推し進めた事から、リッチーの望んでいた方向性とは違うってことでどうも彼はやる気を無くしたみたいな様で。

ただリッチーの看板おろせばこれはこれで上出来のアルバムだと思うのだけれど…

冬の嵐はもう勘弁して欲しいけれど、パープルの嵐は何度聴いてもOK。


ロスには飽きた

2023年01月25日 | AMERICAN ROCK/POPS

ビリー・ジョエルの1973年の前作Piano Manに続きロス・アンジェルス録音の3枚目のアルバム、Streetlife Serenadeが1974年に出た。

そこそこヒットした前作のPiano Manに続くアルバムだったが、 それを超えるための何らかのプレッシャーがあったのか? 出来はちょっと地味目で、また1枚のアルバムにするには曲も足りなかったのか2曲のインスト曲が収録されている。

ビリーとしては2曲目に収録されたLos Angelenosの歌詞をから推測して、ちょっと西海岸の生活に飽きたというか行き詰まったって感じですかね。この後故郷ニューヨークに戻り活動を再開することに。

ちなみに当時日本ではこのアルバムのレコード化は見送られ、1977年の5枚目のアルバム、The Strangerが大ヒットした事から、その翌年ようやく日本でもお目見えとなった幻のアルバムと言える。かく言う私もこのアルバムのレコードは持っていなくて、1998年にリマスターCDが出た時に初にお目にかかった次第で...

チャート的には前作を越えられなかったものの、今改めて聴けばビリー・ジョエル節満開で内容は悪くはない様に思う。

ただただ、ロスはもう十分だって言いたかったのですかね...


オイラの立場は?

2023年01月24日 | CCR and John Fogerty

1970年のCCR6枚目のオリジナル・アルバム、Pendulum。

(一人だけ離れて窓から顔を出すトム、もう辞める気満々?)

トム・フォガティー在籍最後のアルバムで、前作のCosmo’s Factoryと比較するとカントリー色は抑えられバラエティーさはやや欠くも南部志向のR&Bやロックでまとめられ中々いい感じ。通して聴けば“雨を見たかい”だけのアルバムではないと気付く。

ただし、最後の曲、Rude Awaikening #2はちょっと場違いなプログレ・ロックだけど...

作詞・作曲にアルバムのプロデュースだけでなく、ボーカル、ギターにキーボードや管楽器の演奏など八面六臂の活躍をするジョン・フォガティーはやっぱりスゲェ~。

まあ、CCRの実態はジョンのワンマン・バンドみたいなもので、ここまでやられると兄貴の立場なくなっちゃったって事ですかね?


革命の子供達は何処へ?

2023年01月23日 | Bowie, T.Rex, Hoople and Glam.

1972年のヒット・アルバム、The Sliderからシングル・カットされたMetal Guruに続いたヒット曲が1972年11月から始まった来日公演に合わせて発売されたアルバム未収録のシングル盤、Children Of The Revolutionだった。

初出は当時リンゴ・スターが制作・監督を手がけたT.Rexのドキュメンタリー的映画、Born To Boogieでのエルトン・ジョン(ピアノ)とリンゴ(ドラム)が参加したジャム・セッション・シーンで、シングル盤の音源はその後別にレコーディングされたそうな。

プロデューサーのトニー・ビスコンティが施した重いストリングスが絡み、摩訶不思議な印象のサウンドとなった。

新しい時代の革命を起こすのは子供達、決して馬鹿にしちゃいけんよ~って歌っていたけれど、矢継ぎ早に20世紀少年など数曲のヒット曲をチャートに送り出したその後はボランさんもちょっと息切れしたかな?

グラム革命もあえなくその終焉を迎えることに。

それでも、当時は色々な毛色のアーティストが入れ替わりに登場してきて楽しかったな。


さすがディラン様

2023年01月22日 | Bob Dylan, Byrds, Band and etc.

ボブ・ディランの1965年の5枚目のアルバム、Bringing It All Back Homeを久々に通して聴いてみた。

束になってかかって来なさい〜!って、何となく挑戦的な構図のカバー・アート。猫もその役目を果たしと脇をしっかりと固めている。

当時ブリティシュ・インヴェイジョンと呼ばれたビートルズやアニマルズなど英国のビート・サウンドのアメリカ上陸の影響もあって、ディランもアコギの弾き語りからバック・バンドを従えたフォーク・ロック・サウンドに舵を切ることに。

このアルバムはちょうどその過渡期のアルバムで、従来のフォークとエレクトリック・サウンドを組み入れたバンド・サウンドの曲が半々で収録される構成となった。

この後、彼はアメリカや世界各地をコンサートで回ることになるが、ザ・バンドの前身バンドだったホークスを従えたエレクトリック・セットでの演奏が旧来のフォーク・ファンから叩かれたそうな...

時代は変わる (The Time They Are A-Changin’)って確か1年前に言ったよね。

ねえ君、全ては今終わったのさ (It’s All Over Now, Baby Blue)とこのアルバムの締めをアコギで歌う。

そう、やりたい様にやるさ。

宣戦布告って感じですかね。

さすが。


牧歌的でノスタルジック

2023年01月21日 | PROG ROCK

60年代末のサイケデリック・ムーブメントを継承し、実験的かつ抽象的でちょっと難解に感じた曲作りを行なってきた彼らではあったが、このままのスタイルでわかる人にわかってもらう路線を継続していくよりは大衆迎合とまではいかなくとも、当の本人たちにはそれほど意識はしなかったかもしれないが、レコード会社としてはある程度一般リスナーにも浸透していくコマーシャルな制作志向を持ってそろそろ世界的に売れて欲しいと思っていた頃ではなかったかと…

その回答が、1970年のピンク・フロイドの5枚目のアルバム、原子心母(Atom Heart Mother)だったと思う。

おかげでイギリスではチャート一位に輝きアメリカでもその存在をかなり認知され、のちのお化けアルバム、狂気(Dark Side Of The Moon)が生み出される下地は整った。

それにしてもジャケに使用された乳牛の写真、当時ビートルズのLet It Beと並んでレコード・ショップのディスプレー棚ではかなりインパクトあったね。

 


ノスタルジックな曲

2023年01月20日 | JAPANESE

フォーク・クルセーダーズが解散し、1969年そのメンバーだったはしだ・のりひこが中心になって新グループ、シューベルツを結成。そして同年6月ファースト・アルバム、未完成を出す。

作風はまだまだアマチュアぽく未熟さも残っていて、アルバム・タイトル通り未完成だったですかね。

しかしシングルでも発売されたはしだ・のりひこ節全開の“風”と”さすらい人の子守唄”はノスタルジーを感じさせ今でも心に残る名曲だと思います。

杉田二郎もメンバーだった。


今日から俺たちはシカゴ、 交通局とはおさらばさ!

2023年01月18日 | Chicago

1970年にシカゴのセカンド・アルバム(シカゴと23の誓い)が出た。

2枚組の力作でブラスセクションが突っ走りロック、ジャズにファンクなどが融合した聴きどころ満載のアルバム。

アルバムの構成としては、特に3つの組曲がこのアルバムの核となっている。ジェームス・パンコウ作の6曲からなるBallet For A Girl In Buchannon、テリー・キャスのPlerudeから始まるMemories Of Love(愛の記憶)とロバート・ラムの4楽章からなるIt Better End Soon(栄光の旅路)は機器用によってはプログレぽい味わいの展開で時代を先取りしていた。

さらにシングル・ヒットした25 or 6 to 4(長い夜)が駄目押しする形でアルバムは全米4位に輝く大ヒット。

交通局から出世してシカゴ市全体を手中に収めるどころか、アメリカ全土を征服したみたい。

皆さん本当にお若い!