のすたる爺や

文明の果てなる地からのメッセージ

大変ですねぇ

2016年12月07日 | 日記・エッセイ・コラム

 インドネシアでまた大規模な地震が起きて、津波こそなかったけど100人前後の死者が出た模様です。

 「おめえなんかがナマズなんぞ獲って食ったからだ!」とご近所の声もありますが、我々がナマズをから揚げにして食べていなかったら、日本にも大規模な地震がきていたかもしれません。

 今日は天気が良くて比較的暖かかったのですが、やはり冬の寒さは感じます。そんな中、新潟方面から峠を越えて東京方面に歩いていくさすらいの浮浪者を見かけました。毎年連休明け頃になると逆方向に北上し、今頃になると南下する謎の民人です。多分、昨日は新潟の峠で夜を過ごしたのでしょうが、良く生き延びられたものです。

 謎の旅人なんていうと小川未明の小説みたいで意味深ですが、この人たちが南下し出すとほどなく雪に覆われる季節になります。どうやって季節を知るか?グアムの横井さんじゃないんだから今日が何月何日なのかは簡単にわかるでしょう。オリオンの傾きを見て移動する日を決めるような高度なことはやれそうもないと思います。さらに、おむすび与えても高価な絵をかくような人じゃありません。

 東京の都心の公園に行けば定住型の民人が青いテントで生活しています。放浪する民と定住する民、同じ野外生活者で何処が分かれ目なんだろう?

 これがサケ・マスなら陸封型がヒメマスで降海型がベニザケ。陸封型がヤマメなら降海型がサクラマス。実は同じ種類なのですが、餌の豊富な海に出た者と川や湖に残ったものでは大きさも姿も変わってしまいます。

 魚とは真逆の野外生活者の場合、都会に定住型の方が食料にありつける可能性が高いと思いますが、放浪するのはなぜだろう?たびたび黄色いテント背負って山に寝泊まりしている身なのであまりどうこう言える立場ではないのですが、妙に興味深い観察対象に思えてなりません。

 そんなわけで今夜は寝る前に小川未明の童話を読みます。

 マンガ、タイガーマスクの伊達直人の名前で児童施設などにランドセルを寄付していた人物が名乗り出ました。前橋市在住の43歳の男性で、幼い頃に母親と死別してランドセルが買えず、手提げ袋で学校に通った経験からランドセルの寄付をし始めたのが16年前。まだ20代半ばだったんですね。以後、日本各地に伊達直人が出現するようになりました。

 幼児体験は必ずしも心地よいものではないことも多々ありますが、後世の人に残せるように考えられることはその人の努力のたまもの。その人がいかに「考える」かなんでしょうね。艱難汝を珠にするのか、艱難汝をだめにするのか?当人の気持ちの持ち方なんでしょうね。小川未明の小説に出てきそうな話です。

 それに比べて、都議会!自民党!情けないねぇ惨めだねぇ。質問趣旨書も出せないで揚げ足取りのようなことしかできない。国会の民進党みたい。利権ぶっ潰されそうなんだから必死なんだろうけど、単なる憂さ晴らしで井戸端会議レベル。これじゃぁあざとい半島や大陸にいいように利用されるわけだ。小池憎しで東京をどうしようと言う考えが全然ないみたいですね。都議会必要なんだろうか?貸元の力が大きいところだから必要ない気もする。

 昭和50年代の大平首相が「東京に三代住んだら馬鹿になる」と言ってたけど、さもありなんと思いました。でも、東京が馬鹿だから地方が国を牛耳れるのですが、食うに楽なところだから考えないんですね。

 東京に震災が起きた場合、知事任せで議員は何もできないんじゃなかろうか?胆力なさそうですし。

 ふるさと納税のチャンスですね。

コメント
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