ネコのミモロのJAPAN TRAVEL (Mimoro the cat:JAPAN TRAVEL)

「京都観光おもてなし大使」のライターとネコのミモロが、京都の情報や暮らし、グルメなどをご紹介。心和む雑誌のようなブログ

[京の冬の旅」のスタンプラリー。3か所巡って「ちょっと一服」。ミモロは疫病除けのあぶり餅を味わいます。

2022-01-31 | イベント

「わ~久しぶり~食べたかったんだ~」と、ミモロが目を細めるのは、「今宮神社」門前の名物あぶり餅です。


門前の参道の両側にあるあぶり餅屋さん「一文字屋和輔」と「かざりや」です。

この場所は、よく時代劇の撮影にも使われ、吉右衛門の「鬼平犯科帳」のエンディングにも登場しています。

あぶり餅の始まりは1000年前から…。疫病退散のご利益があると言われたもの。千利休も茶菓子に使ったともいわれます。

「どっちのお店にしよかな?」と迷うミモロですが、今回は、北側の「一文字屋和輔」に行くことに…。


店先の縁台に座って、あぶり餅を頂くことに…。


実は、ミモロがここを訪れたのは、「京の冬の旅」のスタンプラリーの接待場所になっていて、拝観した折に押してもらうスタンプを3つ集めると、京都各所の接待場所で、お茶やお菓子がいただけるのでした。

「もう3つ集まったもんね~」と嬉しそうなミモロ。

「あの~ちょっと一服でお願いします~」とお店の方にスタンプを見せます。「はい、ちょっとお待ちくださいね~」

竹串の先についた、きな粉を纏った小さなお餅を炭火であぶります。

「わ~香ばしいいいにおい~クンクン」ミモロの鼻が動きます。

あぶった餅は、みそだれに付けていただくのです。


縁台に座って、あぶり餅を味わいます。

「なんか江戸時代にいるみたい~」と。

ミモロのお皿には6本のあぶり餅。

「いただきま~す」と、香ばしい餅をパクリ。

通常、ここでいただくあぶり餅は、1皿10本でお茶つき500円です。

3人前からお持ち帰りも可能です。

*「一文字屋 和輔」京都市北区紫野今宮町69  10:00~17:00 水曜休み  


まるで江戸時代にタイムトリップしたような心地になるお店…。


「また、3つスタンプ集めようかな~」と意欲を見せるミモロです。


いつもは、大勢の観光客が訪れる門前もひっそりした今…。

「さぁ、おうちに帰ろう~」と、駐車場へ。
ミモロの移動は、もっぱら自転車か車です。
「また感染者増えたみたい…」とニュースを見るたびに、いっそう注意をしようと気遣うミモロです。


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「第56回 京の冬の旅」。大徳寺の塔頭「大光院」と「聚光院」へ。

2022-01-30 | 寺社仏閣

連日いいお天気の京都…「寒いけど…人が少ないから~」との理由で出かける非公開文化財特別公開「京の冬の旅」。
大徳寺では今回「大光院」と「聚光院」の2か所が公開されています。

まずは「聚光院」へ。
ここは、永禄9年(1566)に武将の三好義継が父親の三好長慶の菩提を弔うために創建した塔頭寺院。開祖として迎えた笑嶺宗訴(しょうれいそうきん)和尚が茶人千利休の師であったことから利休の墓所となって、現在も三千家の菩提寺になっている茶道を深いゆかりのあるお寺です。

内部は、残念ながら撮影ができないので、お話だけ…。
重要文化財である方丈には、狩野永徳の「花鳥図」などの襖絵が見られます。

「なんか力強い花鳥図だね~複製だって~」とミモロ。現在多くの寺院などにある歴史的価値の高い襖絵などは、ほとんどが複製。精密な技術により、本物の質感を見事に再現しています。本物は、京都国立博物館などに保管されているそう。時と共に劣化してしまう文化財を守る方法なのです。

襖絵は複製であっても、建物は本物。時を刻んだ風合いを拝見する価値は十分です。

ここの庭園は、狩野永徳の下絵を元に、千利休が作庭したと言われる苔の美しい枯山水庭園。趣ある石組みが見る人の心を魅了します。

そしてもうひとつの塔頭「大光院」へ。

こちらも残念ながら、撮影できません。
「入口だけ撮影してもいいんだって~」と、苔むした石畳を歩くミモロです。

こちらは、秀吉の弟、秀長の菩提寺として、慶長4年(1599)に家臣の藤堂高虎によって、大和郡山からここに移転されたもの。
江戸時代に建てられた客殿などが拝見できます。
その客殿の襖絵は、もともと伊達家所蔵のもので、狩野探幽作の屏風だったのを襖絵に…。そのため、屏風のつなぎ目が襖絵に見られるのが特徴です。そこに描かれているのは、迫力ある雲竜図。

また黒田官兵衛好みの茶室も拝見できます。

ミモロは、秀吉の弟の秀長に興味を抱いています。「だって、お兄さんのこと、すごくサポートしたんだよね~。ともかく秀吉の家族ってすごいよね~」と常々思うミモロなのです。つまり、上昇志向の秀吉に、よく家族は付いていけたと…。秀吉同様農民の出身でありながら、堂々と家康など武将を渡り合っています。つまり秀吉があれほど出世した陰に、その家族自体もかなり状況に対応できる高い能力を有したいたことがわかります。

「もし、秀長が、もっと長い生きしてたら、豊臣家は続いたのにね~」と思わざるを得ません。家族にサポートされていた秀吉ですが、秀次を自ら葬ってしまったり、天下をとってからの対応が豊臣家を滅亡に導きます。優秀な秀次を秀頼のサポートとしておけば…。秀吉が自ら築き、自ら滅ぼしたと言えるのが豊臣家なのではないでしょうか?

茶道とゆかりの深い大徳寺…「ここお散歩するだけで気持ちが引き締まるよう~」というミモロです。


この日も拝観者が少なかったので、事前予約なしでOKでした。
*「京の冬の旅」の詳しい情報はホームページで

大徳寺の北側から少し歩くと、「今宮神社」に至ります。「せっかくだから、参拝してゆこう~」と。


すでに何度も訪れている「今宮神社」。境内にほとんど人影はありません。

長保3年(1001)に疫病が流行したとき、神殿を造営。創建以来、疫病退散の神様として崇敬されています。
「ここ、今、絶対参拝したい神社だよね~」というミモロ。熱心に参拝「どうぞコロナが早く退散しますように~」


境内にあるレリーフは、お玉さんのもの。八百屋の娘から徳川家三代将軍家光の側室となり、五代将軍綱吉の母、桂昌院になった女性です。

「玉の輿」というのは、このお玉さんからという説も…。京都出身の桂昌院は、故郷の歴史的建造物の修復などに尽力します。信心深かった桂昌院が支援した神社仏閣は、本当にたくさん。

境内には、「阿呆賢さん」と呼ばれる石があります。

三回叩いて持ち上げ、また三回撫でて持ち上げた時、以前より軽く感じれば、願いが叶うというもの。
ミモロも挑戦…「う~持ち上がらない~」

ミモロの願いは、まだ叶いそうにありません。

「そろそろひと休みしようよ~」というミモロ。「あぶり餅食べる~」と、門前にある名物のあぶり餅のお店に向かいます。


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「第56回 京の冬の旅」。秀吉ゆかりの「鳴虎図」のある「報恩寺」。大学生のボランティアガイドの案内も

2022-01-29 | 寺社仏閣

京都の非公開文化財特別公開が楽しめる「京の冬の旅」。ミモロは、堀川通と今出川通の交差点の近くにある「報恩寺」を訪れました。


天台・浄土兼学の寺であった「報恩寺」は、室町時代に後柏原天皇の勅令により浄土宗のお寺に。かつて大きな伽藍を構えたものの、江戸時代に2度も大火に見舞われ、ほとんどの伽藍を焼失。でも、大切な寺宝は守り伝えられました。


ちなみに104代後柏原天皇は、父の御土御門天皇が崩御し37歳で即位が決まりますが、その時は、まだ応仁の乱の影響が大きく、公家などの多くは都を脱出。さらに資金難もあり、さまざまな援助の末、即位式ができたのは、22年後。57歳で、即位期間は6年ほどに。
でも、仏教を厚く信仰し、お寺の創建などで、荒れた民の心を癒そうとなさった方だとか。
そんな思いで、このお寺もできたのかもしれません。
「あんまり歴史に出てこない天皇さまだけど、すごく優しい方だったんだろうね~」と想像するミモロです。

お寺の内部は撮影できないので、お話だけ…。
見学ができる客殿の仏間には、鎌倉時代の仏師、快慶作と伝えられる本尊である阿弥陀如来三尊像が祀られています。
江戸時代の天明の大火で本堂は焼失。その後、再建されず客殿に安置されているのです。

さて、ここで注目は、中国伝来の「鳴虎図」。

「え?虎さんは、お水飲んでる姿で、吠えてないよ~」とその図を見たミモロ。
そう、この図には、こんな伝説が…。後柏原天皇からこのお寺に下賜された虎の絵で、この虎の姿に一目ぼれした秀吉は、聚楽第へと持ち帰ります。ところが、夜な夜な絵の虎が吠えて眠れない状態に…。そこで再びお寺に戻されることに。
「え~虎さんホームシックになっちゃったのかな?」とミモロ。以来、この寺でおとなしく過ごしています。そのお話にちなみ以来「「鳴虎図」と呼ばれ寺宝となっています。

また、このお寺は、江戸の元和9年(1623)に福岡藩主黒田長政が上洛したおり、ここに滞在。その滞在中に病気が悪化し、ここで亡くなります。
父親はあの黒田官兵衛で、幼いころ、信長への忠誠のため人質として、秀吉に預けられ成長します。その後、秀吉の家臣として武勇を轟かせる武将に。朝鮮出兵などに参加することに。秀吉の死後、石田三成などと対立し、関ヶ原では徳川方の功労者となり、福岡で52万石の大名になります。
「報恩寺」には、父と息子の位牌が並んで祀られて、ミモロもそっと手を合わせました。

客殿の前には、石庭が…


「静かでいいね~」とお庭を鑑賞するミモロです。


「あれ?なんで石の上にフクロウがいる~」

訪れる人の姿をじっと見つめるフクロウの置物でした。

「京の冬の旅」の各寺院には、見どころや歴史を解説してくれるボランティアガイドが常駐しています。いくつかの団体が分かれて担当
するのですが、ここは学生ボランティアガイドが案内します。

「すごく歴史お勉強してるんだ~」とミモロ。「はい、事前に自分たちでいろいろ調べたり、ご住職にお話しを伺ったりするんです」と。京都以外の地域から京都の大学にやって来たお二人。ミモロは、京都の学生さんたちの暮らしに興味を抱きいろいろ質問。
「あの~コロナになって大変だったんじゃない?」とミモロ。現在2回生の女子大生は「はい、入学式もありませんでした」と。4回生ですでに就職も決まっているという男子学生は、「僕は、かろうじて仲間といろんなことできたし、楽しかったですよ」と。

学生ボランティアの活動を通じ、他の大学との交流もできたと…。この日は3人の学生さんが担当していました。

京都に暮らす大学生にとって、京都は、ほかの地域では体験できないアルバイトやボランティア活動があるのです。それは京都の三大祭りなどのお手伝い。時代装束や揃いの半被などを着て参加します。でも、コロナ禍でそんな体験も一切できなくなりました。

大学生にとって、コロナ禍の暮らしは、貴重な経験を奪いました。本当に残念なことです。
大学生だけでなく、若い世代にとっての3年間は、とても大きなこと。コロナの影響は計り知れません。

「お庭も見学できますよ~」と言われ、ミモロは庭へ降りてみました。


お茶室のそばの手水を見たり…

庭を独り占め状態…。

さて、見学を終えたミモロは、その境内のそばを歩きます。


「あ、なんか御陵がある~」
一角に収まる御陵は、111代後西天皇(ごさいてんのう)の皇女、賀陽宮の御陵です。

「こんなとこにひっそりあるんだ~」とミモロ。

後西天皇は、108代の後水尾天皇の第8皇子で、在位期間は、9年。父親の影響から和歌や書などに優れ、禁裏御文庫の整備など、文化事業に尽力なさった天皇です。
「そのお嬢さんのお墓なんだ~どうしてここにあるのかな?」と思うミモロですが詳しいことはわかりません。


まだまだミモロの見学は続きます。

*「京の冬の旅」の詳しい情報はホームページで

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第56回「京の冬の旅」。非公開文化財特別公開。古田織部ゆかりの禅寺「西陣 興聖寺」へ

2022-01-28 | 寺社仏閣

「今年もいろんな文化財見て歩くんだ~」とミモロが出かけたのは、3月18日まで開催される「第56回 京の冬の旅」非公開文化財特別公開です。まず向かったのは、堀川通沿いにある「西陣 興聖寺」です。


ここは、「京の冬の旅」では、40年ぶりの公開です。臨済宗興聖寺派の本山で、武将であり茶人の古田織部と深い関りがあるお寺で、「織部寺」との呼ばれるそう。

「なんか空いている~」と、ほとんど人影がない境内を進みます。

27日から京都もコロナ禍でまん延防止が行われ、町はひっそりしています。「京の冬の旅」は、予約優先ですが、ミモロは予約なしでやって来ました。「本当に静かでゆっくりご覧いただけますよ」と受付の方も手持無沙汰な様子でした。

まずは、本堂へ

ここには、ご本尊である釈迦如来像や武将の藤堂景虎寄進と伝わる達磨像が安置されています。坐禅をする場所があり、毎朝、希望者はここで坐禅ができるそう。「あの~何時からですか?」とミモロは、そこにいらしたガイドさんに尋ねます。「今は、6時半からだそうですよ」と。「う~まだ寒いから、その時間はベッドから出られないなぁ~」とミモロ。

案内係のボランティアガイドさんに、臨済宗らしい建物の構造や天井の龍の絵のお話などを伺いました。


ここは、楓が多く境内にあり、秋はそれは美しい景色だそう。でも、公開されていないので、拝見することはできません。残念…。

そこから順路に従って、方丈へと移動します。


広い方丈には、なんと青い襖が…。

「なんか見たことのない襖だね~」とミモロは、興味津々。

「あれ?これ写真なの?」そう、それは全面大きな写真でできた襖です。

海洋写真家の杏橋幹彦さんの作品で、深海の青さが座敷に溢れます。「なんか海の中みたい~。こういう襖見たことないね~斬新!」座っていると、本当に海の中にいる心地に…。

また格天井は、4人の方の寄進で、四季の景色が描かれています。


座敷に座り、お庭を拝見。

冬枯れの景色は、庭の構造がよくわかります。


ボランティアガイドさんが「これは見逃さずに見てくださいね~」というのは、平安時代に掛かれた「一切経」で、ここには、5000巻を超えるものが所蔵されているそうです。
 
その貴重なものの一部を拝見。

さらに順路に従って奥へと進むミモロです。

「ここ板戸の絵がいいね~」と途中にある板戸も鑑賞。


「わ~これなぁに~」と身を乗り出してみたのは、地面を深く掘り下げて作られた手水鉢で、「降りつくばい」というもの。
 
「あそこまで、手を清めに行くの大変だね~」というミモロです。そういうもんじゃないと思うけど…。

「あれ~まだ雪が残ってる~」日陰部分には、前に降った雪の姿が…。


その奥には、茶室「雲了庵」があります。古田織部好みの茶室です。


「冬のお庭って、なんか寒いね~」ブルブル…景色が寒いのではなく、実際に気温が低いのです…。

「お寺に行くときは、厚手の靴下必須アイテムだね~」というミモロ。
そう、くれぐれもお寺に行くときは、万全な防寒の服装で…

まん延防止が施行されている今、観光客はほとんどなく、訪れるのは京都市内の方ばかりだとか…。
密になることもなく、静かに過ごす時間でした。


*「京の冬の旅」の詳しい情報はホームページで

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明治10年創業の「京都鰹節株式会社」。日本のダシ文化を担う工場見学へ

2022-01-27 | ものづくり

大好物の鰹節…日本の和食を支える要のひとつ。

ミモロは、京都のダシ卸メーカーの大手である「京都鰹節株式会社」の工場見学に出かけました。


創業明治10年の「京都鰹節株式会社」の発祥の地は、ミモロが毎月のように24日(節の日)に買い物に出かける中京区の姉小路通の「中京営業所」です。着実な歩みを進める会社の本社は、現在、南区の吉祥院にあります。

「この辺り、いろいろな製造工場があるんだよね~」と、観光客には馴染みのない地域ですが、京都で事業拡大した多くのお店や会社が、土地に限りのある京都中心部から大阪などへの流通の便利な南地域に製造工場を構えているのです。

「こんにちは~」と本社2階の受付へ、そこでアルコール消毒や検温をしっかり済ませます。


応接室でお目にかかったのは、この会社の志村社長。いつも優しい笑顔で迎えてくださいます。
「今日はようこそ~」「はい、大好きな鰹節工場ですから、楽しみに来ました~」と。


「京都鰹節株式会社」は、鰹節などのダシをはじめ、油、醤油などさまざまな食材を扱う食材の卸を主に行っています。そのため、一般的には、あまり名前が知られていないかもしれませんが、京都を中心に関西エリアの料理屋さんや飲食店など、多くのお店と長いお付き合いをしています。

観光客も馴染みの有名料理屋さんやうどん、そばの老舗などでも、ここのダシが納められているのです。
「あ、そこのお店、ミモロよく知ってます~すごくうどんの汁が美味しくて、全部飲んじゃいます。あのダシはここの材料使ってるんだ~」と、思わず目を輝かすミモロでした。

「では、工場に移動しましょう」と志村社長。本社から車で3分ほどの場所に工場はあります。


工場で待っていてくださったのは、工場長。「お世話になります~」とご挨拶して建物の中へ。


工場に一歩入ると、大好きな鰹節の香りがいっぱい。「う~たまらない~」と目を細めるミモロ。

「では、ここで着替えてください~」と、工場見学は白衣や帽子を付け、徹底的に異物混入予防対策が施されます。


ミモロは、サイズが合わないので、持参した白衣と帽子、靴カバーで対応。

「さすがミモロちゃん、万全ですね~いろいろな衣装もってるんだ~」とスタッフのみなさんを驚かせました。


まずは、「細菌検査室」を見学します。
 
製品の検査を担う部署には、経験を積んだスタッフの方が…。欧米へのダシの輸出もしているため、それぞれの国の厳しい食品基準をクリアする必要があり、常にさまざまな検査を行い、安心・安全な品を市場へと送ります。

「ここで検査してるから、安心なんだ~」とミモロ。

では、いよいよ工場へ…と、ここで「あの~大変残念なんですが、これから先は、ミモロちゃんは入れないんです…」と。

そう、ミモロは、ネコ(ぬいぐるみ)なので衛生上入ることができません。「う~残念だけど~」と、ここでしばらくお留守番。
ミモロに代わり、その気持ちになってお伝えします。

広い工場には、国内のさまざまな産地から、ダシのもとになる材料がここに届きます。

新鮮な魚を材料にするため、産地にある加工工場で、乾燥までの処理がなされます。

ダシといっても、鰹節だけなく、イワシ、アゴ、サバ、アジなど種類もさまざま。それぞれの特徴を活かし、ブレンドされて使用されることが多いもの。そのブレンドの仕方で、ダシの味わいに違いが生まれます。

でも、ここで大切なのは、工場に届けられるダシの材料選び…それを担うのは、原料仕入れ担当の方。

「全国の産地に出かけて、それぞれの品をチェックして回ります。去年よくても、今年の品がいいか…それは確認しないと~」いろいろなダシの材料で自らダシを取り、味わって品選びをなさるそう。
どういう原料を仕入れたかで、製品の良しあしが決まる責任重大なポジション。「あの~ダシの飲むと、何を使ってるかすぐにわかるんですか?」とミモロ。「はい、わかりますよ~」と。「すごい舌の持ち主なんだ~」と思う鰹節にはうるさいネコのミモロもビックリ。

また、工場内のお話に戻りましょう。
鰹節を削る機械は、以前、個人営業の鰹節屋さんで見学し、その仕組みを熟知したミモロ。
ここに並ぶ機械も、すべて原理は同じだそう。鰹節削りの刃が12個ほど付いた円盤を回転させ、薄く削ってゆきます。

「あ、鰹節~」と思わず声が…(ミモロになり切ってリポート)
削られた鰹節は、そのまま下に吸い込まれるように落ちてゆきます。「どこにいっちゃうんだろ?」
それは、下の階につながっていて、機械で計量され、袋詰めされます。

例えば、こんな感じに…(これは花ガツオではありませんが…)

つまり、できる限り人の手に触れないように製品は作られているのです。

できた製品は、箱詰めされ、それぞれの注文先に配送されます。


工場を見たミモロ…本社に戻り、会長さんにご挨拶。
「どうだった?」と会長さん。「うん、スタッフのみなさんのダシへの愛情を感じます」と。

「そう、機械化されても、やっていることは、昔ながらの方法…人の五感と経験が大切なんですよ」とのお話。
京都発のダシ…観光で訪れて「美味しい~!」と感じる料理には、ここの製品が使われているかも…。

おうち時間が増えた昨今…飲食店の需要は減ったものの、ダシの一般的な需要も増えているそう。
「おうちで簡単に美味しいダシが作れるのっていいよね~」とミモロ。

「そう、だしパックは、簡単で美味しいダシができると、一度使うとリピーターも多いんですよ。もっといろんな方にご利用いただきたいですね~」と。

オンラインショップでも購入できるだしパック「京の出会い」。ミモロも愛用する一品です。


見学を終えたミモロ。「やっぱり日本の美味しさの原点は、だしだよね~」

「日本のネコでよかった~」とつくづく思うミモロです。

*「京都鰹節株式会社」の詳しい情報はホームページで

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