廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

あるトランペッターの進化(2)

2024年03月09日 | Jazz LP (Contemporary)

Shelly Mann & His Men / At The Blck Hawk Vol.1  ( 米 Contemporary Records M 3577 )


ジョー・ゴードンのようなマイナーなアーティストになるとその詳細な足跡はわからないが、どうやら1958年に西海岸へ移ったらしい。
どういう理由で西海岸へ行くことになったのかもよくわからないけど、西海岸には彼のようなブラウニー直系のトランペッターがいなかった
からか、すぐに仕事に就くこともできたようで、亡くなる1963年まで彼の地で活動した。

そして1959年頃からはシェリー・マンのバンドの常設メンバーとして参加するようになり、このバンドのカラーを変えることに成功している。
それまでのシェリー・マンのバンドと言えば退屈な編曲重視のアンサンブルものが多く、各メンバーの実力が活かされることのない駄作を
量産していたが、ジョー・ゴードンが加わってからのこのバンドはまるで別のグループへと変貌を遂げた。非常に洗練されたハード・バップの
一流バンドへと。

その最も理想的な成果がこの4枚のアルバムに収められている。コンテンポラリーからのリリースなので一連のシェリー・マンのレコードの中に
埋もれがちだが、これは西海岸で最も優れたジャズ・グループによるスイートで心奪われる名作である。ライヴにも関わらず、まるでスタジオで
演奏されているかのような端正で抑制の効いた演奏が素晴らしい。

まず何と言っても、リッチー・カミューカのテナーに聴き惚れることになる。この人はその実力の割に作品に恵まれず、一般的に代表作と言われる
モード盤もこの人の本質を捉えているとはとても言えず、この4枚のライヴに比べると退屈極まりない駄盤に思えてくる。それに比べてここでの
ふくよかで濃厚な音色によってこれ以上なくなめらかに旋律が歌われる様は筆舌に尽くしがたい。他のレコードで聴く演奏とはまるで別人のよう。

デビュー盤ではブラウニーの影響下にあるような演奏をしていたゴードンは、ここでは各所でデリケートな演奏を聴かせる。"Summertime" や
"Whisper Not" ではマイルスばりのミュートで魅了するし、アップテンポの曲でも伸びやかなトーンとリズムを外すことのないタイム感で
アドリブフレーズを奏でる。どの局面でも音数が適切でここまで豊かな表情で安定した演奏をするトランペットはちょっと珍しいのではないか。
彼の演奏の雰囲気が著しく好ましい方向へと進化しているのが何とも嬉しい。

通常であれば1枚のアルバムとしてまとめるであろうところを4分冊でリリースしているところからも、レーベル側が演奏を切り落とすところが
ないと判断したことが伺える。現にこの演奏はちょっと、というところがどこにもない。アルバム4枚に分けてリリースするというのは異例の扱い
だが、冗長さを感じることはなく、この演奏であればもっと聴きたいという欲求を満たしてくれる。

東海岸のビ・バップに対抗するために始まった西海岸の白人ジャズが初期の形式から脱出しようとした時期にジョー・ゴードンとの邂逅に恵まれ、
世の中の状況に敏感だったシェリー・マンが彼を軸に新しいバンドを作ったのだろう。ジョー・ゴードンにはそうさせる力があったということ
だったのではないかと思う。













コメント
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