ほそかわ・かずひこの BLOG

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救国の経済学2~丹羽春喜氏

2011-05-16 12:34:13 | 経済
●マルクス主義は「憎悪と怨恨と復讐心の世界観」と批判

 丹羽氏は、冷戦の時代から一貫して、マルクス主義・共産主義を批判している。丹羽氏は「マルクス主義の本質は、憎悪と怨恨と復讐心の世界観」であるとする。この見方は、ニーチェのルサンチマンの理論に通じる。弱者の強者への妬みや恨みなどの感情が、キリスト教道徳を生んだとする理論である。丹羽氏は、マルクス主義は「憎悪と怨恨と復讐心」という情念に基づく世界観であることから、「きわめて根本的な問題点」が内含されていると指摘する。そして、マルクス主義は、「科学としての社会主義」「科学的社会主義」と自称しても、「正統的な近代科学とは無縁なもの」にならざるをえないと説く。(『ソ連崩壊論』)
 平成2年(1990)にこのように説いていた丹羽氏は、約20年後の平成21年(2009)においても、次のようにマルクス主義を批判している。(『政府貨幣特権を発動せよ。』)
 「マルクス主義のパラダイム」では、「マルクス=エンゲルス的な『史的唯物論』ならびに『マルクス経済学』のテーゼに基づいて、資本主義体制の崩壊と社会主義体制への移行は、抗しがたい『不可避の弁証法的な歴史的必然だ!』と強調され」る。「そのような体制移行をもたらす契機は、利潤率の低下と労働者階級の窮乏化、不況・恐慌の頻発と深刻化、そして、それらに触発される階級闘争の激甚化と、それによる『革命の勃発』によって資本主義体制が打倒されるということであるとされたわけである。しかも、そのようなプロセスは、マルクス主義的実践、すなわち、資本主義体制打倒を目指す『階級闘争的な左翼的革命闘争』によって促進・実現されるものと規定されていた」。レーニンは、資本主義国家の間で激しい帝国主義的な史上争奪の武力戦争が起こることも不可避の「必然的な法則」であるとし、そのような戦争を内乱に、「内乱を革命に転化せよ!」と叫んでやまなかった。しかし、丹羽氏によれば、「史的唯物論に基づく『歴史的必然』などということは、しょせん、論理も実証も不十分な仮説に過ぎない。また、資本主義的な経済体制の崩壊の『必然性』を論証することもできていない。
 丹羽氏は、次のように続ける。「労働者階級を主とする一般庶民の生活水準は大幅に向上してきており、窮乏化の趨勢などは観察されえない。しかも、企業に投下された資本の利潤率にも、長期的に不可避的な低下傾向などといったことは見られない」。とはいえ、「周期的に襲ってきた不況期、とくに1930年代に発生した激烈な世界大不況のときなどは、あたかも、マルクス主義パラダイムの不吉な予測が的中しはじめたかのごとく感じられたことも事実であった」。だが、それも決して歴史的な必然性としての共産主義への移行とはなっていない。
 私見によれば、マルクス主義は20世紀の人類に大きな災厄をもたらしたが、マルクス主義を克服する理論がなければ、世界の共産化はもっと進行・拡大しただろう。それを阻止しえた要因の一つは、経済学におけるケインズ理論の登場による。丹羽氏の説くところを敷衍すれば、このようになるだろう。
 ケインズの支持者・継承者をケインズ主義者(ケインジアン)と呼ぶ。ケインズ主義者には、マルクス主義・共産主義を容認し、これと連携する者がいる。これをケインズ左派とするならば、マルクス主義・共産主義に反対し、これを克服しようとする者はケインズ右派となる。丹羽氏は反共産主義を明確に表したケインズ右派である。
 ここで、丹羽氏のマルクス主義批判における特有の見方を指摘しておくと、丹羽氏は、マルクス主義は「決定論的宿命論」だと見ている。マルクス主義は「資本主義体制の崩壊と社会主義体制への移行は、抗しがたい「不可避の弁証法的な歴史的必然だ!」と説く。これを「決定論的宿命論」というわけである。また丹羽氏はマルクス主義にニヒリズムを看取し、これを「歴史主義的決定論ニヒリズム」だともいう。そして、ケインズは、人類をこの「歴史主義的決定論ニヒリズム」から解放したとして、丹羽氏はケインズ革命の人類文明史的な意義を強調する。

 次回に続く。

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