ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

民主対専制23~G7は一枚岩ならず、米国はアフガンで大失敗

2022-01-31 12:28:18 | 国際関係
●G7は一枚岩ならず、米国はアフガンで大失敗

 2021年6月11~13日、主要7カ国首脳会議(G7)が、英国コーンウォールで開かれた。最大のテーマは、軍事と経済の両面で台頭する中国とどう向き合うか、だった。バイデンにとって、専制主義の中国に対して、国際協調主義のもとに民主主義諸国の結束を働きかけることが、今回のG7の最大の狙いだった。
 G7会議の直前だった6月初め、バイデン大統領はワシントン・ポスト紙に寄稿した。その記事の中でバイデンは、「民主主義の価値」「民主主義の可能性」「主要民主主義国の結束」など、民主主義という言葉を14回使った。G7の共同宣言では、自由、民主主義、人権、法の支配等の価値が繰り返し強調された。これはバイデンの意向が強く反映されたものだろう。また、共同宣言は中国に対抗する政策で各国が足並みをそろえた内容になった。それによって、先進民主主義国の首脳が結束して、中国の専制主義に立ち向かう決意を表明したものと見える。
 ただし、G7は一枚岩ではない。欧州の主要国には中国と経済的に関係の深い国が多い。米国・英国・日本は中国に対して厳しい姿勢を打ち出そうとしたが、ドイツのアンゲラ・メルケル首相(当時)は以前から「世界を再び2つに分けることには関心がない」と述べていた。フランスのエマニュエル・マクロン大統領は「G7は中国に敵対するようなクラブではない」と語った。独仏も米英日と歩調を合わせてはいるが、中国への対抗において、G7のすべての国が強く結束しているとは言えない。
 中国は、バイデンの「民主主義対専制主義」という対立構図に反発している。中国の外交政策を担う共産党中央外事工作委員会の劉建超弁公室副主任は、8月26日、「間違いで有害であり、最終的に国際社会の分断や対抗につながる」と批判した。「世界各国がどのような民主主義を選ぶかは国情、歴史や文化、人民の意思による」とし、「自国の民主主義モデルを他国に押しつけること自体が民主主義の原則に合わない」と主張した。さらに10月中旬、習近平国家主席は「単一の物差しで世界の多彩な政治制度を測ることこそ民主的ではない」と述べ、米国の介入が独善的であると批判した。
 繰り返すと、これらの「世界各国がどのような民主主義を選ぶかは国情、歴史や文化、人民の意思による」「自国の民主主義モデルを他国に押しつけること自体が民主主義の原則に合わない」「単一の物差しで世界の多彩な政治制度を測ることこそ民主的ではない」という批判に対して、理論的に有効な反論をすることは容易ではない。かつて旧ソ連や東欧諸国は社会主義的民主主義を正当なものと主張し、いま中国や北朝鮮は人民民主主義を標榜している。民主主義は米国の民主主義を模範とした一元的なものではなく、専制主義の国家も独自の民主主義を打ち出しているように多元的なものとなっているからである。
 一方、中国が米国流の民主主義に対抗し得る思想や理論を打ち出せているわけではない。中国は建国以来、マルクス主義的共産主義の国だが、毛沢東の死後、共産主義を世界に輸出する革命の根拠地国家であろうとすることをやめた。鄧小平の下で共産党政府が指導して市場経済を行う国家資本主義の国家に変わり、経済力と軍事力で自国の権益の拡大を図る覇権主義の国家になった。中国を支持し、「一帯一路」構想に参加している国々に、共通する思想や理論はない。ただ、中国の支援で経済発展が出来、利益が得られるから、中国と関係を結んでいるだけである。それゆえ、中国には、米国のように一つの旗印を掲げて、多くの国をそのもとに集合させる力はない。
 米国のバイデン政権は、中国に対抗するために、従来重点を置いてきた中東からアジア太平洋へ本格的に軸足を移すことを実行した。具体的には、20年来戦争をつづけてきたアフガニスタンから撤退し、軍事力の多くを中国の包囲に集中することにしたのである。
 2021年8月、米軍はアフガニスタンから撤退した。この際、だが、バイデン政権は大失敗をした。バイデン大統領の稚拙な判断の結果、タリバンがアフガニスタンの全土を制圧してしまったのである。2001年に戦争を開始して以来、米国はアフガニスタンで、将来にわたってテロの温床に戻ることがない民主主義的な政府の確立を目指した。それが、徒労に終わった。
 米国は、それまでにもイランやイラクで自由、民主主義、人権、法の支配といった価値を植え付けようとしたが、それらの国では受け入れられなかった。アフガニスタンも同じ結果となった。米国流の民主主義は、中東の多くでは広まらないのである。最大の原因は、中東にはイスラーム教という近代西洋文明の価値観とは全く異なる宗教があり、それが文明の原理となっていることである。イスラーム教は、政治思想としては専制主義である。旧ソ連や中国が持つ唯物論的な共産主義とは異なる宗教的な専制主義である。米国流の民主主義は、イスラーム文明を世俗化・脱宗教化し、人々に自由、民主主義、人権、法の支配を普遍的な価値として信奉させることができないのである。米国のアフガニスタンからの不名誉な撤退は、このことを強く確認させる出来事だった。
 もっともバイデン大統領の目的は、アフガニスタンから撤退することによって米国の力の多くを中国への対抗に集中することだから、その点では、まがりなりにも目的を達したと見ることは出来る。その上で、バイデンが力を入れたのが、「民主主義サミット」の開催である。

 次回に続く。

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 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
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日本の心59~無刀流の「五常の剣」:柳生石舟斎

2022-01-30 08:52:53 | 日本精神
 武士の最も代表的な武器は、刀です。刀は刃物であり、殺人の道具です。武士たちは刀の用い方を磨き、必殺の技を競いました。しかし、剣の技をさらに深く極めた武芸者は、剣を無用とするような境地へと至りました。そうした武芸者の一人が、柳生石舟斎です。無刀流の極意に達した彼は、「五常の剣」という精神性の高いものへと剣の道を深めていったのです。
 柳生石舟斎宗厳(むねよし)は、戦国時代の末期、畿内随一の兵法者として知れ渡っていました。その噂を聞き、新陰流開祖の上泉伊勢守信綱が立ち合いを申し出ました。永禄6年(1563)のことです。宗厳は快諾したものの、信綱と立ち合うどころか、弟子の鈴木意伯に簡単に打ち負かされます。己の慢心を恥じた宗厳は、信綱に入門を願いました。信綱はこれを快く受け入れました。宗厳37歳のことでした。
 宗厳に類まれな素質を見た信綱は、3日間宗厳と二人だけで立ち合い、新陰流の極意を授けました。信綱はさらに柳生の里に足を運び、半年間にわたって宗厳を指導しました。そして一年後、大きく成長した宗厳は、信綱の前で、無刀取りの極意を披露しました。それを見た信綱は、もう何も教えることはないと言い、宗厳に柳生新陰流を名乗ることを許しました。
 無刀取りという技は、剣を持った相手に素手で立ち向かうものです。その意味は、刀に拠らない無刀の境地に立ち、武器なしで己を守る兵法のことを指します。宗厳は、遂に剣を無用とする境地にまで到達したのです。
 柳生家は代々大和国柳生庄(現在の奈良市北東部)を領地としていました。しかし、宗厳の代に太閤検地により領地を召し上げられてしまいました。この頃、宗厳は剃髪して石舟斎と号します。
 失地回復に苦労する石舟斎のことを伝え聞いたのが、徳川家康です。家康は石舟斎に無刀取りの披露を求めました。家康の見守るなか、素手の石舟斎に対し、石舟斎の息子・宗矩(むねのり)が木刀で打ち込みました。二人の体が重なるや、宗矩の手から木刀が落ち、逆に石舟斎が宗矩に木刀を突き付けています。家康は宗矩が手心を加えたのではないかと疑います。ならば、と黒田長政が打ち込みますが、結果は同じでした。
 なお納得がいかないのが、家康。そこで、石舟斎は、家康に、今度は自ら真剣で打ち込んでくるよう言います。真剣で挑んだ家康は、柄を握っている両腕ごと、石舟斎の両拳に挟まれました。そのまま刀を捻り取られるや、逆にその刀を突き付けられてしまいました。これには家康も感服。その場で石舟斎に、兵法指南役になってほしいと懇請しました。しかし、石舟斎は老年を理由にこれを辞退し、代わりに息子・宗矩を推しました。
こうして、柳生家は将軍家兵法指南役という兵法者として最高の栄誉を得ることとなりました。宗矩は旧領二千石を回復しました。念願を果した石舟斎は、80歳の長命を全うしました。
 石舟斎が生きた戦国時代、兵法は戦場で生死・勝敗を分けるものでした。しかし、そうした時代にあって、石舟斎は、人を殺す技法から、人を活かす技法へと剣の道を深めていきました。時代もまた、戦乱が去り、平和の世を迎えつつありました。石舟斎の探求は、時代が求めるものでもありました。そして、こうした石舟斎の先見の明が、家康の眼鏡にかない、柳生一族に繁栄をもたらしたのです。
 石舟斎のめざした新しい兵法は、新しい時代の武士の形成に役立つものでした。それは単に武を磨くだけではなく、同時に文を修めるものでもありました。文武両道の兵法でした。石舟斎が開いた柳生新陰流は、儒教に立脚した剣法だったからです。
 この剣法は、「五常の剣」と呼ばれます。「五常」とは、儒教が説く、人が常に守り、行うべき五種の徳――仁・義・礼・智・信です。剣の道を実践することによって、これらの徳を体得し、またその徳の裏づけをもって、剣を用いるのです。
 石舟斎は、次のような歌を残しています。

 兵法の 極意は五常の 義にありと
  心の奥に 絶えずたしなめ

 常々に 五常の心 無き人に
  家伝の兵法 印可ゆるすな

 こうして、剣の道は、戦闘の技術から人倫を修める道へと深められていきました。石舟斎における「五常の剣」の登場に、武士道の発展・深化をたどることができます。

参考資料
・山岡荘八著『柳生石舟斎』(講談社文庫)

 次回に続く。

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民主対専制22~今日における民主主義対専制主義

2022-01-29 09:07:32 | 国際関係
4.今日における「民主主義対専制主義」

●バイデンは「民主主義対専制主義」を打ち出した

 20世紀の世界において、世界的な構図として、ロシア革命後は「資本主義対社会主義」、第2次世界大戦期は「民主主義対ファシズム」、戦後期は「自由主義対共産主義」などの対比が多く使われた。
 21世紀の今日、国際社会の政治的対立は、アメリカのバイデン政権によって「民主主義対専制主義」と表現されている。専制主義の替わりに、権威主義・全体主義が使われる場合もある。昨年の2021年から、この対立は、米中二国間の対立を中心とし、それぞれの同盟国・友好国を含む世界的な対立であるという認識が広がっている。本章では、この1年有余の展開をあらためて追跡する。
 さて、今日、世界最大の専制主義国家は、中国である。中国は、共産党が事実上の一党独裁を敷いており、国民に自由な参政権を与えていない。だが、建国以来、政治的な自由を規制している一方、改革開放政策に転じてからは、国民に経済活動の自由を与え、国民が金儲けをすることを促進している。政権を批判しない限り、経済的に豊かになる権利を保障している。物質的な富を得ることで満足している国民は共産党政権を支持している。
 2020年1月から新型コロナウイルスが世界的に感染を拡大した。各国が対応に追われる中で、中国共産党は、香港で民主化勢力への弾圧を強行した。それによって、先進諸国を中心に、多くの人々があらためて自由、民主主義、人権、法の支配の価値を確認し、これらの価値を守るために専制主義と戦わねばならないと考え、行動するようになった。
 2021年1月に米大統領になったバイデンは、3月25日に就任後、初めて記者会見に臨んだ。ここでバイデンは、米中の対立は「専制主義(autocracy)と民主主義(democracy)との対立」だと述べた。そして、中国との「競争」は「21世紀における民主主義国の有効性を賭けた専制主義国との闘いである」と宣言した。また「中国は独裁的支配と不公平な貿易慣行等を通じて民主主義の規範を逸脱しており、その責任を負う必要があるとの見方が、米国と同盟関係にある民主主義国の間で強まっている」と述べた。
 この発言によって、「民主主義と専制主義」の対立という構図が提示された。それとともに、この対立は、米中二国間の対立にとどまらず、それぞれの同盟国・友好国を含む世界的な対立であるという認識が広がった。
 バイデン政権は、中国に対して宥和的な政策を取ると予想されたが、政権発足後、中国に対抗する姿勢を保っている背景には、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を中国が勢力拡大に利用していることがある。
 新型コロナウイルスの感染が世界的に広がる中で、中国共産党政府は強力に権力を行使して感染症に対応した。武漢市等の都市封鎖、人民の行動への規制、徹底的な情報統制等、専制主義的な対応で感染を抑え込んだ。死者数は公表されている死者数の何倍にもなると推測されるが、政府は実態を隠し、自らの成果を自賛している。
 一方、米国は、世界最大の感染者・死亡者を出した。経済活動が停滞し、社会に混迷が広がった。このことをもって中国共産党政府は、民主主義に対する専制主義の優位を主張している。個人の自由や権利を抑圧して、全体の統治や管理を強権的に進める専制主義は、大規模な危機の際には、危機管理を強力に進めることができることを成果として誇示した。
 自由主義的な民主主義の国家においても、非常時には個人の自由と権利を制限して、統制を強める。コロナ禍においては、都市封鎖(ロックダウン)を断行したり、政策を強制・命令したり、従わない者には罰則を科したりしている。だが、その統制の程度は専制主義の国家ほどには、大きくない。統制に反発する国民は、専制主義の国では認められていないデモを行って政権・政策への批判を行う。その自由を認めているから、強制には限度がある。
 経済的には、多くの国が2020年はマイナス成長に陥る中で、中国は主要国では唯一プラス成長を達成し、回復の早さを世界に誇示した。2020年の実質成長率は+2.3%と発表された。中国政府の統計がそうであるように、かなり水増しした数字だろうが、米欧や日本を上回ったことは事実だろう。中国政府は、こうした結果をもとに、自国の体制が米欧等の体制より優れたものだと強調している。
 中国と米国を比較し、中国の政治経済制度はコロナ禍のような非常時には有効だという認識が発展途上国の間に広がった。もともと発展途上国には、軍や特権階級が支配する専制主義の国が多い。それらの国々の支配層は、自らの体制の維持に中国流の強権政治が有効だと考える。また彼らは、新型コロナウイルスの感染への国民の恐怖心を利用して、専制主義の政治を強化している。
 コロナ禍は続いている。その中でバイデン政権は日本・欧州諸国等の同盟国と協調して、新彊ウイグル・香港・モンゴル等の人権問題、台湾問題、海洋進出問題等で中国に圧力をかける政策を進めている。特にインド太平洋地域では、日本・オーストラリア・インドとともに対中包囲網を形成しようとしている。これに対し、中国は、米国に反発したり、距離を置いたりする国との連携を深め、中国包囲網に対抗している。最大の友好国はロシアであり、軍事的な協力関係を発展させている。またイラン、パキスタン、ミャンマー、カンボジア等との関係を強化している。
 こうして、米中対立の構図は、米国を中核とする先進国と中国を中核とする発展途上国との対立構図へと拡大している。

 次回に続く。

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日本の心58~武士道の規範とされた『武道初心集』

2022-01-28 10:13:37 | 日本精神
 武士道の書としては『葉隠』が有名ですが、『葉隠』は佐賀鍋島藩という一地方で密かに伝えられたものに過ぎません。これに対し、『葉隠』とほぼ同じく江戸時代初期に成立し、江戸時代を通じて広く武士道の規範とされ、さまざまな藩で読み継がれた書が、『武道初心集』です。
 本書が著された時代は、戦国の気風が段々薄れ、実戦の機会のない武士たちは、心身ともに弛緩しつつありました。こうした武士たち、とりわけ下級武士への警鐘と再教育を意図して書かれたのが、『武道初心集』です。それは、武士の再教育のために、教科書的な役割を担って公刊されたものでした。
 著者の大道寺友山は、元禄から享保(1690年代から1720年代)にかけて、さまざまな藩に招かれ、藩士の教育係を務めた軍学者です。
 本書で友山が説いたことは、つねに死を覚悟することに尽きます。本書は、教育・礼儀・言葉づかいなどの事柄についても、すべて死の覚悟が大前提となっています。それは明日、戦乱となろうとも対応できるよう物心の備えを怠るなという、常在戦場の精神を説くものです。
 本書は、次のような趣旨の言葉で始まります。
 「武士というのは、正月元旦の朝、雑煮を祝う箸を手にしてから、その年の大晦日の夜にいたるまで、毎日毎夜のごとく、心に死を覚悟するのを第一の心がけとするものである」。
 これは、『葉隠』の「武士道とは死ぬ事と見つけたり」と同じく、死を覚悟して日々を生きるという武士の心構えを表わすものです。
 「つねに死の覚悟ができていれば、忠孝ふたつの道を踏みはずさず、さまざまな危険や災難にあうこともなく、健康に恵まれ寿命も永く保持できるし、加えて、人品骨柄までも立派になるなど利点の多いものである」
 このように説く本書は、続いてその理由を述べます。それは大略以下のようなものです。
 「元来、人間の命は、夕べの露、朝の霜のように、はかないものだ。なかでも危険なのは武士の命である。それなのに、いつまでも生きられると思い込んでいるから、主君への奉公を怠り、両親に対する孝養も疎かになる。この命は明日は知れぬものとの覚悟があれば、主君や親に仕えるのも今日を限り、これが最後になるかも知れないという気持ちになるだろう。したがって、常日頃、死を覚悟していることが、忠孝ふたつの道に合致するのだ。
 また、他人には慎重にものを言い、他人の言葉には慎重にこれを返すので、不要な口論などはしなくてすみ、人に迷惑されてもくだらない場所へ行くこともなく、したがって不慮の災難に出合うこともないから、さまざまな災難から逃れられる。
 人は死ぬという事実を忘却していると、過食・大酒・色道などで健康を害し、内臓疾患で思いもよらぬ若死にをしたり、たとえ命を長らえてもなんの役にも立たぬ病弱者で終わってしまう。つねに死を心がけていれば、年も若く身体が丈夫であっても、健康には十分注意して、暴飲暴食をせず色ごとも遠ざけ慎むので、病を患うこともなく、健康で長命を維持できる。
 そのうえ、死を遠い先の事と思えば、この世に命を長らえるものと錯覚するから、心の中にいろいろな願望を持つので、欲深くなって他人の物を欲しがり、わが物は惜しむことになる。つねに胸の奥に死の覚悟があれば、この世は味気ないものと悟れるから、貪欲の心もおのずと希薄となり、欲しいとか惜しむといった気持ちがあまり出てこないものだ。人間は死を覚悟さえすれば、人品骨柄まで良くなり、人格の向上ができるとは、これをいうのである」 
 このように『武道初心集』は、常日頃、死を覚悟して生きることを、武士の第一の心がけとしています。武士道の持つ高い精神性、優れた道徳性は、こうした心がけが生んだものと言えるでしょう。
 大道寺友山は、武田流軍学を集大成した『甲陽軍鑑』の編著者・小幡景憲や、その弟子で『武教全書』等の著者・山鹿素行らに師事しました。『甲陽軍鑑』『武教全書』そして『武道初心集』等は、江戸時代の武士が実際に学んだ武士道の教本です。江戸時代における武士道の形成には、武田信玄の甲州流兵学が、強い影響を与えたことが、このことからもわかります。

参考資料
・大道寺友山原著・加来耕三訳『武道初心集』(ニュートンプレス)

 次回に続く。

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民主対専制21~アラブの春、中国の台頭と米国の混迷

2022-01-27 08:55:07 | 国際関係
●民主化の停滞と専制主義の拡大(続き)

・「アラブの春」と民主化の蹉跌
 中東・北アフリカに目を転じると、2011年、チュニジアで23年間独裁体制を続けたベン・アリ大統領が辞任に追い込まれ、国外に逃亡した。その成功はエジプトに飛び火し、30年間近く続いたムバーラク大統領も辞任した。リビアでは42年間君臨した最高指導者カダフィーが武力によって民衆の運動を弾圧しようとしたが、軍の一部が反乱を起こし、内戦状態になった。中東でもバハレーン、イエメン、イラク、サウディアラビア等でもデモが起こった。こうした大規模な社会変動を「アラブの春」と呼ぶ。
 歴史学者・人口学者のエマニュエル・トッドは、近代化の主な指標として識字化と出生調節の普及を挙げ、これら二つの要素から、イスラーム教諸国では近代化が進みつつあるととらえる。またその過程の現象として、民主化運動が起こっていると指摘する。だが、「アラブの春」から10年経った現在、政変の起こったイスラーム教諸国で、目立った形での民主化は進行していない。
 チュニジアは、「アラブの春」の唯一の成功例とされている。だが、イスラーム教法学者のカイス・ザイードは、大統領に選出されると、憲法を無視して対立する首相を解任するなどして独裁化した。国内の勢力間の争いで財政はほぼ破綻状態になっている。
 エジプトは、総選挙によってムスリム同胞団のムハンマド・モルシが大統領になった。だが、軍部がクーデターを起こしてモルシーを解任した。ムスリム同胞団は、政治にイスラーム教の思想の実現を図ったが、軍は政治に宗教を持ち込むことを嫌ったためである。
 リビアは、カダフィーが処刑された後、国内統治をめぐり軍閥同士の対立で激しい内戦となった。部族戦争、経済的混乱、アルカーイダ系やイスラーム国(IS)系の過激派が跋扈して混乱が広がった。トルコ、ロシア、フランス、イタリア等が介入して泥沼状態になっている。
 シリアは、欧米諸国から支援を受けた反政府勢力がアサド政権の打倒を目指して内戦になった。イスラーム国(IS)などの過激派が活動し、ロシアやトルコが介入するなど、先が見えない状態である。数百万人の難民が発生し、その多くが流入した欧州諸国では社会不安が生じている。
 一方、「アラブの春」で抗議デモが起こったが、政権や体制の維持された国もある。モロッコ、アルジェリア、スーダン、南スーダン、ヨルダン、レバノン、イラク、サウディアラビア、オマーン等である。
 現在までのところ、中東・北アフリカのイスラーム文明で、独自に民主主義の体制を実現した国は、存在しない。アメリカが民主化を試みたイラク、アフガニスタンでは、民主化は成功していない。また、「アラブの春」は、旧ソ連圏のイスラーム教国にはほとんど影響を与えなかった。

・中国の台頭と米国の混迷の世界的な影響
 2010年代以降、世界的に新たな民主化の動きは停滞が続いている。そうしたところへ、2013年から中国の習近平政権が「一帯一路」構想を以て、勢力圏を拡大してきた。中国は、今や米国に次ぐ経済力と軍事力を持つ。中国の恩恵を受けようとする発展途上国は、欧米的な民主主義の導入よりも、中国との関係を深め、自国の専制主義的な支配の維持・強化を図る傾向がある。当然、そうした国々は、中国の専制主義を批判しない。また中国における自由への抑圧や人権への侵害を問題にしない。
 一方、米国では、2020年の大統領選挙で、大規模な不正行為があったことを示す多くの証拠が挙がった。だが、主要なマスメディアは、事実を報道しなかった。また「アラブの春」などの発展途上国の民主化運動では、SNSが民主化を求める人々に活用されたが、フェイスブック、ツイッター等はトランプの再選を妨害するため、掲示内容を検閲したり、利用者を規制したりした。それによって、米国の民主主義は根底から揺らぎ、米国は混迷に陥っている。また、米国が民主主義を理想として世界に広める正当性が損なわれてもいる。

 次回に続く。

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 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
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日本の心57~大義のために生き通せ:『葉隠』2

2022-01-26 09:31:06 | 日本精神
 武士道の真髄を説いたものとされる『葉隠』は、死に急ぎの哲学ではありません。若くして散ることを美化しているどころか、『葉隠』は随所に生き通して義を尽くすことをうたっています。
 語り手である山本常朝は、言っています。

「一、武士道においておくれ取り申すまじき事。
一、主君の御用に立つべき事。
一、親に孝行仕るべき事。
一、大慈悲を起こし人の為になるべき事。

 此の四誓願を、毎朝、仏神に念じ候へば、二人力になりて、後へはしらざるものなり。尺取虫のように、少しづつ先へ、にじり申すものに候。仏神も、先づ誓願を起し給ふなり」

 四つの誓いを実行するために、尺取虫のように一歩一歩、粘り強く、前へ進もうとする努力が、武士道には必要だというのです。死に急ぎとは、全く正反対の話です。
 次の言葉も、一生を貫く根気の良さが武士道であることを示しています。
 「忠節の事、御心入れを直し、御国家を堅め申すが大忠節なり。一番乗、一番槍などは命を捨ててかかるまでなり。其場ばかりの仕事なり。御心入れを直し候事は、命を捨ててもならず、一生骨を折る事なり。主君も御請け取り候ものになりて、御心安く御懇意を請け、取寄り、家老役に成されたる上にてなければ、諌め申すことは叶わず、此の間の苦労量り難き事なり。我が為の私欲の立身さえ骨折ることなり。これは主君の御為ばかりに立身する事なれば、中々精気続き難き事なり。然れども此の当りに眼を着けずしては、忠臣とはいふべからず」。
 「御心入れ」とは、自分が仕える主君の心構えのことです。主君の考えが誤っているときは、これを正していくのが武士だ、と常朝は言います。戦場での一番乗、一番槍などの目立った功名は、その場で捨て身になればできないことではない。しかし、主君の心構えを改めさせ、正しい政道を行い、国家を固めることは、その場限りの諫言(かんげん)でできることではない。ただ命を捨てればできるというものではないところに難しさがある、と常朝は語ります。
 主君を諌めるといっても、主君から評価を受け、信頼され、主君が耳を傾けるくらいの識見と器量を磨かなければ、諌めなどできることではない。一生かかって骨を折って成し遂げる仕事である、と。そして、こう考えないようでは、真の忠臣ということはできないというのです。
 『葉隠』は、君主は正しく慈悲深く、民や家臣の事を思って政治をすべきであると考えています。だから、主君のために尽くし、御家のために尽くすことは、民衆や国全体のために尽くすことと同じだと考えます。そして、主君に尽くすことを通じて、公共に尽くすことが、行いの真の目的となっています。つまり公共に尽くすために、主君に尽くすのであり、それが大義なのです。そして、国を思い、社会を思うなら、軽々しく死んではならないわけです。
 このように見てくると、「武士道とは死ぬことと見つけたり」に言う「死ぬこと」とは、自分の私を捨てて、公共の正義の実現のために生きる覚悟を示したものであることがわかります。つまり、「死ぬこと」とは私心私欲を超えることを意味したものです。大義のために、一生を生きて、生きて、生き抜いて尽くすこと。それこそ、真の武士道だと説いていると解すべきでしょう。
 今日、社会は『葉隠』の時代とは大きく変わりましたが、私を超えて公に尽くすことの大切さは、変わっていません。その公が国家であれ、世界であれ、『葉隠』そして武士道から学ぶものは多いと言わねばなりません。

参考資料
・『葉隠』(岩波文庫)
・『葉隠』(徳間書店)

 次回に続く。

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 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
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民主対専制20~カラー革命とそれへの反力、東欧諸国での統制強化

2022-01-25 09:13:53 | 国際関係
●民主化の停滞と専制主義の拡大(続き)

#カラー革命とそれへの反力
 冷戦終焉後、欧米勢力は旧ソ連圏で影響力を強めた。その影響のもと、2003年~05年に、旧ソ連の国々で民主化を求める政治運動が起こった。ジョージア(旧名グルジア)で起きた政変は、集会参加者がバラの花を持っていたことから「バラ革命」、ウクライナの政変は野党のシンボルカラーから「オレンジ革命」、キルギスで起こった政変は同国の代表的な花から「チューリップ革命」と呼ばれている。これらをまとめて、「カラー革命」という。
 ジョージアは、1994年にNATO諸国と旧ワルシャワ条約機構諸国を中心とした安全保障協力に関する「平和のためのパートナーシップ」(PfP)協定の枠組み文書に調印した。2003年の「バラ革命」で、エドゥアルド・シェワルナゼ大統領は議会から逃亡し、大統領を辞任した。アブハジア、南オセチア問題に介入するロシアに反発し、2009年にCISを脱退した。ギオルギ・マルグヴェラシヴィリ大統領は、NATO加盟を目指しているが、ロシアの圧力があって実現していない。
 ウクライナは、「オレンジ革命」で民主化が進んだものの、親欧米派と親露派の間で激しい政権争いが行われている。ウクライナの東部はロシアとの関係を深め、西部はヨーロッパとの関係を発展させている。同国が親露路線を取るか、それとも親欧米路線を取るかという問題は、地域の安全保障上の問題に直結している。ロシアはウクライナがEUとの関係を深め、さらにNATOに加盟することを防ごうとしている。2014年に親露派のヴィクトール・ヤヌコーヴィッチ政権が崩壊すると、ロシアはクリミアを併合した。ウクライナはこれに抗議し、CISからの脱退を表明したが、承認されておらず参加国のままとなっている。2022年1月末現在、ロシアはウクライナ国境近くに10万規模の軍隊を集結して数か月のうちに侵攻する構えであり、米国・NATO諸国との間で緊張が高まっている。ロシアがウクライナ東部の一部を独立させたり、あるいは親露傀儡政権を樹立する可能性もある。
 キルギスでは、「チューリップ革命」の後、大統領選挙で当選した親欧米派で「民主化の希望の星」とされたクルマンベク・バキエフが独裁化し、2010年に反政府運動が起こって辞職した。2020年には議会選挙の結果をめぐって反政府運動が高揚し、選挙結果は無効と宣言され、新首相となったサディル・ジャパロフが大統領代行を兼任する形で新政権が発足するなど、不安定な状態が続いている。
 「カラー革命」の起こった国は、一定程度の民主化が進んではいるが、ロシアは安価なエネルギーの提供や政治的な権謀術策を用いて、周辺諸国の民主化の進行、ロシア離れを阻止しようとしている。プーチンは、とりわけNATOの旧ソ連圏への拡大を安全保障上の重大脅威とみなし、それを防ぐために、周辺国の専制主義政権との連携を強めている。

・東欧諸国における統制強化
 旧ソ連圏にあった東欧諸国は、冷戦終焉後に西欧流の民主主義を制度として採り入れた。だが、ハンガリーとポーランドは、民主化の後、国内の政治や経済が混乱したため、再び統制を強めている。
 ハンガリーとポーランドは、冷戦末期に民主化を遂げ、2004年にEUに加盟した。だが、EU内の経済格差への不満が高まった。
 ハンガリーでは、オルバン・ヴィクトル首相が2010年から強権政治を進め、ロシアなどをモデルとする「非自由民主主義」を宣言した。シリア内戦などで2015年に大量に流入した難民・移民の受け入れを迫ったEUへの反発を強めた。政府は報道統制を行い、2019年までに国内メディアの大部分を支配下においた。また中国に接近し、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に参画した。2020年ハンガリー議会は、新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態に対応するため、首相の権限の無期限化を可決した。
 ポーランドでは、2015年に難民の流入による危機が深刻化し、国民の多くが政府に移民問題への対応を求めるようになった。同年右派の政党「法と正義」が政権に就くと、司法やメディアの統制を進め、EUと対立するようになった。政府が「司法改革」として裁判官への懲戒制度を設けたことに対し、EU側は司法の独立を侵すものだとして撤回を要求し、制裁金を科している。2020年の大統領選挙で勝利したアンジェイ・ドゥダは、中東からの移民の流入を阻止する政策を貫いている。

 次回に続く。

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日本の心56~死を覚悟して日々を生きよ:『葉隠』1

2022-01-24 10:13:59 | 日本精神
 「武士道といふ事は、死ぬ事と見つけたり」――この一句によって武士道の精髄を表すものとされるのが、『葉隠』です。
 『葉隠』は、佐賀鍋島藩士・山本常朝(つねとも)(1659-1719)の談話を書き留めた書です。常朝は、9歳で藩主鍋島光茂に仕え、以来、主君の側近くに勤めました。主君が死ぬと、出家隠棲しました。その彼のもとを訪れた若い藩士・田代陣基に、老齢の常朝は武士の心得を語りました。これをまとめたものが『葉隠』です。その後、『葉隠』は鍋島藩士の間でひそかに書き写され伝えられました。
 本書の冒頭には次のように記されています。
 「どのような御無理の仰せつけをこうむろうとも、又は不運にして牢人・切腹を命ぜられたとしても少しも主君を恨むことなく、一の御奉公と存じて、未来永劫に鍋島の御家のことを第一に案じる心入(こころいれ)をなすことは、御当家の侍の本意にして覚悟の初門なのである」と。
 そして、それに続いて記されているのが、冒頭の一句「武士道といふ事は、死ぬ事と見つけたり」です。
 「武士道といふ事は、死ぬ事と見つけたり。二つ二つの場にて、早く死ぬかたに片付くばかりなり。別に仔細なし。胸すわって進むなり。図に当たらぬは犬死などといふ事は、上方風(かみがたふう)の打ち上りたる武道なるべし。二つ二つの場にて、図に当たるやうにわかることは、及ばざることなり。我人、生きる方がすきなり。多分すきの方に理が付くべし。若し図にはづれて生きたらば、腰抜けなり。この境危ふきなり。図にはづれて死にたらば、犬死気違なり。恥にはならず。これが武道に丈夫なり。毎朝毎夕、改めては死に死に、常住死身(しにみ)になりて居る時は、武道に自由を得、一生越度(おちど)なく、家職を仕果(しはた)すべきなり」
 この一文は、前半で死ぬべきことを説いています。しかし、後半では、死を覚悟して生きることを説いています。すなわち、武士は毎朝毎夕、改めて死を覚悟し、常に死に身になって生きることだ。それによって、初めて生死を超えた自由の境地に到達できる。そしてこの境地を得たとき、何ものも恐れることなく、一生落ち度なく自己の仕事を成し遂げることができるというのです。つまり、単に死ぬことではなく、死んだ気で生き、自分の使命を果たすべきことを説いているのです。このことは、現代人にも当てはまる密度の濃い生き方だといえるでしょう。
 ところで、『葉隠』が武士の使命としているのは、主君に対する忠誠です。そして、『葉隠』が説くのは、「主従の契(ちぎり)」において常に「死身」になって仕えるという意味での「死の覚悟」なのです。常朝自身、9歳で奉公して以来、主君の死まで仕事を果たし、60歳まで生きています。『葉隠』はそうした奉公人としての彼の生涯が反映しています。
 このことは、次のような文章でも明らかです。
 「我が身を主君に奉り、すみやかに死に切って幽霊となりて、ニ六時中主君の御事(おんこと)を歎き、事を整へて進上申し、御国家を堅(かた)むると云う所に眼をつけねば、奉公人とは言われぬなり」
 「歎く」とは、主君のことを心底から切実に思うことです。こうした主君に対する思い入れは、『葉隠』では「恋」という「理非の外なるもの」とされます。常朝はそれを「忍ぶ恋」にたとえました。主君に対する恋情が、没我的忠誠心の源にあるのです。
 こうした部分は、今日では特殊な封建思想という感じがします。しかし、死を覚悟して日々を生きるという『葉隠』の生き方は、自分の責任と使命を自覚する者に、意志と勇気を与えてくれるものと言えるでしょう。

 次回に続く。

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民主対専制19~民主化の停滞と専制主義の拡大

2022-01-23 10:12:41 | 国際関係
●民主化の停滞と専制主義の拡大

 米ソ冷戦の終焉後、非西洋文明の国々では、専制主義の国家が一定程度民主化したものの、その後、再び専制化している例が少なくない。その例を共産主義の動向とイスラーム教文化圏の変動を中心に見ていきたい。

・旧ソ連の動向
 1991年12月、ソ連では共産主義政権が崩壊し、連邦は解体した。ソ連は、ソヴィエト社会主義共和国連邦の略称である。多民族国家で15の自治共和国で構成されていた。帝政ロシアは、ユーラシア大陸内陸部を中心に領土を広げ、中央アジアのイスラーム教文化圏をも支配していた。ソ連はその領土を引き継いで共産化した。各共和国は民族や文化が異なっており、それを共産党が支配する連邦制の国家がソ連だった。共産党の指導のもとで、東方キリスト教とイスラーム教が共存する体制となった。
 連邦の解体によって、各共和国が独立し、民主化が一定程度、進められた。これらの国々の多くは、ゆるやかな国家連合体である独立国家共同体(CIS)を結成した。バルト3国はソ連崩壊前に独立したのでCISには入らず、EUに加盟した。
 CISは、EUと異なり、共通の憲法や議会を持っていない。中で抜群の国力を持つロシアが強い影響力を振っている。加盟国は最も多い時で12か国だったが、現在は9か国である。そのうちロシア、ベラルーシ、アルメニア、モルドバは東方キリスト教徒が多いが、カザフスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、キルギス、アゼルバイジャンの5か国はイスラーム教徒が多い。

#ロシア
 ロシアは、脱共産化によって生まれた国家ゆえ、確かに一定の民主化が行われてはいる。しかし、欧米や日本に比べると、国民の権利は厳しく規制されている。旧KGB出身のプーチンが2000年に大統領になると、政治体制は再び専制化した。
 プーチンは、大統領の任期を過ぎると首相職に転じ、再び大統領職に就いて、強権的な政治を行っている。選挙や議会等の民主主義的な制度は保ちながら、政権に批判的な政治家、ジャーナリスト、財界人等を逮捕したり、拘束したりしている。彼らの暗殺を行っているという批判もある。だが、国民の支持率は一貫して高く、最高は89.9%と発表されたことがある。

#ベラルーシ
 ベラルーシは、旧ソ連から独立後、国内が混乱して政治が腐敗した。1994年に大統領になったアレクサンドル・ルカシェンコは、国旗を旧名白ロシア社会主義共和国時代の国旗に変更した。政権を支持する与党の一角をベラルーシ共産党が占めている。ルカシェンコは、憲法の三選禁止条項を撤廃して、再選を続け、6選を果たしている。欧米諸国から「ヨーロッパ最後の独裁者」と呼ばれている。

 次回に続く。

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日本の心55~世界に知られる武士の物語『忠臣蔵』

2022-01-22 08:55:52 | 日本精神
 「忠臣蔵」は、なぜこんなに人気があるのでしょうか。赤穂浪士による吉良邸討ち入りは、元禄時代の江戸庶民を熱狂させました。この事件をもとに「仮名手本忠臣蔵」という芝居が作られ、江戸や大坂で大ヒットしました。事件から約300年たった現代においても、「忠臣蔵」の人気は衰えません。歌舞伎や講談・浪曲にはじまり、映画やテレビ番組が数え切れないほど多く作られています。歌謡曲でも、三波春夫の傑作「俵星玄蕃」が紅白歌合戦で歌われたことがあります。
 根強い人気のわけを考えてみると、「忠臣蔵」には、日本人に感動を与える要素がたくさん詰まっているのです。たとえば、浅野長矩と家臣たちのきずな、大石内蔵助と主税の親子の情、岡野金右衛門と吉良邸女中の恋とかけひき、内蔵助と妻・りくとの夫婦愛、早野勘平と同志の連判など、枚挙にいとまがありません。日本人が古くから大事にしてきた君臣の義、親子の孝、夫婦の和、兄弟・同志の友愛などを考えさせられる物語なのです。また、大石に見る指導者像、集団の中の個人のあり方、「公と私」などのテーマが、そこに重なり合っています。それゆえ、赤穂浪士の姿に、日本人は自分の生き方を照らしてみるわけです。
 赤穂浪士の討ち入りについて、事件当時は賛否こもごもでした。手放しで称賛する意見、犯罪だと決め付ける意見、一面は認めるが半面では批判する意見など、評価は多岐に分かれています。しかし、大衆的な人気は増す一方でした。そして維新後、明治天皇が彼らをたたえたことにより、「忠臣蔵」は国民道徳の鑑(かがみ)とされるまでになったのです。
 明治元年(1868)、御年わずか16歳であった明治天皇は、初めて京都から江戸に入られました。そして最初に、勅使を泉岳寺につかわし、こう述べられました。「汝良雄等固く主従の義を執り、仇を復して法に死す。百世の下、人をして感奮興起せしむ。朕、深く嘉賞す」。すなわち、「大石内蔵助ならびにその配下の諸君は、固く君臣の義を行い、主君の仇を討ち、法に従って死んだ。諸君の振る舞いは、日本の国民を感動・奮起させた。私は、ここに深くこれをほめ称えるものである」と。
 フランスのルネ・セルヴァワーズ太平洋巡回大使は、「こうして四十七士は、大和魂すなわち永遠の日本の権化となった」と記しています。大使はまた、「戦後、日本の企業や公共の機関で、上司のもと一糸乱れず働き、それによって立派に祖国復興を成し遂げた国民のすべての階層に、いまなお武士道精神は生きている。日本人自身が想像するよりも深く、まして外国人には到底想像しかねるほどに、深く生きている。現代の日本を知ろうとして、もしこの武士道の中心たる『誠』『至誠』を無視するならば、我々は取り返しのつかない過ちを犯すこととなるだろう」と述べています。
 実は「忠臣蔵」は、日本の代表的な物語として、世界に紹介されているのです。最初の紹介者は、アルジャーノン・B・ミットフォードでした。彼は幕末・明治の在日英国公使館の書記官でした。ミットフォードは明治7年(1874)、『日本の昔話』を出版しています。その中で、彼は歌舞伎「忠臣蔵」の筋書きを書き、自分が目撃した切腹を描写しています。この本は欧米で広く読まれ、「武士道」を広く海外に知らしめました。
 日本では、恩を受けた主君のために仇討ちをすることは、忠義の振る舞いとして、人々に大きな感動を与えます。これは日本独特の倫理であり、西洋では個人の名誉が傷つけられたときは決闘を申し込みますが、主君の名誉のために決闘を申し込むことはしません。インドの社会でもこうした例はなく、朝鮮にも主君の仇を討つという観念は昔からないようです。それゆえ、「忠臣蔵」には日本的な倫理観の特徴がよく表われているわけです。
さて、このエッセイの読者のみなさんは、「忠臣蔵」のあらすじを、大体ご存知でしょう。では、次の質問の答えを考えてみて下さい。

 ①この物語は、武士の忠誠心とはどんなものだと語っているか。
 ②浅野はなぜ切腹したのか。
 ③47人の浪人たちは、なぜ切腹したのか。
 ④この物語は、忠誠心ばかりでなく、反逆と暴力を教えていると思われる。説明せよ。

 これらの質問は、『The Growth of Civilization』(文明の成長)というアメリカの教科書が、生徒に問いかけているものです。この教科書は、挿絵入りで「忠臣蔵」を教えています。また、イギリス、オーストラリア等の教科書にも、「忠臣蔵」を「日本で最も有名な物語」として、掲載しているものがあります。これに対し、日本の教科書には、「忠臣蔵」を具体的に採り上げているものはないでしょう。最も日本的な物語として世界に知られる「忠臣蔵」を、日本の青少年は教えられていません。これで、自国の文化や精神を知ることができるでしょうか。
 「忠臣蔵」という物語を味わうことは、日本の心を深く知る道です。そのことを、再認識したいものです。

 次回に続く。

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