ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

「一帯一路」の地政学10~専門家の見解(続き)、結び

2021-05-31 10:06:09 | 国際関係
 最終回。

●専門家の見解(続き)

 2019年12月に防衛研究所が主催した安全保障国際シンポジウムにおいて、中国マカオ大学教授の由冀氏は、次のように発言した。
 「『一帯一路』構想は、大国の戦略地政学的な対立関係が絡み合った引火点が多く存在する重要地域の地理に根差している。従って、軍事的ダイナミクスは『一帯一路』構想の展開に純粋に影響する。このことは、自然地理学と軍事地理学の関係を研究するためのよい事例となっている。両者の関係は、いずれも地理的な性質を備え、地理的に表されるため、国家の行動、武力紛争および軍事化を理解する上で不可欠である。『一帯一路』構想は、その発展の過程全体において、何らかの形で、軍事に関する問題に直面することになる」
 「米国政府が戦略的に中国を対等の競争相手として表現していることから、米中対立は既に上昇スパイラルに突入している。『一帯一路』構想をめぐる一進一退の攻防は、今は隠されている軍事的意図が加わると、さらに深刻化するだろう。従って、大国間の関係に与える『一帯一路』構想の戦略地政学的・軍事的影響は、ますます大きくなる。
例えば、『一帯一路』構想とインド太平洋戦略(IPS)の衝突により、インド太平洋の基本的な安全保障構造が実質的に変容する可能性があり、そうなれば当然、『一帯一路』構想に対する諸大国からの反発を引き起こすことになるだろう。
 圧力を受けた中国は、関係国から相応の地政学的な支援を得られない限り、『一帯一路』構想の目的を達成できない。その上、中国は、軍事力を行使して自国のグローバルな経済圏を守る等、反対勢力からの圧力を相殺する方策を打ち出すだろう。そうなれば『一帯一路』構想に関する政策決定の裏側で、あるいは『一帯一路』構想を実施する正面において、人民解放軍による『一帯一路』構想への関与は避けられなくなる」
 由氏は、中国の学者である。そうした学者が日本に来て、このように述べているのは、中国共産党の戦略と人民解放軍の行動を批判するためではなく、「一帯一路」構想を実現する上で、中国には軍事力を行使する権利があると主張しているのである。
 こうした中国の地政学的すなわち帝国主義的な戦略に対抗するものとして、わが国の安倍晋三氏が首相当時に提唱した「自由で開かれたインド太平洋」構想がある。冨山氏は、この構想を評価し、次のように提案している。
 「新アメリカ安全保障センター(CNAS)の報告書は『一帯一路』のプロジェクトと対比するために、日本の政府開発援助(ODA)によるバヌアツのポートビラ港埠頭整備事業も検証し、この事業には明確な商業的合理性があり、地政学的リスクを含め問題点は一つもないとお墨つきを与えた。
 日本政府は安倍晋三首相(註 2019年当時)のインド太平洋構想を『一帯一路』の代替策として途上国に売り込んでいるが、日本のインフラ整備事業が開放性、透明性、経済性、受け入れ国の財政健全性を重視することに説明の力点を置いてきた。今後は、地政学的リスクのなさも『一帯一路』との大きな違いであることを強調し、日本支援プロジェクトの優位性をもっと積極的に広報すべきではないか」
 安倍前首相が打ち出した「自由で開かれたインド太平洋」構想は、トランプ大統領が米国の政策に採り入れるところとなった。さらに、豪・印や英・仏等も賛同するものになっている。「自由で開かれたインド太平洋」構想は、中国の地政学的・帝国主義的な行動を牽制し、インド太平洋地域の平和と安定を維持するために必要であり、自由主義諸国の連携によって実現されねばならない。

●結びに~本格的な研究と成果の共有を

 本稿の冒頭に、共産中国の「一帯一路」構想は単なる経済政策の構想ではなく、外交・軍事・情報管理を含む総合的な政策として立案されたものであり、この構想の立案において、地政学を取り入れていると推測すると書いた。私見を一通り述べた後に、内外の専門家の中にも同じ見方があることを書いた。「一帯一路」構想を深く理解し、これに対処するには、地政学的な観点に立った研究が必要であると思う。また、多くの分野の専門家が集まって本格的な研究を行い、その成果が政治家、外交・防衛・通商産業政策を担う官僚、財界人、ビジネスマン、国際政治学者、国際関係学者、ジャーナリストなどに共有されることを期待したい。
 本稿では今日、わが国が取るべき共産中国への対処については、論じない。拙稿「凄まじい軍拡を続ける中国から日本を守れ」に書いたので、参照願いたい。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12-15.htm
(了)

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 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cc682724c63c58d608c99ea4ddca44e0
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仏教160~テーラワーダ仏教(インサイト・メディテーション、マインドフルネス)

2021-05-30 08:39:13 | 心と宗教
◆テーラワーダ仏教

#インサイト・メディテーション
 東南アジアのタイ、ミャンマー、カンボジア等では、上座部(テーラワーダ)仏教が継承されてきた。その伝統的な瞑想法が簡略化されたものが、アメリカでインサイト・メディテーションあるいはマインドフルネスとして普及している。
 仏教の瞑想法には、集中力を育てるサマタ瞑想と、物事をあるがままに観察するヴィパッサナー瞑想がある。普通はこれら両方が習得される。テーラワーダ仏教では、伝統的にサマタ瞑想を先に修行し、その後にヴィパッサナー瞑想へと進むという。だが、50年ほど前にミャンマーで、在家者用に、習得に時間のかかるサマタ瞑想の修行を省略し、簡略化したヴィパッサナー瞑想のみを修行する方法が作られた。
 アメリカ人のジョセフ・ゴールドスタインは、タイでテーラワーダ仏教に出会い、インドで簡略化したヴィパッサナー瞑想を在家指導者のサティア・ナラヤン・ゴエンカに学んだ。また、ジャック・コーンフィールド、シャローン・サルスバーグ、ジャクリン・シュワーヅも、それぞれ1970年(昭和45年)頃、タイ、ミャンマー等で、テーラワーダ系統の僧侶に師事して修行する経験をした。
 彼ら4人は、簡略化したヴィパッサナー瞑想を広めるため、1974年(昭和49年)に、マサチューセッツ州バリーにインサイト・メディテーション・ソサエティ(IMS)を設立した。インサイト(洞察)は、パーリ語のヴィパッサナー(観察)の英訳である。インサイト・メディテーションは、簡略化したヴィパッサナー瞑想を指す。
 インサイト・メディテーションは、日本人の禅師が伝えた禅やチベット人僧侶が伝えたチベット仏教と異なり、アメリカ人が海外で学んだものを自分たちで広めたという特徴がある。また、ゴールドスタイン等は、東南アジアの仏教の組織や信仰・思想には距離を置き、独自の方向へ進んだ。彼らはテーラワーダ仏教の指導者と異なり、出家していない。在家者でありながら、瞑想法の指導をしている。これは、出家者と在家者がはっきり区別されるテーラワーダ仏教では、かつてなかったことである。

#マインドフルネス
 テーラワーダ仏教系統のインサイト・メディテーションは、今日、マインドフルネスとしても、欧米、アジア諸国を中心に普及しつつある。
 マインドフルネス(mindfulness)は、英語の「心を配って」「注意して」「心に留めて忘れない」等の意味を持つ形容詞マインドフル(mindful)の名詞形である。パーリ語で「特定の物事を心に留めておくこと」を意味するサティ(sati)の訳語として使われている。サティは、日本語では「念」「気づき」等と訳される。
 インサイト・メディテーションの系統では、マインドフルネスは、「今、この瞬間に注意を向け、良い悪いという価値判断をせずに、とらわれのない状態で、ただ物事を観ること」を意味する。瞑想やその他の訓練によって、マインドフルな状態に到達したり、その状態を維持したりすることができるようになるという。特に瞑想は有効な方法とされ、マインドフルネスを目指す瞑想を、マインドフルネス瞑想(mindfulness meditation)という。日本では「気づき瞑想」とも呼ばれる。
 マインドフルネス瞑想は、医療にも取り入れられている。最初にこれを取り入れたのは、アメリカ人のジョン・カバットジンである。分子生物学の研究者だった彼は、1960年代から禅を実践していたが、インサイト・メディテーションを習得して、マサチューセッツ大学にマインドフルネス・センターを設立し、医学部の教授となった。カバットジンは、仏教と西洋医学を統合して、ストレスの軽減、慢性の痛みとの共存、病気への対応等のために、マインドフルネス・ストレス低減法を開発した。その実践には、体や脳への効果や臨床治療としての有効性があることが、多くの研究によって確認され、世界的に注目を集めるようになった。
 ヴィパッサナー瞑想は、悟りと解脱を目指して行われるが、医療に取り入れられたマインドフルネス瞑想は、医学的な効果を目指して行われる。カウンセリングや心理療法にも通じるものとして、専門家間の交流がされている。
 マインドフルネス瞑想は、宗教色が除かれているので、誰でも抵抗なく実践できるという。アップルやグーグル、フォードなどの大企業が社員研修の一環として導入したことで、認知度が高まった。ストレスの軽減や集中力の強化によって、仕事にも効果があるとされる。

 次回に続く。

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「一帯一路」の地政学9~専門家の見解

2021-05-29 10:00:43 | 国際関係
●専門家の見解

 次に「一帯一路」構想について、日本や各国の専門家がどう見ているかを書く。
 2018年11月、習近平国家主席は、パプアニューギニアで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)で講演し、次のように語った。
 「『一帯一路』の共同建設は開放された協力の場であり、その基本原則は、共に話し合い、共に建設し、共に分かち合うとなっている。地政学的な政治的目的を持たず、誰かをターゲットにしたり、誰かを排除するものでもなく、中国が世界とチャンスを共に分かち合い、発展の王道を目指すものだ」と。
 あえて「地政学的な目的を持たない」と否定しているのは、帝国主義的な意図を隠そうとするものである。だが、そのことを見抜くことのできない専門家が少なくない。例えば、日本国際問題研究所アジア・パシフィック・イニシアティブの研究主幹、加藤洋一氏は、この発言のあった当時、次のように述べている。
 「自国の経済力と、相手国の依存を利用した、中国の地経学的アプローチが、世界各地でそれなりの成果を上げている。地政学に地経学を加えた政策手段と方法が、インド太平洋地域の地域秩序づくりに大きな役割を果たすようになっている。大国間競争の基調を形作るにとどまらず、中小国の地域とのかかわりにも大きな影響を及ぼしている」
 確かに今日の中国の地政学は、経済的手段を重視しており、地経学としてとらえることが可能である。しかし、「一帯一路」構想は、経済的な手段を外交・軍事・情報管理と一体のものとして進めるものである。そして、経済的な権益を守ろうとする時、軍事的な進出が行われるのである。
 中国人の学者、朱建栄・東洋学園大学教授は、同じ年の11月に、(公財)渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)が行った第58回SGRAフォーラム「アジアを結ぶ?『一帯一路』の地政学」で、次のように発言した。
 「各国の懸念を見ると、1番目は、中国の影響力が高まることに対する地政学的な見地による警戒感です。米国、EU、日本などは『一帯一路』における資源を巡る利益の衝突を懸念し、ロシアとインドは、中国の中央アジアや南アジアへの進出を警戒しています。つまり、中国が地政学的にこれをもって地域の拡張をしようとしているのではないかというもので、産経新聞は、『日本では<一帯一路>がユーラシア大陸に中華経済圏を形成し、軍事拠点化を目指す『地政戦略』であり、真の狙いは米国主導の国際秩序への挑戦との批判もある』(2017年7月8日朝刊)と批判しています」と。
 朱氏の発言に関連して、韓国人の学者、朴栄濬・韓国国防大学校安全保障大学院は、同じフォーラムで、次のような見方を述べた。
 「『一帯一路』は、マッキンダーの地政学と、スパイクマンのリムランド・セオリーの総合体として捉える見方が韓国にも結構あります。『一帯一路』の中で、大陸を結ぶ一帯自体は、まさにマッキンダーが言っているように大陸の中心部を走っています。スパイクマンが言っていたリムランドは一路、海洋を結ぶ路線を走っているので、やはり両者の地政学を合わせた感じが『一帯一路』の構想にも含まれているのではないかという分析がなされています。そういう目から見て、私は『一帯一路』の構想はすごく賢い戦略だと思います」と。
 朴氏が言っているとおり、中国はハートランドとリムランドの両方を一つの勢力圏として、中国の支配下に置こうとしている。私は、中国はマッキンダーとスパイクマンに学んだだけでなく、ナチス・ドイツの地政学により多くを学んでいると考えている。その点については、先に書いた。
 2019年4月、米シンクタンク・新アメリカ安全保障センター研究員のアビゲイル・グレイスは、「トランプ政権は『一帯一路』を、中国が地政学的な地位を高めるための包括的なツールと見ている」と述べた。
 このように米国には「一帯一路」構想を地政学的なツール(道具・手段)と見るとらえ方がある。これに対し、中国の王毅国務委員兼外相は、同年同月に開催された北京での「一帯一路サミット」を前に、次のように語った。
 「このパートナーシップ関係(註 一帯一路構想)は地政学的ツールではなく、協力のためのプラットフォームだ」と。
 だが、いくら中国が「一帯一路」構想を地政学的なツールではないと言っても、実態は明らかに地政学的な手段である。ここで「地政学的」とは、先に書いたように、世界の現状を変更し、帝国主義的な対外政策を行って、地理的に重要な個所を経済的・軍事的に支配しようとする企てを指す。
 国家基本研究所の企画委員兼研究員・冨山泰氏は、同年同月に次のように述べた。
 「習近平中国国家主席が力を入れる『一帯一路』構想は、世界的規模で中国の経済的利益や政治的影響力を拡大するだけでなく、完成したインフラが中国に軍事利用される可能性があるなど『地政学的リスク』も大きい」。「米国のシンクタンク、新アメリカ安全保障センター(CNAS)は国務省の委託を受け、世界各地に広がる一帯一路の関連プロジェクト10件について国家主権侵害の有無など7項目の問題点を検証し、そのうちアルゼンチンの宇宙探査センター、ジンバブエの顔認証システム、イスラエル、ミャンマー、バヌアツの三つの港湾整備の合計5件には地政学的リスクがあると判定した」
 地政学的リスクとは、「ある特定地域が抱える政治的・軍事的・社会的な緊張の高まりが、地球上の地理的な位置関係により、その特定(関連)地域の経済、あるいは世界経済全体の先行きを不透明にすること」(iFinance)をいう。
 例えば、富山氏が地政学的リスクがあると指摘する対象の一つであるミャンマーについては、アジア経済研究所の水谷俊博氏が次のように説明している。
 「ミャンマーは、雲南省やチベット自治区の一部と国境を接し、中国西南部からインドシナ半島を経てインド洋に抜けるルート上に位置し、中国にとって地政学上重要な拠点である」
 中国はミャンマーに進出し、港湾を押さえ、本土まで石油・天然ガスを運ぶパイプラインを敷いている。それは、ミャンマーが地政学的に重要な拠点だからである。

 次回に続く。

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仏教159~現代アメリカのチベット仏教

2021-05-28 08:35:56 | 心と宗教
◆チベット仏教

 共産中国の人民解放軍の侵攻を受けたチベットでは、1959年(昭和34年)にダライ・ラマ14世がインドに亡命し、彼以外の高僧等も多数インドやネパールに亡命した。海外に亡命した僧侶たちは、欧米等に広がり、そこで宗教活動を行ってチベット仏教の信奉者・理解者を増やしている。
 ダライ・ラマらは、亡命先で各宗派の伝統に基づいた活動をしているが、独自の活動を行っている者たちもいる。チョギャム・トゥルンパ、タルタン・トゥルク、ナムカイ・ノルブ等である。

#トゥルンパ
 チョギャム・トゥルンパは、1959年にインドに亡命した後、イギリスのオックスフォード大学に留学し、比較宗教学、哲学、美術を修めた。この間、草月流の生け花の免許を取得した。スコットランドへ移ると、欧米初のチベット仏教の瞑想センターであるサムエ・リン瞑想センターを設立した。ところが、交通事故で重傷を負った。その後、結婚して子供も設けた。これは、破戒の行為である。周囲から厳しい批判を浴びたトゥルンパは、アメリカに新天地を求めた。
 1970年(昭和45年)にアメリカで自伝と瞑想に関する本を出版し、支持者を獲得して、アメリカ・カナダの各地に瞑想センターを開いた。1960年代からわけである。鈴木俊隆等が日本の禅を伝えたのに続いて、チベット仏教がアメリカに到来したわけである。
 トゥルンパは、コロラド州に本部を置いて、全米に組織的な展開をした。1974年(昭和49年)にナローパ研究所を開設し、これを大学へと発展させた。1977年(昭和52年)に欧米人が世俗的な環境の中で、チベット仏教を学習・実践できるようにするために、シャンバラ・トレーニング・メソッドという瞑想方法とカリキュラムを提供した。トゥルンパは、チベット仏教の僧侶では、初めて流暢な英語で欧米人に法を説く指導者として、多くの弟子を育て、チベット仏教の普及に大きく貢献した。
 トゥルンパは、カギュ派に伝わるマハームドラー(大印契)をアメリカで伝えたことでも知られる。マハームドラーは、タントラ密教の奥義となるもので、トゥルンパは、「現われがそれ自身の象徴となる状態、鮮やかで、明確な形態を持ち、より創造的、無始のもの、完全なもの」と表現している。
 トゥルンパはチベット仏教を相当のところまで究めた僧侶と見られるが、深刻なアルコール依存症に陥り、心不全のため48歳の若さで死亡した。そのうえ、セックス・スキャンダルも起こすなど、説くことと実際の行動が一致していなかった。
 
#他のチベット仏教指導者
 タルタン・トゥルクは、ニンマ派でラマとされる高僧で、1970年(昭和45年)に35歳でアメリカに渡った。カリフォルニア州バークレーにニンマ・メディテーション・センター、ニンマ・インスティチュートや出版社等を設立した。1996年(平成8年)に、北カリフォルニアの山中にオディヤン寺院を建立した。また、チベット大蔵経及び蔵外経典の復刻版の開版を数十年かけて成し遂げた。
 トゥルクは、ニンマ派とボン教に伝わる教えであるゾクチェンをアメリカに伝えたことで知られる。ゾクチェンという語は「大いなる完成」を意味する「ゾクパ・チェンポ」の短縮形で、漢訳では「大円満」あるいは「大究竟」という。一切有情は本来、あるがままで完成されたものであることを意味する。その本来の姿を理解することで、速やかに悟りに達することができると説く。
 トゥルクは、チベット仏教の伝統に基づく活動をするだけでなく、欧米人のためにヒューマン・ディヴェロップメント・トレーニング・プログラムを作成し、欧米的・現代的な言葉と表現で、チベット仏教を教えた。
 ナムカイ・ノルブは、10歳代からチベット仏教の指導者として知られていた。中国人民解放軍に侵攻されたチベットから国外に逃れた後、22歳のとき、チベット学の権威であるジュゼッペ・トゥッチ教授によりイタリアの研究所に招かれた。1964年(昭和39年)に26歳で、ナポリ大学の教授になり、チベットとモンゴルの言語・文学を教え、チベット古代史を研究した。そのかたわら1976年(昭和51年)から、学生等にゾクチェンの瞑想指導を開始した。彼の弟子たちは、トスカーナ州アルチドッソにゾクチェン・コミュニティを設立し、欧州各国、ロシア、オーストラリア、南米諸国等にチベット仏教のセンターを設立した。この系統によっても、ゾクチェンが伝えられた。

#チベット仏教の限界
 チベット仏教は、ダライ・ラマ14世や上記の僧侶・学者の活動によって、今日世界の多くの人々から敬意を受けている。だが、チベット仏教に関心を持つ者が肝に銘じておくべきは、チベット仏教は、チベットという国家を守ることが出来なかったことである。チベットは仏教国で、仏教の教えによって平和志向が強く、小規模・軽武装の軍しか持っていなかった。そこに中国の人民解放軍が攻め入った。僧侶による鎮護国家の祈りは、共産軍の暴虐には通じなかった。そして、現在までチベットは共産中国によって、激しい迫害を受けている。このことが示しているのは、チベット仏教が世界に広まっても、共産主義から平和と安全を守ることはできないということである。仮に米国でチベット仏教が広まり、米国がチベット仏教の国になったとしたら、米国は共産中国によって、簡単に征服・支配されてしまうだろう。

 次回に続く。

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「一帯一路」の地政学8~超限戦で地政学的な構想を進める

2021-05-27 10:08:02 | 国際関係
●超限戦で「一帯一路」の地政学的な構想を進める

 今日の共産中国は、過去の戦争の概念を覆す戦争を進めている。その戦争が、超限戦である。ファシズム的共産主義の国である中国が帝国主義的な政策を推進している。そして、「一帯一路」構想を実現するために、地政学に基づく戦略を、超限戦の戦術によって実行している、と私は考える。
元陸上自衛隊東部方面総監の渡部悦和氏は、「中国が仕かける超限戦の実態と人民解放軍改革」と題した論文に、次のように書いている。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45997
 「超限戦は、中国人民解放軍の大佐2人(喬良と王湘穂、[註 共に空軍])が1999年に発表し、発表された当初から世界的に大きな反響を呼んだが、現在の中国やロシアの動向を観察すると、両国は超限戦を実践していると言える。
 超限戦は、湾岸戦争(1990年~1991年)などにおける米軍の戦略、作戦、戦術を研究して導き出された戦略であり、中国の孫子の兵法をも融合したものである。
 超限戦は、文字通りに『限界を超えた戦争』であり、あらゆる制約や境界(作戦空間、軍事と非軍事、正規と非正規、国際法、倫理など)を超越し、あらゆる手段を駆使する『制約のない戦争(Unrestricted Warfare)』である。
 正規軍同士の戦いである通常戦のみならず、非軍事組織を使った非正規戦、外交戦、国家テロ戦、金融戦、サイバー戦、三戦(広報戦、心理戦、法律戦)などを駆使し、目的を達成しようとする戦略である。
 倫理や法の支配さえも無視をする極めて厄介な戦争観である。
 中国は、現在この瞬間、超限戦を遂行している。例えば、平時からサイバー戦を多用し情報窃取などを行っているし、三戦(広報戦、心理戦、法律戦)を多用し、東シナ海や南シナ海で『準軍事手段を活用した戦争に至らない作戦』(POSOW:Paramilitary Operation Short of War)を多用している。
 POSOWの典型例は、南シナ海で領土問題を抱える諸国に対して、海軍の艦船を直接使用することなく、漁船、武装民兵、海警局の監視船などの準軍事的な手段を駆使し、中国の主張を強制している。『戦わずして勝つ』伝統を持つ中国は、軍事力の行使をしなくても様々な手段を駆使した戦いを実践しているのである」
 渡部氏が「あらゆる制約や境界を超越し、あらゆる手段を駆使する『制約のない戦争』」であり、「倫理や法の支配さえも無視をする極めて厄介な戦争観」と書いていることは、一言で言えば「目的のためには手段を選ばない」ということである。そして、この「目的のためには手段を選ばない」という思想こそ、共産主義の革命運動の特徴である。革命は正義であり、正義の実現のためには、どのようなことも許されるということある。私は、このような見方から、超限戦は、共産主義国家・中国でこそ生み出された考え方だと思う。
 中国共産党の軍隊である人民解放軍が行う戦争は、単に領土を拡大するための戦争ではない。社会主義を世界に広めるための戦争であり、革命戦争と見るべきである。そこには、資本主義から社会主義への移行は、歴史的な必然だとするマルクス=エンゲルスの歴史観がある。レーニンは、彼らの唯物史観に立って、ロシア革命を指導した。ドストエフスキーは「もし神が存在しないとすれば、人間にはすべてが許される」と苦悩したが、神も霊も信じない共産主義者、神の罰も霊の祟りも恐れない唯物論者は、革命を実現するために、いかなる非道悪行をも正当化する。謀略と粛清がロシアの大地を赤く染めた。ソ連は、革命の根拠地国家であり、コミンテルンは革命を世界に広めるための国際的な工作機関として活動した。中国共産党は、こうした世界革命戦略のもとに、コミンテルンの中国支部として1921年に設立された。今年がその結党100周年の年である。
 ソ連の崩壊後、唯物史観や革命戦争という考え方は、歴史の彼方に消え去ったと思っている人が多い。だが、中国において共産主義を信奉する者たちは、いかに経済が発展し、資本主義社会以上に資本主義的な経済社会となっても、こうした歴史観・戦争観を持ち続けているに違いない。そして、こうした思想を固く信じている指導者が、習近平なのである。
 トランプ政権の安全保障担当の大統領補佐官を務めたマット・ポッティンジャーによると、習近平は2013年(平成25年)に共産党の中央委員会のメンバーに向けて行った演説で、次のように語ったとのことである。
 「共産主義は幻想に過ぎないと考える人がいる。だが、資本主義社会の基本的な矛盾についてのマルクスとエンゲルスの分析は時代遅れにはなっていない。資本主義は必ず滅び、社会主義が必ず勝利を収めることは必然的な流れである。この道は曲がりくねっているが、それでも最終的に資本主義の滅亡と社会主義の勝利に至るだろう」
 この発言から、習近平は、マルクス=エンゲルスの唯物史観に基づいて、資本主義から社会主義への移行を歴史的な必然と考えていることが分かる。そして、彼は、その必然性を現実化するための戦略を立てて計画的に行動しているのである。
 われわれは、この点をよく認識することが必要である。そして、習近平においては、社会主義の実現を歴史的必然と信じる思想と、それを世界的に実現するのは中華民族であり、中国共産党の最高指導者である自分だという思い込みが合体しているところに、強い信念が生じているのである。
 マルクス主義は本来、民族を超えた階級闘争の思想だが、旧ソ連でレーニン、スターリンが共産党官僚による統制主義の理論に変え、中国で毛沢東がこれに中華思想を注入し、さらに習近平が漢族のナショナリズムを付加した。習近平は愚鈍に見えるが、彼の個人的な権力欲と民族的な復讐心が燃えたぎる中華共産主義を侮ってはならない。
 中華共産主義とは、古代的な華夷秩序の中華思想と、近代的な共産主義の独裁体制が合体したものである。中国共産党は、まずシナ大陸でチベット、ウイグル、モンゴル等の少数民族への支配を進めて来た。新彊ウイグル地区で、ウイグル人への激しい迫害が行われている。米欧諸国は、その迫害をジェノサイド(民族絶滅)として非難している。習近平は、人口の1割に上る約100万人を強制収容所に収容し、漢族に同化させるための教育をし、女性に不妊手術を強制し、性的暴行を繰り返すなど、民族を消滅させる政策を行っている。文化大革命や法輪功弾圧で伝えられて来た凄惨な虐待を思い起こさせる。唯物論的共産主義を教育された者には、権力に従うことの他に道徳も良心もない。悪逆非道をやめさせるには、それを命令し許容している共産党を除く以外に、方法はない。もし国際社会がそれに失敗したら、現在ウイグル人に対して行われていることが、世界各地で行われるようになる。なかでも日本人は、最も激しい虐待を受けることになるだろう。共産党によって、中国の国民は反日的な感情を徹底的に植え付けられているからである。日本人が自らの運命をかけてこの危機を乗り越えるには、中国共産党の思想・戦略・計画をしっかり理解して対応しなければならない。
 私の見るところ、中華共産主義は、社会帝国主義であり、ファシズム的な共産主義である。中国は、ナチス・ドイツやソ連の地政学を学び、陸軍強国・核保有国でありながら海軍強国にもなりつつある。「一帯一路」構想は、こうした地政学的な軍拡を土台とする表層をなし、経済的手段を重視する地経学を活用して、広域経済圏を構築するものだろう。そして、中国は、地政学的・帝国主義的な政策を実現する手段として、超限戦を展開している。超限戦は、軍事的と非軍事的を含む総合的な戦法であり、土台の軍事と表層の経済の両方にまたがる。このように見るならば、「一帯一路」構想は、中国の超限戦の経済的な戦略構想ととらえることができる。
 共産中国は2017年(平成29年)の共産党大会で、中華民族の偉大な復興の下に「人類運命共同体」を構築するとして、2035年までに西太平洋の軍事的覇権を握り、2049年の中華人民共和国創設100周年までに世界覇権を握るという方針を決めた。そのために世界最強の軍隊を保有する計画を進めている。「一帯一路」構想は、世界的な覇権の奪取を目指す計画の経済的な側面である。これを単なる広域経済圏の構想と考えるならば、日本と世界は中国共産党の支配を許すことになるだろう。それは即ち、自由、民主、人権、法の支配が否定され、宗教は弾圧される「生き地獄」のような地球帝国の実現である。それは人類の文明の最悪の帰結であり、人間性の劣化の極致である。決して「一帯一路」構想に騙されてはならない。暗黒の未来を避けるために、我々は、日本のため、人類のために、日本の再建を急ぎ、国際的な連携を強化しなければならない。

 次回に続く。

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 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
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 『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
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仏教158~現代アメリカの仏教(日本とベトナムの禅)

2021-05-26 08:35:46 | 心と宗教
●現代アメリカの仏教

◆第2次大戦後の若者文化
 
 第2次世界大戦後、米国では、1950年代にビートニク(Beatnik、ビート族)と呼ばれる若者たちが現れた。彼らは、物質文明の進歩の追及に疑問を抱き、資本主義的な経済中心の価値観に反逆し、人間性の解放のために原始的な共同生活をする運動を行なった。これをビート運動という。
 ビートニクの代表的存在が、作家ジャック・ケルディック、詩人ゲイリー・スナイダー、詩人アレン・ギンズバーグである。彼らは、鈴木大拙の著作に大きな影響を受けて、禅に傾倒した。彼らの仏教をビート仏教(Beat Buddhism)という。ビート運動は、仏教の実践と結びつくことで、単なる社会批判ではなく、新しい意識を目指すスピリチュアル・ムーヴメント(霊性開発運動)となった。ビートニクによるスピリチュアル・ムーヴメントは、1960年代以降、アメリカで仏教が若者を中心に受け入れられていく兆しとなった。
 1960年代のアメリカでは、アメリカ社会の支配的な文化や既成の権威を否定し、それに対抗するカウンター・カルチャー(対抗文化)が興った。既存の制度・慣習・価値観を拒否し、脱社会的な生き方をするヒッピーと呼ばれる若者たちが、長髪で奇抜な服装をし、ロック・フォーク等の音楽で感情や思想を表現した。マリファナ・LSD等の薬物を用いて非日常的な体験を求める者たちもいた。背景には、ベトナム戦争の反戦運動、黒人や女性の解放運動の高揚があった。彼らは、近代西洋文明を根本的に反省し、テクノロジーを批判して自然に帰ることを求めた。そこには、日本・インド等の東洋思想やアメリカ・インディアンの文化への共感が現れていた。
 60年代のカウンター・カルチャーを生み出した若者たちに、とりわけ大きな影響を与えたのが、禅をはじめとする仏教だった。その影響力の大きな源となったのが、禅の鈴木俊隆(しゅんりゅう)である。

◆禅

#鈴木俊隆
 鈴木俊隆は、鈴木大拙と並んで「二人のスズキ」と呼び慣らされる禅の指導者である。
 俊隆は、曹洞宗の僧侶として、1959年(昭和34年)に55歳で渡米した。1934年(昭和9年)に創立されたサンフランシスコの桑港寺の住職となった時、寺の会員のほとんどは日系人だった。そこにビートニクやヒッピー等の白人の若者が訪れ始めた。彼らと日系人の間で軋轢が生じるようになったので、俊隆は彼らのために1962年(昭和37年)にサンフランシスコ禅センターを創設した。アメリカで初めての禅の実践道場だった。
 俊隆は、アメリカの若者に対して、教義ではなく行(プラクティス)を重んじる指導をした。「悟り」を強調する大拙と異なり、「只座る」ことを強調した。只管打坐は、道元の教えである。俊隆は、アメリカの若者に対して、誰もが実践できるように座禅を教え、「初心(ビギナーズ・マインド)」という姿勢を大切にした。ビートニクやヒッピーは、規制や束縛を嫌う。だが、俊隆は、彼らに対して、決まりごとに従うよう厳しく教えた。座禅では、椅子に座ることを許さず、日本人と同じく結跏趺坐をさせた。社会的な規範や交通ルールも守らせた。
 1967年(昭和42年)には、サンフランシスコから数百キロ南の山中にあるタサハラ温泉に、長期間修行に専念できる場所として、タサハラ禅マウンテンセンター(禅心寺)を設立した。アジア以外では、最初の禅院だった。
 ビートニクのゲイリー・スナイダーは、俊隆の下で参禅を繰り返した。スナイダーの紹介で、俊隆はアレン・ギンズバーグとも交流を結んだ。彼らと英語で会話と指導をした。アップル社の創業者スティーブ・ジョブズは、俊隆の著書『禅マインド ビギナーズ・マインド』の熱心な読者で、タサハラ禅マウンテンセンターで修行した。俊隆がアメリカに呼んだ禅僧・乙川弘文を師として禅に励んだ。現在のシリコンバレーの精神文化は、カウンター・カルチャーの流れを汲む。俊隆の禅はその核心にあるものと評価されている。
 俊隆は渡米後、12年の間にアメリカにおける禅の基礎を築いた。彼が伝えた禅はアメリカの社会に浸透し、多くの人々がメディテーションを行うようになっていった。
 禅の普及に献身した鈴木俊隆だったが、最後は1971年(昭和46年)にガンで亡くなった。68歳だった。長年、修行に打ち込み、多くの人々に指導した高名な禅師であっても、健康で天寿を全うし、大安楽往生を達成することは、できなかったのである。

#他の日本人禅僧
 1960年代以降、曹洞宗の鈴木俊隆等とは別に、臨済宗の佐々木承周(じょうしゅう)、嶋野榮道等が渡米して、禅を広めた。また、曹洞宗から独立し、曹洞宗と臨済宗の双方の修行法を採り入れた三宝教団の安谷白雲は、70歳を超えてからアメリカをしばしば訪れ、アメリカ人のニーズに合った禅を指導して、禅を広めた。その弟子の前角博雄は、ロサンゼルス禅センター等を設立し、多くの弟子や僧侶を育てた。だが、アルコール中毒で入院治療を受けるほどになり、浴槽で眠って溺死した。また、禅センターに参禅する数人の女性と性的関係を持っていた。宗教指導者のスキャンダルだった。
 禅を一つの瞑想法として実践することは、基本的な指導を受ければ、できる。またある程度、訓練と経験を積めば、人に指導することもできる。言葉として「悟り」や「目覚め」を説くことは、誰でもできる。しかし、一生を禅の修行と指導に費やした高名な禅師であっても、前野のような事例がある。禅に限らない。チベット仏教でも、ヒンドゥー教でも、ローマ・カトリック教会でも類似例がある。それほど自己実現と自己超越への道は、容易な道ではない。そのことを多くの人々は知るべきである。

#ベトナムの禅
 日本の禅の他に、ベトナム人僧侶ティク・ナット・ハンが、1960年代のベトナム戦争の時代からアメリカに禅を伝えた。ナット・ハンについてはヨーロッパのベトナム仏教の項目に書いたが、フランス亡命後、そこに拠点を置き、アメリカをしばしば訪れ、コミュニティ・オブ・マインドフルリヴィングを設立して、仏教及び後に触れるマインドフルネスの普及活動を行なっている。これも後に触れるテーラワーダ仏教的な簡略化されたヴィパッサナー瞑想を指導し、大乗仏教の慈悲の心と禅の現世肯定の思想を教えている。アメリカには、彼の禅センターが約200あるという。また、ナット・ハンは社会参加こそ仏教そのものであると説き、アメリカでも行動する仏教を広めている。

 次回に続く。

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「一帯一路」の地政学7~中国は陸軍強国で核保有し、海軍強国をも目指す

2021-05-25 10:04:53 | 国際関係
●中国は陸軍強国で核保有し、海軍強国をも目指す

 中国が「一帯一路」構想を立案・実行するうえで、ナチス・ドイツの地政学に多くを学んでいると見ていると書いたが、次に摂取しているのは、ソ連の地政学だろう。ソ連はもともと陸軍強国だったが、アメリカに対抗するために核兵器を多数保有し、さらに海軍強国にもなろうとした。そのソ連の軍備拡張に中国は学んでいると思われる。
 核兵器を開発した中国は、1990年代に経済成長の軌道に乗るとほぼ同時に海洋進出を目指し出した。人民解放軍は、1991年の時点では近代的潜水艦も近代的駆逐艦・フリーゲイトも持っていなかった。ところが、1990年代前半からこれらの兵器を保有し始め、以後凄まじい速度で保有数を増加させてきた。
 『防衛白書』令和2年版によると、中国の近代的潜水艦は、1991年には0隻だったが、1995年は1~2隻、2020年は52隻に増えた(ジン・シャン・ソン・ユアン・キロの各級潜水艦の総隻数)。近代的駆逐艦・フリーゲイトは、1991年には0隻だったが、1995年は5~6隻、2020年は67隻に増えた(ルフ・ルーヤン・ルージョウ等の各級駆逐艦及びジャンカイ等のフリ ゲートの総隻数)。また、中国は、国産空母として遼寧、山東の2隻を保有し、3隻目を建造中である。
 2020年9月1日、米国防総省は中国の軍事力についての報告書を発表した。注目すべき要点を箇条書きで示す。

・中国海軍は、130隻以上の水上戦闘艦を含む約350隻の艦艇を保有しており、米海軍の約293隻を上回っている。
・現在200個程度の核弾頭保有数は、10年後には倍以上に増える。
・2030年までに、核弾頭ミサイルを搭載する原子力潜水艦は、094型と現在開発中の096型で計8隻になる可能性がある。
・射程500~5500キロの地上発射弾道ミサイル(GLBM)と地上発射巡航ミサイル(GLCM)を1250発以上保有している。
・造船、地上配備式の通常型弾道ミサイルや巡行ミサイル、世界最大規模の先端的な長射程の統合防空システムといった複数の分野で、中国は既に米国と同等か、米国を凌駕している。

 今日、中国は経済成長の結果、世界第2位の石油の輸入国となっている。中国が輸入する原油の8割は、シーレーンの最重要なチョーク・ポイント、マラッカ海峡を通って運ばれている。有事の際、アメリカにマラッカ海峡を封鎖されたら、中国は存立の危機に陥る。そこで、シーレーンの海域から米国を締め出し、中国の海軍がシーレーンを支配することを目指している。そのため、中国は中東からインド洋、南シナ海の各地に軍港を確保しており、その海路の形状は「真珠の首飾り」と呼ばれている。そのうえ、マラッカ海峡を通らずに原油を運ぶことができるよう、ミャンマーのチャウピューから中国本土へパイプラインを建設した。また、パキスタンからのパイプラインも建設中である。
 かつて米ソ冷戦期の前線にあったヨーロッパには、北太平洋条約機構(NATO)があって、ある加盟国にソ連が侵攻した場合、これを全加盟国が自国への攻撃と同じとみなして戦うという軍事同盟が結ばれていた。それゆえ、さすがの超大国ソ連も手出しができなかった。今もNATOは、ロシアに対して機能している。
 これに比べ、インド太平洋地域には、共産中国に対し、NATOに当たる集団安全保障体制が存在しない。ヨーロッパでは、2度の世界大戦で独仏英等が激しく争った後、ソ連・ロシアに対しては団結する体制が出来た。だが、インド太平洋地域はそうではない。インドとパキスタンは、元は同じ国だったが、それぞれ核兵器を持って対立している。朝鮮半島は南北に分かれたままで、北朝鮮は中国との結びつきが深い。近年は、韓国も中国への経済的な依存を強めている。東南アジアのASEAN10カ国には、親米的な国(ベトナム、シンガポール、ブルネイ)、親中的な国(カンボジア、ラオス、ミャンマー)、米中と等距離を図る国(インドネシア、タイ、フィリピン)、米中ともに一定の距離を置く国(マレーシア)がある。親米・親中の間で分かれたり、各国が揺れ動いたりして、まとまりがない。その上、ミャンマーでは2021年2月に国軍がクーデターを起こし、民衆が反発して、不安定な状態になっている。それゆえ、中国はインド太平洋地域に影響力を強めつつある。
 地政学では、マハン以来、ランドパワー(大陸国家・陸軍強国)であることと、シーパワー(海洋国家・海軍強国)であることは両立し得ないという見方がある。陸海両面の軍事費の増大で財政が破綻するというのが理由である。だが、米国はシーパワーにしてランドパワーでもある超大国となった。ソ連は、米国に対抗して、ランドパワーにしてシーパワーでもあるもう一つの超大国となった。米ソは軍拡競争の結果、ソ連は経済的に行き詰まり、国家そのものが崩壊した。中国は、そのソ連の失敗から学習したうえで、ランドパワーにしてシーパワーでもある第3の超大国にのし上がった。
 中国は、おそらくソ連の地政学の成果と失敗に学び、陸軍強国で核兵器を保有しながら、海軍強国をも目指している。「一帯一路」構想は、こうした地政学的な軍拡を土台する表層をなすもので、経済的手段を重視する地経学を活用して、広域経済圏を構築するものと見ることができる。
 米国は世界の軍事費の4割を支出しており、軍事費は財政の相当部分を占めている。だが、米国は局地的・限定的な戦争を繰り返すことで軍事需要を常に生み出して、経済活動を行っている。また、軍需によって開発された先端技術を民生利用することで、イノベーションによる経済成長を実現してきた。例えば、コンピューター、インターネット、携帯電話などがその例である。宇宙進出も軍需に直結しており、アポロ計画等で開発された新技術は、衣食住の生活全般にわたる新商品を生み出し、生産と消費を拡大してきた。それゆえ、軍事費の増大は必ずしも財政の破綻に結果するとは限らない。財政を圧迫しながらも、それ以上の経済成長を生み出す効果を発揮する実例がある。ただし、米国は長期的に衰退の道を進んでおり、これまでのようなシーパワーにしてランドパワーでもある超大国であり続けられる可能性は段々減少しつつある。
 中国は、公表されている軍事費は米国の3分の1以下だが、実態はそれより遥かに多いと見られる。長年、経済成長を続けて来た中国は、経済的な危機にあり、国家の負債は1京円をこえて制御不能状態に陥ったと見られる。統計に入れない農民工を含めると、実際の失業率は20%を超え、失業者は1億4000万人に上ると推計される。格差の拡大もすさまじく、資産のジニ係数は、2015年時点で0・73%となり、上位1%の層が社会全体の3分の1の富を保有する一方で、下位25%の層は社会全体の1%の富しか保有していないと見られる。(朝香豊著『それでも習近平が中国経済を崩壊させる』[ワック]による)
 中国は、こうした危機を突破するために、軍事行動を起こす可能性が高まっている。米ソは、結局、軍事的に直接、対決しなかった。ゴルバチョフ書記長が、人類滅亡に至りかねない対決から降りた。だが、中国はその豊富な人口力と人権無視の徹底的な全体主義によって、米国と一戦交える可能性がある。
 もし中国が米国との決戦を制したら、人類史上初めて、ランドパワーとシーパワーが両立した強国として長期間、君臨する可能性が出てくるかも知れない。過去の歴史に例がないということをもって、両立不可能を歴史的な法則と断定することは出来ない。今後、前例のない地球帝国が出現しないとは限らない。その帝国は、凄まじいハイテクによって人民を管理し、中国共産党を批判する者は容赦なく弾圧する恐怖の社会になる。我々は、そのような最悪の地球帝国の実現を防がねばならない。そのためには、国際的な連携の強化が必要である。

 次回に続く。

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仏教157~アメリカへの仏教の伝道(世界宗教会議、禅と精神分析)

2021-05-24 10:07:49 | 心と宗教
●アメリカへの仏教の伝道

◆世界宗教会議

 アメリカに仏教が伝わったのは、19世紀半ばだった。1844年にボストンで行われたアメリカ東洋学会年次例会で、エドワード・サリスバリーが仏教について発表したのが、学者によって取り上げられた最初とされる。
 19世紀後半に、超絶主義(トランセンゼンタリズム)の思想運動が起こった。ラルフ・エマーソン、ウォルト・ホイットマン、ヘンリー・ソローらの文学者たちが、超経験的な直観による世界把握、自然と精神の調和、小共同体による社会改革等を目指した。彼らは、ドイツ・ロマン主義の影響を受けていた。その影響で東洋宗教に関心を向け、仏教に共感し、しばしば仏教に言及した。彼らを通じて、仏教を含む東洋宗教がアメリカの知識人にも知られるようになった。
 そうしたアメリカで1893年(明治26年)に世界初の世界宗教会議が開催された。このシカゴで行われた会議は、各国から10の宗教の代表者二百数十名が参加し、5700~5800名もの聴衆が集まった。18日間の会期中、西洋と東洋の宗教が対等の立場で語り合うという、人類史上前例のない画期的な交流の機会となった。
 この会議は、キリスト教のユニテリアンが中心となって企画したものだった。インドからの神智学協会、ブラーフマ協会、グジャラート州のジャイナ教に加えて、スリランカや日本の仏教等が参加した。神智学協会のオルコットは、この会議で仏教が発表できるように財政的に支援した。この会議に仏教徒が参加できたことは、仏教を欧米に広めること、また仏教の近代化を進めることになった。
 日本からは、臨済宗、真言宗、天台宗、浄土真宗本願寺派、日蓮宗の代表者が参加した。臨済宗は、円覚寺派管長の釈宗演が参加した。彼は福沢諭吉の慶応義塾で西洋哲学を専攻し、僧侶としてスリランカや東南アジアに留学した経験を持ち、当時の日本仏教の近代化運動の中心的人物だった。世界宗教会議では、禅について講演した。この講演は、弟子の鈴木大拙が英訳し、禅が欧米に紹介される嚆矢となった。
 聴衆の中に、ニューヨークで雑誌の編集者をしていたポール・ケーラスがいた。ケーラスは「宗教と科学の統一」を標榜していた。釈宗演の講演を聴いて、仏教は科学に矛盾しない宗教だと感銘を受けた。そして、仏教の基本的文献を英訳して出版したいと考え、釈宗演に弟子の派遣を依頼した。この時、米国に派遣されたのが、23歳の鈴木大拙だった。鈴木は、11年間の在米中、ケーラスのもとで東洋学関係の出版に従事しつつ、仏教の聖典を英訳したり、仏教の概説書を英文で書くなどし、欧米における仏教の理解・普及に尽力した。とりわけ米国で禅が高く評価されるようになったのは、鈴木の活躍によるところが大きい。

◆禅と精神分析

 鈴木大拙については日本仏教の項目に書いたが、大東亜戦争の敗戦後、大拙は再び米国に渡り、コロンビア大学、ハーバード大学等で仏教思想を講義した。この時の在米は約10年間に及び、アメリカに禅のブームをもたらすとともに、東西の思想・文化の交流に大きく貢献した。なかでも1957年(昭和32年)、メキシコのゲルナヴァカで禅仏教と精神分析学の研究集会(workshop)で講演したことは、特筆に値する。
 この研究集会は、メキシコ自治国立大学医学部精神分析学教室が主催し、メキシコと米国の両国からそれぞれ約50名の精神科医と心理学者が参加した。主催者の中心となったのは、エーリッヒ・フロムだった。フロムは、フロイトの弟子の精神分析医で、マルクスとフロイトの双方を批判することによって、人道主義的精神分析を打ち立てた。人間が社会生活において、相互の人格を尊重しつつ、生命と幸福と愛を追求する生き方を提示した思想家でもある。
 フロムは、宗教には権威主義的な宗教と人道主義的な宗教があるという。権威主義的な宗教は人間を超えた権威への服従を説くのに対し、人道主義的な宗教は人間の持っている力を最高度に発揮させるとし、初期仏教を後者の代表として評価した。フロムは、釈迦の教えを人間の理性と愛の力を発揮させるものととらえたからである。
 戦前、ナチスの支配を逃れてドイツからアメリカに渡ったフロムは、1949年(昭和24年)にメキシコに移住した。禅を人道主義的宗教と見て共感を抱いていたフロムは、鈴木大拙を招いてメキシコでの研究集会を開催したのである。
 研修集会の参加者たちは、鈴木の思想と人格に触れながら、1週間にわたってディスカッションや会話を行った。参加者の多くが、極めて刺激的な、新しい息吹を与えられるような影響を受けたという。この研究集会の記録は、『禅と精神分析』と題して出版された。鈴木大拙が「禅仏教」、フロムが「精神分析と禅仏教」、宗教哲学者のリチャード・デマルティーノが「人間の状況と禅仏教」について講演したものが収められている。
 鈴木は、集会における数度にわたる講演で、欧米人の精神科医や心理学者が理解しやすいように禅仏教の概要を語った。また、鈴木は、禅仏教における無意識は、精神分析学が考える無意識とは異なり、「宇宙的無意識(cosmic unconsciousness)」であると述べた。意識は進化の過程で「無意識の中から目覚めたもの」であり、意識と無意識は「意識が常に無意識と連絡を絶え間なく連絡を保っている」、「無意識なくして意識の活動はあり得ない」と述べ、「平常心是道」とはそのことをいうと説明した。道とは、この場合、無意識を意味する。次に、鈴木は、禅仏教における自己(self)について語った。「真の自己」を知ることは、「主観と客観とが一体になって初めて可能」である。自己は「ある時は零から無限に転じ、ある時は無限から零に転じる」もので、「科学的追及の方途を絶したもの」であり、鈴木は「絶対的主体性」だと説明した。
 フロムは、この集会の講演に基づく論文で、西洋人は今日、「不安、憂鬱、世紀の病、気の喪失、人間の自動機械化、人間の自己からの、仲間からの、自然からの疎外等と呼ばれる危機」にあると指摘している。そして、「精神分析は西洋人の精神的危機の特徴的な表現であり、解決を見出さんとする一つの試みである」という。
 フロムは、「禅仏教は人間にその存在の問題に対し、解答を見出すことを助ける」という。「その答えは、ユダヤ=キリスト教の伝統においても与えられたものと本質的に同一であるが、しかも現代人の努力の貴重な成果である合理性、現実主義、並びに自主性に矛盾しないところのものである。皮肉にも東洋の宗教は西洋の宗教思想以上に西洋の合理的思想に一致するものであることがわかってきたのである」と書いている。
 禅について、「禅の目標は、悟りである。すなわち何らかの感情的汚染も知性化もない、直接的な反省を加えない実在の把握であり、自分自身と宇宙との関係の自覚である」と、フロムは理解する。そして、「禅の知識や禅への関心は精神分析の理論や技術の上に最も豊かな解明に役立つ影響を与えるものだ」とし、「知性化、権威、自我(ego)の迷妄に関する徹底した態度において、また最良の状態(well-being)の目標を強調する点において、禅の思想は精神分析家の水平線をより深くより広くするであろう。そして、全幅的意識的覚醒(awareness)を究極の目標として、現実を把握するという、より徹底的な考えに至らしめるであろう」と書いている。
 三人目の講演者であるデマルティーノは、後年、日本に来て、宗教哲学者の久松真一のもとで坐禅の修行をし、宗教哲学者の西谷啓治の授業に参加し、鈴木大拙による『教行信証』の英訳に助力するなどした。久松は西田幾多郎に師事し、鈴木大拙の影響を受けて、禅を哲学的に考察した。デマルティーノは、彼の著作を多数英訳し、欧米での禅仏教の理解の深化に貢献した。
 1957年にメキシコで行われた禅と精神分析の研究集会は、欧米における仏教の理解と受容の一つの画期となった。以後、禅仏教は欧米で高く評価されることになった。単に東洋の宗教として興味・関心の対象としていうことではなく、西洋人の精神的な危機の解決に役立つものとして注目された。また、西洋文明やキリスト教に疑問を持つ若者や知識人を中心に、禅を実践したり、広く仏教やインド思想を学ぶ者が増加していったのである。

 次回に続く。

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「一帯一路」の地政学6~今の中国はファシズム的共産主義

2021-05-23 10:08:17 | 国際関係
●今の中国はファシズム的共産主義

 中国は共産主義の国であり、ナチス・ドイツはファシズムの国である。共産主義の国がどうしてファシズムの国に学ぶのか。
 ファシズムは資本主義の一形態であり、共産主義は社会主義である。だが、これらには全体主義という共通点がある。社会主義的全体主義が、私有財産制を認め、資本主義的要素を多く取り入れれば、資本主義的全体主義に近づく。資本主義的全体主義をファシズムと言うならば、現在の中国は、共産主義がファシズムに変質したものと言い得る。とりわけ対外戦略は、ナチス・ドイツに似た思想と行動を表している。
 「社会主義市場経済」という原理的に矛盾した言い方にならえば、このファシズム化しつつある共産主義を、「ファシズム的共産主義」と呼ぶことが出来る。ファシズムそのものではない。マルクス=レーニン主義を掲げている以上、いかに変質してもなお共産主義である。それゆえ、共産主義がファシズム化したものである。このような意味で、私は、今日の中国の共産主義は、ファシズム的な共産主義と見ている。
 中国とナチス・ドイツの類似点を以下に挙げる。基本的には、私が2006年に書いた「現代中国をどう見るか~ファシズム的共産主義の脅威」と同じ内容である。それを15年後の現状を踏まえて、若干更新してある。

①武力による政権奪取
 ナチスはテロと議会制圧によって、権力を奪取した。中国共産党は国共内戦を通じて、権力を奪取した。過程は違うが、ともに武力によって政権に就いている。

②一党独裁
 政権奪取後、ナチスは一党独裁、中国共産党は事実上の一党独裁を維持している。ともに個人の自由は極度に制限され、思想統制が行なわれている。政権または党への批判は、徹底的に弾圧される。

③国家資本主義
 経済政策では、ナチスは、自由主義的な資本主義に対して統制をかけ、一部事業の国有化を行ない、政府主導型の国家資本主義体制を取った。中国は「社会主義市場経済」の導入により、政権は共産党だが、経済は政府主導型の国家資本主義となっている。

④弱者の復讐
 ドイツは、第1次世界大戦の敗戦国であり、ベルサイユ条約で過酷な制裁を受けた。これに対するドイツ国民の反発が、ナチスの台頭を生んだ。ナチス・ドイツは、フランス・イギリス等への復讐心に燃えていた。
 中国は、第2次大戦の戦勝国ではあるが、アヘン戦争以後、西洋列強の侵略を受けていた。またシナ事変以後、日本との戦いでは、連戦連敗だった。戦後はアメリカの核で何度も脅された。こうした屈辱が、日本への復讐心、アメリカへの対抗心となっている。

⑤極度の民族主義(アルトラ・ナショナリズム)
 ナチズムは、ユダヤ民族の選民思想を、ゲルマン民族に置き換えた性格を持つ。中国は、古来、中華思想を持ち、周辺諸民族を蛮族と見て、朝貢体制を築く。この中華思想と共産主義が結合した。さらに江沢民以後の反日愛国主義教育が、中華思想と結びついた民族主義を高揚させている。

⑥民族浄化
 ナチスは、ユダヤ人の虐殺を行い、ユダヤ民族の絶滅をめざした。中国共産党は、チベットに侵攻し、チベットの人口の4分の1に当たる120万人のチベット人が殺害された。チベットの女性はみな断種手術を強制されたため、民族の絶滅を迎えようとしているという。さらに中国は、新彊ウイグル地区でウイグル人の絶滅を図るジェノサイドを行っている。これは共産主義の思想ではなく、ナチズムの思想に近く、しかもナチス以上の民族迫害・宗教弾圧を行っている。

⑦猛烈な軍拡
 大戦間期のドイツは、猛烈な軍拡をした。優秀な科学者を結集し、当時、世界最高水準の科学兵器を開発・製造した。中国は急速に成長する経済力をもって、核ミサイル、原子力潜水艦、空母、宇宙兵器等の科学兵器を開発・製造し、米国の軍事的優位を脅かしつつある。
 軍拡の目的は、中独とも、生存圏の確保、地域覇権の確立、世界支配である。

⑧生存圏の思想
 ナチス・ドイツは、「生存圏」の拡大、すなわち、増大する人口を完全に許容し、民族を自給自足体制に移行させ、世界強国との闘争を可能とする資源をも産出する広大な領土の獲得を目指した。中国共産党は、江沢民時代以来、「民族の生存空間の確保」を打ち出している。「13億の中国人にとって海洋は絶対に欠かすことのできない民族的生存空間だ」と公言し、海洋への進出を強化している。
 これは共産主義の思想ではなく、ナチズムの思想である。

⑨地域覇権主義
 ナチス・ドイツは欧州における覇権をめざし、一時的にそれを実現した。中国共産党は現在、アジアにおける覇権の確立をめざしている。ナチス・ドイツは、オーストリア・チェコ・ポーランド等に触手を伸ばしたが、中国は既にチベット、モンゴル、新疆等を支配し、さらに台湾、尖閣諸島、東シナ海等に版図を広げようとしている。
 この行動は、共産主義による民族解放・共産党政権の樹立とは関係ない。ファシズムの行動である。

⑩世界支配の野望
 ナチズムは、ナチスという党が世界を支配することをめざした。大陸に拡散した古代ゲルマン民族の膨張願望に通じるものがある。中華思想は、世界統治の思想である。共産主義は、世界の共産化を目指している。中国共産党は、中華思想的共産主義によって、世界を支配しようとしている。

 以上、中国とナチス・ドイツとの類似点を10点上げた。2000年代以降の中国を「ファシズム的共産主義」と呼ぶ論拠である。違いも、もちろん多くある。特に、中国は核兵器を持っていること。また、膨大な人口を持っていること。この二つは、重要である。ナチス・ドイツは核兵器の開発を成し遂げる前に敗北し、消滅した。また、膨大な人口を周辺諸国に流出・移住させて影響下に置くことや、世界核戦争になっても人口力によって生存・支配を図るという戦略は、ナチス・ドイツにはできなかったものである。そしてこれらの相違点は、中国のファシズム的共産主義をナチス・ドイツより遥かに強力な国家思想及び国家体制としている。
 私は、こうしたファシズム的共産主義の中国が「一帯一路」構想を立案・実行するうえで、ナチス・ドイツの地政学に多くを学んでいると見ているのである。

 次回に続く。

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仏教156~ヨーロッパでの仏教の広がり(日本仏教等)

2021-05-22 07:57:38 | 心と宗教
●ヨーロッパでの仏教の広がり(続き)

#日本仏教
 ドイツのデュッセルドルフとその周辺部には、ロンドン・パリに次いで3番目で、ドイツでは最大の日本人コミュニティがある。日本企業の進出が盛んで、約8,000人の日本人が同市地域で暮らしているという。
 デュッセルドルフには、惠光寺という浄土真宗本願寺派の寺院がある。1988年(昭和63年)に設立されたヨーロッパで唯一、日本式の伽藍を持った寺院である。惠光寺を含むドイツ惠光日本文化センターは、すべての仏教に開かれ、宗派に関わらず参拝できる施設となっている。日本人僧侶が2名常駐している。また、仏教の他宗派やキリスト教の教会とのシンポジウムを行うなど、宗教・宗派を超えた交流を行なっているという。
 日本の仏教系新宗教の中では、創価学会インターナショナル(SGI)が世界的に最も活発である。SGIは、同会のサイトにて、メンバーの居住国・地域数が192カ国・地域(日本を含む)、海外メンバー数が220万人としている。うち北米35万2千人、欧州13万人、中米2万人、南米23万人、アジア・オセアニア142万人、中近東・アフリカ4万人としている。海外の支部は、北米にカナダ、アメリカの2支部、ヨーロッパにフランス、ドイツ、イギリス、イタリア等の19支部があるとしている。
 創価学会は、フランスで1983年(昭和58年)に国会に提出された「アラン・ヴィヴィアン報告書」で「セクト」に指定すべき宗教団体の一つとして、統一教会、エホバの証人等とともに記載された。セクト(sect)は本来、キリスト教の正統的な教会(church)に対する分派を意味するが、フランスでは異端的または異教的な小集団を意味するカルト(cult)と同義語として使われる傾向がある。フランスでは海外から入って来る宗教が強く警戒される。わが国のマスメディアは、カルトを「犯罪行為を犯すような反社会的な宗教集団」の意味で使うことが多い。そこから、わが国では、創価学会はフランスでカルトに指定されているという見方が広がった。だが、創価学会は2005年(平成17年)にセクト指定から外れたという。また、フランスの代表的な高級紙『ル・モンド』の月刊誌が2011年の宗教特集号(9月・10月合併号)で、創価学会について客観性のあるルポルタージュを掲載したことにより、読者の創価学会への見方が変化したと伝えられる。
 イタリアでは、国民の約8割がローマ・カトリック教会の信者だが、創価学会はイスラーム教、プロテスタントに次ぐ規模となり、2016年(平成28年)にイタリア共和国との間で宗教協約(インテーサ)が発効されたという。
 こうした点から見て、創価学会は、禅、スリランカの大菩提会、チベット仏教等とともに欧米を含む世界各地で布教活動を行う仏教団体の一つに数えられる。

#ロシア連邦の仏教国
 ロシアは、1993年(平成5年)施行のロシア連邦憲法において、ロシア正教会、イスラーム教、ユダヤ教とともに仏教を認可している。認可を受けていない宗教は、政府が宗教活動を規制する対象とされ得る。2016年(平成28年)の調査で、連邦内に人口の0.5%、約70万人の仏教徒がいるとされる。
 ロシア連邦には、仏教徒が多い共和国が三つある。カルムイク共和国、ブリヤート共和国、トゥヴァ共和国である。いずれも主に信仰しているのは、チベット仏教のゲルク派である。
 うちカルムイク共和国は、ヨーロッパ随一の仏教国として知られる。人口30万人のうち、56%を占めるカルムイク人は西モンゴル族オイラートの一族で、シナの現・新疆ウイグル自治区からロシアに移住した。彼らはもとの居住地の時代からチベット仏教を信仰している。現在も多くの人々がその信仰を保っている。首都エリスタには、2005年(平成17年)に設立された東ヨーロッパ最大の仏教寺院がある。

 次回に続く。

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