ほそかわ・かずひこの BLOG

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キリスト教134~ティヤール・ド・シャルダン:オメガ点へ向かう宇宙

2018-12-20 12:54:42 | 心と宗教
●ティヤール・ド・シャルダン~オメガ点へ向かう宇宙

 ピエール・テイヤール・ド・シャルダンは、1881年に生まれたフランス人のカトリック司祭であり、古生物学者・地質学者にして哲学者だった。アマチュアの自然学者だった父の影響で、少年時代から地質学や古生物学に強い関心を抱いていた。イエズス会の修練院に入り、司祭となった後も、パリ自然歴史博物館で古生物学の研究を行って博士号を取得した。1929年には、シナ(中華民国)で、カナダ人研究者とともに北京原人の発見をした。周口店で発見された旧石器時代の石器を鑑定して、北京原人がこれらの石器を使用していたと判断した。その後、ゴビ砂漠、中央アジア、インド、ビルマ、ジャワへの研究旅行を行った。
 1939年、シナに進出した日本軍によって、北京在住の外国人は軟禁状態に置かれた。その状態は、第2次世界大戦の終結まで続いた。テイヤール・ド・シャルダンは、この数年の間、人間と宇宙の進化についての思索に専念し、『現象としての人間』を執筆した。終戦後、ティヤール・ド・シャルダンの思想はカトリック教会及びイエズス会から危険なものと見なされ、ニューヨークでの生活を余儀なくされ、1955年にその地で死去した。
 ティヤール・ド・シャルダンの著作は、当時、進化論を承認していなかったローマ教皇庁によって禁書とされた。しかし、『現象としての人間』は草稿版の複写が作成・回覧され、多くの人が読んだ。本書は、ティヤール・ド・シャルダンの死後、禁書を解かれ、1955年に刊行された。出版されるや多くの言語に翻訳され、多くのキリスト教徒や司祭、非キリスト教徒らに読まれた。
 ティヤール・ド・シャルダンは、本書で古生物学と生物進化に関する学識と洞察によって、宇宙の始まりから終わりまでに関する壮大な仮説を提示した。
 その仮説において、宇宙の始まりであるアルファ(α)から始まった進化は、「オメガ点(Ω点)」へ向かって進んでいくとされる。ティヤール・ド・シャルダンによると、進化の前進と飛躍は「意識」と「多様性」を特徴とする。無機物から生物が誕生し、無脊椎動物、魚類、両生類、爬虫類、哺乳類が続いた。この間、約40億年の生物進化は自然の多様性を実現した。そして進化の第1段階であるビオスフェア(生命圏、Biosphère)を確立した。ビオスフェアは、より複雑で精緻な高等生物を進化させた。神経系の高度化によって、知性を持つ人間が誕生した。こうしたティヤール・ド・シャルダンの見方は、聖書の創世記が記す神による種の創造と人間の創造を否定するものである。
 さて、人類が成長することによって、地球には進化の第2段階であるヌースフェア (精神圏、noosphere)が形成された。ヌースフェアは、人類の脳が複雑化・高度化したことによって生まれたもので、知識の集積としての思考の圏域を意味する。
 ティヤール・ド・シャルダンによると、精神圏の発展は、生命圏の発展とほぼ同じように枝分れを繰り返しつつ、「内的集中」の密度を増し加えながら進む。「内的集中」とは、生命の本源、精神の中心への集中である。人類における進化は、意識の上昇であり、上昇した意識は統一へと向かう。すなわち、地上に分散し、国家や民族に分かれて対立してきた人類は、統一へ向かう意識の中で人類として結合するようになる。
 ここで、ティヤール・ド・シャルダンは、現代の人類は進化の危機に直面していることを強調する。現在は分岐点にあり、人類は無知と内的葛藤、社会の不調和と戦争によって自らを滅ぼすのか。それとも愛の力で和解を見出し、惑星規模で目覚めることができるのかの分岐点にあるとする。
 ティヤール・ド・シャルダンは、人類は自らの未来を選択できる能力を持っているとし、愛を選ぶことによって人類は輝かしい未来へと歩むことができると考える。宇宙の進化は、究極点としてのオメガ点(Ω点、Point Oméga)へと向かっている。人類は、現在の分岐点を進化の方向に進むならば、遥か先の未来において、オメガ点に到達する。
 オメガ点は、科学的仮説というより、ティヤール・ド・シャルダンが抱いた一個のヴィジョンである。ティヤール・ド・シャルダンによると、オメガは未来に達成され出現する宇宙的なキリストであり、人間とすべての生物を含む宇宙の全体は、オメガの実現において完成され、救済されるという。こうしたティヤール・ド・シャルダンの思想は、生物学的な進化論、人類学的な進化論を超えた宇宙的な進化論であり、また同時にキリスト教的な進化論となっている。そこには、ベルクソンの影響が認められる。ベルクソンが、生物の進化を踏まえた人類の精神的な進化を説き、キリスト教神秘主義が人類を精神的な進化に導くことを期待したのに対し、ティヤール・ド・シャルダンは、宇宙そのものが宇宙的なキリストの誕生に向かって進化しつつあるととらえた。そして、人類が愛の力で現代の危機を乗り越えれば、この宇宙的な進化の過程で、万物とともにオメガ点に向かっていくと考えた。その点で、ティヤール・ド・シャルダンの思想は、まさにヴィジョン(まぼろし、幻視、未来図、理想像)と呼ぶにふさわしい。
 ティヤール・ド・シャルダンは、第1次世界大戦に担架兵として志願し、4年間負傷者の救護に当たった。彼は、夕べの戦場で、不気味な暗雲のたなびく空に、キリストの体を象徴する「白いホスチア(聖体のパン)」が大きい円となって広がり、最後に空間全体を占めるという幻影を見たという。こうした体験が、オメガ点という着想の根底にあると思われる。
 ティヤール・ド・シャルダンには、『神の国』という著書がある。そこで彼は「すべてのもののうちに神を見出す」と書いている。その思想には、汎神論的な傾向がある。その傾向は、自分の周囲のあらゆるもの、あらゆる出来事のうちに神の働きを見出そうとする彼の姿勢の現れであり、また自然と生物の研究に基づくものでもある。
 ティヤール・ド・シャルダンのヌースフェア (精神圏)という概念は、着想された当時は一個のイメージでしかなかっただろうが、世界中のコンピュータを連結するインターネットが人類の知能を発達させている21世紀の今日の社会では、まぎれもない現実となっている。
 カトリック教会は、聖書に基づき進化論を否定してきた。だが、2014年10月29日、教皇フランシスコは、生物は進化を遂げる前にまず、何者かによって作られたと説明し、その後は、進化をしてきたという進化論を肯定する見解を述べた。また、宇宙の創成に関するビックバーン理論も、創造主の存在と矛盾するものではなく、逆に「創造主の存在を必要とするもの」だと語った。この演説は、カトリック教会の教義を改める方向性を示したものとして注目されるものである。こうしたカトリック教会の変化には、ティヤール・ド・シャルダンの思想の影響が指摘されている。

 次回に続く。

■追記
 本項を含む拙稿「キリスト教の運命~終末的完成か発展的解消か」第2部は、下記に掲示しています。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12-5b.htm