経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

経済運営に幻想は無用

2013年09月28日 | 経済(主なもの)
 今年は真水で5兆円の補正予算を打った。だから、今度、5兆円規模の補正を打ったにしても、今のレベルを維持するに過ず、来年の消費増税のデフレインパクト8.1兆円は、そのままかかってくる。経済は素直なもので、需要を抜けば、その分、景気は悪くなる。そこに幻想はない。筆者も残念で仕方がないが、やったとおりの結果が出てくるだろう。

 思い返せば、2010年には、リーマンショック対策を一気に10兆円も切って、景気を後退させ、管政権は評判を下げ、補正予算の編成に追い込まれた。大震災の後は、阪神の際のように、すばやく応急復旧と経済対策の2本立ての補正をすべきところを、復興増税の論議をして遅らせ、景気を沈滞させてしまう。野田政権は、消費税法案を優先し、剥落を補う補正予算を打てぬまま、景気を悪くしたところで自爆解散に至った。

 日本の経済運営は堪え性がない。景気回復に応じて徐々に経済対策を減らすことができず、すぐに需要を切ってしまい、成長の芽を摘んでしまう。また、繰り返されるのだ。放漫財政なのにデフレという不思議が生じるのは、こうしたゴー&ストップの特異な経済運営の結果である。またも救われなかった背景には、当初と補正を連結して前年度と比較する需要管理の基本中の基本が浸透していないことがある。

 いつも、前年の補正はなかったことにされ、つねに、今年の補正はプラスと宣伝される。前年の補正の剥落を埋めるだけで、放っておけばマイナスになるものを、ただゼロにしただけで、景気をテコ入れをした気になってしまう。そして、なぜだか分らないままに、景気後退を迎えて首を捻り、景気対策には効果がないと文句を言い、人口減のせいにするのである。

………
 さて、法人減税で消費増税が補えるようなことも言われるので、こちらの幻想も壊しておこう。そもそも、9000億円規模しかないのに、期待する方もどうかしていると思うが、その規模に見合った需要創出の効果すら望めまい。机上の論として、「収益率が上がるから、投資が増えるはず」と言い募るのは簡単だが、一つずつ現実も見ていくべきであろう。

 2012年度の法人企業統計を見ると、金融保険業を含む全産業の経常利益は59.2兆円であり、法人税はこれに課税される。実は、この2割弱は金融保険業によるものである。法人減税では設備投資の追加が期待されているわけだが、これで金融保険業が設備投資を増やすものでもあるまい。するなら、金融取引の増加に応じてだろう。

 法人企業統計には、設備投資の項目もある。同様の全産業は36.1兆円だが、金融保険業は、その1/24である。仮に、金融保険業が法人減税に応じて設備投資をするにしても、土台は極めて小さいのだ。代わりに、減税メリットを従業員の賃金に回してくれるなら、まだ良い方だろう。各業種で最も賃金の高い人たちへの再配分であるにしても。

 設備投資の促進策として、法人減税はムダの多い政策だ。日経は、一部の業種に「偏る」投資減税や租税特別措置より法人減税を勧めるが、それは金融業に有利な政策である。だから、金融市場の関係者、特に外国人投資家にとって、法人減税を強く期待するのは当然と言って良い。マーケットに耳を傾けるとは、そういう側面もある。果たして、金融立国の英国やシンカポールと同じようなことをせねばならぬのか。

 もう一つの政策上のムダとしては、配当への流出がある。法人企業統計が示す配当比率は5割を超える。減税による追加的利益が同じ比率で分けられるなら、半分は配当へと消える。むろん、配当を受けた個人が所得増によって消費を増やす効果もあるが、高所得者であろうから、消費性向は低く、その分が需要にならない。

 しかも、外国人への流出がある。上場企業の株式の3割近くは外国人保有とされるから、消費増税と法人減税をして配当が増えると、国民の所得は外国人に流出することになる。法人企業統計で、資本金10億円以上の企業と金融保険業を足し合わせると、経常利益の6割を超えるから、大まかだが、9000億円×0.6×0.5×0.3で、9%分の810億円が流出する勘定だ。

………
 法人企業統計からは、まだまだ面白いことが分かる。次は、原価償却だ。これが全産業で35.4兆円(金融保険業を除く)である。他方、設備投資は、それを下回る34.6兆円(同)なのだから、減価償却分の投資もしていない。設備投資は「原価償却+利益の範囲内」というのが企業の投資戦略のセオリーだが、その最低限の部分にすら及ばないわけである。

 このことは、手元にキャッシュフローがあるのだから、現状の設備投資の判断において、個別性はあるにしても、全般的に税や金利がネックになっていないことを示している。これで法人減税が効くとは思われない。ついでに、法人企業統計で企業の保有する現預金を見ると168兆円である。これに0.9兆円が加わることで、行動が変わるものかどうか。

 今回の法人減税にかかる政府の要請に関して、自動車業界は設備投資に消極的とされる。今年の自動車の国内需要は前年を1%超えるかどうかのレベルであり、来年は消費増税で反動減が避けられない。これで国内に設備投資をせよと言う方が無理であろう。政投銀の設備投資計画調査(大企業)では、製造業の海外への投資の比率は7割、非製造業でも4割以上だ。投資するにしても、需要のある海外なのである。

 政投銀の調査では、製造業は8割が国内生産を続ける理由を「国内需要への対応」としている。それなのに、消費増税で一気に8.1兆円もの所得を抜き、たった0.9兆円の法人減税で設備投資や賃金総額の増を求めるのは酷であろう。実は、足元の設備投資を支えているのは、非製造業である。具体的には、コンビニや通販物流の設備投資だ。それは堅調な消費が背景になっている。

 これを、消費増税は召し上げることになる。セブン・イレブンのような最強企業は、逆風を突いて設備投資を続けられるかもしれないが、普通の企業はついてこられるのか。やはり、需要が減る中では、設備投資を抑える守りの経営を取らざるを得まい。そうした中で、敢えてする設備投資は省エネか省力化に限られる。

 つまり、企業は、消費増税で売上げが減るなら、省力化投資によって人を切り、なんとか収益を確保しようとするということだ。そんな時に、政府の法人減税や投資減税は渡りに船だ。皮肉にも、消費増税と企業減税の組み合わせは、痛みを庶民に寄せる。通常なら、省力化は悪いことではない。その利益は別の需要となって雇用を増やすのだが、そのルートが消費増税によって吸い上げられているのである。

………
 法人企業統計は、すべての日本企業の財務諸表を足し合わせたようなものだから、これを見て、経営者の視点に立ち、どのような投資戦略を取るのかを想像したら良い。経済運営を考える者は、「法人減税は設備投資を増やす」という初等教科書に書かれていることだけを根拠に論じてはなるまい。

 今回、筆者は、産業政策の司にある者にとって、手厳しいことを書いたが、彼らがこうしたことに無知だとは思っていない。打ち出された策を日経で眺めるにつけ、産業政策でやれることの限界に突き当たっていると見ている。それほど、一気の消費増税という戦略を、別の戦術でカバーするのは困難だということだ。

 10/1には、予定通りの消費増税が宣告されることになろう。最後に、一つ言っておきたい。もうこれで、増税をカバーできる戦術は尽きた。だから、万一、米国や中国で経済に異変が起こったときは、増税の直前で混乱が生じようとも、撤回を躊躇してはならない。そうせねば、景気後退では済まなくなる。もう他に道はないと知るべきである。

(今日の日経)
 公費投入は改革後も増加、医療250億円、介護300億円。温暖化で極端な希少頻発・国連報告。外食・飽きやすい消費者。消費者物価8月も上昇。実質賃金指数1%低下。消費税で物価は3.3%上がる。補正5兆円、国債発行12月判断、設備投資減税は累積7000億円。東南ア新車販売10%減。バイト時給上昇。

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1 コメント

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Unknown (KitaAlps)
2013-09-28 21:50:12
 (増税決定前の段階での)消費税増税に関する総括ですね。

>「日本の経済運営は堪え性がない。景気回復に応じて徐々 に経済対策を減らすことができず、すぐに需要を切ってしまい、成長の芽を摘んでしまう。
>・・・放漫財政なのにデフレという不思議が生じるのは、こうしたゴー&ストップの特異な経済運営の結果である

 こうした政策が繰り返されてきたのは、結局、財務省の官僚達を縛っている内部の「公式見解」的なもの?が、「景気と財政出動とは無関係だ」からだと思います。
 前にもコメントしましたが、次の頁の中段で紹介しましたように、「大蔵省主計局調査課長(1996年)さんの「財政と景気は全く関係がないのでございます」発言の背景となったパラダイムに係わる信念・信条は今でも財務省の内部で脈々と生き続けていると思います。
http://kitaalps-turedurekeizai.blogspot.jp/2012_09_01_archive.html

 しかし、これは、2010年~2012年に行われたヨーロッパの財政再建・緊縮財政政策が悲惨な結果(それまではリーマンショックから回復を示してきていた景気の再悪化と失業率の再上昇)をもたらしたこと。それが、昨年末から今年にかけての緊縮政策の実質的な転換で、景気が回復の兆しを見せつつあることで、すでに明確に否定されていると思います。

 来年の今頃は、日本でも、ヨーロッパの緊縮政策の轍を踏むこと(再現)になり、彼ら(誰?)に徹底的な打撃を与えられることになると思うのですが、日本経済が再び奈落の底へ落ちるのでは、まったく喜べないです。
 また、そのとおりになっても、彼らが考えを変えることはないかもしれませんし・・・(こうした特定のパラダイムに係わる信念・信条は「死ななきゃ治らない」ものだと思いますので)・・・。
 昔、私が理学部の学生だった頃、既存の体系を置き換えるような、まったく新しい理論体系が出現して、客観的証拠が積み上がっても、それが学界で支配的になるには、旧い体系を支持する学者達が「死に絶える」まで待たないといけないと言われていると聞きました(物理学も含めて)。自然科学ですらそうなのですから、ましてや社会科学ではそうでしょう・・・。「死ななきゃ治らない」と書いたのはその意味です。

>・・・(原因は)当初と補正を連結して前年度と比較する需要管理の基本中の基本が浸透していないこ とがある。
>いつも、前年の補正はなかったことにされ、つねに、今 年の補正はプラスと宣伝される。前年の補正の剥落を埋め るだけで、放っておけばマイナスになるものを、ただゼロ にしただけで、景気をテコ入れをした気になってしまう。

 これは、本当にマスコミ、学者さんの問題だと思います。でも、そうした方々も、上の「財政と景気は全く関係がないのでございます」というパラダイムを信じておられるのでしょうから、その観点を支持する実証結果は強く心に響き、その観点に反する実例はささいな例外として意識から排除されますから、信じておられる観点に矛盾はないように見えているわけです。残念ながら。
 私は、それは誤っているし、そうしたパラダイムに基づく政策が行われてきたことが、ほぼ「日本の長期停滞」の主な原因だとも考えています。・・・ということで、このコラムのささやかな支持者のひとりになっています。
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