経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

法則の異変と神の見えざる手

2013年12月22日 | シリーズ経済思想
 法則はデータから導かれなければならないが、経済学では、そうした傑出したデータに、なかなかお目にかかれない。その貴重な一つに、赤羽隆夫先生が見つけた「家計の消費率は一定」という「法則」がある。具体的には、「家計調査において、非食料消費が実収入に占める割合は、30年の長きにわたり一定だった」という事実によるものだ。このファクツ・ファインディングには、伊東光晴先生も非常に高い評価を与えている。

 このことは、マクロの消費率ないし貯蓄率は、個人レベルでの選択の傾向性、すなわち、ミクロ的基礎では決まらないことを意味する。例えば、多くの人が少子化に備えて、一斉に貯蓄率を高めようとしても、それを引き下げてしまう「神の見えざる手」が働くということなのである。むろん、ミクロの行動に立脚するライフサイクル仮説などの消費理論も土台が揺らぐことになる。

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 まずは、データを見ていただこう。青線で一定を保つ「非食料消費」がそれで、これは消費全体から食料消費を差し引いたものである。図は、積上げグラフであり、その上に「食料消費」が載り、さらに「税・保険料」(非消費支出)が載っている。これらが積み上がった残りの部分の「残差」は「貯蓄」を示すことになる。

 この半世紀、日本経済は、高度成長からデフレ経済まで変貌を遂げ、平均寿命や出生率も大きく動いたことを考えると、「実収入」に占める「非食料消費」の比率が時代を超えて一定だったことには、素直に驚かされる。また、「食料消費」は趨勢的に低下してきたことも見て取れるだろう。

 わずかに、「貯蓄」だけは、大きな景気の波を表していて、高貯蓄・高投資の高度成長期には増大、オイルショックの1974年以降は減少、バブル景気の出発点の1983年からは再び増大という動きをしている。その後、1997年のハシモトデフレを境に再び減少し、2006年以降は、イベントが相次いだせいか、揺らいで見える。

 なぜ、「非食料消費」は一定なのか。筆者の解釈は、所得と消費には相互作用があるからというものだ。所得増は消費増を促すし、消費減は、生産活動と設備投資を鈍らせて、所得減につながる。こうしたメカニズムが消費率なり貯蓄率を一定値へと寄せているのだ。このことは、貯蓄や投資を調整する教科書的な金利の役割が小さいことも意味する。



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 赤羽先生が発見した「法則」は、要約すると、①「非食料消費」はほぼ一定、②「食料消費」は趨勢的に低下、③残る部分を「税・保険料」の負担と「貯蓄」が代替的に分け合うの三つである。②の「食料消費」の趨勢的な低下は、所得が増えても、食べる量を増やすには限界があることを思えば、すぐに納得できるだろう。これは、エンゲル係数と同様、豊かさのバロメーターにもなっている。

 ③の「税・保険料」と「貯蓄」が代替的であるというのは、「負担が増えると、貯蓄が減る」という関係性を示す。ただし、「増税しても、貯蓄が減り、消費の水準は維持される」と早合点してはいけない。実際には、「増税すると、消費の水準が低下し、それが生産活動と設備投資を落として、所得の水準も低下させ、そうした中で、それら以上に貯蓄の水準が低下し、これによって貯蓄の割合が減り、相対的に負担の割合が増す」と考えられるからだ。

 要すれば、増税によって税収は増すかもしれないが、GDPは低下し、国も民も貧しくなるということである。これが極端であると、GDPの大幅な低下が税収までも減らし、何のために増税したか分からなくなる場合もある。財政再建は、財政という自分の「庭」だけを見て、経済全体を考えないようでは、達成できない。

 実は、赤羽先生の三つの「法則」は、『日本経済探偵術』という本で一般向けに発表された1997年までは、見事に妥当していたのだが、その年に断行された、極端な増税と緊縮を内容とするハシモトデフレ以降、異変が生じることになる。「法則」は、不況期には需要を補うという平凡な財政に裏打ちされてもいたのである。これ以降は、財政再建至上主義が「法則」さえも捻じ曲げることになる。

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 今度は、それぞれの割合を積み上げないで表した図を見ていただきたい。まず、異変は、「食料消費」に表れた。比率の趨勢的な低下が止まってしまったのである。「実収入」の額が減るようになって、より豊かに成れなくなったのだから、バロメーターがこうなるのも、ある意味、仕方がないところである。

 加えて、安定しつつも緩やかに低下していた「非食料消費」が逆に上昇へと転じた。代わって低下したのは「貯蓄」である。「実収入」が減る中で、消費水準をできるだけ保つため、「貯蓄」をあきらめたということだろう。そして、2006年以降になると、「税・保険料」の比率が上昇し、家計を圧迫するようにもなる。

 ここで過去に目を転じると、「非食料消費」の比率は安定していても、それ以外の項目は、時代によって移り変わってきたことが分かる。高度成長期は、「食料消費」が減る分だけ、家計は「貯蓄」を増やすというハッピーな時代だった。これが1974年のオイルショック以降になると、「食料消費」と「貯蓄」が減る分を「税・保険料」が奪う形となる。この時代は、緊縮財政と成長停滞が特徴だった。

 これが変わるのは、1983年以降である。転機は、レーガノミックスの輸出急増による成長の高まりだった。この時代が日本経済の最盛期となる。再び、「食料消費」が減り、「貯蓄」が増えるパターンに戻った。「税・保険料」の比率は横ばいだったが、ベースとなる所得が成長していたので、政府部門の黒字が拡大した。実は、GDP統計で明らかなように、中央政府は赤字でも、地方政府と社会保障基金を含めた政府部門全体では黒字だったのである。

 そして、1997年のハシモトデフレを迎える。財政当局は、中央政府の赤字を気に病み、無謀な緊縮と増税によって、成長を破壊してしまう。それは、国民に塗炭の苦しみを与えただけでなく、政府部門全体の収支まで赤字に転落させることになった。「財政再建」こそが、本物の危機的な財政状況をもたらした元凶なのである。



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 この悲惨な社会実験は、「神の見えざる手」がどんなものかを明らかにすることになった。三つ目の図を見ていただきたい。分かりやすいよう、家計調査の「実収入」と「非食料消費」を、1993年を100として、指数化してある。まず、1995、96年と、「実収入」の伸びが先行し、景気回復の過程にあったことが分かる。問題は、次の1997年である。「実収入」が2.7%も伸びたにもかかわらず、「非食料消費」は1.5%に止まった。

 所得は生産活動の成果として支払われるものだから、所得が増えたときに消費が伸び悩むと在庫増となる。1997年には、実際、そうなった。すると、企業は生産調整に乗り出し、当然、残業や雇用が減り、所得も少なくなる。そして、所得が少なくなれば、更に消費が減り、一層の生産調整が必要になる。これも現実に起こったことである。

 図で分かるように、生産活動が反映される「実収入」は急速に下げている。そして、「非食料消費」の指数を追い抜いたところで、ようやく底入れを果たした。この時点で「非食料消費」が高めに推移したことは興味深い。その後、「実収入」と「非食料消費」は、同じ指数に収まる。結局、増税によって、消費の比率は、一旦、下がったものの、需要調整という「神の見えざる手」が働き、所得が減らされることで、比率は元へ戻ったのである。

 1997年の増税によって、「非食料消費」を、わずか1.2ポイント吸い上げた代償は、実に大きかった。「実収入」は、2006年までに12.2ポイントも低下した。しかも、2012年になっても、これを下回っている。ちなみに、1998、99年に、法人税率を7.5%も下げて対抗したが、「実収入」の急降下が止まらなかったことを言い添えておこう。



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 赤羽先生の発見を数式にすると、非食料消費=実収入×k (kは定数) と表せる。これは、価格×生産量=賃金×kを意味していて、価格=賃金÷生産量×kと変形できる。この「賃金÷生産量」は、ユニットレイバーコスト(単位労働費用)であるから、先生も本で指摘するように、「物価はULCに比例する」という、各国でも共通して見られる現象を示しているわけである。これからすれば、デフレ脱出へ向けて、何が必要かは明らかだろう。

 既に、「デフレ脱出にも、3%の消費増税を乗り越えるにも、賃金アップが必要だ」と叫ばれてはいる。しかし、1997年の経験は、今回は望むべくもない2.7%ものアップがあったにもかかわらず、2%の消費増税にも耐えられず挫折したというものだ。増税で家計を圧迫すれば、消費は減るのであり、それを補うだけの外需の急伸や、消費減の下での投資増という異常事態でもないと、救われないのである。

 赤羽先生の「法則」と言えるほどの美しいデータは、1997年以降の財政再建至上主義の下では乱れ気味である。ただし、需要調整という「神の見えざる手」は、いまだに強い力を見せつけている。これに逆らい、緊縮と増税によって執念を果たそうとする者は、ギリシャ神話のイカロスのごとく、翼によって脱するつもりが、結局は、過信のために翼を失い、墜落する憂き目に会うことだろう。

(昨日の日経)
 財政規律の緩み目立つ一般会計95.9兆円。軽自動車増税に業界は沈黙。訪日外国人1000万人突破。日銀総裁・買い入れペース変わらず。中国、地方の借金止まらず、短期金利再び上昇、建設銀行株が下落。

(今日の日経)
 国立大の利益は東大首位。邦銀海外資産100兆円。政府見通し1.4%成長。風見鶏・ライス補佐官の発言2日後に中国は識別圏設定。
コメント (2)
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