熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

スティーブン・ピンカー著「21世紀の啓蒙 下: 理性、科学、ヒューマニズム、進歩 」(3)

2020年05月04日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   ピンカーのこの本は、啓蒙主義の理念である「理性、科学、ヒューマニズム、進歩」によって、人類は、かつてない程の大成功を収め繁栄を謳歌している。と言う、人類の発展の軌跡を追いながら、明るい未来を展望する、いわば、希望の書である。
   しかし、先日来レビューしているマルクス・ガブリエルによると、ピンカーの説く万事順調に行っているように見えるのとは逆で、現実はその反対で、自滅の道を歩いていると言う。
   人口過剰、原子爆弾、気候変動による自然災害など、どれをとっても、人類は実のところ自らを滅ぼすような道を歩んでいる、モダニティが人類を滅ぼす。と言うのである。
   それに、ピンカーは「世界から貧困が減っている」と言うが、これは、相対分布を見ているだけで、絶対的に見ると、下層に居る人の数が、これほど多くなったことは人類史上ない、
   産業化の歴史は、地球上で生きる人間の生命の存続可能性が破壊されて行く歴史である。とまで言うのであるから、ピンカーが最も嫌う啓蒙思想批判の最たる論客であろうか。

   尤も、ピンカーも言っているように、同じ現実・事実でも、良い方の側のデータや資料を集めて見れば良い方の未来展望が開けるし、逆に、悪い方の側から見れば悪くなるのは当然で、見る側の世界観なり哲学・思想の問題であって、平行線を辿っても不思議はない。
   しかし、ここで、考えてみたいのは、現在問題となっているポピュリズムの問題で、トランプを褒めているガブリエルと違って、ピンカーは、徹底的にトランプを糾弾していて、選挙戦の動向を振り返って、トランプの支持層を分析して、ポピュリズムを語っており、従来とは一寸違ったニュアンスの分析が興味深いのである。
   代表的な学術書に、これだけ徹底的な現職大統領批判も珍しいが、
   余談だが、ガブリエルは、トランプは、非常に有能なビジネスマンで、目を見張るほど成功した人だが、ボリス・ジョンソンは、トランプと比べると富みもないし、単なる小者で間抜けであると言っていて、ポピュリストへの対応が違っていて面白いと思った。

   さて、トランプ支持者だが、
   所得階層の下位二つの低所得者層にクリントン支持が多く、上位四つの高所得者層にトランプ支持が多く、経済外の「移民受け入れ」「テロ」を重要課題としていて、経済を最重要課題としていなかったという。
   ポピュリスト政党の支持者は、肉体労働者ではなく、「プチ・ブルジョワジー階級(’自営商人や中小事業者)」や職人の親方や技術者たちで、また、年配で、信心深く、地方に住んでいて、学歴がそれ程高くなく、白人の男性が多く、それに、権威主義的価値観を尊重し、政治的には右派を自任し、移民を嫌い、グローバル・ガバナンスや国家による統治を嫌う。
   権威主義的なポピュリズムの支持者は、経済競争の敗者ではなく、むしろ、文化的な敗者だ。と言うのである。

   もう少し具体的に言うと、現今、世界を飲み込んでいる現代化の波、グローバル化や民族多様性、女性の社会的進出、非宗教主義、都市化や教育など、文化的な進歩の潮流から取り残され、その文化的な変化を共有できずに居る、現代的な価値観に疎外感を感じた怒りに満ちた人々の反革命だと言うのである。

   ヨーロッパのポピュリズムもそうだが、彼らには進歩のことなど全く念頭にない。
   ポピュリズムが目を向けているのは過去の世界――国は民族的に単一で、文化的・宗教的価値観は伝統的なものが優勢を占め、経済は農業と製造業が盛んで、国内消費や輸出のために有形財を生産していた時代――前世紀後期半ばの黄金時代であったから、現状否定で、部族的で後ろ向きの「アメリカ・ファースト」は、格好のスローガンであったのである。

   グローバリズムとICT革命で激しく激動して、大変革を遂げた文化大革命とも言うべき第4次産業革命に阻害された人々の反乱という受け止め方だが、分かるような気もしている。
   
   さて、そうすれば、今秋のアメリカの大統領選挙はどうなるのか。
   ポピュリズム現象は変らずとも、新型コロナウイルスによるパンデミックで、壊滅的な打撃を受けたアメリカの政治経済社会環境は、一挙に激変してしまった。
   今度は、嫌でも応でも、経済が焦点にならざるを得ないであろう。
コメント
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