熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

兼高かおる著「わたくしが旅から学んだこと」

2016年09月02日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   TBSの「兼高かおる世界の旅」を、時々、見ていたので、印象に残っている。
   この放送は、1959年12月13日から1990年9月30日にかけて31年続いた長寿番組だったようだが、年表を見ると、大半は、1960年代から初期の海外訪問であったようで、当時は、日本人には、海外旅行が、あまり縁のなかった頃なので、正に、憧れの番組であり、人々の異国への思いをかきたてた。
   移動距離は、地球の180周分、取材した国は150、それも、妙齢の奇麗な女性の一人旅で、異国情緒たっぷりの海外レポートであったから、興味深くない筈がない。
   ドル持ち出しにも制限があって、おいそれと、海外旅行など出来なかった頃で、当初の取材旅行は、プロデューサー兼ディレクター兼ナレーターの兼高かおるとカメラマンとアシスタントの3人だけで、総てをこなしたと言う。
   この本の前半は、「兼高かおる世界の旅」に纏わる逸話や思い出話などが綴られていて、面白い。

   誰にでも、一生に二度、大きな運があり、その運に乗れるか乗れないかで、その人の人生が決まるのだが、自分の場合には、
   一つは、戦争が終わって、アメリカに留学したこと、
   二つ目は、ラジオ東京から、海外取材番組「世界の旅」の話が舞い込んできたこと
   で、これが、兼高かおるの旅人生を開いたのだと言う。

   それもそうかも知れないが、1958年に、プロペラ機による世界最短早回り(73時間9分35秒の新記録)を樹立し、1971年に、一般女性初として、南極点に到達し、1989年に、北極点と、南北極点制覇と言う偉業を成し遂げた女性であるから、運だけで開かれた人生だとは思えない。

   海外取材旅行には、絹の着物を着て、真珠のネックレスをつけ、トランジスターラジオを持って行き、輸出振興を心掛けたと言うから面白い。
   当時、フランスのド・ゴールが、池田勇人首相を見て、「トランジスター商人かと思った」と失礼な発言をした、そんな時代であった。

   もう一つ面白かったのは、色々なものを見て来たのだが、欲しいと思ったものは、博物館や美術館のアクセサリーや装飾品や工芸品などで、手が出ないので、何も買わなかった、所有欲がないのだ。と言う話。
   どこの国へ行っても、民族衣装を着るのだが、現地の人だと思われ、日本人だと分かると急に親切にされ、取材が捗ったと言うのも面白い。

   第2章「旅をしながら見えてきた世界、そして、日本」の冒頭で、アメリカ留学中に、自分がいかに日本について知らないかを痛感したと、「お互いの国について知るのが国際交流の第一歩」と書いている。
   帰国して、京都に通い、桂離宮や修学院離宮などの伝統的建造物を巡り、歴史や文化について本を読み、日本の美意識をあらためて知り、大した国だと思った。と言う。

   これは、確かで、私の場合には、大学時代に、平家物語や源氏物語を読みながら、和辻哲郎や亀井勝一郎の本を小脇に抱えて、京都や奈良の古社寺などを訪れて歴史散歩に明け暮れていて、その後、フィラデルフィアのビジネス・スクールに留学したので、その方面の苦労はなく、対等に、彼らのシェイクスピア論と対峙することが出来た。
   ロンドン時代には、イギリス人とのビジネスや社交関係で、結構、会食や観劇、パーティやレセプションなどで、長い間、かなり、多方面の突っ込んだ会話をしなければならなかったのだが、幸い、京都の大学生活は、リベラルアーツを涵養する雰囲気に満ちていたので、助かっている。
   たかが受験勉強と言うのだが、あの当時、京大入試には、英数国のほかに、理科2科目(私は化学と生物)、社会2科目(世界史と地理)、それも、同じ比重で試験が課されていたので、この基礎勉強が、結構、知識のすそ野を広げるのに役立ってくれたと思っている。
   当然、選考した科目は興味があって、その後も勉強するので、世界史と世界地理に関する知識が、海外に出てから、非常に役に立ってくれた。

   兼高かおるの重要な提言は、優しいのではっきりとは表現していないが、折角の外国旅行であり、その国を正しく理解し誤解を避けるためには、決して、安い外国の旅をするなと言うことで、ホテルは一流、付き合う人も、出来るだけ上等な人に接するべきで、その国なりその国民の文化伝統歴史など、最高のものに接して理解する努力をしなければならないと言うことである。
   これは、前述の視察と勉強後に、日本が大した国であることが分かったと言う作者の述懐と同じで、心すべき外国への旅人の姿勢であろうと思う。

   人生において、旅が如何に大切か。本書のテーマだが、
   「旅は 女の人生を輝かせる」と、80を過ぎても「世界の旅」を継続し続け、次には、黒海とカスピ海に挟まれた「コーカサスの旅」や、ナポレオンが逝った絶海の孤島「セントヘレナ島への旅」に行きたいと言う。

   松尾芭蕉の最期の句「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」を、ふっと、思い出したが、
   シェイクスピアは、
   この世は舞台、男も女も皆単なる役者。 All the world's a stage. And all the men and women merely players.
   と言った。
   登場しては消えて行く役者ならば、出来るだけ、この足で歩き、この目で、素晴らしい世界を見て逝きたい。

   兼高かおるの足元にも及ばないが、私自身も、1972年に羽田を飛び立って、それから、世界中を随分歩いて来た。
   苦しかった辛かった思い出も、ごまんとあったが、過ぎてしまえば、懐かしい思い出。
   私にとっても、旅は、私の人生そのものであったような気がする。

   この本は、兼高かおるの旅の本と言うよりは、人生訓を随所に鏤めた日本の良き時代を生き抜いた素晴らしい文化人の生きる喜びへの賛歌である。
   日本の良き文化や伝統が少しずつ消えつつある悲しみを綴りながら、女性や若者にエールを送る優しさが、実に爽やかである。
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