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■鼓動する日本画展 (~2013年2月17日網走。5月10~19日札幌、5~7月岩見沢、岩内にも)

2013年02月04日 20時16分36秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
 札幌在住の30、40代の日本画家6人(男女3人ずつ)によるグループ展。
 札幌だけでなく、網走、岩見沢、岩内を巡回するのがミソ。画風も、写実的、抽象的などさまざまだ。

 網走市立美術館は、展示室が四つある。
 このうち1階の、手前の二つが、今回の「鼓動する日本画展」にあてられている。
 奥の一つは、所蔵品展。2階の部屋は、いつもの通り、この美術館のコレクションの核である、居串佳一の展示となっている。
 この構成は、通常の特別展開催時と変わらない。

 一番手前の比較的小さな部屋には、蒼野甘夏さんと紅露こう ろ はるかさんの作品。

 蒼野さんは、明治以前のやまと絵や狩野派といった伝統的な絵画を換骨奪胎して現在風にアレンジしたような、独特の作品づくりを続けている。言い換えると、背景や陰影はほとんど省略され、猿や竹、バッタといったメーンのモティーフは輪郭線がはっきりとひかれる。洋画的な描法が排除されているのだ。
 一方で、琳派的な装飾性からも遠い。そういうシンプルな画面づくりの結果がどうなるかというと、これが意外とライト感覚になっているのが興味深い。

 黒い牛の背に半裸の女3人が長い棒を持って三方を見ている「BATUCADA」には、次のような文が附されていた。

バトゥカータという打楽器をメインとした音楽から着想を得た構図です。智を打ち鳴らす足音と(…)先を照らす光を手にした神が姿を表す様を描きました。



 紅露さんは、先ごろ双子のお子さんを出産なさったばかり。
 今回の出品作は、ほとんど妊娠中に描かれたものだ。
 そのためか、大きなタブローには、6人の中でただひとり取り組んでいないが、小品が多く、点数では最多だろう。

 作品は、横長変形のものが目立つ。
 簡素な構図、色調に加え、この横長画面が、絵本を想起させることに寄与していると思う。
 そして、やがて生まれてくる生命へのいとおしさ、いつくしむ気持ちが、どの作品にもみなぎっていて、小さいながらも感動的な絵になっている。

 では、浮世絵や琳派といった伝統的な日本絵画に特徴的な装飾性が省かれているかというとさにあらず。
 近づいてみると、いくつかの作品では、支持体に、はじめから文様の入った布を用いていることがわかる。これが、画面に、ひそかにリズムを与えているのだろう。

 以前、札幌の4プラホールでの2人展で見た観覧車の絵があった。なつかしい。
 作品に附された作者のことば。

 samsaraとはサンスクリット語で輪廻を意味する言葉です。私にとっての観覧車は希望や明るさの象徴で、この絵は私達がいつか行きつく先はそういうものであって欲しいと願って描いたものです。

 
 燈台のある風景を描いた「ラインフィールド」も、なぜかなつかしい。

タイトルは境界の世界。私達が住む世界とここではないどこかの境界、灯台は暗闇の中、行き先を導いてくれる一筋の光。現実にはない景色ですが、前にどこかで見たような気がします。


 風景を描いた絵には、次のような言葉が附されていた。
 この文の感覚には、まったく共感してしまうのだが、しかし北海道人って、道内に住みながら北海道の風土に郷愁を抱いてしまう、希有けうな人種だと思う。
 後段は「snow drop」の文。

 自分の暮らす北海道の冬の景色はその寒さとともに体と心に刷り込まれている感じがします。

 冬に林の中を歩くと、雪に映える基が神々しく、心打たれます。無色の景色の中、赤ずきんと赤い鳥、その先にある物語を想像して描きました。



 最も大きい第2展示室には、西谷正士、朝地信介、吉川聡子、平向功一の4氏の作品が並ぶ。

 西谷さんの作品は大半が風景画。
 それも、「海辺の道」「間垣の里」といった大作は、道外のわびしい風景を描いたものである。
 
 「里」などを見ていると、その「無名性」に、なぜか粛然とさせられる。
 或る特定の場所を描いているはずなのに、どこにもない、あるいは、どこにでもある風景であるように思われるのだ。
 写真だと、どんなにありふれた場所を撮っていても、それは特定の場所になってしまう。しかし、どんなに写実的に描いていても、ある種の無名性を帯びてしまうのが絵画なのかもしれないと思う。



 朝地さんは、この中で唯一、抽象的な作品を描く。
 抽象と言っても、幾何学的ではないし、フォービスム的な熱い抽象とも異なる。
 細菌の拡大写真のような、曲線を多用した、どこかとぼけた味わいがある。

 「沸き立つ静寂」という、不思議な題の大作は、遠くに工業地帯を望みつつミクロの世界をのぞき込んでいるような構図。

目に見えないもの、耳に聞こえないものを無いものとして理解するのは簡単ですが、完全な無が存在しないことも私達は知っています。静けさの中にうごめているものに気づき、どう形にしていくかを考えていきたいと思います。



 平向さんは、寓話ぐうわ的な世界を描かせれば、右に出る人はちょっといない。

 空想的な巨大潜水艦を描いた大作「海底二万里」は、海沿いのマチ網走にあわせて描いたという。
「未知なる冒険へ旅立とうとする出航前のノーチラス号である」
という。

 「パンドラの帰還」に附された文章は、長いが全文を引く。

「パンドラの帰還」という作品は2作ある。最初に描いた「パンドラの帰還」(札幌芸術の森美術館蔵)は2011年の1月に完成した。「ある旅団が、長い旅の途中で消えない炎の入った箱を見つけ祖国へ帰還する。しかし旅団が見つけたその箱は昔その国の人々が災いを産む炎を箱に入れ遠い地に捨てたものであった。パンドラの箱は再び街に帰ってたのである。」この作品が完成した2カ月後、福島の原発事故が発生した。人間が簡単に制御できない原子力の火が「災いのパンドラの箱」とイメージが重った。1作目に船が吊り下げていた宝箱の形のパンドラの箱を、震災後に描いた本作では原子炉をイメージする形に変更した。パンドラの箱から最後に出てくるのが希望であるような、何とか放射能をおさめ、福島の地が再び穏やかな故郷に戻ることを心から願うばかりである。


 芸術の森美術館所蔵の作品は「パラレルワールド」展のフライヤーに使われていたので、記憶にある。
 平向さんの作品にひとつひとつこのような詳細な設定があるとは、じつはいままで知らなかった。
 もちろん、知らなくても作品自体はじゅうぶん楽しめるのだが。
 SFアニメだと「世界観」というものに相当すると思うが、やはりいまの世代の発想だと思う。



 吉川さんは、斜里の出身とのこと。今回の6人のなかで、唯一、網走会場の近くの生まれである。
 あいかわらず、高水準の描写力だ。
 そして、日常の何気ない場面を切り取るのが、抜群にうまい。このうまさは、道内の描き手でも(日本画に限定せず)屈指ではないかと思う。

 たとえば、「流レ行ク-ある朝-」。
 混雑するJRの近郊型電車で、ひとつだけあいた座席。
 モノトーンに近い、おさえた色彩は、すこし憂鬱な感じをもたらす。それが日常なのだ。
 だが、附されたテキストを読むと、画家の思いの深さに、しばし考えさせられる。

そこにあるのはいつもの風景だと信じているから、でも、そこには、たくさんの人々の営みが、1日の始まりが広がっている。1日として同じ日はない。


 「巡る時の中で」は、若者15人を配した、194×520センチの超大作。
 見ていて、なんだか若い人の希望に満ちた心もちが、こちらにまで伝わってくるようだ。
 少女マンガ家くらもちふさこ初期の名作「おしゃべり階段」を思い出して、ほろりときた。

人はいつも何かを待っている。「果報は寝て待て」といった楽天的な姿勢から「人事を尽くして天命を待つ」というような待ち方まで、それぞれのスタイルで何かを待っている。それはおそらく「希望」に近いものではないだろうか。ゆっくりと螺旋を描くような人生の中で私たちはある時ある1点で巡り会う。それぞれの待つ想いが重なった秋、私たちは何を生み出せるのだろう。



 出品作は次のとおり。
 蒼野甘夏
BATUCADA(2013 179.0×396.0)
ポラリス(2011 194.0×97.0)
ボクらに何が必要かって?そりゃなんたって1、2、3…!(2011 91.0×91.0)
TOKONOMA Iland of woods(2011 106.0×33.3)
TOKONOMA close to you(2011 106.0×33.3)
TOKONOMA Do you know?(2011 106.0×33.3)
TOKONOMA I miss you(2011 106.0×33.3)
TOKONOMA Love theme(2011 106.0×33.3)
TOKONOMA Phantom of the Opera(2011 109.2×22.0)
TOKONOMA Lupin the 3rd(2011 109.2×22.0)
TOKONOMA Feel Like Makin' Love(2011 109.2×22.0)
TOKONOMA A Little Less Conversation(2011 109.2×22.0)
TOKONOMA Around the World(2011 109.2×22.0)

 朝地信介
沸き立つ静寂(2013 227.0×486.0)
無の奥の存在(2012 130.0×486.0)
はざまにすむもの(4枚組作品-1 2011 130.0×162.0)
はざまにすむもの(4枚組作品-2 2011 130.0×162.0)
はざまにすむもの(4枚組作品-3 2011 130.0×162.0)
はざまにすむもの(4枚組作品-4 2011 130.0×162.0)

 紅露はるか
青い水(2011 32.0×91.0)
north field(2011 32.0×91.0)
snow field(2011 32.0×91.0)
before your time(3連作-1)(2012 32.0×91.0)
before your time(3連作-2)(2012 32.0×91.0)
before your time(3連作-3)(2012 32.0×91.0)
go home(2012 32.0×91.0)
ラインフィールド(2011 72.5×116.5)
タカラモノ(2012 38.0×45.5)
タカラモノ とりかご(2012 15.8×22.7)
タカラモノ まち(2012 15.8×22.7)
タカラモノ 〓(2012 15.8×22.7)
タカラモノ 森(2012 15.8×22.7)
タカラモノ フェンス(2012 15.8×22.7)
夏の思い出(2009 100.0×60.0)
samsara(2010 100.0×60.0)

〓は「Ψの上3方に小さな白円をくっつけたような記号」


 西谷正士
海辺の道(2枚組作品-1) (2013 170.0×240.0)
海辺の道(2枚組作品-2) (2013 170.0×240.0)
間垣の里(2008 130.0×324.0)
里(2012 130.0×162.0)
郷(2010 130.0×162.0)
帰り道(2005 130.0×162.0)
歴(2004 182.0×162.0)

 平向功一
ノーチラス(2013 136.5×519.0)
パンドラの帰還(2012 162.0×130.0)
午後の訪問者(2010 180.0×360.0)
午後の訪問者(2012 162.0×252.0)
午後の訪問者(2010 162.0×162.0)

 吉川聡子
巡る時の中で(2013 194.0×512.2)
マダ見ツカラナイ(2012 162.0×130.3)
今日という日(2011 162.0×130.3)
流レ行ク-ある朝-(2010 130.3×162.0)



2013年1月26日(土)~2月17日(日)午前9時~午後5時
網走市立美術館(南6西1)



・JR網走駅から1.2キロ、徒歩16分
・網走バスターミナルから330メートル、徒歩5分
(札幌発の特急列車「オホーツク」、札幌発の都市間高速バス「ドリーミントオホーツク」、いずれも終点です)


5月10日(金)~19日(日)
モエレ沼公園 ガラスのピラミッド(札幌市東区モエレ沼公園)

5月23日(木)~6月15日(土)
岩見沢市絵画ホール・松島正幸記念館(岩見沢市7西1)

6月19日(水)~7月15日(月)
木田金次郎美術館(後志管内岩内町万代51-3)


蒼野甘夏さんが第30回損保ジャパン美術財団選抜奨励展で秀作賞を受賞していた

朝地信介日本画展(2011年)
第4回にかわえ展(2010年)
第24回北の日本画展(2009年)
2008日本画の「現在」展
第23回北の日本画展(08年、画像なし)
朝地信介日本画展(2007年)
にかわえ展(07年)
第21回北の日本画展(06年)
川井坦展・北海道教育大学札幌校日本画展(04年、画像なし)
第18回北の日本画展(03年、画像なし)
第17回北の日本画展(02年、画像なし)
第77回道展(02年、画像なし)
第76回道展(01年、画像なし)

□はるかはる http://harukaharu.fc2web.com/
佐野妙子・富樫はるか2人展 vol.5(2010年)
佐野妙子 富樫はるか2人展(2009年)
富樫はるか個展(2008年9月)
佐野妙子 富樫はるか2人展(08年3月)
佐野妙子 富樫はるか2人展(06年)
とがしはるか「おやじちゃん」が出ました
北海道教育大学日本画教室展(04年、画像なし)
札教大卒展(04年。画像なし)
にかわ絵展(04年。14の項。画像なし)
aoiro 富樫はるか・日本画とペン画(02年。29日の項目、画像なし)
にかわ絵展(03年、画像なし)

2008日本画の「現在」=朝地、西谷さん出品

2008日本画の「現在」展
平向功一展(03年7月)
平向功一展(03年4月、画像なし)
第17回北の日本画展(02年、画像なし)
第77回道展(02年、画像なし)
第76回道展(01年、画像なし)

□Blue Wings http://www1.plala.or.jp/SATOKO/
第4回にかわえ展(2010年、画像なし)
にかわえ展(2009年)
吉川聡子日本画展(2009年、画像なし)
第23回北の日本画展(2008年、画像なし)
第22回北の日本画展(2007年、画像なし)
吉川聡子展(2006年)
第19回北海道教育大学札幌校日本画展(2004年)
北の日本画展
第18回北の日本画展(2003年)
第17回北の日本画展
第16回北の日本画展
=以上画像なし


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