北海道美術ネット別館

美術、書道、写真の展覧会情報や紹介。2013年7月末、北見から札幌に帰還。コメント、トラバはお気軽に。略称「ほびねべ」

2016年11月のおもな展覧会

2016年11月30日 23時59分59秒 | 主な記事へのリンク
 2016年11月のおもな展覧会の記事へのリンクです。
 書き終わっていないエントリには、まだリンクがはられていません。

 カテゴリー分けは厳密なものではありません。

 ■■は12月初め時点で会期が終わっていない展覧会です。 


現代美術
■■野又圭司展 脱出-困難な未来を生きるために-
那須秀至展 ―息遣いする絵―
■進藤冬華「押入れの中」


絵画
■■杉山留美子展―光満ちるとき
■■開館17周年記念展 西村計雄・山岸正巳 それぞれの道
■北海道現代具象展
佐藤泰子展
香取正人作品展
大地康雄の油絵展 菱形扇図シリーズ
第20回池上啓一油絵個展
■山下かさね水彩展
■金沢一彦遺作展


工芸
美工展会員展
第5回伝統工芸北海道展―日本工芸会東日本支部北海道研究会の作家による


写真
六人展:スポーツと風景の或る世界


複数ジャンル
■北海道美術紀行
2016年の宮沢賢治 科学と祈りのこころ
■WAVE NOW
西郊の杜 作家三人展 小笠原み蔵、植田莫、屋中秋谷
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札幌への帰り道 バスと列車で後志地方の4館を巡る(10)

2016年11月30日 22時21分00秒 | つれづれ日録
(承前)

 小川原脩記念美術館での杉山留美子展。
 雪に閉ざされた静かな美術館の誰もいない展示室を独り占めして、じっくりと絵と向き合えるのではないかという期待を胸に、訪れました。はじめのうちこそ、ロビーでのコンサートから流れてきた人がいたものの、そのうち館内は静けさを取り戻し、筆者は色の光に満たされた絵画と、一対一で対峙することができたのです。

 じゅうぶん堪能してロビーに戻ると、大きな羊蹄山の山容が、窓ガラス越しに、夕闇の青い光の中に見えました。

 いよいよ帰路につきます。
 倶知安では高橋弘子さんが絵画の展示をしていることを知っていましたが、公共交通機関では非常に不便な場所(倶知安市街地に戻ってくるバスの便がない)だけに、あきらめざるを得ませんでした。

 美術館から倶知安駅に向かうバスの時刻までは調べていません。
 駅までひたすら歩くことにしました。
 道路の両側には雪がうずたかく積まれ、11月にして、早くも倶知安は冬の風情です。

 駅まではおよそ30分かかりました。



 倶知安発16:45発、2輌編成のディーゼルカーで小樽へ。
 18:01に小樽に着き、18:08発の区間快速「いしかりライナー」に乗り換えて、札幌に向かいました。

 札幌駅、18:48着でした。


(この項、了) 
 
 

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■杉山留美子展―光満ちるとき (2016年10月22日~12月11日、倶知安) バスと列車で後志地方の4館を巡る(9)

2016年11月30日 21時23分33秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
(承前)

 2013年、71歳で亡くなった札幌の画家の個展。
 北海道の前衛美術運動の第一線で活動してきた杉山留美子さんですが、これまで筆者が見た範囲では、近作の発表がメインで、今回のように1970年代から最晩年までをカバーした個展は初めてではないかと思います。その意味で、点数は22点と決して多くはないのですが、非常に意義深いものでした。

 ただ、70~80年代の作品を見ると、あらためて、90年代半ば以降の、純粋な色面による作品のすばらしさを実感します。
 以前、同じように絵の具をカンバスにしみこませて制作するモーリス・ルイス(米抽象表現主義の画家)の作品をまとめて見たことがありますが、杉山作品のほうが美しいということは、断言したいです。
 ブログ「Sightsong」では「仰天した。まるでマーク・ロスコではないか」と書かれています。
 ロスコが西洋的な暗さと深遠さをたたえているとするならば、杉山さんの絵は東洋的、仏教的な光の世界に通じているといえるでしょう。
 彼女がロスコを超えたかどうかはわかりません。ただ、同じ地平で語ってもなんらさしつかえない画家であると、筆者は思います。
(それに比べると、今回出品されたなかでいちばん古い「崩壊感覚」などは、良く描けているという程度の作にすぎないといえるでしょう)

 会場の小川原脩記念美術館には展示室が二つあり、杉山さんの絵画展は、大きいほうの部屋で開催しています。通常、主役である小川原さんの所蔵品展は、小さい部屋に移っており、これはめずらしいことです。
 どうして後志出身でもない杉山さんの個展を開いているのか。1983年夏、小川原さんが約2週間、インドの秘境ラダックに旅した際、彼女が同行していたというのです。これは知りませんでした。
 ラダックはチベット文化圏であり、後年の小川原さんの画業でも主要な題材となっているのはご存じの方も多いでしょう。
 この頃彼女が記した文章の一節が館内に展示されていました。

月面をおもわせる荒涼とした礫岩れきがん砂漠に点在するチベット仏教寺院、無彩色の外界から寺院内部に一歩踏みこむとそこは赤、黄、青、緑、白、黒の極彩色の世界がひろがる。壁面を埋め尽くす仏尊像、曼荼羅まんだら。この森厳なる空間の色彩の謎。異なる色相は、多層構造をもつ無意識のそれぞれの層に働きかけ、意識の変容を促すのではないか…。
(ルビは筆者が付しました) 


 75年の「常」など、70年代後半に描かれた正方形の抽象画は、この文脈でいうと、曼荼羅への関心に発しているのだろうと思います。ただ、道立近代美術館で初めてこの系列の作品を筆者が見たときは、知的な構成の幾何学的抽象画だという感覚を得たものの、東洋的な背景にまでは思いもよらなかったのでした。


 その後、80年代のストロークを生かした3点が会場奥の壁に掛けられ、いよいよ90年代半ば以降の色面による作品に入ります。
 当初、今回の出品作「WORK9408-11」などにみられるように、鮮やかな赤を主体としつつも、青や緑、黄色などの矩形や帯が入っていて、なお「抽象画の構図をつくる」という意識が残っているようです。しかし、97年の「WORK 9704/9705」では、バーネット・ニューマンの絵からジップを抜いたような赤一色のキャンバス二つからなる作品となり、ほとんど色だけからなる作品へと変わっていきます。
 さらに2000年の「From All Thoughts Everywhere -A-」にみられるように、青の濃淡だけからなる、正方形のキャンバス4点をつないで並べた作品をへて、同年の「HERE-NOW あるいは無碍光 -B-」に代表されるような、さまざまな色が茫漠と光る作風へと移行していきます。このあたりは、発表当時、筆者はリアルタイムで見ていますが、とにかく、見ることの法悦といいますか、涅槃の光、あるいは極楽浄土の色というのはこういうものなのかと思わせる、美しい作品群です。

 最後に「HERE-NOW あるいは難思光」のA、D、Fの3点(2011)が並んでいます。
 色は薄れて、白一色の光へと、作品世界は近接しています。
 これをもって作者自身が極楽浄土へ旅立ち、創作世界の円環を完結させた―というのは、後からいえることであって、やはり、この後の展開が作者の死によって絶たれたのは、残念でなりません。

 会場には次のような彼女の言葉もパネルに貼られていました。

・今度は、光に満ちた宇宙そのものを体験できるような絵画ができないかなと、今、とんでもなく欲張りなことを考えています

・要するに、光に満ちた世界をどうやったらつくり出せるのか、それを今、一生懸命研究している最中です

・ここで私が描こうとしてのは、光なのです。太陽光線のように物理的なものではなく、人間の精神、あるいは魂が放つ光を描くことを意図してきたのです

 実際に展示されている作品は、その言葉どおりのものになっているように感じました。


 最後に、彼女の言葉の中に出てくる「意識の変容」というタームが気になります。
 これは「1968年」前後、新しいロックミュージックやLSDといった時代の急展開の中で頻出した言葉だからです。
 杉山さんの教養には仏典があり、さらにはタルコフスキー監督「惑星ソラリス」が大好きだったという話も聞いています。
 彼女のバックボーンにどのようなものがあったのか。そのあたりの探究はまだこれからの作業だということができそうです。
 


2016年10月22日(土)~12月11日(日)午前9時~午後5時(入館は4時半まで)、火曜休み
小川原脩記念美術館(後志管内俱知安町北6東7)

一般500円(JAF会員は400円)、高校生300円、小中学生100円


関連する記事へのリンク
杉山留美子展[光の絵画へ] (2014、画像なし)
杉山留美子さん死去 (2013)
【告知】杉山留美子展「HERE・NOW あるいは難思光」 (2011年)
Northern Aspects #02 杉山留美子 ―光満ちる時 (2009年、道立近代美術館)

WAVE NOW 06
杉山留美子展(2003年)

WAVE NOW 02(画像なし)
札幌の美術(2002年)





・JR倶知安駅から約2.3キロ、徒歩30分

・ニセコバス「倶知安役場前」から約1.1キロ、徒歩14分
・道南バス「喜茂別」「伊達駅前」行きで「白樺団地」降車、約400メートル、徒歩5分
※いずれもJR倶知安駅前から乗れます


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11月29日(火)のつぶやき その2

2016年11月30日 00時53分38秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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11月29日(火)のつぶやき その1

2016年11月30日 00時53分37秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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ニセコから倶知安へ戻る バスと列車で後志地方の4館を巡る(8)

2016年11月29日 21時02分45秒 | つれづれ日録
(承前)

 有島記念館に足を伸ばしたのは「しりべしミュージアムロード」の中で、遠いという理由で行かないのも悪いかなと思ったからで、どんな催しをやっているのかは調べていませんでした。
 入ってみると、奥で「ブックカフェ」が開催されていましたが、特別展示室は閉まっていました。
 ほかには、共和町のアマチュア写真家前川茂利や、画家・新見亜矢子さんの作品が数点ずつ展示されていた程度です。

 これで帰ってしまうのももったいないので、常設展示室を見ました。3度目です。
 室内には他に2、3人がいましたが、みな静かに、熱心に展示を見ていました。

 さて、見学を終えて、先ほど来た道をもどります。
 道南バスの「有島文学館前」停留所まで来ましたが、次のバスまでは何時間もあります。
 
 やむを得ず、道道ニセコ停車場線を東に向けて歩きだしました。
 前方には羊蹄山が威容を見せていますが、頂上のほうは雲に隠れています。

 ニセコバスの「ニセコハイツ」停留所まで来ました。
 しかし、次のバスまで1時間近くあります。

 ここから約1キロほど国道を南東へ向かったところに、道の駅があります。
 だいぶありそうだな~、ここまで行かないと昼飯が食えないのかな~。
 などと思っていると、国道と道道の交叉点近くに、1軒のカフェが開店中であることに気づきました。
 カフェレストラン「アプリコット」というお店です。




 店に入ると、ほかに客の姿はありません。
 女性オーナーに、14:13のバスに乗りたい旨を告げ、早くできるメニューはどれかを尋ねました。

 ハンバーグが代表的メニューのようですが、これは若干時間がかかりそう。
 カレーやピラフは15分もあればできるとのことなので、シーフードカレーを註文しました。

 具はそれほど大きくはなかったですが、ルーはけっこうからくて本格派でした。
 食べ終わった後、コーヒーも頼みました。これもおいしかった。
 1050円でした。

 バス停「ニセコハイツ」に戻ります。

 ちなみにニセコハイツとは、アプリコットの向かい側にある老人ホームです。

 ここからニセコバスに乗って、倶知安へ。

 こんどは乗客は老人1人だけでした。
 しかもこの老人は「高砂」で降車してしまい。倶知安町の市街地では乗客が筆者ひとりでした。

 バスはいったん左に曲がって倶知安駅前まで行き、再び同じ道を通って国道まで戻りました。
 終点の「厚生病院前」で降りました。

 ただ、目的地の小川原脩記念美術館に行くには、ひとつ手前の「倶知安役場前」で降車したほうが近かったようです。


 十数分歩いて美術館に着くと、館内から聞き覚えのある声がします。

 前川公美雄さんのファゴット・トリオによるミニコンサートが開かれているのでした。

 出入り口で、Sさんとすれ違ったのには、ちょっとびっくりしました。

 コンサートはもう終盤でした。
 ガーシュウィンと、アンコールの「ゲゲゲの鬼太郎」テーマソングを聴いてから、展示室に入りました。


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有島記念館への行き方(アクセス) バスと列車で後志地方の4館を巡る(7)

2016年11月29日 01時01分01秒 | ギャラリー、美術館への道順
(承前

 倶知安から有島記念館(後志管内ニセコ町有島)は「或る女」「小さき者へ」「一房の葡萄」などで知られる文豪で、「カインの末裔」で北海道文学の精神的な支柱でもあり、北海道への西洋美術の移入にも尽くした有島武郎を記念する施設です。
 美術展もときどき行われています。

 ここに公共交通機関を使って行くには、つぎの三つの方法があります。

道南バスの「ルスツリゾート」行きで「有島記念館前」降車、約380メートル、徒歩5分

ニセコバスの「ニセコ駅前」行きで「ニセコハイツ前」降車、約1.04キロ、徒歩14分

・JRニセコ駅から約2.1キロ、徒歩27分

 いちばん分かりやすいのはニセコ駅から「親子の坂」を経由して行くルートかと思いますが、なにせ遠いです。冬の間通れるかどうかも分かりません。

 道南バスは1日6本(平日7本)、ニセコバスは1日5本しかなく、しかも同記念館の営業時間内に着くのは、道南バスは3本、ニセコバスは4本だけ。
 時刻表をよく見て、計画をたてるしかありません。

 ここでは、話の都合上、ニセコバスから説明します。

 ニセコバスのこの路線は、始発が小樽駅前。余市や小沢、倶知安駅前をへて、ニセコ駅前行きです。
 
 「二号橋」の次が「ニセコハイツ前」。
 このバス停は、国道5号から道道ニセコ停車場線が分岐する三叉路のちかくにあります。




 一直線に続く道道を7、8分ほど歩くと、道南バスの「有島記念館前」停留所があります。

 このバス停から右に曲がります。
 看板があるので、分かりやすいと思います。


 左側に立っているのは、農場解放の記念碑です。

 途中、吉川橋を渡ります。

 駐車場があり、右側に有島記念館の尖塔が見えます。

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11月28日(月)のつぶやき その2

2016年11月29日 00時53分19秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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11月28日(月)のつぶやき その1

2016年11月29日 00時53分18秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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共和→岩内→倶知安→ニセコ。バス乗り継ぎで大慌て  バスと列車で後志地方の4館を巡る(6)

2016年11月28日 21時54分22秒 | つれづれ日録
(承前)

 順番が前後しますが、(5)の木田金次郎美術館の「秋から冬を迎える企画展 木田金次郎の本棚」よりも先に、こちらの記事を先にアップします。

 なお(3)の「開館17周年記念展 西村計雄・山岸正巳 それぞれの道」を見た後、西村計雄記念美術館からは、ちょうど1時間後に来た次の便の「高速いわない号」(中央バス)に乗り、岩内町の木田金次郎美術館へと向かいました。

 この区間(共和役場前―岩内バスターミナル)は、乗車18分、380円です。

 また、岩内バスターミナルから木田金次郎美術館は徒歩1分か2分。
 ターミナルから美術館は見えます。すぐです。

 さて「木田金次郎の本棚」は非常におもしろい展覧会で、時間が足りないという思いも抱きつつ、バスターミナルに戻りました。

 ここから、ニセコバスの倶知安行き(小沢こざわ線)に乗ります。
 ニセコバスは中央バスの系列会社で、車体も同じような配色です。しかし、停留所は、中央バスの赤ではなく、青を主体に塗られています。

 ターミナルに止まっているバスは、前方の出口はとびらをあけていますが、後方の入り口は閉まったままです。
 定時の11:30になり、そのまま動きだしたので、とびらをドンドンとたたきました。
 バスは急停車して後方のとびらが開いたので、乗ることができましたが、思わず
「このバスは前から乗るのかい?」
と大声でひとりごとを言ってしまいました。
 ほかに乗客は2、3人しかいません。

 バスはしばらく、先ほど「高速いわない号」で通った道を、逆向きに走ります。
 ただ、高速いわない号に比べると、停留所の数は多いです。
 とはいえ乗り降りする人が少ないので、所要時間は「高速いわない号」とほとんど変わらないように感じます。
 共和役場前(西村計雄記念美術館の最寄り停留所)を過ぎて、三叉路を右に曲がります(日明に曲がると、余市、札幌方面)。

 バスは、倶知安市街地に入り、「第九線十字街」(下の地図を参照)の先で左に曲がります。
 この時点で定刻よりも7分遅れていました。




 バスは「厚生病院前」「倶知安町役場」「後志総合振興局」を通過します。
 この時点で、乗客は自分一人しかなく、乗ってくる客もいません。焦ってきます。

 倶知安で乗り換えようとしているニセコ方面行きのバスは、倶知安駅発12:15。
 すでに12:17になっているので、終点の倶知安駅まで乗っていては、絶対に乗り換えできません。
 「倶知安十字街」で降車することにしました。





 ここから、ニセコ方面行きのバスが経由する、道南バスの「南十字街」まで駆け出します。

 停留所を降り、前方に見えている国道交叉点を左に曲がります。




 この間、およそ210メートル。

 話がややこしくなりますが、このバス停は、道南バスは「南十字街」というのに対し、ニセコバスは「倶知安十字街」と呼んでいます。
 つまり、ニセコバスの「倶知安十字街」は、2カ所に存在することになるのです。
 筆者は、片方の「倶知安十字街」からもう片方の「倶知安十字街」に走ったわけです。

 もうひとつ注意したいのは、倶知安のバス停の看板は、車道側ではなく、建物側に立っている場合が多いこと。
 遠くから発見しづらいのです。
 道内で一、二を争う豪雪地帯で、車道側に看板が立っていると除排雪の妨げになるためではないかと推察されますが、ほんとうの理由はよくわかりません。

 もう片方の「倶知安十字街」、つまり道南バスの「南十字街」で待っていると、定刻より2、3分遅れて「ルスツリゾート」行きの道南バスがやって来ました。
 間に合った。ホッとしました。

 道南バスは、前方にしかとびらのない小形の車体で、少年野球や釣り客の送迎に使うような大きさに感じられましたが、乗客は10人ほど乗っていました。

 南5条
→倶知安橋
→レルヒ公園前(車内の表記はレルヒ公園)
→高砂
→自動車学校前(車内の表記は自動車学校)
→比羅夫北
→道栄紙業前
→旧登山口
→羊蹄登山口
→大曲
→二号橋
→ニセコハイツ
→有島記念館前

 けっきょくこの間、乗客の乗り降りは全くなく、筆者が、最後に乗って最初に降りる客になってしまいました。

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■開館17周年記念展 西村計雄・山岸正巳 それぞれの道 (2016年10月15日~17年3月12日、共和町) 後志4館(4)

2016年11月28日 01時01分01秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
(承前)

 このブログの読者はすでにご存知かもしれませんが、西村計雄けいゆう(1909~2000)は洋画家。
 小沢 こ ざわ村(現・共和町小沢)生まれで、東京美術学校(現・東京藝大)で藤島武二に師事。戦後の51年に渡仏し、ピカソの画商カーンワイラーに見いだされて、欧洲各地で個展を開きました。パリでは、実際の風景や静物をもとにしつつも、すばやい直線や曲線を大胆に走らせた、個性的な画風を展開していました。晩年は帰国して東京にアトリエを構えていました。

 一方、山岸正巳(1929~2004)は、おとなりの岩内町生まれの洋画家。
 17歳で西村にデッサンの手ほどきを受け、47年に東京美術学校に入学、安井曾太郎に師事しました。パリに行ったこともありますが、50年代末に帰郷し、73年に共和町にアトリエを移しました。ほぼ一貫して、アカデミックで写実的な画風を堅持し、北海道知事の肖像も担当しました。

 今回はこの2人の作品を比べてみてみようという企画です。
 見終わっての感想は、芸術家というものは頑固というか、自分の画風にこだわるのだなあと、あらためて思いました。

 西村さんは、一度見たら忘れない画風というか、とくに60年代以降にはどの絵にも、独特の勢いある線が画面を風のように縦断し、横切っています。
 西村は先輩ですから、山岸のパリ滞在時には、指導かたがた「山岸が困るぐらい」加筆したこともあったとのこと。
 
 山岸さんはパリで「平面的な風景画」に挑戦したりもしますが、結局は従前の画風に戻ります。
 さすがこだわりのある人物は、パリ滞在時にも少女の横顔など、やわらかくやさしい描写は面目躍如です。
 また、静物では「ぬめりも描きたい」と言っていたというアイナメなどの魚の描写には、迫真のものがあります。

 ただし、こういうことを書くのもなんですが、風景に関しては、この程度描ける人はパリに数百人はいるんだろうなあという感じ。もちろんうまいことはうまいのですが、あまり個性というものが感じられません。

 人物画では51年の女性像が、後年の作からするとちょっと意外。
 写実的な描写は確かなのですが、白いシャツ、黒いスカート、革靴姿で木のベンチに座っている若い女性が、どこか不安げな表情をしているのです。左の傍らには、赤い婦人ものの洋傘と黒く堅牢なトランクが置かれており、旅に出るときの心もとなさがあらわれているのでしょうか。


 西村の絵では戦前の「アイヌ」が初見。
 縦長の100号ぐらいありそうな大作で、立ってこちらを向いている女性と、その前で背中を向けてしゃがんでいる人物(性別はわからない)の2人がメインのモティーフです。
 2人とも紺色に白のアイヌ文様が入ったアットゥシのような服を着ていますが、なぜか女性の服のところどころにレモンイエローの絵の具が重ねられています。
 もちろん1941年の作ですから、後年の西村の画風とはまったく異なります。
 女性の頭部の後ろには三角形の灰色があります。それ以外は、背景は一面真っ白で、だいぶ上のほうに(すなわち遠くに)、地平線があって、茶色などで塗られた空が見えています。また、魚網かかごのようなものが遠くに見え、右上には白鳥のような鳥が2羽走っています。
 背景から見て、冬の湖か海なのでしょう。ただし、手前の人物が立っているあたりは茶に塗られているので、縁側のような場所が想定されているのかもしれません。ここまで見てきて、ふいに、居串佳一の40年代の作品(たとえば「洋上漁業」)を思い出したのでした。


 所蔵品展というと、ともすれば、いつ行っても同じ絵が展示されていると思うかもしれませんが、1度や2度行ったぐらいではそんなことはないようです。今回も大半が初めて見る作品でした。


2016年10月15日(土)~17年3月12日(日)午前9時~午後5時(入館~4時半)、月曜休み、12月28日~1月2日休み
西村計雄記念美術館(後志管内共和町南幌似143-2)

一般500円、高校生200円、小中学生100円。JAF会員は一般400円




・都市間高速バス「高速いわない号」、ニセコバスの「共和役場前」から約820メートル、徒歩11分


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11月27日(日)のつぶやき その2

2016年11月28日 00時53分28秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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11月27日(日)のつぶやき その1

2016年11月28日 00時53分27秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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バスと列車で後志地方の4館を巡る(3) 西村計雄記念美術館への行き方(アクセス)

2016年11月27日 20時06分08秒 | ギャラリー、美術館への道順
(承前)

 西村計雄記念美術館は、都市間高速バス「高速いわない号」で「共和役場前」で降り、徒歩10分ほどです。




 高速いわない号は、札幌駅前ターミナルが始発です。1番乗り場です。
 創成川沿いの中央バスターミナルではないので、注意してください。
 予約は不要です。

 とちゅう小樽駅前に停車するので、乗り遅れても、小樽まで快速エアポートなどに乗れば、小樽で追いつける可能性があります。各自、時刻表などで研究してください。

 その後、余市、仁木、共和を経て、岩内に着くのですが、その前に、バスが「国富」を過ぎて、左折と右折をしたすぐあとに「共和役場前」で降りましょう。

 停留所からは、丘の上に、めざす美術館の建物が見えますので、安心です。

 そのまま百数十メートル、西側(いままで乗ってきたバスと同じ進行方向)に歩きます。

 この看板が出てきたら、左に曲がります。

 オフサイトセンターのすぐ近くなんですね。
 これを見ると、この地方が泊原発のお膝元だということを思い出して、はっとします。


 曲がるとすぐに、シノナイ川にかかる篠内橋を渡ります。

 橋を渡ると、道は二手に分かれていますが、これはどちらからでも行けるようです。

 筆者は右手の道から行きます。

 坂を上っていきます。

 美術館の建物です。
 右手奥に見えるのは、泊原発オフサイトセンターです。

 坂を上りきったところに、右手に曲がる道がありますが、そちらには行くとオフサイトセンターなので、そのまま道なりにゆるい左カーブを曲がります。

 そのまま進むと、まもなく西村計雄記念美術館の建物が見えてきます。

 というわけで、自動車がなくても、それほど到達困難な施設ではありません。
 バス停から10分ちょっと歩きますが。

 
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バスと列車で後志地方の4館を巡る(2) 出発

2016年11月27日 00時59分59秒 | つれづれ日録
(承前)

 あらためておさらいしておきます。

 岩内、共和は、国鉄岩内線が廃止され、バスで行くしか手はありません。
 札幌から小樽、共和を経由して岩内まで行くバスはほぼ1時間おきに出ており(時間帯によっては40分間隔)、道内の地方都市としては比較的便利なほうです。

 倶知安、ニセコは函館線が通じています。ただし、札幌から直通の列車はなく、小樽でディーゼルの普通列車に乗りかえが必要です。また、小川原脩、有島とも駅からやや離れており、バス路線をじょうずに組み合わせたほうが、時間・体力ともに節約できます。

 なお、積雪期はダイヤが乱れがちなことから、接続時間があまりに短いと、乗り遅れる危険性があります。町村部での乗り遅れは致命傷となります。


 それほど混雑していない「高速いわない号」に乗って、伊藤整の文庫本を読む手を止めて、小樽の沿岸にひろがる薄い水色の海をぼんやり見つめていました。
 せっかく、ささやかといっても、旅に出ているというのに、あまり気分は晴れません。帰ったらやらなくてはならないことや、やるべきなのに溜め込んでしまっていることの数々が思い出されてきます。
 反対側の30代ぐらいの女性は、座席で北海道新聞を開いています。それはありがたいのですが、かくいう自分はまったく新聞を読まずに家を出てきてしまったので、なんだか恥ずかしい思いが募ってきます。

 バスは西町北20丁目から余市までは半分ぐらいの混雑ぐあいでしたが、余市を過ぎると少しずつすいていきました。


  

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