北海道美術ネット別館

美術、書道、写真の展覧会情報や紹介。2013年7月末、北見から札幌に帰還。コメント、トラバはお気軽に。略称「ほびねべ」

■羽毛蒼洲 書の個展「今、心に映ること」 (2017年11月2~7日、札幌)

2017年11月07日 11時59分59秒 | 展覧会の紹介-書
 羽毛蒼洲さんは札幌の書家(羽の漢字は正字の「羽」ですが、機種依存文字なので常用漢字の字体を使わせていただきます)。1942年生まれなので今年75歳ですが、とてもお若く見えます。
 今回は5年ぶりの個展です。私は札幌にいなかったので拝見しておらず、じっくり見るのは14年前に大丸藤井スカイホール全室を使って開いた個展以来となります。

 羽毛さんというと、淡墨のイメージがあります。しかし今回は、27点のうち1○点が濃墨です。これは、道教育大での師匠だった藤根剴風さんを見舞いがてら、自作を額装して見せているうちに、濃墨も出すことになったようです。
 ただ、師匠といっても、羽毛さんは、藤根さんが設立した清風会には所属していません。
 今回はすべて漢字の少字数書です。

 藤根さんはことし2月に亡くなり、また羽毛さんは札幌芸術賞を昨秋受賞しました。
 そんなこともあって個展の開催を考えていたところ、たまたま道新ぎゃらりーにキャンセルが生じて、開けたということでした。

 筆者なりのつたない感想を述べれば、淡墨、濃墨を問わず、線質の柔らかさが印象に残ります。
 例えば「竹」という字でも、硬い直線ではなく、柔軟な曲線が全体を特徴づけています。
 この柔らかさがあってこそ、全体の空間が意識され、生きるのだろうと感じます。

 そして、生意気ついでに言わせていただけば、羽毛さんは
「肚(はら)で書いておられるな」
としみじみ感じました。
 初学者は手で書きます。しかし、肘から先だけで書いた文字はどこか縮こまって見えます。また、頭で書いた文字というのも、この世にはあります。理知は大切ですが、それが勝ち過ぎるのも、作品のおもしろみを減じるおそれがありましょう。
 羽毛さんは全身で書いています。とはいえ、若い人のパフォーマンスのように体を目いっぱい動かすのとも異なり、大きな深呼吸に通じるような、広闊な身体のたたずまいがあります。

 冒頭の画像、手前は「熾火」だと思いますが、全体のバランスはさすがで、潤渇もよく表現されています。


 濃墨の「山川草木」と、淡墨の「時」。
 前者は、簡素さと余白が引き立ちます。
 ただし、良寛ふうのひょろひょろした文字とはまた別の、やわらかさの向こうにある剛毅な精神もまた感じられます。
 「時」は小品ですが、羽毛さんが込めた思いのようなものがつたわってきます。

 書をしない人でも見応えがある展示だと思いますので、お時間のある方はどうぞ。


11月2日(木)~7日(火)午前10時~午後7時(最終日~午後5時)
道新ぎゃらりー(札幌市中央区大通西3 北海道新聞本社北1条館 道新ぷらざ)


10人の書展 (2010)
第47回北海道書道展(会員・招待)=2006
羽毛蒼洲 書の個展 (2003)


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■第8回青青社書展 書をたのしむ (2017年6月6~11日、札幌)

2017年06月10日 21時21分47秒 | 展覧会の紹介-書
 札幌の書家、竹下青蘭さんが主宰するグループ展。
 4年ぶりの開催となりました。

 書には「漢字」「かな」などいろいろの分野がありますが、竹下さんが活躍するのは「前衛書」です。
 書は、かならずしも文字を書かなくてもいいのではないか、というところから始まった、比較的新しいジャンルです。
 したがって見る側は、抽象画とおなじような心持ちで鑑賞してもかまわないわけです。

 ただし、そうはいっても書であることにはかわりませんから、竹下さんは、漢字などもしっかり教えています。
 そういう基礎を学んでいないと、いきなり文字でないものを書いてもうまくいかないのだそうです。

 左は竹下さんの作。
 上から下へ向けて、流れてくずれ落ちていくようなダイナミックさが感じられるところが好きです。
 


 はじけるような若々しさがあります。




 濃さの異なる墨を用いています。
 同じ作品で濃淡をつけるのは、一般的な書では珍しいです(墨象でもほとんど見たことがない)。




 余白のバランスなどに意を用いるあたりは、文字を書く書と同じといえるかもしれません。



2017年6月6日(火)~11日(日)午前10時~午後6時(最終日~午後4時)
札幌市資料館(中央区大通西13)


過去の記事へのリンク
第6回青青社書展 (2010)

第37回北海道書道連盟展(2008年)
交錯する眼差しの方へ 遠藤香峰・大川壽美子・須田廣充・竹下青蘭・吉田敏子 書展(2008年)
奎星会北海道巡回展(2008年)

青青社書展(2007年)





・地下鉄東西線「西11丁目駅」から約290メートル、徒歩4分。「西18丁目駅」から約560メートル、徒歩7分

・じょうてつバス「西11丁目駅前」から約330~390メートル、徒歩5分

・ジェイアール北海道バス、中央バス「教育文化会館前」から約230メートル、徒歩3分
(小樽、岩内方面行き都市間高速バス、小樽・手稲方面と札幌駅前を結ぶ快速・普通のバスの、全便が止まります=ただし北大経由小樽行きを除く)

・市電「中央区役所前」から約420メートル、徒歩6分。同「西15丁目」から約430メートル、徒歩6分

・ジェイアール北海道バス「51 啓明線」(札幌駅前―北1西4―啓明ターミナル)で「大通西14丁目」降車、約350メートル、徒歩5分。

※駐車場はありません。周辺にコインパーキングが何カ所かあります。
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■第31回 北海道墨人展■第68回 札幌墨象会展 (2017年4月5~9日、札幌)

2017年04月10日 08時08分08秒 | 展覧会の紹介-書
 書の一分野である墨象ぼくしょうの団体二つが毎春、札幌市民ギャラリーで展覧会を開いています。
 いずれも太い筆で力強く書いた作品が会場に並んでいます。字釈がないと、とても読めない字ばかりですが、逆に、ふだん書展に足を運ばない人でも、純粋に造形面から鑑賞できて楽しめると思います。

 北海道墨人展の会場で出品者の吉田敏子さん(札幌)にお会いしました。
 吉田さんは「こんな大作は久しぶり」という「風神」(180×420センチ)と「雷神」(280×360センチ)を出品しています。冒頭画像の左側が「風神」、右側が「雷神」です。
 風神雷神というと、俵屋宗達の名画を思い出しますが、今回の作品はかならずしもそれに沿ったものではないとのこと。とりわけ、風神のほうは「俵屋宗達とは逆」と吉田さんは話します。
 「風といっても、吹き終わった後の残っている感覚のような…。風格とか風情という言葉もありますし」
 雷のほうは「とても怖い」という思いをずっと抱いていたそうです(まあ、ふつうはそうかもしれませんが)。
 ところが、ある日、雷雨なのに外出を余儀なくされたとき、雷の響きが「交響曲のように聞こえた」ことがあったそう。
 今回の「雷」のつくりがリズミカルで丸い線質を持っているのは、そういう体験ゆえかもしれません。
「若いときよりも墨(の成分)が薄くて助かりましたが、こんな大きいのは久々で、エネルギーを出し尽くしました」
と笑っておいででした。

 このほか、渋谷北象さん(旭川)「燈」は、左下を空白にした配置の妙が、さすがベテラン。
 伊藤迪子さん(後志管内余市町)「息」は淡墨で、濃淡が全くといっていいほど見られないのがむしろ新鮮に感じます。軸装というのもめずらしい。
 樋口雅山房さん(札幌)は「花」「山」など、比較的小さな作を10点。アルカイックとでもいうべき、のどかな筆致です。

 道内12人のほか、ことしも相模原市の中森博文さんが特別出品しています。


 一文字書が多い墨人展と比べると、札幌墨象会は多字数書も目立ちます。こちらは道内28人が出品。

 上戸抱山さんの「桜さく・桜ちる」は、紙の上の方を大胆にあけて、桜が散るさまと余韻を表現しています。
 三上山骨さん「人(岩絵による)」は象形文字のような作。右手に大きな筆を盛っているように見えるところがおもしろいです。
 三上雅倫さん「嘯風」は、最初から最後まで墨のかすれた具合が印象的です。

 島田青丘さん「無盡」。淡墨による格子模様のような線が全面を覆っています。
 以前も書いたのですが、筆者は、島田さんの作品に、原初的なまがまがしさというかデモーニッシュなものをいつも感じるのです。なぜだろう。


2017年4月5日(水)~9日(日)
北海道墨人展は午前10時~午後6時、札幌墨象会は午前10時~午後5時(いずれも最終日~午後4時)
札幌市民ギャラリー(中央区南2東6)

札幌墨象会展は8日午後2時から体験書作、9日午後1時から公開批評会。
北海道墨人展は9日午後2時から公開研究会


2016年の両団体

第29回北海道墨人展■第66回札幌墨象会展 (2015)

第56回札幌墨象会展 (2009)
第53回札幌墨象会展(2007年)
第52回
第46回
第45回
第44回
02年秋
札幌墨象会12人の書展
第40回(01年春)

第24回北海道墨人展 (2010)
第23回北海道墨人展 (2009)
第9回北の墨人選抜展(2008年9月)
第21回北海道墨人展(2007年)
第20回北海道墨人展
第16回北海道墨人会(2002年4月8日の項)
※以上、画像なしが多いです


交錯する眼差しの方へ II 遠藤香峰・大川壽美子・須田廣充・竹下青蘭・吉田敏子(2013)
交錯する眼差しの方へ 遠藤香峰・大川壽美子・須田廣充・竹下青蘭・吉田敏子 書展 (2008)
札幌の美術2003 19+1の試み展 ※画像なし





・地下鉄東西線「バスセンター前駅」から約200メートル、徒歩3分

・ジェイアール北海道バス、中央バス「サッポロファクトリー前」から約520メートル、徒歩7分(札幌駅バスターミナル、時計台前などから現金のみ100円)

・中央バス「豊平橋」から約820メートル、徒歩11分(月寒、清田、平岡方面から来る人は、これもひとつの手)

(市民ギャラリーには駐車場はありませんが、すぐ前の東6丁目通がパーキングになっているほか、周囲にコインパーキングがいくつもあります)
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■第48回国際現代書道展― 2017年1月20~22日は計11カ所(うち2カ所は再訪)

2017年01月23日 00時59分59秒 | 展覧会の紹介-書
 1月20日(金)は仕事が長引き、ギャラリーはどこにも行かず。

 21日は本郷新札幌彫刻美術館のみ。
 さっぽろ雪像彫刻展については、すでにアップした。


 22日。
 最近、バスを「豊平橋」で降りて、ギャラリーめぐりの1カ所目として札幌市民ギャラリーに行くことが多い。

 同ギャラリーでは「第48回国際現代書道展」を見た。
 ちょうどロビーで、揮毫パフォーマンスが行われていて、たいへんな人出であった。

 この書展は、かつて「全道書道展」と呼ばれていたもので、第41回から改称したらしい。
 なんと1789点もの出品がある。毎日書道展北海道展に匹敵する規模だと思う(読売書法展北海道展よりも多いだろう)。
 会場に、隙間なく作品が陳列されている。
 これでも、ピークの第30回展は2340点もあったというから、500点以上も減っていることになる。

 なるほど、国際と銘打っているだけに、海外からの応募も多数ある。
 大半は台湾と中国からの漢字書だが、ロシアやカナダからの出品もある。
 「現代」のほうは、墨象も前衛もないので、あまり現代っぽくない。

 審査会員の作品はさすがに見ごたえがある。
 ただひとつ気になったのは、「藤原伸二郎」という人の詩を書いた調和体の作品があったが、これはひょっとすると「蔵原伸二郎」ではないかと思う。

 また、調和体で井上靖の作品を取り上げた人がいた。
 これは非常にめずらしい。
 なんとなれば、近代詩文書(調和体)の祖ともいえる金子鷗亭(鷗は鴎の正字)の十八番が井上靖の散文詩だったからで、普通は恐れ多くて取り上げないのである。
 とはいえ、いつまでも先輩にビビッていては書壇の発展はないので、こういうチャレンジは良いことだと思う。

 審査会員と一般入選の作品を比べると、筆者でもその差は歴然としていることがわかる。それでも、全道書道展の時代に比べると、水準は上がっているような印象を受けた。


 ここから徒歩で、MUSEUM(clerk gallery + Shift)に向かう。


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毎日新聞「この1年 書」は今年も道内の書展を取り上げた

2016年12月09日 00時59分59秒 | 展覧会の紹介-書
 けさ(2016年12月8日、北海道配布)の毎日新聞を見たら「この1年 書」という記事が載っていました。

http://mainichi.jp/articles/20161206/dde/018/040/016000c

 もう年末の回顧ものの季節なんだ、早いな~と思いました。

 ところで、アートに関する書き手のなかで、筆者がもっとも尊敬しているひとりは、毎日新聞の書道担当、桐山正寿記者です。

 彼は以前から、道内で注目すべき展覧会があれば、東京から足を伸ばして見に来るのです。
 こういう記者やジャーナリストはほかにはいません。

 今年の年末回顧でも、収穫として挙げた五つの書展のうち一つは、8月に札幌市資料館で開かれた「大川壽美子書展」です。

 大川壽美子書展(8月)は、「かなの美」を味わいつくそうという壮大な意欲が満ちあふれていた。日本文学史総ざらいという趣。

 さらに、今年の収穫として七つの個展を挙げていますが、その中に、10月にスカイホールで開いた「山田太虚傘寿記念書展」が含まれています。
 また、道立函館美術館の「金子鷗亭の世界」(鷗は鴎の正字)にもふれています。

 けっして長くはない文章の中で、道内の書の展示を三つも挙げているのは、やはりすごいといわざるをえません。書道王国=北海道の面目躍如であると同時に、それをきっちりと受け止めて全国に向けて発信してくれる記者がいることのありがたみを、あらためて感じるのです。

関連記事
毎日新聞「書の世界」が、創玄展での北海道勢の活躍を特筆
ことしの「この1年 書」(毎日新聞)
毎日新聞文化欄「この1年 書」から。道内の書展をきちんと全国の書の動向の中で位置づけている文章 (2009)
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■第57回北海道書道展 (2016年4月27日~5月10日、札幌)

2016年05月11日 01時01分01秒 | 展覧会の紹介-書
 道内最大の書道の公募展。
 規模が大きいため、会期を三つに分割して、毎年開かれています。
 全国では、毎日書道展系、読売書法会系などと分かれている人たちが、同一の団体でやっているのは、見る側にとってはありがたいことです。
 公募は、漢字多字数、漢字少字数、かな、近代詩文、墨象ぼくしょう篆刻てんこく・刻字の6部にわかれ、前衛書の部門がないのは残念ですが…。

 筆者のようなしろうとが見に行っておもしろいのは、第1弾で開催される「招待・会員作品」の部です。「水準が高いので、あたりまえだ」と思う向きもあるかもしれませんが、その要因以外に、作品のバリエーションが非常に豊かだと感じられるためです。
 逆に言えば、公募作品の部や会友作品の部は
「これは個性的だ」
と思わせる作品が非常に少ないというのが、率直な感想です。
 公募作品で、ときに他とかけはなれた作があっても、一般の入選どまりで、特選や秀作には、バランスの良い作が選ばれている傾向が強いように思います。

 もとより書道は、現代美術などに比べると、新奇性をたっとぶ傾向が薄く、先達に倣う気風が強い分野といえそうです。
 各自の個性を発揮するのは、基礎をみっちりやって、しかるのちで十分―という感覚が強いのかもしれません。

 個人的に今年いちばん目を引いたのが、かな書で、正方形の紙を用いた会員が何人かいたことでした。大川壽美子さん、水野松雪さん、下村美穂さんです。佐々木公江さんも紙は正方形ではありませんが、紙の下方に余白をもたせて、正方形の部分に文字を排列しています。
 しかも大川さんや下村さんは、連綿ではなく、ひとつひとつの文字を独立させて書いています。従来とは異なるかな書を―という試行がそこにはあるように思います。また、一般には、文字列はまっすぐに並べることが美しいとされることが多いですが、水野さんは水が流れるように文字列をカーブさせて書いているのが目を引きます。
 北海道書道展のかな作品は、2尺×8尺という大きさの紙を縦長にして書いたものが大半です。手紙の巻紙などに書かれることが本来の姿なのでしょうが、展覧会で発表するという形式をとる以上、大きな縦長の紙に短歌1、2首というのが定番になるのはある程度、必然的でしょう。

 かなに比べると、近代詩文は差異を打ち出しやすいのではないかと、しろうと考えで思いがちですが、実際には先例に倣った作が非常に多いです。
 激しさ、強さを打ちだそうとうすると、近代詩文の出発点にあったはずの「可読性」という特徴が失われるというジレンマもかかえているように見受けられました。

 そうなると、けっきょく漢字がいろいろ楽しめるということになります。個人的な感想ですが…。
 三上雅倫さんは、抽象画のような造形美と古拙の味わいが合体したような、興味深い作でした。
 松永律子さん、三上山骨さん、平田鳥閑さんなども造形性を存分に発揮しています。
 青木空豁さんは余白の美を生かしています。
 須田廣充さんは、左右で見事な対比になっています。

 全体をとおしてみると、一時期流行した良寛ふうの線は少なくなり、金文や象形文字に取り組む人も減ってきているような印象を抱きました。

 田中卒甫さんは、憲法第二章戦争の放棄第九条という作品です。
 筆者は、これを題材にした書作品は初めて見ました(陶芸なら見たことがある)。憲法をないがしろにする政治が行われている昨今だけに、目を引きました。


 以上、きわめて雑ぱくな感想ですが、まとめてみました。


・招待・会員作品 2016年4月27日(水)~5月1日(日)午前10時~午後6時(最終日~午後5時)
札幌市民ギャラリー(中央区南2東6)

・公募作品 5月4日(水)~8日(日)午前10時~午後6時(最終日~午後5時)
札幌市民ギャラリー

・会友作品 5月6日(金)~10日(火)午前10時~午後6時(最終日~午後5時)
札幌パークホテル(中央区南10西5)地下


過去記事へのリンク
第56回北海道書道展=招待・会員 (2015)

北のかがやき2009 北海道書道展第50回記念展 (2009)
第48回
第47回
第45回
第44回
第43回
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■幕末の三筆・貫名菘翁(ぬきなすうおう)展 (2016年1月13日~3月31日、札幌) 3月前半の3連休(2)

2016年03月18日 23時20分58秒 | 展覧会の紹介-書
(承前)

 筆者は、書はしろうとであるから、字釈などにこだわらず好き勝手に見て楽しむ。
 したがって以前は、漢字でも、大字には造形感覚の個性の違いが現れて、おもしろがっていたが、行書の多字数書などは書展会場で見てもほとんど素通りだったのが正直なところであった。一つ一つの文字が小さいので、どう鑑賞してよいのか、わからなかったのだ。
 ところが2008年、梅木陽一さんの社中展で、貫名菘翁ぬき な すうおうによる蘇軾「赤壁賦」の六曲屏風を見て、その魅力に取り付かれた。かなりのスピード感があるのに、一つ一つの字をおろそかにしていない。線質がやわらかく、雅の味がある。これは、たいしたものだと、ひとつひとつ文字を目で追い、行書を心行くまで堪能した。

 だから今回、その「赤壁賦」の六曲屏風を含む44点もの、貫名菘翁の書画が展示されると聞いて、これは見に行かねばと心が躍った。
 とはいえ、まだ会期が終わるまで間があると思うと、なかなか足が向かず、3月12日に国際書道協会の新谷谿雪理事長が「貫名菘翁書の魅力について」と題してギャラリートークを行うというので、ようやく訪れた次第である。


 貫名菘翁は安永7年、徳島生まれの儒者にして画家、書家である。
 巻菱湖、市河米庵とともに「幕末の三筆」と称される。生前は、江戸にいた米庵、菱湖のほうが盛名が高く、明治の紙幣の文字は米庵を範にとり、政府の官用文字は菱湖流であるとされている。
 しかし、その後は日下部鳴鶴らの絶賛により、貫名菘翁が現代書の先駆者であるという評が固まってきている。
 新谷さんは、この日のトークで、生徒さんたちに菘翁の代表作「左繍叙 さ しゅうのじょ」を臨書させたら、全道書道展でどんどん特選や秀作になったと明かしていた。これも、菘翁が現代の書に直接つながる証左であるとのことだ。

 では、菘翁の書の特徴はどこにあるか。
 新谷先生によると「優雅で、それでいてあたたかい。強さがあり、品がいい」ということになる。

 菘翁はもともと絵をよくした。母親が狩野派の絵師の娘であった。
 絵とは、江戸期のことであるから、水墨画、南画、文人画である。筆さばきの見事なことは、絵の巧みさからきているのではないか。
 菘翁は医術や儒学をおじに学び、わずか13歳で治療所を開いた。ほどなくしてそれを閉め、17歳のときに高野山に入っている。
 そこで、出合ったのが、空海の真筆であった。それを懸命に学んだ。
 高野山には、空海が唐から持ち帰った欧陽詢、褚遂良、願真卿など大家の書もあり、それも吸収した。

 当時、日本では、お家流と呼ばれるくずし字が流行し、寺子屋でも教えられた。
 それに組しない書家は、明清風の唐様を多く書いた。
 菘翁は、同じ唐様でも、王羲之に範をとる時代の書の古典を学び、さらに平安期の書にも接している。だから、菘翁は独学であり、しかも10代の高野山時代にさまざまな書をマスターしているので、それ以降、加齢に伴う変化が少ない。若いころに完成しているのである。

 新谷さんのお話は、そのようなものであった。



 実際に作品に接してみると、たしかに菘翁の線は優雅で、流れるようなやわらかさをもつ。
 それは、かなの古典に学んだためだそうだ。
 今回は1点だけ、かなの作が出ている。もっとも、個人的にはあまり好みではないが。

 多いのは漢詩。自画自賛もあり、画のみの作もある。
 (自画自賛というのは、自ら描いた掛け軸の絵に、自分で詞書を入れるというのがもともとの意味。そこから転じて、自分をほめる、という意味になった。だから、最近のスポーツ新聞などでよくみられる「自賛」という表現は、正しくない)
 漢詩は、一部をのぞいて作者がわからない。
 李白や杜甫を写したのではなく、自分で詠んだのだろうか。
 新谷さんによると、画賛を書き入れるというのは難しいのだそうだ。
 余白のとり方などに意を用いるのだろうか。

 たとえば、次のような漢詩が添えられた南画の掛け軸を前にすると、まるで河合玉堂の絵を見たときのような、のびやかな気分になってくる。

 世人或いは謂う是れ閑人と
 閑人の閑は是れ真なるを識らず
 独り有り清江に垂釣の叟
 終年只理す一糸緡

 絵では、水草が風になびく波打ち際に岩のがけが迫り、近くでは、釣り糸を垂れる人を乗せた小さな舟が揺れている。遠くに山がかすむ。
 まさに没我の境地である。

 菘翁の画は、幽谷山林よりも、穏やかな水の景色が多い。

 たとえば、次の漢詩もそうだ(原文を掲げる)。

 招々煙渚柳 引人上漁舟 未遽下芳餌 注矚泳游


 いずれにせよ、わずらわしい現世を避けて、しがらみのない人里離れたところでのんびりしようという、唐の士大夫階級以来の伝統的な心持ちが、続いているのだといえる。
 人によっては、それは現実社会の矛盾に目をつぶろうとする姿勢ではないかと批判するであろう。
 しかし、ここではそういう話には深入りしない。

 筆者が気に入ったのは「島佛苦心誰継産」で始まる漢詩。
 明らかに、書き出しと末尾の運筆の速度が違う。興に乗ってついついスピードがアップしたのだろう。書いた人の息遣いが聞こえてきそうだ。


 とにかく、書にたずさわる人で、この展覧会を見ない手はないと思うし、ふだん書を見ない人でも、本当にうまいというのはどういうものかに触れて、静かなひとときを過ごしにくる価値はじゅうぶんにあるだろう。 
 筆者も時間が許せば再訪したい。


2016年1月13日(水)~3月31日(木)午前10時~午後5時、火休み
小原道城書道美術館(中央区北2西2 札幌2・2ビル=旧セコム損保札幌ビル=2階)

一般300円、大学生以下無料


ASAKA展に貫名菘翁の書作品 (2008)



(この項続く) 
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■第41回高書研展 (2016年1月7~10日、札幌) ※追記あり

2016年01月09日 16時54分42秒 | 展覧会の紹介-書
 北海道高等学校書道教育研究会・展覧会の略で、毎年この時期に開かれている。
 道内で書に取り組んでいる人は、大学や中学の教壇に立っている人や、自分で教室を持ったりカルチャーセンターで教えている人も多いが、高校の先生やそのOBも多いので、けっこう見応えのある書展である。正直なところ、書道道展や毎日書道展などは点数が多すぎてなかなか体力を要するので、書の展覧会を何気なく見たい人にはすすめたい展覧会だと思う。

 なお、案内状には「午前10時~午後6時(最終日~午後4時)」とあるが、実際には、午前9時から見ることができる。

 傾向としては、いつも書いていることだが、かなが少なく、漢字、その次に近代詩文が多いこと。
 今年は、統計を取っているわけではないので、確たることは言えないのだが、臨書作品が昨年までよりも増えたような印象がある。
 一年のはじめには、やはり基本に立ち戻って漢字の多字数書の臨書に取り組む気分になるのだろうか。

 今田朋美(広尾高校)は今年もアジアン・カンフージェネレーションの歌詞のようだ。短い字画がロックしてる。

 今野冲岳(富良野)。字釈に「園轉」とあるが「園舞」ではないか。2尺6尺の縦長に2文字だけなので、ダイナミックな構成が光る。

 酒井玄象(旭川龍谷)。「酒」の字が、おちょこととっくりの絵のように見えるのがおもしろい。

 櫻井九晨(札幌東豊)。「野佛の心音冬を刻みけり」。いい句だし、その句の心根が感じられる。

 鈴木隆(室蘭東翔)。図録には「鈴木海龍」名義で「流転」とあるが、作品は「生花醒月」とあり、アクリルの額がおしゃれ。

 橋本聳山(苫小牧東)。図録には「366日の紙飛行機より」とあるが、今年がうるう年だからだろうか。NHKの連続テレビ小説「あさがきた」で話題のAKB48の歌。

 籬宏行(恵庭北)。「撃」。字にふさわしく、荒々しくて激しい。

 横山晃秀(根室)。「一黙如雷」。雷のごとく黙る、とはどのような意味だろうか。


2016年1月7日(木)~10日(日)
札幌市資料館(中央区大通西13)

第40回高書研展 (2015)
第35回高書研(北海道高等学校書道教育研究会・展覧会)展 (2010)
第32回高書研展 (2007)




・地下鉄東西線「西11丁目駅」から約290メートル、徒歩4分
・市電「中央区役所前」から約490メートル、徒歩7分。「西15丁目」から約430メートル、徒歩6分

・ジェイアール北海道バス、中央バス「教育文化会館前」から約230メートル、徒歩3分
(手稲、小樽方面行きのすべてのバスが止まります)
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■第56回北海道書道展=招待・会員 (2015年4月29日~5月3日、札幌)

2015年05月03日 10時00分35秒 | 展覧会の紹介-書
 北海道書道展は、書では道内最大規模の団体公募展である。
 審査は、漢字多字数、漢字少字数、かな、近代詩文、墨象、篆刻・刻字の6部門に分かれている。
 基本的には、一般、会友、会員の3段階で、これは道内の美術の団体公募展と同じ。ただし、ベテラン会員は「招待会員」という扱いになっている(さらにいえば、中野北溟さんは超別格ということらしく、「招待作家」という肩書である)。
 また、大賞と準大賞は、一般からではなく、会友から選ばれる。

 筆者は、書道についてはまったくのしろうとであるが(書についても、と言うべきかもしれないが)、いくつか目に付いた点や、気に入った作品について述べたい。

 漢字では、馬場怜「花」を挙げたい。
 第1回展で会員に推挙された大ベテランだが、線質は美しく、気品と生命感が伝わってくる。

 会場でいちばんびっくりしたのは、三上雅倫「母 金文による」。
 先日の札幌墨象会展でも、おなじ趣旨の作を見たのだが、そのときから向きが90度回転しているのだ。横に貫く線が縦になっている。その線が最後にうねるのは、前作と同様である。ただし、札幌墨象会展の作と同一ではない(落款を見ればわかる)。

 あふれる力感をたたえる作よりも、空白の美しさを生かし、力をすっと抜いた作が、目に付く。
 青木空豁、藤根凱風、水上祥邦、三橋啓舟、清兼吼、大坪雅子などの面々である。
 紙いっぱいに文字を広げるのではなく、あえて文字のまわりに白い部分を残すと、字が引き立って見えてくる。
 水上さんは「白一色」という字なのに、紙は灰色なのがおもしろい。

 水間臥猪「秋山帯雨」は、「帯」の縦線にこめられた力と、ふっと力を抜いたような「雨」との対比がよかった。

 一方、安藤小芳は、ぱさぱさのかわいた筆をわざと使っているような、不思議な線質の作であった。

 多字数の行草書は、意外と少ない。
 その中では谷雪蘭の「花宮…」が、行書のもつリズム感が感じられて、楽しい。

 島田無響は遺作。「宙 俺の中には何にもないよ カラッポサ」
 死を前にしてのこの境地。

 かな。
 こちらも、線質にぐいぐい力をこめた作はあまり見なかったような気がする。そのかわり、散らし書きのアクロバットというか、下半分に途中まで書いて、最後の7文字だけ最上部に飛ぶといった、大胆なちらし方で書いた作がいつになくめだったように思う。竹内津代「もろともにあはれとおもへ山桜」と来て、「花よりほかにしる人もなし」は最上部に書かれているのだ。川口子、大川瀟湖、乗木美穂子も同様である。

 物故会員として安喰のり子、石井華賀子の作が展示されていた。
 安喰は「あさ寒のすヾめ啼くなり忍竹」。石井は、万葉集の山部赤人。これは、万葉仮名で書かれているので、漢字作品と見るべきか。かなと漢字をつなぐような作品。

 近代詩文も、会友や一般の会場に行くとたくさんあるオーソドックスなタイプの作品が意外と少ない。つまり、詩句の中から印象的なひとことを大きく激しく書き、残りを周囲に書く、直線が多く、線の鋭い作風である。そういう作は、大川濤湖など、あることはあるが、案外と少ない。
 ただし、若い感覚を打ち出しやすいのもこの部門らしく、大高蒼龍「White Out」、井川静芳「0 真新しいゼロ」などは、斬新だと思う。

 ほか、上山天遂は、篆刻よりも字釈の部分が大きな作品がこの数年続いている。
 こういう、ジャンルをまたぐような作は、会員の会場以外ではなかなか見られない。
 ほかにも、力作は多かった。ひとりひとり名前を挙げられず申し訳ありません。

 最後に、中川蘆月は、3月まで放送されていたNHKテレビ小説「マッサン」の主題歌である中島みゆき「麦の歌」を書いている。あらためて読むと、ドラマの物語にぴったりであることが分かり、いい歌詞だな~と、しみじみ感動したことを書いておきたい。
 


2015年4月29日(水)~5月3日(日)午前10時~午後6時(最終日~午後4時)
札幌市民ギャラリー(中央区南2東6)



【公募作品】5月5日(火)~10日(日)午前10時~午後6時(最終日~午後4時)
札幌市民ギャラリー

・地下鉄東西線バスセンター前


【会友作品】5月8日(金)~12日(火)午前10時~午後6時(最終日~午後4時)
札幌パークホテル(中央区南9西3)

・地下鉄南北線中島公園から徒歩2、3分


関連記事へのリンク
北のかがやき2009 北海道書道展第50回記念展 (2009)
第48回
第47回
第45回
第44回
第43回
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■第29回北海道墨人展■第66回札幌墨象会展(4月15~20日、札幌) ―2015年4月18日は10カ所(2)

2015年04月19日 10時54分01秒 | 展覧会の紹介-書
承前)

 札幌市民ギャラリーでは毎年4月から5月にかけ、書の一分野である「墨象」の団体が二つ展覧会を開く。
 北海道墨人展と札幌墨象会展である。
 以前は会期がずれていたこともあったが、2011年ごろから一緒の会期になって、同時に見られるようになった。
 墨象会のほうが回数が多いが、これは年に2度開催しているためである。

 墨人展は、数年前とくらべて、あきらかに変化したと思われることがある。
 黒い部分の面積が減って、白が増えているのだ。

 墨人といえば、ジャガイモのような黒々とした塊のような作品という印象が強い。
(偏見かもしれないが)
 今回、吉田敏子さんの「在」など、白の美しさが際立つ。
 渋谷北象さんは、「峰」がにじみを生かした作なのに対し、「帰」がにじみがほとんどなく、黒と白の対比が鮮やか。2点の違いがおもしろい。
 樋口雅山房さんは「幻」「和」など、直線を生かしたアルカイックな書風が目を引いた。

 一方、札幌墨象会展は、作品目録を紛失してしまったので、簡単にしか書けないが、筆者が訪れた際には会場で公開制作をしていた。巨大な筆を墨汁が入ったバケツに突っ込み、一気に文字を書く様子は、スポーツのようにも見える。

 展示作では、島田青丘さんの「いろはにほへと」が圧巻。
 淡墨で以呂波仁…と五十音を書いているが、文字と文字が重なり合いほとんど判読できない。
 しかし、うまく言えないのだが、島田青丘さんの作品は見るたびに、一種異様な恐ろしさを感じてしまう。なぜだろう。

 三上雅倫さんの金文「母による」は、最後の1画がうねっているのが斬新だった。
 菊地紀仁さん「驤」は、薄い墨が垂れ落ちるさままでを作品化した大作だ。
(この段落、修正・訂正しています)

2015年4月15日(水)~19日(日)午前10時~午後6時(札幌墨象会展は午前10時~午後5時)(いずれも最終日~午後4時)
札幌市民ギャラリー(中央区南2東6)


第56回札幌墨象会展 (2009)
第53回札幌墨象会展(2007年)
第52回
第46回
第45回
第44回
02年秋
札幌墨象会12人の書展
第40回(01年春)

第24回北海道墨人展 (2010)
第23回北海道墨人展 (2009)
第9回北の墨人選抜展(2008年9月)
第21回北海道墨人展(2007年)
第20回北海道墨人展
第16回北海道墨人会(2002年4月8日の項)




・地下鉄東西線「バスセンター駅」9番出口から約260メートル、徒歩4分

・ジェイアール北海道バス、中央バス「北1条東8丁目」から約410メートル、徒歩6分
・中央バス「豊平橋」から約820メートル、徒歩11分

・ジェイアール北海道バス「中央小学校前」から約210メートル、徒歩3分(バスセンター―中央小学校前―菊水駅前―白陵高校前)

(市民ギャラリーには駐車場はありませんが、すぐ前の東6丁目通がパーキングになっているほか、周囲にコインパーキングがいくつもあります)


 
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■第40回高書研展 (2015年1月8~11日、札幌)

2015年01月14日 23時59分59秒 | 展覧会の紹介-書
 道内の高校で書道を教える先生とそのOBによる、毎年新年恒例の展覧会。
 札幌市資料館のミニギャラリー全室を使い、ことしは79人が出品している。
 道展や毎日展は、点数がものすごく、じっくり見るとなかなかくたびれるので、普通に鑑賞する分にはこれぐらいがちょうどいい。もちろん、作品の水準も高い。

 全般的な傾向を言えば、漢字と近代詩文が多く、かなは数人しかいない。
 また、美術にくらべれば、書道教員は多いのではないかという気がする。美術は用具をそろえるのにいくらか費用がかかることもあって、各高校の生徒数が減少する中で、選択科目から外されているのかもしれない。

 いちばん驚いたのは、小原道城さんが出品されていることである。
 いまや札幌の都心に自らの名を冠した書道コレクションの展示会場を有する道内書壇の大御所だが、元は札幌啓北商で教えていたのか。
 出品作は水墨画。狩野派のような、山水である。

 本間孤峰「蔵暉」。淡墨によるやわらかい線質がすてき。
 須田硬充「五風十雨」。スリムな「風」、絵文字のような「雨」。ユニークな形。

 今田朋美さんは、後藤正文の詩とあるから、ロックバンド、アジアンカンフージェネレーション(略してアジカン)の歌詞だろうか。小さい作品だが、文字はエナメルを混ぜたように黒々と光り、ぎらぎらとした存在感がある。

 太田幽琳「望羊」。中央に大きな印が押してある。それは「望羊」とは読めないので、篆刻の作品というわけでもないらしい。珍しい構成の作品。

 小西広恵さんの作は字釈に「善風に逢う」とあったが、「逢善風」と3文字による大文字書。とてもバランスが良い。「善」の上2画で、しっかりと小休止し、「風」のさわやかな線と潤渇の調子が印象的だ。

 諸橋めぐみさんは、リルケの詩より。「私は生命を夢みる」とある。字にごく薄い影があるようで、ふしぎな立体感のある小品だ。


2015年1月8日(木)~11日(日)午前10時~午後6時(最終日~午後4時)
札幌市資料館(中央区大通西13)

第35回高書研(北海道高等学校書道教育研究会・展覧会)展 (2010)
第32回高書研展 (2007)

参考:毎日新聞北海道版の記事 http://mainichi.jp/feature/news/20150110ddlk01040156000c.html
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■Ten-ten 2014 IN SAPPORO 書 imagined! (2014年7月22~27日、29日~8月3日、札幌)

2014年08月25日 21時20分11秒 | 展覧会の紹介-書
 
 全国各地から「前衛書」の作品が集まった展覧会。
 書の中でも「前衛」は、北海道書道展や読売書法展には出品されないこともあり、札幌では見る機会は決して多いとはいえない。そんな中で、この分野の書が並んだ展覧会が2週にわたって開かれたことは、少なからぬ人に、新鮮な驚きを与えたことと思う。
 なにせ、「前衛書」というのは、漢字などの書に根ざしながらも、文字にこだわらない。
 そのぶん、書の素養が乏しくても、抽象絵画を見るのと同じような感覚で造形を味わえるという利点がある。

 第1週と第2週では、違う書家が出品している。2週にわたって作品が出ていたのは、札幌の書家で、今回の作品展にあたって中心的な役割を果たした竹下青蘭さんと、招待作家的な位置づけであろう札幌の画家、江川博さんである。
 絵画における「図」と「地」の問題について、長年にわたって実作で考察してきた江川さんは、前衛書の展覧会に招かれるにはふさわしい画家だ。




 この作品を見ると、朱の線が図で、黒が背景のようであるが、その逆であってもいっこうに差し支えないわけで、「図と地」は、客観的な事実の問題というより認識論の問題なのではないかと考えられる。


 さて、第1週の出品作の中から、いくつかを紹介する。




 帯広の八重樫冬雷さん。
 「けふもいちにち風をあるいてきた」(山頭火の句)
と図録にある。
 もちろん、山頭火の句の文字を書いたのではなく、その流浪の精神を、絵巻物ふうに表現したということなのだろう。




 笠田邦園さん(島根県浜田市)は、呉服を出品した。
 東日本大震災への鎮魂の思いがこめられている。




 愛媛県松山市の鎌田恵山(けいざん)さん。
 この緊張感には、圧倒させられた。名剣士の居合い抜きに立ち会っているかのように、張り詰めた空気を、ひしひしと感じさせる。




 静岡県富士宮市の赤池艸硲さん。
 余白を生かし、点を打つことに精神を集中させた作品。
 そのあり方が、李禹煥を連想させる。赤池、李の両氏は、異なる道を通って同じ山頂に達したのではないかとも思う。




 竹下青蘭さん(札幌)。
 淡墨の線と点がダンスを踊るように画面ではねる。




 香川県高松市の東原吐雲さん。
 こちらも、緊張感ある墨痕の配置。




 会場風景。

 ほかに川邊艸笛(大阪府高槻市)、喜代吉鐵牛(浜田市)、榛葉壽鶴(静岡県島田市)、外林道子(東京都世田谷区)、田中一遥(神奈川県藤沢市)、原雲涯(長崎市)、宮村弦(静岡県)の各氏が出品している。

 part2 については、別項に続く


2014年
part1: 7月22日(火)~27日(日)
PART2: 7月29日(火)~8月3日(日)午前10時~午後6時(最終日~午後5時)
コンチネンタルギャラリー(札幌市中央区南1西11 コンチネンタルビル地下)

告知

交錯する眼差しの方へ II 遠藤香峰・大川壽美子・須田廣充・竹下青蘭・吉田敏子(2013)

江川博展 (2013)
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■続き・Ten-ten 2014 IN SAPPORO 書 imagined! (2014年7月22~27日、29日~8月3日、札幌)

2014年08月25日 19時55分58秒 | 展覧会の紹介-書
(承前)

 part2の会場から。









 出品者は、石井抱旦(神奈川県茅ケ崎市)、江草幽研(兵庫県西宮市)、遠藤泉女(岐阜県各務原市、佐伯孝子(神戸市)、塩崎学(釧路市)、田岡楚香(東京都荒川区)、高橋彰子(神奈川県平塚市)、谷川ゆかり(兵庫県姫路市)、友葭良一(福井県)、中西浩暘(神戸市長田区)、中村紫泉(札幌市)、山本大廣(福井県鯖江市)、和田彩(神戸市)の各氏。
 フライヤーには記されていないが、竹下青蘭さんはpart2にも出品した。

 この展覧会は、毎日新聞の「書の世界」でも大きく紹介された
 桐山正寿記者は
「 展覧会が自在に変容していく様子を眺めるのはワクワクする。それでなくとも制度化・硬直化の弊害が目立つ書芸術の社会にノマド(遊牧民)の気概をもって風穴を開けてほしい。」
と書き出しで述べている。

 以下、記事は次のように続く。

 2008年、東京・銀座の洋協ホールでスタートした「Ten-tenプロジェクト」が横浜を経由して北海道へと移動する。出品者も会派を問わず書以外の分野の人々の参加を呼びかけたりしてきたが、今回は奎星会の26人に招待作家の江川博さんを加えた陣容となった。地域的にも北海道から九州までカバーした。年齢も30代前半から70代後半まで、男女の割合も拮抗(きっこう)している。

 パート1は、喜代吉鐵牛さん「龍図NO・5」▽榛葉壽鶴さん「巓-内在するもの-」▽竹下青蘭さん「手すさび・伸1」など、パート2には、石井抱旦さん「極3-曲・直」<4>▽中西浩暘さん「風神-RL」<5>▽山本大廣さん「生れ出る(亞→卵型)」など、書の概念を大きく揺らすような多彩な作風の書が並んでいる。

 「新しい表現の作品を出してほしい、と呼び掛けています。今回は原点に戻って、より純化した形になったのではないか。出品者も鑑賞者もそれぞれのイメージを膨らませてほしい」と石井さんは話している。


 非常に好意的に評されている。
 筆者も、この展覧会それ自体は、とてもよかったと思う。


 ただ、ちょっと物申しておきたいのは、展覧会のタイトルとフライヤーのデザインである。

 これだけを見ても、これが書の展覧会であることが、非常にわかりづらい。

 上の記事を読んで、「Ten-ten」というのが由緒ある名称であることを知り、勝手に変えるわけにはいかないことは理解できた。だが、一般の人には書の展覧会であることを、わかってもらえないのではないか。 
 ここは、展覧会名の冒頭に、例えば「書の先端」とか「前衛書の現在」というような、ひとめで展覧会の性質がつかめるような文言がほしかったと思う。

 と同時に、暗い緑色が主体のフライヤーのデザインも、これが「書」の展覧会の案内であることを、パッと見でわからなくしている。

 これはおそらく、誰か特定の作品をフューチャーすることを、よしとしないからだろう。

 書の世界を、外側から見てていつも思うことだけれど、公平性や平等性にずいぶんと意を用いる業界だなあと感じる。
 絵画や彫刻といったほかの美術分野と異なり、いずれかの社中に属している人が大半なので、特定の社中や流派のえこひいきにならないよう、注意を払っているのだろう。
 たとえば、北海道書道連盟の展覧会の場合、必ず五十音順の陳列である。しかも、展示位置が毎年固定されないよう、「今年は●行から」と、始める行を毎年変えている。
 また、北海道書道展の講評が、北海道新聞文化面に掲載される場合も、個々の作品については、全く触れないのがならいとなっているようだ。

 しかし、これをあまり徹底されると、外部の鑑賞者としては、どこから取り掛かっていいのか、途方にくれてしまうことが少なくない。
 もちろん、書壇の人が外部の批評を拒否するほどに閉鎖的ではないようだから、いま必要なのは、外部の人間によるめりはりのきいた企画や紹介、そして公平で目配りのきいた批評ではないか。桐山記者だって、全員の名や写真を挙げるわけにはいかないから、いろいろ考えながら(たとえば、紙面に同じ人ばかり出ないように、など)、面白いと思った作品を選んで載せているのだろう。

 もうすこし、多くの人に足を運んでもらいたい展覧会であった。


2014年
part1: 7月22日(火)~27日(日)、PART2: 7月29日(火)~8月3日(日)午前10時~午後6時(最終日~午後5時)
コンチネンタルギャラリー(札幌市中央区南1西11 コンチネンタルビル地下)

告知

交錯する眼差しの方へ II 遠藤香峰・大川壽美子・須田廣充・竹下青蘭・吉田敏子(2013)

江川博展 (2013)
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■第4回 北晨社書展 (2014年6月24~29日、札幌)―6月28日は16カ所(5)

2014年06月29日 04時44分44秒 | 展覧会の紹介-書
承前。シリーズ先頭はこちら。画像は関係ありません)

 小樽の秋山真魚、札幌の井幡郁子、木下士昂、工藤菁穂、長谷川白羊の5氏と、札幌の岡田大岬氏が主宰する「岬土社」の有志15人(岡田さん含む)による書展。

 おそらく、団体公募展には属さず独立したあゆみを続けている書家たちであろうと推測される。

 長谷川さんの作品は久しぶりに拝見した。臨書の「〓(せん)」(つちへんに專)の上には、支那の服を着た男2人の絵が描かれている。もう1点の臨書、藤原佐理「離洛帖」は、行書の美しさにあふれている。

 岡田さんの「十字架」にも考えさせられた。「十」は、横棒がなく、縦線のみで表されている。隷書としても、破格の勢いがある。

 書の批評でよく墨の潤渇ということがよくいわれるが、井幡さんの「回帰」は、潤の部分が少なく、渇が目立つのがおもしろいと思う。

 すべて漢字であるが、肩に力が入りすぎておらず、なおかつ漢字の成り立ちを考えさせられる、おもしろい書展であった。


2014年6月24日(火)~29日(日)午前10時~午後7時(最終日~午後5時)
gallery esse (札幌市北区北9西3 ル・ノール北9条)





 
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■第25回郁文社書道展 (2013年12月10~15日、札幌)、あるいは「誰が歴史を書くか」問題。 12月14日(8)

2013年12月15日 11時53分24秒 | 展覧会の紹介-書
承前

 さいとうギャラリーの次は、ギャラリー大通美術館へ。
 先日の読売新聞北海道面にこの書展の記事が載っていたので、気になっていたのだ。
 「第25回」とあるが、道内の開催は初めて。主宰の高木聖雨氏は、東京在住で、月に1度、このギャラリーで指導をしているという。日展会員、読売書法展の幹部であり、全国を指導で飛び回っているのであろう、約110人の出品者も九州、関東など全国にまたがっている。
 作者名の横に添えられている都道府県名を見ると、北海道は10人程度。筆者が存じ上げている名前は函館の下山邃堂さんぐらいのものであった。しかも、会場の係の方によると、この表示は出身地の場合もあるという。
 作品は大半が漢字。行草書でも書風はまずまずバラエティーに富んでいるほうだとは思うが、隷書や、淡墨の作などはない。毎日書道展的な分類でいうと「多字数」ばかりで、数文字からなる作品はほとんどない。調和体や刻字、写経なども数点あった。
 出品者に堀江尚子、生野陽子とあるのは、フジテレビのアナウンサーであるようだ。

 これだけ道内関係者の少ない書展は珍しいと思うが、最大のセールスポイントになりそうなのは、青山杉雨、高木聖鶴という文化勲章受章者の作品が1点ずつあることだ(ちなみに、青山は特別展観、高木は賛助出品となっているが、違いはよくわからない)。
 意外なことだが、書の分野で文化勲章を受けた人はこれまで(たしか)6人ほどしかいない。
 6人中2人が並ぶというのは、道内ではめったにない機会だろう。

 しかし…。と考える。

 この手の顕彰制度の常とはいえ、近代日本の書道史を変えたといわれる比田井天来や、海外での知名度の高さでは他をしのぐであろう井上有一は、文化勲章を受けていない。

 誰が評価の主体という権力になるのか、そして、誰がその分野の歴史を書くか…という<闘争>の過程と結果により、いろんなことが変わっていくだろう。

 例えば、近代日本の彫刻史では、日展系は歴史を書く主体の座につくことに失敗したため、もっぱら新制作系の目線で歴史が書かれることになったといえなくもない。もちろん、それは、新制作系の彫刻作品を評価する<目>とワンセットであるわけだが。
 もうひとつ例を挙げれば、1880年ごろのフランス画壇で、まさか後年ここまで印象主義主体で美術史・絵画史が叙述されることになるだろうとは、誰も自信をもって断言できなかったのではないか。
 歴史なんてものは、時代によって、書く人によって、大きく様相を異にするものなのだ。

 書、とりわけ近現代日本の書道をめぐって書かれる批評や歴史などは、他の美術分野に比べると少ないが、比田井や金子鷗亭(彼は文化勲章受章者。鷗は機種依存文字で、「鴎」の正字)、井上、上田桑鳩などを評価する歴史叙述の立場からすれば、なんで読売書法展から文化勲章受章者がこんなに出るんだ―ということになるかもしれない(ここらへんは筆者が事情をきっちりわかって書いているわけではない。要精査)。
 
 1880年代のフランス美術史がどう叙述されるかの闘争ははるか昔に決着をみたが、現代日本の書道史が今後どう書かれていくのかは、まだ闘争の最中なのかもしれない。


2013年12月10日(火)~15日(日)午前10時~午後6時(最終日~午後4時)
ギャラリー大通美術館(札幌市中央区大通西5 大五ビル)

□高木聖雨 http://www.geocities.jp/seiutakaki/



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