コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

患者を生かす手術

2009-08-07 | Weblog
タンジャ大統領のやり方は、かなり無茶である。憲法が大統領3選は駄目だと規定していても、その憲法を変えてしまえばいいのだというのでは、憲法とはいったい何のためにあるのだ、ということになる。それも、憲法に規定する改正手続きではなく、国民投票という手法による憲法改正である。国会という民主政治の決定機関が反対し、憲法を守る憲法裁判所が違憲だという判断を下した手法を、タンジャ大統領は押し通した。タンジャ大統領のやり方は、民主主義のみならず立憲主義に反している。

だから、国連や欧米各国は、次のように立場を表明してきた。

▼米国国務省報道官談話(5月29日、憲法改正の方針決定に対して)
「憲法改正のため国民投票を行うとの、タンジャ大統領の計画に、懸念を表明する。これはニジェールが過去10年間に築いてきた、社会的・政治的・経済的な進展を損ないかねない。また、定期的かつ平和裏の政権交代と、憲法上の手続き尊重ということが、民主主義の基本である以上は、民主主義の後退となる。」

▼カナダ外相(5月30日、憲法改正の方針決定に対して)
「事態の展開を憂慮する。民主政治の制度と機構を尊重することは、民主主義への確固たる歩みのために重要である。政権当局が憲法の文言と精神に従って、行動するように求める。」

▼フランス(6月29日、「特別権限」行使決定に対して)
「憲法体制の維持と、民主主義について達成した成果の確保と、国の安定に、強い重要性を置くべきことを、再び表明する。」

▼国連事務総長(7月2日、「特別権限」行使決定に対して)
「現在の政治上・憲法上の危機が、民主政治と法の支配の確立を損ない、国を不安定化することを懸念する。自制と対話により解決が図られることを求める。」

▼欧州連合(7月2日、「特別権限」行使決定に対して)
「最近の事態の展開を懸念する。特別権限行使の決定と、憲法裁判所の解体は、民主主義に逆行する。民主主義の成果を危険にさらすことのないよう、政権当局に求めたい。国の安定の維持と、民主主義の価値観、法の支配という、コトヌ協定の主要点を尊重するべきである。全ての当事者に、対話および平和的な解決を求める。」

▼カナダ外相(7月3日、「特別権限」行使決定に対して)
「特別権限行使に対して強い遺憾を表明する。最近の政府のとる措置は、近年の民主化の進展を損ない、ニジェール社会を脅かすものである。政権当局が、憲法の文言と精神に従って、責任を果たすことを求める。」

▼欧州連合(7月31日、国民投票を前に)
「政治状況を憂慮する。憲法裁判所の解体と、国会の監視下にない政治権力の行使は、民主主義の価値と法の支配の原則への蹂躙である。政府に民主主義と立憲政治に復帰する気がないことは遺憾である。コトヌ協定の違反は、EUとニジェールの協力関係に重大な影響を及ぼす。民主的かつ立憲的な政治に戻ることを求める。」

▼フランス(8月4日、国民投票実施にあたり)
「タンジャ大統領の決定は、民主主義への侵害であり、憲法制度を逸脱し、統治機構を弱体化するものである。EUの声明を支持。現下の動きは、コトヌ協定の基本原則への違反であり、協定第96条に基づき、EUとの経済協力の停止に繋がり得る。民主主義の成果と国の安定を重視する。すべての当事者に、国家と国民の利益に対して、責任を果たすことを求める。」

どの声明からも、民主主義や立憲政治の基本理念や手続きに反するやり方は、断じて許すべきではないという気持ちが伝わってくる。タンジャ大統領は、近代民主政治の基本を蹂躙していることは明らかだ。そして、日本も民主主義や立憲政治を基本とする、つまり欧米各国と同じ価値観に立った国である。欧米諸国と足並みをそろえて、声明を出して反発を示し、懸念を共有することを内外に示すべきだ。

ちょっと待って、と別の声が聞こえる。

タンジャ大統領が困った挙げ句、強硬措置に訴えたのは、憲法に「お前がもう一期大統領をやることはまかりならん」と書いてあったからなのである。もし憲法に3選禁止条項が無ければ、憲法を否定することなく、堂々と大統領選挙により政権を維持したであろう。

それに、タンジャ大統領が過去10年に行ってきた政治は、それなりに人々を豊かにし、満足させてきた。援助資金の積極的導入と、国民の福利厚生の向上をめざす国家政策。そうしたタンジャ大統領の施政は、国民の多くが支持しているという。国際的な非難を浴びるような、人権無視の強権政治を行ってきたわけではない。奇しくも欧米各国の声明に、その証左がある。各声明とも「近年の民主主義の進展」を評価しているが、それは他ならないタンジャ大統領が築いてきたものなのだ。

たしかに、野党はこぞって強い反対を示し、かつ国民の示威行動も行われている。でも、今のところ、小規模なものを除いて、警察部隊との衝突による流血や、逮捕などによる弾圧があるわけではない。ニジェールの市民の間に緊張が高まっている、あるいは国内の不穏な動きがあるという情報もない。どうも、人道上あるいは国内治安上の懸念がある、というところまでは行っていないようだ。

さらに、進め方が乱暴だとはいえ、タンジャ大統領は「国民投票」という手法を選択したのだ。クーデタなど暴力を用いて政権を維持しようと言うのではない。憲法上の規定である3選禁止を越えてでも、タンジャ大統領に引き続き大統領でいてほしい、という気持ちが国民にある、という場合はどうだろう。それが国民投票で明らかにされるのだ、という解釈も可能だろう。やり方はどうであれ、平和的な手続きで一国が行った選択を、外から良い悪いと批判するのは、内政干渉ではないか。

また、「3選禁止」の憲法を改定して、新憲法のもとで3選を果たす、という手法に訴えた大統領の例は、他にもあるのだ。ウガンダのムセベニ大統領は、同じ手法で大統領を続けた(2006年2月)。本年4月には、アルジェリアでブーテフリカ大統領が、憲法改正をして3選を果たしている。これらの大統領選挙が行われた時には、国際社会はとくに懸念や遺憾の意を表明していない。そもそも、「3選禁止」は民主主義に本質的に重要なのだろうか。フランス憲法でさえ、昨年まで「3選禁止」条項を有さなかった。

タンジャ大統領のやり方が、強引で強権的であることは、疑いない。でも、ただ民主主義、立憲政治の理念を、杓子定規に当てはめて、彼を断罪するというのは、ちょっと酷なのではないか、という気がしはじめた。ニジェールは、かつてはクーデタが頻発していた国である。1992年に多党制民主主義を導入してからも、クーデタを重ねてきた。ようやくタンジャ大統領が、2期10年をかけて政治安定を達成した。クーデタの起こらないような政治を、続けて確保していきたい、という期待が背景にあるのかもしれない。

「手術は大成功です、患者は死にましたが。」
という冗句がある。今のニジェールに一番必要なのは何だろうか。民主主義や立憲政治を尊重させることに成功しても、そしてそれはもちろん大切なことだけれど、もしかすると、それが政治の安定と必ずしも両立しないという場合が、あるのではないだろうか。仮に、どちらかを優先せざるを得ないとすれば、どちらを優先させるべきだろうか。そういう疑問がある。

やはり、患者を生かすというのが、医者の仕事ではないか。手術することそのものが目的ではない。そういう観点も大事だ、と思い始めると、日本としてどういう立場を取るかという設問を前に、腕組みをしてしまう。

最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
3選 (Sato)
2009-08-07 03:16:19
いつも楽しみにみさせていただいております。
この件を聞くたびに2年前のナイジェリアでオバサンジョ前大統領改憲を思い起こします。そのときは、友人たちの意見とテレビや新聞、ラジオで聞く意見がかなり違うなーと思った次第。みな、思ってはいても行動にはあまり移さないようです。政治にあまり期待していないようにも思いました。
まさか、アフリカ滞在中にまた身近にこのような動きをみるとは・・・。今回の国民投票の投票率がどの程度かがかなり気になっています。そして、今回の行く末は隣国ブルキナファソで控えている大統領選挙(4選目)にも響くでしょうね。
ただ、まずは週末ニジェールにいってもらうスタッフが面倒なことにことに巻き込まれないかが一番の心配ごとですが。ながながと失礼しました。
返信する

コメントを投稿