人生第二章 挑戦者

<左半身麻痺の機能回復と生活奮闘記>
脳卒中に倒れ、その後の障害、失われた機能、生活を取り戻す記録

10月は、電車に飛び込み・・・

2016年10月23日 23時55分04秒 | 仕事
 最近、電通で入社わずか1年目の若い女子社員が15年12月25日金曜日、都内にある電通の女子寮4階の手すりを乗り越えて飛び降りて亡くなったニュースを知って心を痛めてしまいました。
長時間労働と無理解な上司が原因で若い女子社員は自殺してしまいました。きっと、この若い女子社員は、逃げ場が無い、心身ともに追いつめられた状況だったのでしょう。

◆ 私のサラリーマン人生の総括 - 第二弾 

 さて、2012年10月は、私の心の中で、一生忘れる事のない年、月です。この事は、私のサラリーマン人生の総括として、これからの私の未来の為に記録として残しておきます。

 2012年6月からリストラが始まって、何とか、会社には残ったものの、管理職から降格させら、元の職務からも外され、非常に単純な仕事をさせられて、今まで会社の為に頑張ってきた人間に対して、こんな理不尽な事があっていいのか?、私に早く会社を辞めろ!!と言っているのか、と毎日思い悩んでいました。
もうこんな会社にいたくないと思っても、生活の為には、会社を辞められない。針のむしろに座っているような状態の我慢の重い日々でした。

 そんな状態の10月のある日、その日の朝、電車がホームに到着しようとした時に、この電車に飛び込んだら、どんなに楽になるのだろうか、と思い近づいてくる電車に私は吸い寄せられ行きました。でも、その時、妻と子供の顔が浮かんで、立ち止まりました。電車には、飛び込めませんでした。

 障害を負った事も大きな傷ですが、それ以上にリストラの圧力は、私の心を苦しめていました。障害での”体の傷”より以上にリストラでの、”心の傷”の方が私にとって大きな傷になっていたのです。
”心の傷”は、”体の傷”より治す事は困難です。リストラは本当に恐怖です。この恐怖は、リストラを味わった者でないと判らない事だと思います。人間は、何て弱い動物なのでしょう。

 後日、妻に、この電車に飛び込こもうとした事の話をしたら叱責されました。そして、その叱責で目が覚めました。
その時以来、妻と子供の為に頑張って生きて行こうと決心し、今は未来を信じられるようになっています。

 その後、私は困難を乗り越えた偉人、哲学者、思想家、宗教を調べ、どのようにして障害を乗り越えて行ったかを参考にしました。偉人の言葉は、私の心に響き、直ぐに弱気になりやすい、気の小さい私に勇気を与えてくれました。
人間は、”たった一言の言葉”で強くなれる動物なのですね

 お金が少なくても、障害を持たずに健康で生きていれば希望があります。夢があります。楽しい事もあります。自殺した若い電通女子社員の人も、”希望の一言”を見つけて、ひどい労働環境の電通から飛び出して新しい世界に活躍の場を見つけてもよかったのではと思いました。

若い電通女子社員のご冥福をお祈りいたします。

病気で倒れて、不幸にも私は障害を持ってしまいましたが、この出来事で、どん底に落ちても、絶対に”転んでもただでは起きない”事を確信し私の気持ちは高まっています。



障害を負っていても頑張って生きていれば必ず幸運が来ます。必ず来ます。
これからの生活を"LA VIE EN ROSE"を信じましょう!!
でも、”油断大敵”は忘れ無いようにします。

挑戦者

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