ちょこちょこ帳

ちょこちょこした物やおもしろい物を中心に、気が向いた時に更新していきます。

進歩なし、です・・・

2008-07-15 11:21:42 | Weblog
10日が母の誕生日で17日が残念な兄さんの誕生日なので、
お祝いを兼ねて日曜は食べに行きました。

もともと会話のない家族なので、みんなモクモクと食べ、
周りが賑やかでしかもお店のTVで阪神戦が映っていたので、
普段の我が家のような感覚の夕飯でした。

なんかこの、一見幸せ家族風やのに会話の無い、陰気な感じが嫌で、
昔はこの行事が苦痛で仕方ありませんでした。
今でも楽しみとは言いがたいけど、昔と比べて有り難味は感じています。

うちの父は一人っ子で、おじいちゃんも厳しい人で、商売をやっていたので
よほど寂しかったのか、家族団らんというものに強い憧れを持っていて、
そして「父親とは」「家族とは」みたいなもんにものすごく固執してます。

家族の誰かの誕生日には、みんな揃って外食するか家でごちそうを食べるか
という決まりになっていて、それは父が「父親として」の、義務に感じて
いるようです。
私達が将来家を出た時に、いい思い出として感謝する日が来るだろう、と。

なので、ただ「今日は外で食べよっか!イェーイ」みたいな軽いノリでは
決してなく、スポンサーである父の機嫌を損ねないように大人しく、厳粛な
会食になってしまう訳です

・・・で、今回も特に盛り上がるでもなく、普通に飲んで食べて帰ったんですけど。


そして昨日、夕飯後、父が・・・
「昨日兄ちゃん、リュック背負っていってたやろ??なんやあれ?」

私は知らなかったけど、いつも外食の時手ぶらのトオルが、今回はリュック
持参で行ったらしいんです。
私は、もしかしたらこないだ父の日に私と割り勘にしたのがきっかけで、
(財布ぐらいは持っていこう)と思ったんかな・・・っていいように考えたんですけど。
父はどうやら、「ええ大人がリュックサックて、情けない」と
とったみたいで(笑)

そして私に聞いてきます
「あれ、何でや?何でリュックやねん?」

私は即答します
「そりゃ、オタッキーやからやろ

父は・・・
!兄ちゃんはオタッキーなんか??」

いやいや!いやいや!
正真正銘の、生粋のオタッキーやないですか

あんだけ「あいつは変わっとる」「引きこもりやな」
「ゲームばっかりしやがって」「本に埋もれて死ぬぞ」と
言ってたのに、オタッキーじゃないんですか?

父は私の発言にビックリして、少しショックさえ受けている様子でした
これって、一種の親バカみたいなもんですかね。
うちの子はおかしいと思いつつも、世間一般のイケてない部類に入ってるとは
認めたくない・・みたいな。

そして、支離滅裂な愚痴タイムが始まり・・・母への攻撃が始まるのでした
「いっぺん、(トオルを)外放り出したったらどうや
「俺が出ていったろか」
「あいつは世間からトッチャン坊ややと思われてんねんぞ」
「一回、ちゃんとした見合い写真撮らせとけ

と、止まりません

で、私も母もトオルが家を出ることは大賛成なので、そこは賛同したら、

「・・・・お前ら本気で言ってんのか?そんなん・・・俺は心配や。
 さっきのは撤回や、忘れてくれ・・・」

て、何やねん(笑)

結局なんだかんだ言いつつも、やっぱり家族を囲っておきたいアマアマな
父なのでした

はぁー、疲れる・・・・・・・



関口さんのお手柄。

2008-07-15 11:13:58 | 阪神
話が前後しますが・・金曜は会社のねえさんと甲子園へ。
木、金と連チャンやったんですよ。しんどいっす

広島戦で、席はライトでした。
定時で終わって直行して、ダイエーで買い物したんですけど。
飲みすけのねえさんはビールが飲めたらそれでいい、というお人なので、
食べ物はおつまみ程度でいいとのコト。
私は飲むけどがっつり食べたい派なので、少々意見が食い違い・・・

焼き鳥、枝豆、ハッシュドポテト、鉄火巻き、エビのから揚げ、ホタテの干物・・・

で、ねえさんがSTOPをかけたのに、
私は「足りないでしょ~」と、
反対を押し切ってさらに焼きそばを買ってしまい・・・
どう考えても買い過ぎやったみたいで・・・(案の定余ってしまいました
ビールもかなり買い込んだので、会計が3500円くらいになってしまい

でも、甲子園で飲むビールはやっぱり最高です
会社帰りやし、金曜日やし。
試合は最初1点リードされてたけど、(たぶん)犠牲フライで同点になり、
そのまま延長戦へ。
新井金本が不調なので、ヤキモキしてましたが、ねえさんが
関本なのに「関口がんばれ~~っ!」と間違えたのをきっかけに、
関本を応援しはじめました。
二人で、「なんか関口さん打つんちゃう??」と
言ってたら、本当に関口さんのさよならヒットで勝ってくれました

ホロ酔いの私たちはご機嫌さんで甲子園を後にしました