ミュンヘンなんて、どこ吹く風

ミュンヘン工科大留学、ロンドンの設計事務所HCLA勤務を経て
群馬で建築設計に携わりつつ、京都で研究に励む日々の記録

イギリスのBIM施策について調べたこと(2014年10月時点)

2014-10-27 23:59:59 | 群馬/東京・設計と博論
朝から大学へ。計算機演習室で学内WIFIのアカウントを取得してから院生室へ。終日イギリスのBIM関係の調べもの。昼休みに書籍部へ。探していた本のうちの一冊は駒場書籍部にしか在庫がなく残念。復学したので生協の組合員証をつくろうとしたら、脱退の手続きを忘れていたらしく所属の書き換えで済んだ。入学年度と名前の読みを伝えただけで、紙の分厚い会員名簿から僕の頁が数秒で探し当てられたときには驚いた。夕方から大学院博士課程の講義を受講。夜は久保田さん宗政くんと待ち合わせて、大阪から上京した同期の姜さんを迎える。ちゃんこ屋で夕飯。院生室に寄ってもう少し作業をしてから帰宅。


先日のサステイナブル小委員会における僕の報告の中で、「英国の公共建築においてはBIMによる設計が義務化される見込み」と述べたところ、より詳しく説明してほしいとの質問をいただいた。僕はイギリスでBIMを利用したプロジェクトに携わったことはないので残念ながら実体験からの報告はできないが(関わっていたプロジェクト(施主は私企業)の一つでBIM導入が検討されたことがあったが、採用には至らなかった)、ロンドンで見聞きしたことをもとに改めて情報を集めてみたので以下にまとめる。英国でBIMを利用したプロジェクトの経験がある方がいたらその実際を教えて欲しいところである。


1.英国政府が発注する公共建築の建設は2016年までにBIMの使用が義務化される

結論からすると、英国政府が2016年までに達成すべきターゲットとしているのは、中央省庁が調達する公共部門の建設プロジェクト(public sector centrally procured construction projects)すべてのBIM使用義務化のようだ。

英国政府は2011年5月に発行したポリシー『Government Construction Strategy』(*1)の中で、2015年までに政府関連施設における建設コストを最大20%削減する計画を発表し、その方策のひとつとして「政府は2016年までに電子化された3次元BIMデータを必要とする」との目標を設定した(*2)。設計/建設の段階と運用/資産管理の段階に連続性を持たせる(*3)ことで、設計/建設の段階における不正確不完全不明瞭な情報を排除し、エネルギー効率など本来発揮されるべき性能のために引き渡し後に必要とされてきた追加支出(*4)の削減につなげることが期待されているようだ。一年後の2012年7月に発行された続報『Government Construction Strategy: One Year On and Action Plan Update』(*5)では、Ministry of Justice(法務省/司法省)が先陣をきって施設整備にBIMを導入するパイロットプロジェクトをスタートさせたことが報告されている。具体的には、Cookham Wood刑務所の建設において「BIM Employer’s Information Requirements」が入札仕様書に加えられ、各ステージごとにどのようなレベルのBIM情報が提出されるべきかを定めている(*6)。

英国政府が2012年に発行した『Industrial strategy: government and industry in partnership』(*7)本文中においても、「中央省庁が調達する公共部門の建設プロジェクト(public sector centrally procured construction projects)の実現(delivery)において2016年までにBIMを利用すること」が達成すべき必須条件とされている(*8)。

*1 https://www.gov.uk/government/publications/government-construction-strategy
*2 "Government will require fully collaborative 3D BIM (with all project and asset information, documentation and data being electronic) as a minimum by 2016.” 『Government Construction Strategy』より
*3 "Alignment of design/construction with operation and asset management” 『Government Construction Strategy: One Year On and Action Plan Update』より
*4 "Post-handover defects are a regular feature of construction projects, leading to the cost of remediation (and frequently the higher cost of resolving disputes). Even when there are no latent defects, it is still rare to find that a built asset performs exactly in accordance with its design criteria (and particularly in terms of energy efficiency, for example.” 『Government Construction Strategy: One Year On and Action Plan Update』より
*5 https://www.gov.uk/government/publications/government-construction-strategy 
*6 https://www.gov.uk/government/publications/procurement-trial-case-study-cookham-wood-prison
*7 PDF直リンク https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/34710/12-1327-building-information-modelling.pdf
*8 "Government’s mandate that public sector centrally procured construction projects will be delivered using BIM by 2016” 『Industrial strategy: government and industry in partnership』より


2.英国政府の考える「BIMのその先」

2011年7月には英国政府の「ビジネス・イノベーション・職業技能省」から委託を受けたBIM Industry Working Groupが『BIS BIM Strategy Report』をまとめている(*9)。その中ではオープンで共有可能な資産情報(=BIM)の利用を通じて、クライアントである政府はコスト、価値、二酸化炭素排出量のパフォーマンスにおいて、有意な改善を得ることができる、との見通しが述べられている(*10)。

この「BIS BIM Strategy Report」では"Level 2 BIM"、いわば英国の考える「BIMのその先」の概念が提示されている。以下に引用した「BIM Maturity Levels (BIMの成熟度合い)」と題された図とともに、各段階は以下のように定義されているようだ。


(BIM Industry Working Group, "BIS BIM Strategy Report", 2011, p16)

Level 0: 紙面のフォーマットでやりとりされる、管理されていない2次元形式のCAD図面

Level 1: 協働のためのツールを備えた2次元あるいは3次元形式のCAD図面。標準化されたデータ構造/形式のような共通のデータ環境を提供するコラボレーションツールを持つ。ただし、商業的なデータは資金調達とコストマネージメントのパッケージによって独立に扱われ、CADとの統合はなされていない。

Level 2: 別々の専門的BIMツールによって構成され管理された3次元CAD環境。統合は専用のインタフェースやミドルウェアをしつらえることによってなされる。

Level 3: 互換性のあるフォーマットによる完全にオープンなプロセス及びデータの統合。サーバー上の管理されたモデルを使用し、同時発生的なエンジニアリングを可能にする。

BIMはこれまでどおりの設計/建設プロセスでつくられたプロジェクトに「Bolt-On」(取ってつけた、後付の、などネガティブな意味でも使われる言葉)することも可能であるが、計画の初期段階から計画に関わる全ての登場人物の間で情報共有とコラボレーションを積極的に進める(*11)ためのいわば新しい態度として、BIM技術そのものを超えて捉えることでより大きな利益がもたらされるだろうとの主張もある(*12)。

2016までに英国をBIM level 2あるいはその先まで導くことを目的として若い建築家やエンジニアらにより組織された「BIM2050」グループの立ち上げにおいて、Chief Construction Adviser(英国の建設業界に対するポリシー策定において省庁の枠組みを超えた協働とリーダーシップを発揮するために2009年に新設されたポジション)のPeter Hansfordは次のように述べたと報道された(*13)。「英国はもっとも先進的で野心的なBIM戦略を持つと認められている。これは国内国外いずれの商圏においても経済成長の鍵となる要素だ。そして英国のデザイナーたちの国際的なイメージを高めるだろう」
BIM導入による利益として、コスト削減やサステイナビリティ性の向上に加え、英国がBIMをリードすることで、英国内の人材の国際競争力を高めることが意図されているようだ。

*9 PDF直リンク http://www.bimtaskgroup.org/wp-content/uploads/2012/03/BIS-BIM-strategy-Report.pdf
*10 "Government as a client can derive significant improvement in cost, value and carbon performance through the use of open sharable asset information” 『BIS BIM Strategy Report』より
*11 "closer working relationships and greater co-ordination at an early stage in the project which result from the project team coming together early to talk about how we will work together to deliver the project."「Realising the potential of BIM」より 
*12 『Rising the potential of BIM』 http://www.thenbs.com/topics/bim/articles/realisingThePotentialOfBIM.asp
*13 「Britain must continue to lead on bim, urges government」"The UK is recognised as having the most advanced and ambitious bim strategy. It’s a key agent for economic growth in both domestic and overseas markets and will enhance the global image of UK designers"
  http://www.bdonline.co.uk/britain-must-continue-to-lead-on-bim-urges-government/5048789.article


3.BIM導入に関するRIBA(王立英国建築家協会)の働き

今年9月に英国政府の「Technology Strategy Board」からNBS率いるチームが100万ポンドの予算を得て、Level 2 BIMを構成する不可欠な要素であるという「Digital BIM toolkit」の開発に取り掛かった(*14)。建築/建設のライフサイクルを通した各段階における5000を超える要素の標準化を進め、無料で利用可能にするもの。プロジェクトはこの10月に始まり、2015年春には最初の途中経過が公開される見込みだ(*15)。

NBSは、建築書籍の出版や建築プロジェクトにおける書類形式のフォーマットを提供するRIBA Enterprise(RIBAが100%所有する事業体)の一部門(*16)で、設計や建設における標準仕様書であるNBS Specificationを建築/建設業界に40年以上に渡って提供し続けてきた。2005年以降は英国における建築法規施行令とも言えるBuilding Regulations Approved Documentsの出版も担っている(*17)。

英国の建築設計の実務においては、RIBAが定めた「Work of Plans」を意識しながら業務を進める。近年まで用いられてきたのは建築家の業務をAからLまで11の段階に分類したものであったが、様々なプロジェクトの進め方を持ち複雑化した21世紀的状況に合わせるために、2013年に50年ぶりの改定が行われた(*18)。改訂版では建築家の業務は8つのステージを横軸、8つのタスクバーを縦軸としたマトリックスとして表現され、オンライン上に用意されたテンプレート上でそれぞれのタスクバーをオン/オフすることで、プロジェクトごとにカスタマイズしたバージョンをダウンロードすることが可能である。そしてBIM要素はタスクバー「UK Government Information Exchanges」(第8タスクバー)として新たに組み込まれた(*19)。


(Dale Sinclairら, RIBA Plan of Work 2013 Overview, 2013, p6, figure 2)

*14 http://www.thenbs.com/bimtoolkit/NBS-awarded-1m-contract-to-complete-level-2-bim-for-hm-government.asp
*15 http://www.thenbs.com/bimtoolkit/
*16 http://www.thenbs.com/corporate/about.asp
*17 http://www.thenbs.com/BuildingRegs/
*18 PDF直リンク http://www.architecture.com/Files/RIBAProfessionalServices/Practice/RIBAPlanofWork2013Overview.pdf
*19 なお、従来RIBAが定めた「ステージ」の概念に対して収まりの悪かったPlanning Applicationに関するアクションは「(Town) Planning」として第4タスクバーに、またGreen Overlayと通称されたサステイナビリティ要素は「Sustainability Checkpoints」として第6タスクバーに組み込まれている。
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