ポケットの中で映画を温めて

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『僕の村は戦場だった』を再度観て

2022年03月02日 | 1960年代映画(外国)
プーチンの命令でロシア軍がウクライナに侵攻している。
だから、敢えて『僕の村は戦場だった』(アンドレイ・タルコフスキー監督、1962年)を観てみた。


川岸でずぶ濡れになっていた12歳の少年イワンが部屋へ連れて来られ、ガリツェフ上級中尉から質問を受ける。
イワンは説明を拒み、司令部のグリャズノフ中佐へ電話することを要求する。
ガリツェフがグリャズノフに電話すると、中佐はイワンが書き記したものをすぐに司令部へ届けるよう命じる。

翌日、司令部からホーリン大尉が迎えに来て、イワンは司令部へと戻って行った。
イワンの今回の情報は極めて重要なものだったが、グリャズノフ中佐はこれ以上イワンに危険な任務を続けさせることは出来ないと判断し、
彼に幼年学校へ入ることを命じる。
だが、イワンはそれを拒み、幼年学校へ送られるぐらいならパルチザンになろうと決心する・・・

時は、第二次世界大戦中のナチス・ドイツに対抗するソビエト軍。
少年イワンは両親、妹をこの戦争によって亡くしており、孤児になっている。
しかし孤児院を逃げ出し、今は、前線の偵察任務に就いていて貴重な存在になっている。

少年が特異な形で軍のなかにいる。
その存在意識を支えているのが、家族を殺されてしまったイワンの隠された復讐心。
この頑なまでの心持ちによって、対岸のドイツ軍の偵察に最後は一人で向かう。

この作品は、十代の時に名画座で観た。
当時、映画は二本立てだったので、確か目当ての作品は『処女の泉』(イングマール・ベルイマン監督、1960年)だったかと思う。
だから、このタルコフスキーの作品は私にとって添え物的であって何の知識もなかった。
しかし、たまたま観たこの作品の、ファースト・シーンのイワンの顔のアップ、そして、ラスト近くの捕虜ファイルの中にあるイワンの写真シーンは、
その衝撃さと共に脳裏に焼き付いている。

タルコフスキーの映像美は、まさにこの第1作目の作品から思う存分発揮されている。
そして、イワンの夢・想い出での母親とのシーン、ラストの妹と海岸で走るシーンの美しさを感じる時、
戦争のくだらなさ不毛さをつくづく感じられずにはいられない。

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