信州生坂村「山紫水明 食と文化癒しの郷!」

山清路、大城・京ヶ倉等の自然。赤地蔵、百体観音等の伝統。おやき、おにかけ等の食文化を持つ生坂村!

やまなみ荘のチラシ&信濃十名勝「山清路」の風景と「山清路伝説」

2021年11月27日 | 生坂村の報告

 27日(土)の朝は雪がチラつきましたが、次第に日差しが届いてきて、変わりやすい天気の寒い一日でした。

 11月全戸配布のやまなみ荘のチラシをご覧ください。

 11月のチラシの内容は、海鮮丼フェアを12月2日(木)から26日(日)までの営業日に毎日開催、刺身盛皿・オードブルの予約受付、やまなみ荘の年末年始プランの鍋コース+宿泊セット、おかえりプランなどのお知らせです。

 

 11月から12月も、新型コロナウイルス感染防止対策を徹底し、美味しいお料理とおもてなしの心で、忘新年会プラン、ひすいそばの新そば、海鮮丼フェア、地酒祭りなど色々な企画により、皆さんのお越しをお待ちしております。

 

▽ 毎朝恒例の撮影は、雪やみぞれが降ったり止んだりする中、駐車場整備を進めているところから、山清路隧道の外側、修繕していただいた生坂橋、旧山清路橋から新山清路橋とグルッと歩いて、信濃十名勝「山清路」の風景を撮影しました。

信濃十名勝「山清路」の風景

 

 主要地方道県道大町麻績インター千曲線の山清路大橋が完成し、旧道になった県道部分を、松本建設事務所により、法止工、舗装・橋梁の修繕などの整備をしていただきました。

 

 北アルプスの名峰「槍ヶ岳」を源とする犀川は、松本盆地を北流し長野盆地の川中島で千曲川と合流する河川でして、その流れはところどころで蛇行しながら、美しい峡谷である「犀峡」を造り出しています。

 

 犀川は生坂村で、支流の金熊川、麻績川と合流するところが「山清路」と呼ばれる景勝地になっていて、この地は、民話『犀龍と泉小太郎』の山清路伝説の場所なのです。

 

 

「山清路伝説」

 松本平は太古、一面に湖であった。ここに犀竜が住んでいて、白竜王(日輪、大日如来の化身)との間に泉小太郎が生まれ、泉小太郎に自分の姿を見られることを恥じて、湖水に隠れてしまいました。

 

 泉小太郎は母の行方をたずね歩き、やっと熊倉の下田奥の尾入沢(松本市島内と安曇野市豊科田沢の境)でめぐり会うことができました。

 犀竜は「我は諏訪大明神の化身である。氏子を繁栄させたいと思う。背中に乗りなさい。この湖水を突き破り平地とし人里にしたい」と言いました。

 泉小太郎はいわれるままに尾入沢から犀竜に乗り、山清路の大岩を突破し、水を越後の海に流し落として、松本平を肥沃な人里としました。

 この後、犀に乗った所を犀乗沢、そこから千曲川までの川筋を犀川というようになったと伝えられています。

 

 山清路は泉小太郎が一番苦労して突破した難所であり、そのおかげで生坂の地も人里と なりました。かつては、感謝とこの地の発展を祈って毎年5月に犀竜小太郎祭が盛大に行われていました。

 

 山清路という地名は、昔この付近に山(三)清寺という寺があったことからつけられたといわれ、今も寺跡があります。山清路の名勝は明治以降、犀川下りの人々により有名となり、昭和3年新愛知新聞社 主催により、信濃十名勝の第二番に選ばれました。

 昭和62年には朝日新聞社、長野県、テレビ信州、森林文化協会の公募により、長野の自然100選の一つに認定されました。

 

 当村としても山清路のVR動画、パンフレットの製作、看板の修繕、百体観音の遊歩道の整備、駐車場整備などを行い、山清路を当村北部の観光名所にするため取り組んでまいります。

 本日生坂村では、竹林整備講習会、少年少女サッカー教室、少年少女バドミントン教室、まつもと圏域移住体験オンラインツアー、地域未来塾などが行われました。